雪の軌跡 作:玻璃
では、どうぞ。
新生支援課の支援要請
クロスベルの混乱が落ち着いてきたある日。
「今日の支援要請は…メゾン・イメルダで魔獣退治と、暴走車の取り締まり、マインツ山道で手配魔獣(ネオンアビスワーム)、西クロスベル街道で手配魔獣(バブリシザーズ)、それにENIGMAⅡの講習…後、帝国情報部の尋問…?今日は多いみたいだな…」
ロイドが真剣な顔でそう告げる。
支援要請が妙に多い日になったようだ。
ノエルがロイドに声をかけた。
「どう手分けしますか、ロイドさん。」
「そうだな…」
悩むロイド。
しかし、アルシェムにはやらなければならないことがあったので珍しくロイドにこう告げた。
「ロイド、わたしちょっと帝国情報部の尋問に興味があるんだけど…」
「じゃあ、アルはそれと手配魔獣を頼めるか?手配魔獣が優先で、時間によっては尋問を間に挟む形で。」
「あいあい。」
それを聞いたアルシェムはうなずいた。
それを確認したロイドはほかの一同にも言葉をかける。
「俺とエリィは暴走車をどうにかしたら尋問に向かう。ノエルとレンはENIGMAⅡの講習とメゾン・イメルダを頼む。」
「分かったわ。宜しくね、ノエルお姉さん♪」
「はい、レンさん。」
「じゃ、先行ってるよー。」
ノエルとレンの珍しい組み合わせは放置して、アルシェムは手配魔獣狩りに行くことにした。
まずは、マインツ山道へと向かう。
途中の魔獣もそこそこに、アルシェムは手配魔獣を発見した。
…ある意味ミミズとでもいうべきなのだろうが、極彩色のナニカを。
「…こりゃーまた、セピス稼げる色彩してるねー…目にいてーわ…」
そういいながら、アルシェムは速攻で手配魔獣を倒し終えた。
「よっし、次は…西か。」
アルシェムはほかに頓着することなく、西クロスベル街道へと向かった。
すると、手配魔獣がぼろぼろになっていた。
その前には、双斧を振るう大男が。
「…って。何でこんなとこに…」
その男に心当たりがあったアルシェムは、一瞬だけ本気を出して男が手配魔獣を狩り尽くす前に介入した。
「…誰だ?」
誰何の声にも反応せず、アルシェムは手配魔獣を狩りきった。
そして、男に向き直って一言。
「あのさ、遊撃士でも警察でもねー逸般人が手配魔獣狩ろーとしねーでよ、危ねーから。」
「フン、遊撃士は兎も角無能警察に何が出来るってんだ。」
それが赤毛の男の答えだった。
ちなみに、アガットではないことはここに明記しておく。
アルシェムは、彼が誰だか知っていた。
「だからってあんたみてーな奴に丸投げしちゃダメだからさ。」
「…ほう。俺を知っているのか?」
「さー、人違いじゃなきゃ遊撃士連中にも注意しねーといけねー危険人物ってくらいしか。」
男の興味深げな声に、アルシェムは答えを返した。
すると、男はなぜか小さく笑った。
「…クク…」
「まー、間違いじゃねーよね。《赤の戦鬼》シグムント・オルランドさん。」
そう、アルシェムが宣告した瞬間。
眼下に列車が横切った。
その間、シグムントは横目で列車を見ながらアルシェムの前に立っていた。
そして、列車が通り過ぎた瞬間。
「…今の列車、何人乗っていた?」
シグムントはそう問うた。
アルシェムは即座に答えた。
「車掌と密航者含め計60人。はぐらかさねーでよ。」
「良い眼をしているな。流石は《氷刹》、と言ったところか。」
にやにやしながら、シグムントは双斧を背に直した。
それを見て、アルシェムも警戒を少々解いてこういった。
「いーたいことはそれだけ?」
「…またな。」
シグムントは、そのまま去っていった。
後に残されたアルシェムはこうぼやいた。
「…会話がキャッチボール出来てねーよ…」
そのままクロスベル市内へと戻ると、ENIGMAⅡが鳴った。
「はい、アルシェム・シエル。…分かった、手配魔獣は終わったからすぐ行くよ。」
通話を終え、ロイドたちと合流したアルシェムはカジノへと向かった。
そこに、尋問する相手がいるからだ。
目的の人物は、スロットの前に座っていた。
ロイドは赤毛の男に話しかけた。
「…あの、ちょっと良いですか?」
「ん~?良いんじゃねぇの?」
「レクター・アランドールさんですね?」
それは、質問ではなく確定事項だった。
否定されようがされまいが、それは事実なのだから。
確信の色を感じ取ったのか、レクターはロイドに向き直って答えた。
「…そうだが。お前さん達は特務支援課だよな?」
「ええ。いくつか質問に答えていただけますか?」
「…イエスかノーで答えられる質問ならな。」
それは、レクターにできる最大の譲歩だったようだ。
自分からは情報を出さないが、引き出してみせろというある種の傲慢。
そこに、付け入るすきがある。
ロイドは言葉を紡いだ。
