雪の軌跡 作:玻璃
では、どうぞ。
《赤い星座》の介入を伝えるべきだとアルシェムが決意していると、ロイドのENIGMAⅡが鳴った。
「はい、特務支援課、ロイド・バニングス。…え、分かりました。はい、警察学校ですね?…ノエル達と合流したら行きます。」
漏れ聞こえる声から判断するに、フランのようだ。
ロイドがENIGMAⅡを切るより前に、アルシェムはレンに呼び出しをかけた。
「あ、もしもしレン?今どこ?…え、また出てるの、スペリオルヤ・カー。手数は必要?…うん、分かった。じゃ、迎えに行くよ。」
ちょうど魔獣狩りが終わりそうな頃に通話してしまったらしく、少し気まずい気分ではある。
それでも、合流する必要がありそうだった。
アルシェムはENIGMAⅡを切った。
すると、ロイドがアルシェムに問いかけた。
「レン、どうだって?」
「あー、何でか分かんねーけどまたメゾン・イメルダにスペリオルヤ・カーが出てて何故かヴァルドとワジと一緒に退治してるんだって。すぐ終わるみてーだから前まで迎えに行こっか。」
「何でヴァルドとワジが…?」
「向かいながら話そっか。」
そういえば伝えていなかった、とアルシェムは今更ながらに気付いた。
ロイドは訳が分からないといった顔で相槌を打った。
「あ、ああ…」
歩き始めるロイド。
アルシェムは全員に聞こえるように説明を始めた。
噂として流れるように、周囲の人間にも聞こえるような声で、だ。
「実は、この間からわたしが受けてた支援要請にさ、ワジとヴァルド合名のがあったんだ。」
「珍しいこともあるもんだな…」
「それで、自警団みてーなのを作りてーんだって。」
途中経過はすべて省いたが、事実だけは伝えていた。
それを聞いてロイドはあっけにとられた顔をする。
「…え?」
「それって…」
「ま、裏社会を牛耳るつもりはなさそーだから、こないだからちょっと協力してるんだよ。」
さらりと言葉を付け加えるアルシェム。
彼らが裏社会を牛耳るなど、ありえない。
そうなる前に『クロスベル自治州』は浄化されてしまうからだ。
エリィが複雑な顔をしてこう漏らす。
「…確かに、ルバーチェに代わる表の組織が出来れば良いわよね…」
「何か複雑な気分だけどな…」
「ある意味戦力にはなるよね。団体で動くから情報収集もやりやすいみてーだし。」
アルシェムはヴァルドたちの評判を上方修正すべくそう告げる。
しかし、エリィの顔は晴れないままだった。
「そうなの…」
「何か懸念でもあんの?エリィ。」
「…そのうち空中分解しそうだなって…」
「あー…分からなくもねーけど、多分そーはならねーよ。」
エリィの懸念を、アルシェムは笑い飛ばした。
空中分解する可能性は、ない。
あれはあれでいい組み合わせなのだ。
「何で言い切れるんだ?」
「単なる寄せ集めじゃねーから。ほら、喧嘩するほど仲がいーってゆーでしょ?」
「た、確かに…」
妙に納得したロイドを筆頭に、メゾン・イメルダ前へと移動を終えた。
すると、メゾン・イメルダ前で敬礼するノエルを見つけた。
相手は、ヴァルドとワジだ。
「ご協力、感謝します!」
「…煩かったから片づけに来ただけだ。」
「うふふ、素直じゃないわね。」
ヴァルドをからかうレン。
どうやら、レンは完全にヴァルドの扱い方を心得たようだった。
からかわれたヴァルドは、レンを軽くにらんだ。
「あン?」
「あら、レディにガンを飛ばすなんてダメよ。モテなくなるわよ?」
口の前に人差し指を立てて告げるレン。
それを見て、ヴァルドはこう答えた。
「…女なんざいるか。」
「あはは、素直じゃないねぇ、ヴァルド。」
「…るせぇ、ワジ。後で殴らせろや。」
いわゆるツンデレである。
これが照れ隠しであるのを知るのは、ワジしかいない。
殴る、の意味を正確にとってワジはこう返した。
「はいはい、模擬戦ね。じゃ、人手が必要になったら呼んでよ。」
「ありがとうございます、ワジさん、ヴァルドさん。」
「…フン。」
「じゃあね。」
ヴァルドとワジから離れたノエルとレンを連れて、一行はクロスベル市を出た。
西クロスベル街道に出たアルシェムに、レンが問いを投げかける。
「で、どこに向かうのかしら?」
「警察学校。」
「手配魔獣がいなかったかしら?」
「もー狩った。」
「流石はアルね。」
打てば響く、とはこのことか。
単語だけで会話が成り立つのは、心が通じ合っているおかげとも取れた。
アルシェムとレンの会話を聞いていたノエルは、若干顔を青ざめさせていた。
「こ、この短時間に2つも支援要請を終わらせたんですか…」
「え、3つだけど。」
ノエルの独り言にしれっと正解を返すアルシェム。
