雪の軌跡 作:玻璃
では、どうぞ。
次の日。
端末の前で、ロイドは支援要請を眺めていた。
「今日の支援要請は…不審住戸の調査に、雨傘の捜索に…βテストへの協力要請?」
「どう割り振りますか?ロイドさん。」
ノエルがロイドに指示を仰ぐ。
ロイドは少し黙考してからこう返した。
「そうだな…不審住戸は俺とノエルで、雨傘はエリィとレンで、βテストはアルに頼むよ。もしアルの方で人手がいるなら誰か呼んでくれ。」
「りょーかい。ま、ロバーツ主任だし、クロスベルを全走破!とかはねーだろーし…足りなかったら呼ぶけど、足りたら見回りを追加するよ。」
「分かった。じゃあ、解散。」
ロイドの声に従い、一同は支援要請を果たすために散っていった。
アルシェムは、念のために携帯用の端末を取ってから速足でIBCのある行政区へと向かった。
そこには、盲目の記者がいた。
「…あれ、もしかして…」
「どうかなさいましたか?」
「フューリッツァ賞取ったニールセンさん?」
アルシェム自身、ニールセンの顔は知らない。
だが、情報だけは聞いていた。
百日戦役の際に負傷した記者だと。
果たして、ニールセンはそれを肯定した。
「ええ、そうですが…」
「やっぱり。クロスベルに気になる情報でもありました?」
「ええ。特務支援課のアルシェムさん、ですよね?」
ニールセンにそれとなく探りを入れると、そこそこ情報だけは集めていることが分かった。
グレイスは『特務支援課が解決した』という記事しか書いていなかったからだ。
無論、アルシェムを取り上げるまでもなかったという事情もそこにはあるのだろうが。
そう考察しながら、アルシェムは首肯した。
「あ、うん。」
「少し情報のまとめに付き合って貰えませんか?」
「3分だけね。」
3分でどれだけの情報が抜けるか。
それが、記者としての腕の見せ所である。
アルシェムとしては、当たり障りのない情報しか出す気はないのだが。
ニールセンは時間を気にしてか単刀直入に問いかけた。
「充分です。では、例の教団について教えて頂けませんか?」
「えーと、500年程前に、当時の錬金術師が、クロスベルのどこかで、何故活動したかったかは不明だけど、悪魔崇拝を表向きにやらかしてた教団。謎の薬グノーシスを使って、今回は最高司祭のヨアヒム・ギュンターが事件を起こした。」
「…詳しいですね。」
アルシェムの答えに、ニールセンは若干怯んだ。
一応は情報の基本である5W1Hに則って答えたつもりである。
その事実に、驚いたのだろう。
そんなことともつゆ知らず、アルシェムはニールセンにこう返した。
「ま、自前の情報網とかあるし。図書館の資料とかも結構役に立つよ。」
「そうですか…」
ここで、約束の3分が経った。
だから、アルシェムは話を切ることにした。
「…そろそろいーかな?」
「ええ。ありがとうございました。」
「じゃ、失礼。」
アルシェムは軽く礼をしてその場を離れた。
そして、IBCへと向かう。
受付で手続きをしようとしたら、何故かランフィ(受付嬢)に怯まれてしまった。
「あ…きょ、今日はどういったご用で…」
「あ、セピスの換金じゃねーから。ロバーツ主任に用があるんですけど。」
「はいっ!」
「…そんなに嫌か、換金…」
アルシェムはげんなりしているが、当然である。
前回、かなりの量のセピスを持ち込んだため、警戒されているのだ。
ランフィはそれ以上の用事はないですよね、といいたげに手続きを速攻で済ませた。
そして、エプスタイン財団の間借りしている階に上る。
すると、何故かティータが出迎えてくれた。
「あ、こんにちは。今日はどうかしたんですか?アルシェムさん。」
「ロバーツ主任いる?ティータ。βテストの依頼なんだけど…」
「分かりました!」
そう元気に返事をしたティータは、そのまま奥へと入っていった。
そして、ロバーツを引き連れて戻ってきた。
「やあ、よく来てくれたね!」
「ま、支援要請ですから。一体何のβテストなんですか?」
「ふっふっふ…これだよ!」
そういって取り出したのは、1本のUSBだった。
その中身をテストすれば良いのだろう。
アルシェムはそれを受け取って携帯できる端末に差し込んだ。
「…兎に角、支援課の端末にインストールすればいーですね?」
「ああ、頼むよ。」
「じゃ、インストールさせますよ。」
「…へ?」
ロバーツが見ている前で、アルシェムは堂々とハッキングを始めた。
支援課の端末にデータを送りつけ、スタンバイまで終える。
もしも今セルゲイが端末の前にいたならば、腰を抜かしているに違いない。
