雪の軌跡   作:玻璃

222 / 269
人生ってなんだろう。

では、どうぞ。


《赤い星座》

マインツに辿り着くと、そこには導力車から降り立つエリィ達がいた。

「あら、アル。珍しく遅かったのね。」

エリィが意外そうにこう告げた。

導力車と人間の歩く速度を同等とみるのはおかしいのだが、生憎アルシェムはかなり前にクロスベル市を出発していたはずなので言い訳は出来ない。

「まーね。その代わり魔獣は殲滅してきたけど。」

「こっちは状況を聞いたところだ。どうも、旧鉱山に異変があったらしい。」

「…へー。ちょいと気になるね。」

「じゃあ、行こう。」

町長とロイドに先導されて、特務支援課は旧鉱山へと向かった。

すると、物凄く妙な気配がした。

「…これは…」

「何か分かるのか?」

ロイドは少しでも情報を得ようとアルシェムにそう問うた。

しかし、アルシェムはそのことについて言及しようとはせずに町長にこう告げた。

「…中に入っても?」

「あ、ああ…」

その答えを聞いて、アルシェムは旧鉱山の入口に向かいかけた。

特務支援課も同様だ。

しかし、アルシェムはレンと手を繋いでからこう言った。

「あ、ロイド達はちょっと待ってて。」

「何でだよ?」

「うーん…嫌な予感?」

近づいただけで分かったのだ。

微かな、火薬の臭い。

それは、何かが仕掛けられている可能性がある訳で。

だからこそ、全員が生き埋めになる事態だけは避けたかった。

「え…」

「兎に角、待ってて。わたしがいーって言うまではね。」

レンと一緒に行くのは、万が一でも生き延びられると分かっているからだ。

中に入った、その瞬間。

入口が爆破されて閉じ込められた。

落盤で生き埋めにならなかったことだけが幸いか。

アルシェムは、嘆息しながらつぶやいた。

「…やっぱり。」

「うふふ、このやり口は《赤い星座》かしら?」

「だろうね。」

「どうするの、アル?」

ここから抜け出すのは簡単だ。

単にこの岩を砕けばいい。

しかし、今それをすれば外の人間が吹き飛ぶ。

それは避けなくてはならなかったが…

アルシェム達が、それをする必要はなさそうだった。

「取り敢えず…端に避けようか。」

そう、アルシェムはレンに告げた。

見覚えのある気配が増えたのだ。

そして。

レンと一緒に端に寄った瞬間。

眼前の岩が粉砕された。

「おい、無事か?」

そう言って怒鳴ったのは、アガットだった。

どうもマインツで依頼を受けていたらしい。

「…アガット?何でここに…」

「依頼の帰りだ。怪我はないな?」

「あるとも思ってねーくせに。」

「…チッ。」

軽口を叩きあうアガットとアルシェム。

その様子に、ロイド達は困惑しているようだった。

意を決して声を掛けたのは、エリィ。

「あ、あの…アルさん。こちらは…?」

「リベール出身の優秀な遊撃士、アガット・クロスナーだよ。ちょっとした知り合いなんだ。」

「おい、買い被りすぎだっての。」

「や、買い被れねーから…」

軽口の無限ループが始まった。

アガットは、既にB級からは脱してA級の遊撃士となっていた。

故に、アルシェムが侮ることはない。

どこかの根暗なA級遊撃士とは違って、確実に実力を信じられる。

そこで、漸く再起動を果たしたロイドがアガットに声を掛けた。

「…っと、特務支援課のロイド・バニングスです。」

「同じく、エリィ・マクダエルよ。」

「クロスベル警備隊から出向しています、ノエル・シーカーです!宜しくお願いします!」

さくっと自己紹介を終わらせる特務支援課の一行。

それに、アガットは軽く微笑んで答えた。

「ああ、宜しく頼むぜ。…それより、だ。コイツは一体何だ?」

「俺も今来たところなんで、何が何だか…」

「アガット、これ多分《影の国》と同じ現象。」

さらっとアルシェムはアガットに告げた。

見なくともわかる。

気配だけで、この空間が一体どういう場所なのかアルシェムには理解出来ていた。

「分かるのか、アル?」

「でも、《影の国》って…?」

ロイド達は会話から置いて行かれていた。

アルシェムも、分かりながらそれを放置している。

今は、説明するよりも警戒しなければならないからだ。

「…チッ、成る程な…」

「原因を見つけて潰せば解消するとは思うけど…」

「なら、決まりだな。」

そう言って、重剣に触れるアガット。

しかし、アルシェムはそれを押しとどめた。

「話を最後まできーてってば。さっきの落盤、偶然じゃねーんだ。」

「…猟兵でもいるってのかよ?」

「今近くにはいねーよ。けど…クロスベルの中にはいる。」