それを聞いた瞬間、ノエルは頭を押さえた。
そして、こう漏らした。
「…アルさんって、規格外なんですか…?」
「今更よ、ノエルさん…」
「さーて、向かいますか。」
魔獣を狩りながら、一行は進む。
アルシェムとレンは少しだけ手加減をしていた。
それは、ロイドたちにも経験を積ませるため。
アルシェムたちが注意を惹き、ロイドたちが倒す。
そうやって、魔獣の死骸は量産されていった。
警察学校へたどり着くころには、かなりの数の魔獣食材が手に入ったのだが、それは余談である。
警察学校にたどり着いたノエルは、うわ言のようにこう言った。
「…魔獣が何か可哀想になりました…」
「慣れて頂戴、ノエルさん。アレがアルの基本だから…」
「ええ…」
肉体的な消耗よりも精神的な消耗のほうが多かったらしいノエルは、ロイドに続いてふらふらと警察学校の中へと入っていった。
中へ入ると、受付の人が事務的な応対でこう告げた。
「あ、特務支援課の皆さんですね。第三会議室へどうぞ。」
「はい…」
促されるままに第三会議室へと向かうロイドたち。
会議室に入ると、そこにはセルゲイがいた。
「…って、課長?」
「おら、座れ。講習を始めるぞ。」
「は、はぁ…」
何故ここにいるのか。
全員がそんな疑問を感じながら、約1時間の講習を聞き終えたのだった。
講習が終わり、セルゲイが煙草を一服している間にロイドはこうこぼした。
「まさか課長が導力車の講習の講師だなんて…」
「まだ驚くには早いぞ。外に出ろ。」
「は、はい…」
にやにやと笑いながらロイドたちを促すセルゲイ。
セルゲイはそのまま一行を外へと誘導した。
そして、一台の導力車の前で立ち止まる。
その導力車をみて、アルシェムは遠い目をしてセルゲイに話しかけた。
「あれ、かちょー…」
「うん、どうした?」
「まさかZCFからの導力車だなんて思いもしなかったので。説明はティータですか?」
今現在、この導力車について説明できる人材がいるとすれば、それはティータだけである。
今後の展開を考えて、アルシェムは頭を押さえたくなった。
「ああ。」
「これ、もしかして…」
誰がこれを要請したのか、送り主を考えていると導力車からティータが出現した。
いつもの格好で、なぜかアガットを連れずに、である。
「皆さん、こんにちは!エプスタイン財団に出向している、ティータ・ラッセルっていいます。宜しくお願いします!」
「よ、宜しくお願いします。特務支援課のロイド・バニングスです。」
若干緊張しているらしいロイドは、ティータにそう挨拶した。
度肝を抜かれた、というのもあるのだろう。
実際には、ティータはティオよりも年上なわけだが。
それを意に介さず、ティータは特務支援課に向けてこう告げた。
「あ、聞いてます。リーダーがロイドさんで、そっちの長い髪の方がエリィ・マクダエルさん。警備隊から出向してるのがノエル・シーカーさんですよね?」
「はい、そうですけど…」
「誰から聞いたの?ティータさん。」
エリィがティータと目線の高さを合わせてそう言った。
ティータはそれにこう答えた。
「アルシェムさんとレンちゃんからです。私の方が年下なので、敬語は崩して欲しいです。」
「はいはい、ティータ博士。」
「はわわっ…だ、だから、アルシェムさん!まだ博士だなんて名乗れませんって!たかがエイドロンギアと導力車を組み立てた程度で…」
わたわたとそう答えるティータ。
アルシェムは乾いた声でこう答えた。
「…たかが…?」
「あ、あの、ティータ、さん?ティータさんがその…この導力車を組み立てたんですか?」
ノエルがそう問うが、ティータの答えははるか斜め上をいっていた。
それはもう、盛大に。
ティータは輝く笑顔でこう宣言した。
「いえ、改造を主に手掛けました!」
「…そっちの方が凄いんじゃないのか、ティータさん…」
「ロイドに同意するよ。何やってんの、ティータ。」
脱力してそう問うアルシェム。
それに、ティータは真剣な顔をして答えた。
「私、決めたんです。」
「…何を?」
「もう、何からも逃げたりしないって。逃げなくちゃならないなら、立ち向かえるようになるんだって決めました。」
それは、願望ではなく確定した未来だった。
ティータは弱い。
精神的にも、体力的にも、防御という点でも味噌っかすだ。
それでも、ティータは戦わなければならない。
戦争を是とするこの世界と。
ティータの宣言を聞いてレンは困惑したように声を漏らした。
「…ティータ、それは…」
「だからね、レンちゃん。私、レンちゃんからも逃げないよ。」
それは、もう一度対等な友達になりたいというティータの切実な願いだった。
