雪の軌跡 作:玻璃
では、どうぞ。
支援課ビルに全員が集まって。
アルシェムは彼らを連れてクロスベル空港に向かった。
「な、なあ、もしかして…この先って…」
「推測できてんならいーや。説明する手間が省けるし。」
さらっと言葉を吐きながら、それでも足は止めないアルシェム。
やがて、純白の船にたどり着くとためらいなく侵入していく。
すると、目の前に絶壁の女が立ちふさがった。
「ようこそ、と言いたいところだが…なぜここにいるんだ、お前は。」
「特務支援課所属だよ。あーもう、皆して酷いよねー。わたしがどこにいよーがわたしの勝手じゃねーの?」
アルシェムは嘆息しながらそう告げた。
その、言葉を告げた相手にノエルとエリィはテンションと緊張感を上げていた。
「それは、そうだが…まあいい。あまり時間もないことだし、はいりたまえ。」
「言われなくても。」
アルシェムは躊躇うことなくその部屋に足を踏み入れた。
そこには、クローディアが座っていた。
「ようこそ、特務支援課のみなさん…って、アルさん?服がすごいことになってますけど…」
「ジークに言ってよ…」
疲れたように言うアルシェムに部屋の外から声がかけられた。
男の声だ。
「相変わらず彼には嫌われているみたいだねえ。」
言いつつも入室してきたのは、オリヴァルトだった。
次いで、ミュラーと1人の女性が。
「あ、貴方方は…」
「ふむ、王太女殿下。まだ紹介は済ませていないようだね。」
「ええ、皇子殿下。…改めまして、私はクローディア・フォン・アウスレーゼです。このたびは呼び出しに応じてくださって感謝いたします。」
立ち上がったクローディアは、優雅に礼をした。
それに次いで、オリヴァルトがロイドたちに向き直る。
「僕はオリヴァルト・ライゼ・アルノールだ。《放蕩皇子》とも呼ばれているがね。」
「自分で言うな。」
ミュラーの突込みも軽く流しているオリヴァルトは、女性に目を向けた。
すると、女性は儚く微笑んでこう告げた。
「アルテリア代表として参りました、カリン・アストレイですわ。よろしくお願いしますね?」
それに、ロイドは特務支援課全員の紹介と挨拶で答えた。
そして、疑問に思ったことを問う。
「どうして、俺達をここに…?」
「それは、自治州政府には伝えられないことがあったからさ。タレコミがあった、だなんて察せられたくないからねえ。」
飄々と、オリヴァルトは告げる。
それを聞いたアルシェムは、オリヴァルトよりも先にこう言った。
「《鉄血宰相》ドノとロックスミス大統領でも狙われてんの?」
「ええっ!?」
それに驚いたのは、ノエルだった。
エリィも声を出しかけたが、思いとどまった。
理解できてしまったからである。
一国の代表だけならいざ知らず、三ヵ国もの代表が揃ってまで言わなければならないことが、生易しい話などではないということを。
「流石アルさん、耳が早いですね?」
「はっは。まーでも、このタイミングなら納得できるかな。今ここで火種さえ起こせば勝手に潰し合ってくれるもんね。…クロスベルを犠牲にして、さ。」
アルシェムの声に、一同は絶句した。
ありえない、とは言えなかった。
クロスベルは、それほどまでに都合のいい火種であるとわかっていたからだ。
「…そんな…」
「…どうして、それを俺たちに伝えていただけたんでしょうか。アルと知り合いなのは見ていればわかったんですが、それだけじゃないんでしょう?」
ロイドは、神妙な顔でクローディアにそう聞いた。
クローディアは苦笑しながらこう返した。
「エステルさんたちから聞いていたんです、皆さんのこと。…皆さんなら信じられると判断して伝えさせていただきました。」
「え…」
「エステルたちから…?」
ロイドたちは心底不思議そうに首をかしげた。
アルシェムはそれを見て笑いをかみ殺しながらこう告げた。
「リベールの異変の立役者だから、殿下たち。」
「そ、それで面識があったってことか…」
ロイドは苦笑を通り越して遠い目であさっての方向を見ていた。
そこに、カリンが言葉を投げかける。
「なお、下手人は不明ですが命じた人間は帝国貴族派のカイエン公派の人間と共和国の反東方・移民政策主義の一派だという情報があります。」
「そうですか…あれ?」
「どーかした、ロイド?」
ロイドはしばし黙考して、顔を青ざめさせた。
そしてこう漏らした。