それだけで、アガットには通じる。

既に事情は少しだけ説明してあるからだ。

アルシェムの言葉に、レンが言葉を付け加える。

「なら、誰か前に残ってた方が良いわね。誰が残るの?」

「え…」

「ロイド、どーする?」

アルシェムは、敢えてロイドに判断を仰いだ。

十中八九、残るのが自分だと分かってはいるが。

そして、ロイドの答えはアルシェムの想像通りだったのだ。

「…じゃあ、アルが居残りで。アル以外は入ろう。」

「なら、俺も入るぜ。」

「アガットさんも…?」

ロイドの問いに、アガットは呆れたようにこう言った。

「お前ら、アルシェムが抜けたら火力不足だろうが。火力過多でいかねぇと何事にも対処出来ねぇぞ?」

「は、はあ…」

「じゃあ、行きましょう。」

火力過多過ぎても鉱山が崩れる気がするのだが、それは言っても仕方のないことなのだろう。

ロイド達は、旧鉱山の中へと入っていった。

アルシェムは、周囲の気配を探りながらその場で待機していた。

町長は既にマインツの中へと帰してある。

暫く孤独を味わった後、アルシェムは接近してくる気配に気づいた。

それは、見覚えのある気配。

遠くに、白い狼を伴って駆ける男を見た。

そして。

アルシェムは、彼らに声を掛けた。

「…あれ、ツァイトとランディ?」

「おう、アル。落盤って聞いたんだが…」

「それは何とかなったんだけどね。中が今異常すぎて調査中。ランディ、追ってくれる?」

「ああ、分かった。」

ランディは、軽く応えて中へと入っていった。

アルシェムはそれを見て嘆息した。

「…やれやれ、全く…」

『追いますか?』

「追わねー。これくらい、切り抜けて貰わねーと。」

『承知。』

ツァイトをモフモフしながら、暇人のアルシェムはセピスで何かを作り始めた。

使うセピスは、翠耀石。

「あー、暇だなーっと。暇、暇、ひーまー。」

『…追えば良いのでは…』

ツァイトも突っ込みも完全にスルー。

アルシェムは、落盤で吹き飛んで原型を残していた岩から板を切り出した。

そして。

「そーらーを自在にっ、飛ーびたーいなーっと。へい、空気椅子ー。」

『主、それは違います…』

ツァイトに突っ込まれながら、アルシェムは宙に浮いた石板の上に座っていた。

バランス感覚は少し必要そうだが、それでも立っているよりは楽な気がする。

アルシェムは、思わず口から言葉を吐いていた。

「怠惰になれそー、こんなの蔓延ったら…」

『何故お作りに!?』

「暇だったから。」

ツァイトに突っ込み属性が付いた気がするが、気のせいなのである。

がるっ、と鳴いて、ツァイトはふてくされたようにしゃがみ込んだ。

『…暇、コワイです…』

「怖くねー怖くねー。」

『…ノーコメント。』

そうこうしているうちに、ロイド達が帰還してきた。

結構疲弊しているようだ。

「あ、お帰りー。」

「…た、只今…」

「…酷い目に遭ったわ…」

「暫く極彩色は見たくありませんね…」

アガットとレン以外の全員が、グロッキーだった。

どう見ても大丈夫ではないその状況に、アルシェムはアガットに問いかけた。

「…アガット、何があったの?」

「あー…ただ、ちょっと強い魔獣が出ただけだ。ついでに倒せば消えるヤツもな。」

「原因も突き止めないといけないけど、今は何とかなってるわ。」

レンの答えに、アルシェムは何となく状況を把握した。

そして、アルシェムはロイドに言葉を投げる。

「…成る程。いー鍛錬にはなったでしょー?」

「あ、ああ…」

何故か遠い目をして答えるロイド。

鍛錬が、必要そうだった。

アルシェムは、これ以上この場にいる必要を感じなかったので、ロイドにこう告げる。

「じゃ、帰ろっか。ロイド、アガットも乗せてってやれば?」

「ああ、そのつもりだ。構いませんか?」

「ああ。興味もあったしな…」

アガットの興味は、恐らくティータが手掛けた場所だろう。

最早ロリコンではなくティーコン(ティータ・コンプレックス)である。

アルシェムは、苦笑しながらロイドにこう言った。

「今回はわたしも乗るよ。」

「…何かあったのか?」

「…ま、先延ばしには出来ねーかな。話があるんだ。」

「…分かった。」

町長への報告を済ませ、特務支援課とアガットは導力車の前まで来ていた。

そこで、ロイドはアルシェムに問いかける。

「…で、話って何だ?」

「その前にランディ、ちょっと。」

アルシェムは、ランディを引き連れて話が聞こえない場所まで離れた。

そして、ランディをじっと見据える。

ランディは、若干気圧されたように問いを発した。

「…何だよ?」