今は対等でなくても、いつかは対等になって見せる。
それが、ティータの誓いだった。
「…ありがと、ティータ。気持ちだけは受け取っておいてあげるわ。」
「本当に!?」
「あんまり兵器に関わって欲しくないのは、分かって欲しいのだけど。」
レンはため息をつきながらそう言った。
誰が表の道を歩む友人に兵器を開発させたいなどと思うだろうか。
レンとしては、ティータにはきれいなままでいてほしかったのだ。
ある意味では、それは羨望だったのかもしれない。
もしも、『ふつう』に育っていたならば、きっとこうなっていただろうという予想図を汚したくなかったのだ。
しかし、ティータはかぶりを振った。
「…そのことはもうお母さんとも一杯話し合ったよ。話し合って決めたの。」
「…そう。なら、精々覚悟しておくことね。ティータがエイドロンギアを作ったせいで誰かが死ぬことを。ティータがこの導力車を改造したことで何か害を被る他人がいることを。」
「…うん。それは全部、私のせいだもん。背負うって決めたから。」
冷たい声でそう告げたレンに、ティータは正面から向き合ってみせた。
強がりでもなんでもない、それは覚悟だ。
そんなティータを見て、レンはため息をついた。
「…これは梃子でも動かないわね…全く。」
「大丈夫だよ、レンちゃん。私、レンちゃんとお話するためにちょっとは強くなったんだから。」
「…物理で?」
レンの脳内には、オーバルギアに搭乗したティータが浮かんでいた。
ある意味、最強かもしれない。
ティータはあわててそれを否定した。
「ち、違うよ!」
「…ま、兎に角クロスベル市に帰ろーか、ロイド。」
「ええと…」
話についていけていないロイドは、困惑していた。
いったいどうしたものか、と。
そんなロイドにティータは言葉を投げかけた。
「あ、ロイドさん。これはZCFとエプスタイン財団からの贈呈品なんです。なので、是非乗って帰って下さいっ!」
「そ、それ、本当ですか、ティータさん!?」
ティータの言葉に反応したのは、ロイドではなくノエルだった。
どうやら、導力車が好みのようだ。
「え、はい。クロイス市長さんからの依頼で超特急で造ったんですよー。…おじいちゃんとお母さんがハッスルしちゃって、ちょっとハイスペックになりすぎちゃったんですけど…」
「ティータさんのお祖父様とお母様…?」
「ちょっ、ティータ!何で止めなかったの!?」
くびを傾げるエリィをしり目に、アルシェムは真っ青になって叫んだ。
ラッセル家最終兵器どもがハッスルしてしまったら、とんでもメカが出来上がるに違いないからだ。
もはやハイスペックではなく廃スペックなナニカが。
ティータはアルシェムにこう返した。
「え、楽しそうだったし…私も一枚噛んでるんだ。」
「胸張って言うことじゃねーよ!?あーもう!何やってんの、アルバート博士にエリカ博士!ダン博士は!?」
「お、お父さんはちょっと…」
ティータの眉がハの字に変わる。
それにアルシェムは物凄く嫌な予感にかられた。
「ま、まさか…」
「胃潰瘍で。」
それだけで、アルシェムには状況が分かった。
そこまでダンを追いつめられるラッセル一家は、また変態オーブメントを開発しているに違いないのだ。
乾いた笑みを浮かべながら、アルシェムはこうこぼした。
「…よーし、今度ツァイスに解析しがいのある意味のないオーブメント大量に送りつけてやろー…」
「あ、あはは…」
「お、おいアル…アルバート博士って、まさかアルバート・ラッセル博士か!?」
ロイドは、ようやく状況を把握したようだった。
アルシェムに向かって詰め寄り、そう叫ぶ。
アルシェムはロイドをよけてこう答えた。
「うん。導力革命の父だよ。居候の分際で留学させて貰って、ラッセル家にホームステイしてたんだ。」
「は、はは…」
「もう何も驚かないわ…」
乾いた笑みを浮かべる一同。
その中に含まれていなかったレンがつまらなさそうな顔をしてこう告げた。
「ねぇ、もう帰りましょうよ。」
「ああ、そうだな…」
「ティータはどうするの?」
レンの問いに、ティータはちょこん、と首をかしげて答えた。
一般人ではまず考えない答えを。
「え、普通に歩いて帰りますけど…」
「ティータ、それは普通じゃねーから。」
「そうね、乗っていきなさい、ティータ。」
レンはもう少し話したいからそういったのだが、ティータがそれを察することはなかった。
胸の前でひとさし指を突き合わせ、口をとがらせながらティータは言う。
「で、でもでも、お邪魔になっちゃうし…」
「…いや、是非乗っていってくれないか?」
「ふえっ!?」
はなのした を のばした ろいど が あらわれた !
