雪の軌跡 作:玻璃
では、どうぞ。
次の日。
オルキスタワーの除幕式とともに、街はざわめきに包まれた。
アルシェムはその様子を見てはいなかったのだが。
アルシェムは、旧市街のとある部屋にいた。
変装した状態で、だ。
相対するのは、紫色の髪の女だった。
「…本当に、あなたに協力すればエルがどこにいるのか教えてくれるんですね?」
「ああ。ついでに危害を加えないことも誓っておこう。」
女の名はリーシャ・マオ。
またの名を《銀》といった。
すでに、アルシェムはリーシャを思いのままに操るすべを手に入れていた。
「…わかりました。」
「素直で結構。では明日、ジオフロントのC区画で落ち合おう。」
「はい。」
そして、アルシェムはその場から消えた。
除幕式が終わる直前に自室へと滑り込み、変装を解く。
「…ふう。」
「うふふ、うまくいったみたいね?」
「うん。協力ありがとう。」
アルシェムは、レンと連れだって自室から出た。
そして、昼までに見回りと昼食を済ませておく。
こまごまとした要請にも、きちんと対応していたために少し遅くなると判断してのことだ。
アルシェムたちは、案の定少し遅れて支援課ビルへと戻った。
「お帰り。遅かったな?」
「ま、いろいろあってね。…支援要請は?」
アルシェムはロイドにそう問うた。
すると、ロイドはこう告げた。
「ああ、それなんだけど…ダドリーさんからレクター大尉とキリカさんを探すように言われてるのも含めて割り振ろうと思う。」
「…わかった。どう振る?」
「子猫の捜索はエリィ、遊撃士訓練への参加要請には俺とレン、演奏家の捜索にはアル、手配魔獣はランディとノエルに行ってもらおうと思う。手が空き次第臨機応変に手伝いに行く感じで。それと並行しつつレクター大尉とキリカさんを探そう。」
それに全員が首肯し、支援要請をこなすべく支援課ビルから飛び出していった。
アルシェムが空港に着くと、そこには見覚えのあるガタイのいい大男がいた。
アルシェムはげんなりしながら彼に話しかけた。
「…ねー、いーかげん演奏家氏に首輪でもつければ?」
「…お前は…アルシェムといったか。何故ここに…」
「特務支援課だよ。ちゃきっととっ捕まえてくる。」
あまり話し込むのも嫌だったので、アルシェムはそこにいたミュラーを放置して空港の外に出た。
支援課ビルの屋上から気配を探ると、どうやら旧市街のほうにいるようだ。
早めに確保しないと騒ぎになる可能性もあるため、アルシェムは即刻確保に向かった。
すると、《トリニティ》から出てくる演奏家と鉢合わせた。
「久しぶり。」
「…へ?」
アルシェムは、虚を突かれたオリヴァルトをとてもイイ笑顔で有無を言わさず連行していった。
「ちょっ、アルシェム君?引きずらないでくれたまえ…」
「ミュラー氏に迷惑かけてんじゃねーよ。…特務支援課には後で会えるように手配してるんでしょー?いつものノリで会えばいーよ。偏見を持つよーな奴らじゃねーから。」
オリヴァルトは何か感じ入ることがあったようで、その後はおとなしく引きずられていった。
空港へ入り、スーツにグラサンの似合わないミュラーにオリヴァルトを引き渡す。
「お前というやつは…」
「…てへっ?」
「 黙 れ 。」
「ハイ…」
ミュラーの威圧にやられたオリヴァルトは、完全におとなしくなった。
ミュラーはアルシェムに礼を言い、オリヴァルトを連行して空港の奥へと入っていった。
どうやら、《アルセイユ》で待機しているようだ。
それを見送ったアルシェムは、時間がかかりそうで介入できそうな支援要請をやっているエリィに連絡を取った。
「もしもし、こちらアルシェム・シエル。…うん、終わった。手伝いいる?…わかった、すぐに行くよ。」
どうやら、人手がいるようだ。
アルシェムは、即座に住宅街へと向かった。
「アル!」
「…エリィ、それどーゆー状況?」
「あっ、お姉さんだ。」
その場は混とんとしていた。
何故かエリィの腕にシャーリィが巻き付いていたのだ。
「何やってんの?」
「ね、猫さがしよ!」
「…全く。この辺で猫っていうと…サニータちゃんの猫?」
アルシェムがエリィにそう問うと、エリィは目を見開いた。
次いで、シャーリィを振りほどきながらアルシェムに詰め寄る。
「心当たり、あるの!?」
「や、今はねーけど…ちょっと待ってね。」
鬼気迫る表情のエリィから数歩下がって、街頭に背を預けるアルシェム。
そして、周囲の気配を読んだ。
引っかかる気配は、複数個。
すぐ近くにレクター。
中央広場の方面にキリカ。
そして、いつもはいないはずの場所に、小さな気配。
「…住宅街にはいない。西通りでも、裏通りでもない。かといってそう遠くもない…歓楽街かな?」
「…へえ?面白い特技を持ってるんだね、お姉さん。」
シャーリィがにっこりと笑って言った。