「シャーリィ・オルランドとシグムント・オルランドがクロスベルに来てる。」

アルシェムの言葉を聞いたランディは、全力で目を見開いた。

衝撃をどうにか押さえて、ランディはアルシェムに問う。

「…な…ッ!馬鹿いうなよ、アイツ等が今更クロスベルに何の用で…!?」

「ソレを探る必要がある。《赤い星座》がクロスベルで拠点を決めるならどこ?ランディ。」

「…可能性としたら、ルバーチェの跡地か…?立地的にも申し分ないからな…」

それ以外の場所に心当たりはなさそうだった。

そのため、アルシェムはその場所を要警戒対象地のままにしようと決意した。

そして、アルシェムはランディに問いを発する。

「…分かった。これ、ロイド達に伝える?」

「…俺が伝える。教えてくれて、サンキューな。」

そう言って、笑みを浮かべるランディ。

アルシェムから見れば、余裕のない笑みでもあった。

だからこそ、アルシェムはランディにこう告げた。

「無理だけは、しねーよーにね。」

「…ああ。」

そこで話は終わった。

アルシェムはランディと共にロイド達の所へと戻る。

「…もう良いのか?」

「まーね。じゃ、乗ろっか。」

アルシェムはそう告げて導力車の助手席へと乗り込んだ。

アガットも後部座席へと乗り込み、全員が乗ったところでノエルが発進させる。

「…これが噂の導力車か…爺さんも良い趣味してやがる。」

「アガットも作って貰ったら?小回りがきくヤツ。」

「…考えとくぜ。」

「うふふ、設計図はもう出来てそうよね。」

そう言って、笑うレン。

どうやら、アルシェムとレン、それにアガットはお互いに知り合いらしいと漸くロイドは認めた。

そして、躊躇いがちに言葉を発する。

「えっと…仲、良いな?」

「相手のいるロリコンに手は出さねーよ?」

「誰がロリコンだ、誰が!」

紛うことなくアガットがロリコンである。

リベールに行けば、その認識が確実に肯定されるだろう。

エリィは苦笑しながらアルシェムに言った。

「その前にアル、男の人は苦手なんじゃなかったかしら…」

「そうなんですか?」

「ま、色々あったし。それよりランディ、クロスベル市に着く前に話を終わらせてよ。」

「…ああ。」

そうして、ランディは説明し始めた。

自らの出身にまつわる、因縁の相手について。

途中、ダドリーからロイド宛に通話が入っており、《赤い星座》がルバーチェの跡地を買ったという話も伝えられた。

《赤い星座》の構成員がクロスベルに出入りしているという情報まで。

それに、ロイドは問いを発した。

「…その情報は確かなのか、アル。」

「シャーリィには皆会ってるはずだけど?特にエリィ、揉まれてたし。」

「な、何!?」

ランディが煩悩たっぷりにエリィに向きなおる。

すると、エリィは恥らった様子でこう叫んだ。

「お、思い出させないで頂戴、アル!?」

「羨ま…いやけしからん!」

「ランディ…?」

エリィに冷たい目で睨まれても、ランディは反応しなかった。

そこまで、追い詰められていた。

過去がランディを追ってくる。

逃げきれない過去から、ランディはどうしても逃れたかったのだ。

だが、思考は逃れさせてはくれなかった。

ランディの口から言葉が零れ堕ちる。

「しかし、この時期に奴らが来るとはな…」

「十中八九、帝国の誰かさんに雇われてるんだろーけどねー…」

「…ああ、通商会議か…」

ランディも、そこは想定していた。

通商会議にまつわる人物で、誰が《赤い星座》を雇ったのか。

ランディは知る由もなかったが、アルシェムはある程度まで推測はしていた。

「そーなると、来る可能性のある帝国の要人で雇いそーな奴は…」

ここで、導力車はクロスベル市に入った。

そして。

「…済まん、降りるぜ。」

唐突にそう言い放ったランディは、導力車から飛び出した。

「ランディさん!?ちょっ、危ないですよ!?」

「…止めてくる。」

「ちょっとアル!?何してるのよ!?」

アルシェムは、ランディを追って外へと飛び出した。

走っている途中の車ではないだけに、降りるのは簡単である。

それでも、アルシェムは結局ランディに追いつくことは出来なかった。

ルバーチェ跡地で特務支援課一行とアガットが見たのは、建物を背に仁王立ちしてランディに帰るよう促したシグムントと、得物を見定める豹のように特務支援課を見つめるシャーリィ。

そして、その隣で飄々と立つ《かかし男》、レクター・アランドールだった。




端折れる回は端折ります。
終わらないし。

では、また。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。