ろいど の ゆうわく !
「流石にここで君を置いていくと寝覚めが悪いし…」
れん は てぃーた を かばった !
れん の つめたいめ !
ろいど は かたまった !
…冗談はさておき、レンはティータをつれて導力車へと向かう。
「取り敢えず、乗るわよティータ。」
「は、はう…」
硬直していたロイドも含めて全員が導力車へと乗り込んだ。
運転席にはノエルが、助手席にはアルシェムが座る。
「凄い…」
「振動の反動もかなり抑えられてるね。ティータが手を加えたんだったら…この辺かな?」
アルシェムは目の前の引き出しを軽くたたいた。
その、瞬間。
ぼふん!と音がして、白いクッションが飛び出した。
それに反応して、エリィが叫び声をあげた。
「ぴゃああああっ!?」
エリィの叫び声に驚いたノエルが一瞬だけ蛇行運転するなどのハプニングもあったが、再び直進し始める。
アルシェムはため息をつきながらこう告げた。
「…ティータ、反応し過ぎだよ、これ…」
「あ、ノエルさん、ちょっと止めて下さい。危ないですから。」
「アルさんがソレを出したのが一番危ないですよ!?」
ノエルは即座に導力車を止めた。
ティータはそこでノエルに指示を出す。
「アルシェムさんでは届かないので、ノエルさん。そこの白いボタンを押して下さい。」
「は、はあ…」
空気の抜ける音がして、クッションが縮んでいく。
いわゆるエアバッグは、無事に収納された。
それを見てロイドはこう漏らした。
「む、無駄技術…」
「安全ではあるけど、吃驚はするわよね…」
「…あ、後でもう少し反応を抑えますね。」
ひきつった笑みを浮かべたティータは、そういった。
しかし、アルシェムはこう返した。
「や、この場所を叩くなで充分じゃねーの?」
「是非、お願いします。」
ロイドは真剣な顔でこうティータに告げた。
エリィが不思議そうな顔でロイドに問う。
「どうして、ロイド?」
「うふふ、ランディお兄さんくらいは叩いちゃうかもね。面白いな、コイツはって言いながら。」
「いや、そうじゃなくて。いざって時に視界が効かなくなったらマズいかな、と。」
「…そうね。」
レンの茶化した答えは、ロイドの答えとは違っていたようだった。
あからさまにがっかりする連に苦笑しながら、ティータはこう告げた。
「分かりました!じゃあ、特務支援課に着いたら直しますから、クロスベル市に戻っちゃいましょう!」
「ああ、ノエル、頼む。」
「はい!」
再び動き始める導力車。
導力車はそのまま支援課ビルに設置されていたガレージにとめられた。
導力車から飛び降りたティータは、工具を取り出してアルシェムを助手席から降ろした。
「じゃあ、早速直しちゃいますねー。」
「手伝いは必要?ティータ。」
「ええっ、別に大丈夫ですよ?」
工具を持って、作業をはじめながらそういうティータ。
その作業を見ているだけで面白いのだが、アルシェムにはそれを観察している時間などなかった。
「なら、面白そうだからレンが見てるわ。」
「じゃ、レンに頼もうかな。」
「任せて。」
胸を張ってレンはそういった。
そして、工具を手渡しながら談笑し始める。
そんなほほえましい光景を見ながら、ロイドは珍しく何かをたくらんでいるかのような顔でこういった。
「…なあ、いつ頃までに直るかな?」
「うーん、夕方には。」
「分かった。」
どうも、夕方ならば大丈夫なようだった。
そこまで考えて、アルシェムは理由に思い当たる。
かかわりあうのも嫌だったので、このまま見回りに出ることにした。
「あ、じゃーわたしはちょっと見回りにでも行ってくるよ。」
「え…」
「暇なんだよ…」
「わ、分かった。」
なぜか残念そうなロイドを放置して、アルシェムは昼過ぎのクロスベル市へと繰り出した。
自分の中で決めました。
10000字を越えなければ分けない、と。
各話ばらつきが大きくなりますが、ご了承願います。
では、また。