雪の軌跡   作:玻璃

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なんでこうなった。

では、どうぞ。


見回りと名売り

見回りをするうちにあることを思いついたアルシェムは、旧市街へと向かっていた。

「…着いてきて、は、ねーな。」

背後を確認し、そして眼前から声をかけられた。

正体はワジである。

「アルシェムさん。」

「…気持ち悪いからアルって呼んでよ、ワジ。どーかした?」

「ヴァルドがリベンジマッチを希望してるんだけど…」

受けるかどうかを聞きたいらしい。

しかし、アルシェムが今受けると見回りの時間が大幅に減ってしまうのだ。

アルシェムは思い付きを実行すべくワジにこう告げた。

「ん、じゃーこーしよっか。今からクロスベル市内を回って何人検挙出来るか。」

「…こっちは全員使っても良い?」

「勿論。全員参加の個人戦だよ。」

「分かった、すぐに用意するよ。」

数分後。

ワジが軽く呼びかけただけで、自警団は全員が集合した。

もうワジがリーダーでもいいんじゃないかと思う今日この頃である。

実際にはWヘッドで通すらしいが。

そこで、ヴァルドが真面目にこういった。

「…オイ、検挙ってったって、真面目に警察官テメェしかいねぇぞ。」

「そーいや、そーだったね…っと、そこ!」

アルシェムは若干抜けていたのを隠すかのようにある男を指差した。

そこには、まさに女性のかばんを男がひったくろうとしている光景があった。

「!オラァ、引ったくりの現行犯だぜ!」

「ナイス、スラッシュ。はい、逮捕ー。そっちの引ったくられたヒトも事情聴取には応じてほしーな。急ぐ?」

「い、いえ…」

まだ戸惑ったようにいう女性。

どこかで見たことがある気もするのだが、思い出せない。

あまり重要な人物ではないのだろう、と勝手に判断したアルシェムは、営業スマイルを張り付けたままこういった。

「ありがとー。じゃ、署までご同行願えます?」

「分かりました。」

「スラッシュ、そのまま引ったくりを持ってきて。」

「アイサー。」

しゅたっ、と敬礼するスラッシュ。

しかし、その答えはアルシェムには受け入れられない答えだった。

営業スマイルとはまた別種の笑みで、アルシェムはスラッシュに告げた。

「わたしは女。そこを踏まえてもー一度。」

「いっ…イエス、マム?」

「せーかい。」

女性はアルシェムに連れられて、男はスラッシュに担がれて警察署へと向かった。

フランに事情を説明し、レイモンド捜査官を呼び出してもらう。

そして引き継ぎを終えた。

「んじゃ、お任せしましたよ?レイモンドさん。」

「うん、分かったけど…後ろの彼らは?」

レイモンドは困惑していた。

何せ、不良集団がひったくりを捕まえてきたのである。

検挙する側だった気がするのだが、レイモンドはあまりの印象の違いに混乱していたのだ。

だから、アルシェムは言葉を投げかけた。

「あー、今回は犯人検挙に一役買ってくれました。咎めるのは止めて下せーね。」

「そ、そう…ご協力、感謝します!…正直、見直したよ。ただ騒ぎを起こすだけの連中じゃなくなったって思っても良いかな?」

レイモンドは、半信半疑ながらも彼らを信じた。

実はレイモンド、何度か彼らを補導したことがあるのである。

ちゃんと事情を聴けば彼らが悪くないことだってあったのだ。

だからこそ、彼らの善性に賭けたというのもあるだろう。

「…フン。」

「全く、ヴァルドは正直じゃないねぇ。」

苦笑しながらワジはそういった。

若干顔が赤いのは気にしてはいけない。

良いね?