「帝国のカイエン公はともかく、共和国の主義者一派は恐らく《黒月》を使わないってことだよな、これ。」
「え、どうし…いえ、《黒月》は東方人だものね。」
遅ればせながら、エリィもそこに気付いたようだった。
少なくとも、クロスベル支部の《黒月》は暗殺にかかわらないことだけは確かだろう。
支部長はツァオ・リーという東方人であり、東方人街の魔人《銀》を使っているのだから。
そこから色々と情報を交換し、クローディアもロイドもある程度情報が集まったと踏んだのだろう。
どちらともなくお開きの空気となった。
「あ、そーだロイド。先帰ってて。」
「どうしてだよ?」
「ある人から伝言を預かってるんだけど、ロイドたちには聞かせられねーんだってさ。」
アルシェムの言葉を聞いたロイドは、いぶかしげな顔をしつつも帰って行った。
…レンを置いて。
「それで、伝言とは?」
「や、ある人からってーか、その…うん、ちょっと待って。」
「は、はあ…」
クローディアの問いに歯切れ悪く答えたアルシェムは、《アルセイユ》の部屋を一室借り受けた。
そして、『アルシェム・シエル』の格好から『エル・ストレイ』の格好に着替えた。
「…待たせたな。」
「あら、意識付けなのかしら。髪が長いほうが似合っているわよ、アル。」
レンが茶化しながらアルシェムにそう告げた。
それに、アルシェムは苦笑しながら答えた。
「この姿の時はストレイ卿とでも呼んでくれると助かるんだが、レン。」
「はいはい。」
レンはおざなりにそう答えると、薄く笑いながらクローディアに向き直った。
そして、アルシェムはクローディアとオリヴァルトに向き直った。
「では、話を始めようか。」
そうして、アルシェムの悪巧みは始まった。
まずアルシェムは席についてカリンに向き直った。
「さて、カリン。」
「ええ、分かっています。後始末に関しては任せてください。前菜はお願いしますね?」
「無論だよ。」
このやり取りでアルシェムが何かをたくらんでいる可能性に気付いたらしい。
オリヴァルトとクローディアの顔つきが一変した。
「…アルさん、私達は…」
「殿下たちはただ真実を真実だと認めていただければそれで結構。高望みはしませんよ。」
アルシェムは冷淡にそう告げた。
その言葉に、オリヴァルトは顔をしかめた。
「それは、こちらにとって不都合な真実も、かな?」
「あなたの損にはならないさ。《鉄血宰相》ドノは知らんがね。」
「…なるほど。」
それで、アルシェムの狙いが分かったのだろう。
オリヴァルトはあっさりと引き下がった。
すると、タイミングよくそこに通信が入った。
ENIGMAではなく、《アルセイユ》の通信だ。
「…殿下、相手はトールズ士官学院の生徒を名乗っていますが。」
「出してください、ユリアさん。」
ユリアの言葉に、クローディアはあっさりと許可を出した。
すると、その画面には金髪碧眼の女が現れた。
現在ガレリアに実習に赴いているアルシェムの従騎士、メルである。
『お久しぶりです、クローディア殿下、オリヴァルト殿下。』
「ああ、久しぶりだねえ、メル君。」
「どうかなさったんですか?」
クローディアの問いに、メルは小さく嘆息して目を閉じた。
次いで、声を吐き出す。
『掴めました。帝国側の下手人は《帝国解放戦線》になる模様です。』
「ご苦労。手練れは来るかな?」
『《G》こと、ギデオンという男が。できれば、殺さずに確保していただけると交渉に使えて楽なのですが。』
《アルセイユ》に通信しているはずなのに、内容はアルシェムへの報告だった。
聞かせることに意味があるとは言わないが、完全にモノ扱いである。
「善処はしよう。ただ、わたしの相方はリオなのでね。…原型を残す程度には手加減させる。」
『是非、そうしてください。…報告は以上です。』
そう言って、メルはクローディアたちに断わりもなく通信を切断させた。
それを見てユリアは眉をしかめたが、クローディアたちは気に留めることはしなかった。
その後も打ち合わせをつづけ、ひと段落ついたところでお開きとなった。
支援課ビルでは、ロイドたちが焦げ臭い匂いをまといながら力尽きていた、とだけ記しておく。
明日が、運命の日。
狂い続けた歯車は、一回りして噛み合った。
さあ。
革命を、はじめよう。
眠い。
何が眠いって、眠たいはずなのに眠れないのが眠い。
寝ようとした瞬間に涙腺が崩壊するとか意味が分からない。
一体、何があったんだ。
では、また。