「…分かりました。貴男は帝国大使館のレクター・アランドール二等書記官ですね?」
「イエスだ。」
「では、帝国情報部のレクター・アランドール大尉でもありますよね。」
「…イエスだ。」
ここまでは、アルシェムも知っていた。
だからこそ、最後の問いが意味を持つ。
アルシェムはある種の賭けに出た。
「じゃー、あなたは秘密結社《身喰らう蛇》第四柱でもありますね。」
アルシェムの、捨て身の問い。
本来ならば知りえるはずのない情報。
それは、一笑に付されてしまえば振出しに戻る問いだった。
しかし、もしも本当に彼がそうならば。
このカジノごとこの世から消え去ってもおかしくない問いだった。
目を見開いて絶句したレクターは、声を絞り出した。
「………………何で、そう思った?」
果たして、それは否定ではなかった。
既に、レクターの目からは侮る色は消えていた。
強い、警戒の色。
それをアルシェムは正面から見返して答えた。
「それは肯定ととりますよ?」
「質問に答えてくれるな?」
「簡単な話だよ、レクターさん。わたしが会ったことあるから。」
むろん、アルシェムが第四柱に会ったことはない。
これはカマかけであり、事実でなくても良いのだ。
彼が、第四柱であるとさえ認めてくれれば。
「残念だがお嬢さん、俺は君に会った覚えはないんだが…」
「心音。気配。口調。声。…全てがあんたを指しているとしてもしらばっくれるつもりかな?」
アルシェムはそう畳み掛けた。
虚勢を張ってはいるが、事実さえ確認できれば後は狩るだけだ。
今アルシェムが必要としているのは、事実だけだった。
そして。
「…イエス、だ。」
「それはあんたが第四柱だと認める回答だよね?」
「…っち、イエスだよ。」
レクターは、ついにそれを認めた。
アルシェムは心の中で彼を外法認定しつつ酷薄に嗤った。
「ありがとー、レクターさん。とっても参考になった。」
「アル、それって…」
何かを言いかけるエリィ。
しかし、その声は別の人間によってさえぎられた。
「あーっ、ここにいたんだ、レクター!」
「おう、遅かったな?」
「んー、だってニオイが薄いんだもん、この町。」
そう言いながら近づいてくるのは、これまた赤い髪の少女だった。
むろん、レクターには似ていない。
レクターが狐だとするならば、彼女は猛獣だった。
猛禽類の類の、だ。
彼女の正体を、アルシェムは知っていた。
シャーリィ・オルランド。
ランディの従妹である。
「ニオイ…?」
「あ、君からは匂うね?(はむっ)」
シャーリィはノエルの背後に回り込んで抱え込んだ。
そして、何故か耳をかむ。
「ほにゃああ!?」
びょーん、と飛び上がったノエルは、しかしすぐに解放された。
次にシャーリィが狙ったのはエリィ。
やはり背後に回り込んで抱きすくめた。
「うーん、君からはニオイが強いよね。(むにむに)」
「み、みゃあああ!?ちょ、ちょっと、止め…きゃうっ!?」
その様子を見たロイドは、顔を赤らめて目をそらそうとしていた。
失敗していたが。
それを見てアルシェムは冷たい目でロイドにこう告げた。
「ロイド、鼻の下伸ばして見るの禁止。この変態。」
「いきなり罵るなよ!?」
「こっちのお姉さんは…あれ?」
エリィを堪能したシャーリィは、アルシェムの背後に回ろうとして…
できなかった。
さすがに、アルシェムにはシャーリィの動きに対処できるだけの実力があった。
「急に襲ってくるのは止めて下せーね。」
「あうあうあうあう…」
エリィの困惑した声をBGMに、シャーリィは感嘆の声を漏らした。
「…凄いや、全然隙がない。どうしてこんな素人達と一緒にいるの?お姉さん。」
「ここが今のわたしの居場所だからだよ。」
「…ふーん。」
シャーリィは納得いかなさそうな顔でアルシェムを見た。
そこで話がひと段落ついたと判断したのだろう。
レクターが口を挟んだ。
「さて、もう質問は終わりで良いな?」
「あ…はい。ご協力、感謝します。」
「クック、感謝ね…ほら、行くぞ?」
レクターがシャーリィを催促する。
すると、シャーリィはふくれっ面で応じた。
「ちぇーっ、もうちょっとからかってたかったのにぃ。」
「時間が押してるんだよ。」
「ぶー…」
「じゃあな、特務支援課。今後に期待してるぜ。」
レクターとシャーリィは、そのまま去っていった。
それを見たロイドは、こうこぼした。
「な、何だったんだ…」
「…確実かー…あー…面倒くせー…」
「?どうかしたか、アル。」
「や、後で話す。」
すべてを話すわけにはいかないが、それでも言わなければならないことはあった。
《赤い星座》の介入を、早いうちに伝えなければならない。
この時点で《赤い星座》の介入を察知できていない警察って…
いや、無能というよりも機能していないんだなと感じる。
では、また。