アルシェムも苦笑しながら同意した。

「そーだね…っと、ディーノ、噴水の奥取り押さえて!」

「いっ…一々指図すんなっ!」

アルシェムの声に反応したディーノは、それでもきちんと仕事を果たした。

噴水の奥では、男が少女に襲い掛かっていたのである。

ディーノの活躍で、男は確保された。

ディーノは、男を連行しながらこうぼやいた。

「手間掛けさせやがって…女の人に傷付けたら責任取らないといけないんだぞっ!」

「ディーノ、そこじゃねーから。」

「あ…ありがとうアル…」

そういっておずおずと進み出てきたのは、どこかで見覚えのある少女だった。

具体的に言うならば、東通りで、である。

図らずもディーノがその答えを言ってくれた。

「って、確か龍老飯店の店員さん、だよな?」

「うん、サンサンアルよー。」

そういって、サンサンは朗らかに笑った。

今しがた殺されそうになったのに結構図太い少女である。

そんなサンサンにアルシェムはこう告げた。

「警察署の前だから、その…」

「事情聴取アルか?でも食材が…」

「うーん、どうして貰おうかな…」

そこに居合わせたレイモンドも困り果てている。

仕方がないので、アルシェムは折衷案を出すことにした。

「…仕方ねーな。サンサンさんや、食材貸して。」

「へっ?」

「わたしが代わりに届けるよ。今は丁度暇だし、何なら帰ってくるまで手伝ってる。だから出来たら事情聴取に行ってきて貰えねーかな?」

その提案に、サンサンは困惑したようだった。

これならば確かに店を開ける心配はないのだが、何よりも父が心配だったのである。

顔を曇らせてためらうサンサン。

「でも…」

「護衛にディーノ付けるから。もし組織的だったら身の安全が…ね?」

「…分かったアル。頼んだアルよ?ディーノ君。」

不安そうにディーノを見ていうサンサン。

ディーノはそんなサンサンに顔を赤らめて答えた。

「おっ…おおお、おう…」

「…じゃ、取り敢えず解散。」

これ以上ここにたむろしているわけにもいかないので、アルシェムはワジたちにそう告げた。

すると、ヴァルドが不満そうな顔でこう告げた。

「…チッ、行くぞワジ…」

「あ、うん…」

そんな彼らを放置して、アルシェムは食材を手に東通りへと向かう。

夕方に近くなってきた東通りは、買い物帰りの主婦や帰宅を急ぐサラリーマンで少しだけ混雑していた。

龍老飯店に入ったアルシェムは、食材を見せながら店主にこう告げた。

「あ、こんにちは!」

「…確か、特務支援課のヒトアルね。何の用アルか?」

いぶかしげに、店主はそう告げた。

アルシェムはできるだけ警戒させないように声をかける。

「今ちょっとサンサンさんが不審者に襲われたから事情聴取してるんです。万が一があれば危ねーですから。」

「サンサンっ!?今行くアル!」

「夕飯の材料は受け取ってますし、護衛は付けてきましたから安心して営業してて下せーね。配膳くらいなら手伝いますから。」

それを聞いて、今は店を閉められないと分かったのだろう。

おとなしく店主はこう告げた。

「…わ、分かったアル。ウェイトレスを頼むアルよー!」

「りょーかい。…いらっしゃいませ、何名様ですか?」

そうして、アルシェムは暫く接客にいそしんだ。

何故か今日に限って客足が伸びたのだが、その理由は謎である。

そして、サンサンが帰ってこないままに深夜になった。

「…助かったアル。」

「気にしねーで下せーよ。何なら、死ぬほど忙しー時に限り支援要請受けますから。」

お客がめっきり減った店内で、アルシェムと店主は話し込んでいた。

それは、サンサンが帰ってこない不安を紛らわしているのかもしれなかった。

「また、頼むかもアル。それにしても…」

「あ、中入ってて下せーね。サンサンさん、迎えに行きますから。」

「…分かったアル。」

不安げに店から飛び出そうとする店主を押しとめ、アルシェムは接客を任せて龍老飯店から飛び出した。

サンサンとディーノの気配を探り、裏通りへと向かう。

「何で裏通りを通るかな、ディーノ君や。」

「あっ…」

「ディーノ君は悪くないアル!ワタシが近道だからって…!」

若干コーヒーがほしくなったのは気のせいではないはずだ。

カモとして狙っていた連中には悪いが、とっととこの空間を抜けるしかない。

「…分かった分かった。取り敢えず…」

アルシェムは、カモとして狙っていた客引き野郎どもに向けて殺気を送った。

その瞬間、びくん、と硬直して離れていく。

「「?」」

ディーノとサンサンは状況を読めずに右往左往していた。

「さ、帰るか。」

「あ、ああ…」

そのあとは、何事もなく龍老飯店まで戻ってこれた。

サンサンがディーノと手をつないでいる事実などないったらないのだ。

サンサンは、元気よく龍老飯店の中に入った。

…ディーノと手をつないだままで。

「只今ー!」

「サンサン!無事だったアルか!」

「うん、ディーノ君が守ってくれたアルよー。」

サンサンの無邪気な笑みを見て、隣のさえない男を見た店主はディーノを睨みつけた。

それはもう、射殺さんばかりに、だ。

サンサンの手がディーノにつながれているのも見逃してはいない。

「そうアルか…(ギロッ)」

「ひっ…(ガタガタ)」

店主の殺気に耐えかねたディーノは、いろんな意味で今日一番の命の危険を感じた。

もはやこのまま殺されるのではないかと幻視したほどだ。

アルシェムは苦笑しながらフォローを入れた。

「あー、そー睨んでやらねーで下せーよ…ディーノがいなきゃ、命の危険がありましたから。」

「…分かったアル。…ありがとう、ワタシの娘を護ってくれて。」

店主は、殺気を押さえて純粋に感謝した。

店主にとって、サンサンは大切な1人娘である。

その娘を守ってもらって、感謝しない道理はなかった。

そんな店主に、ディーノはしどろもどろになりながら声を漏らした。

「いっ…あ…その…」

「何アルか?」

店主の雰囲気に呑まれそうになりながらも、ディーノは声を張り上げた。

自分を鼓舞するためでもあるが、これはサンサンのためだった。

「よっ、夜に女の子1人で買い出しに行かせたら危ないだろうがっ!せせせせめて誰か付けてやらないとまた同じことになっちゃうぞ!?だから」

「(ギロッ)」

「…あうあう…」

ディーノの言葉は、店主のひとにらみで終わってしまった。

それでも、確かに店主には届いていたのだ。

「…確か、サーベルバイパーの下っ端アルね。」

「ぴゃいっ!?」

「サンサンに手を出さないなら…任せてやっても良いアル。」

不本意ながら、と続けたが、それでも店主は確かにディーノを認めたのだった。

不良ではなく、1人の男として。

「え…」

「はっは、公認?」

アルシェムはからかうようにそういった。

その意味を取り違えたディーノは顔を真っ赤に染めて取り乱す。

「あばばばばば…」

「じゃ、わたしはこれで。」

「助かったアルよー!」

この後、サンサンとディーノは少しだけ親密になったという。

アルシェムは、そのまま支援課ビルへと戻った。

「…流石に寝てるか。深夜だしね…」

自室へ戻ったアルシェムは、そのまま寝た。

夢は、見なかった。




末端冷え症で指が動かない…

では、また。

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