ただし、眼だけは笑っていない。
何かを見定めるかのような目。
アルシェムは冷ややかな目でそれを見返し、エリィにこう告げた。
「…まーね。ところでエリィ、何で彼女がここに?」
「さ、さあ…」
首をかしげながらも、アルシェムたちは歓楽街へと移動し始めた。
シャーリィも何故かついてくる。
恐らくはジオフロントの下見もかねてあそこにいたのだと思われるが、用事はもう終わったということだろうか。
後でジオフロントに潜る必要性があるようだ。
アルシェムはそう思いつつ猫の気配を追った。
そして。
「ここって…」
「《アルカンシェル》、よね。ここにいるの?」
「たぶんね。小さい気配と違和感、それにほら。」
アルシェムは地面から猫の毛を拾い上げた。
その毛は間違いなくサニータの猫の毛だった。
猫が入り込んだのは、《アルカンシェル》だった。
「すみません、猫が入り込んだかもしれないので捜索しても構いませんか?」
「ええ。構いませんが…点検をしている個所もあるので気を付けてくださいね。」
「勿論。では、失礼します。」
アルシェムは気配を頼りにまっすぐ舞台のほうへと向かった。
はたして。
「いた!」
エリィの声が、猫の存在を裏付けた。
しかし、猫はその声に反応して逃げ出した。
「あー…エリィ、叫ぶの禁止。」
「は、反省してるわ…」
ぼやきつつも足は止めない。
猫を追い掛け回しつつ、途中からリーシャも加わってとうとう猫を追い詰めた。
…ただし、舞台上に。
「…まずいかも。」
「どうして、アル?」
「点検中っていってたじゃねーの。目の前のシャンデリアなんかやりそーじゃねー?」
言っている最中に、シャンデリアが動き始めた。
まるでエレベーターのように、上向きに、だ。
「おっとと。」
シャーリィは、滑るように駆け出した。
そして一旦舞台上で弾みをつけると、そのままシャンデリアの上に跳ね上がる。
その反動で、猫がシャンデリアからシャーリィの手元へと跳ね上がり、シャーリィの手に…
おさまらなかった。
「あっ…!」
猫を捕まえようとして後ろ向きに倒れこむシャーリィ。
それを見たアルシェムは駈け出そうとして、リーシャに先を越された。
「はっ!」
跳ね上がるリーシャ。
彼女の手に、軌道修正したシャーリィが猫を投げわたした。
「…っ!」
とっさに猫を受け止めるリーシャ。
そのままバランスを崩したシャーリィは…
舞台にたたきつけられなかった。
まるで猫のように体をひねり、見事に着地して見せたのだ。
「…凄い。」
小さく感嘆の声を漏らしたエリィは、はっと我に返ってシャーリィから猫を受け取りに行った。
リーシャも舞台上からは降りており、これで一件落着となるだろう。
「…練習の邪魔してごめんね?リーシャさん。」
「…いえ、気づかなかったこちらにも落ち度はありますから。…あの…」
リーシャは何か葛藤しているようだ。
その理由をアルシェムは察していたが、それはまだいわない。
「何?」
「…いえ、何でもありません。」
リーシャは結局そのことについて聞くのをやめた。
まだ、覚悟ができていなかったから。
アルシェム・シエルがリーシャの知る『エル』であるかもしれないという事実が、否定されるのが怖かったから。
そうであればいい、と思う反面、ここで自由に生きているはずがないという思いがある。
だから、まだしばらくは希望に浸っていたかった。
真実を知る日は、近いと知っているから。
それはさておき。
エリィとともに《アルカンシェル》を辞したアルシェムは、エリィと別れ、気配をもとにレクターに接触しようとしていた。
すると、ロイドたちがレクターから離れるのを見た。
「…あ、レン、ロイド。」
「ああ、アル。…レクターさんから話を聞けたよ。」
「じゃ、キリカはまだなわけか。」
少しばかり無駄足になってしまったようである。
「ううん、聞いたわよ?とにかく、一回支援課に戻りましょう。」
「あいあい。」
そうして、アルシェムが支援課に足を向けた瞬間。
甲高い鳥の鳴き声がして、奴がアルシェムに襲い掛かってきた。
「ぴゅーいー!」
「ゲッ…ちょっ、待って、痛い痛い!」
それはシロハヤブサだった。
言わずと知れた、リベールの国鳥である。
その名は、ジーク。
ジークはその嘴でアルシェムをつつきまくった。
「用件を言ってってば、用件を!用事があるのは支援課なのはわかったから!」
「いや、分かるのかよ!?」
ロイドの突込みもなんのその。
ジークはぴゅいぴゅい鳴きながらアルシェムを攻撃し続けた。
「分かった分かった!夕方に空港まで全員連れてったらいーんだね!?分かったからつつくなってーの!」
「な、懐かれてるのかしら…」
「どこをどーみたらそーなるの!?あーもう!」
アルシェムの絶叫は、虚しく木霊した。
次回はイベント尽くしでお送りします。
では、また。