「…はい、完了です。」
「アルシェム君、それハッキング…」
「このほーが楽なんですよね。」
さらっとそう返すアルシェム。
ロバーツはそれに戦慄しながらこう告げた。
「あ、うん…じゃ、じゃああっちでスタンバイしてくれるかい?」
「動作テスト込みですか…分かりました。この場で出来るんでやってしまいましょーか。」
「だから…それはハッキングだよ…」
ロバーツは力尽きそうになりながらそう言った。
このロバーツに構っていても仕方がないので、アルシェムはロバーツを急かす。
「細けーことはいーじゃねーですか。早く始めて下せー。」
「…ぐすん。」
ロバーツがスタンバイを終え、ルールを確認する。
そして。
火ぶたが、切って落とされた。
最初は無論ロバーツが優勢だった。
超スピードで詰まれていくぽむ。
そして、ロバーツがSクラフトを発動しようとした、その瞬間。
「…はえ?」
「…成る程ねー。じゃ、さっさと終わらせよっか。」
アルシェムの声が、不吉に響いた。
そして始まる怒涛の連鎖。
「は、はわわわわわ…」
「っと、終わり。」
最終的に、連鎖は20まで伸びた。
無論、ロバーツは沈んだのだが。
放心していたロバーツは、うわごとのようにこう漏らした。
「しょ、初心者…だよね…?」
「はっは、油断したのがわりーよ。」
「…と、兎に角、ありがとう。」
ロバーツはショックを受けたまま帰って来れていないようだった。
それに追い打ちをかけるように、アルシェムは言葉を投げつける。
「じゃ、またコテンパンにしてあげますから。」
「うう…ぐすん。」
涙目のロバーツを放置して、アルシェムはIBCを後にした。
途中、軽くトラブルを解決するのも忘れない。
特務支援課ではあるが、遊撃士のように活躍しても何ら問題ないのだ。
アガットを見かけないことに疑問を覚えつつ、アルシェムは支援課ビルへと戻った。
そこには誰もおらず、ただ静けさだけがあった。
「…まだ誰も、か。ポムっと!が入ってるのは確認出来たし…ティータと対戦かな。」
端末を弄りつつ、アルシェムはティータと対戦を始めた。
一進一退の攻防が続いて。
アルシェムはSクラフトを発動させて辛勝した。
「…うん、流石にティータは強いか。」
アルシェムが一息ついたころ、いきなりENIGMAⅡが鳴った。
相手はロイドのようだ。
「はい、アルシェム・シエル…はー、マインツ…分かった。先に行くよ。」
どうやら、マインツで異変があったようだ。
アルシェムは準備を整えてマインツ山道へと向かった。
すると、そこには歩く変態たちがいた。
無論、ノバルティスとカンパネルラである。
アルシェムは息を詰めて気配を消した。
「…ッ!?」
そして、特殊オーブメント《LAYLA》を発動させて分け身を作り出す。
その分け身を変装させ、隠形させて背後に忍び寄らせた。
気付く様子は、ない。
本体のアルシェムは、小さく呟いた。
「…死ね、ノバルティス。」
その瞬間。
分け身は、塩の杭の弾丸をノバルティスに撃ち込んだ。
本体のアルシェムは塩化していくノバルティスを写真におさめていく。
そこで、ようやくカンパネルラが異変に気付いた。
「あれ、博士?」
カンパネルラが振り向いた時には、そこにノバルティスは存在しなかった。
その場に残った塩を見て、カンパネルラが青ざめる。
「こ、これは…まさか…」
動揺するカンパネルラ。
分け身は、カンパネルラにも塩の杭の弾丸を撃ち込んだ。
崩れていくカンパネルラ。
それを、アルシェムは再び写真に収めた。
「…っ、塩の杭!?誰が…」
言葉を言い終えることなく、カンパネルラは完全に塩化した。
ただし、カンパネルラの意識だけは逃してしまったようだった。
アルシェムは、目を閉じて集中した。
「…我が深淵に煌めく蒼銀の刻印よ。塩の人を柱に。…圧縮せよ。」
そして。
氷の塊が、塩を取り込んで凝固した。
それを見つつ、アルシェムは呟いた。
「…ノバルティスだけは殺せた、かな。」
その場に残る足跡や証拠を全て隠滅し、アルシェムはマインツへと急いだ。
途中でENIGMAⅡを取り出してとある人物に連絡する。
その人物に氷の塊をわたし、メルカバに搬送して貰いつつアルシェムはマインツへとたどり着いた。
確かにニールセン氏は怪しいけど、この時期にわざわざクロスベルでうろついてる意味がないんですよね。
情報収集のためならB氏が既にいるし、最終段階を見届けに《鋼》氏が来てるし。
《身喰らう蛇》としての役割がない、とでも言いましょうか。
では、また。