雪の軌跡   作:玻璃

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三が日も過ぎて、皆様初詣にも行ったかと思います。
…人生初初詣に行ったのは高校生になってからだなんて言えない…!

では、どうぞ。


UMAの足音「ぽきゅっ。」

アルタイル市から戻ったアルシェムは、窓から支援課ビルの自室へと戻り、変装を解いた。

いつもの格好に変わりがないかを鏡で確かめてから、ゆっくりと階下に降りる。

そして、カップに半分ほど紅茶を入れてリラックスし始めた。

「…ふー…」

階下に降りてくつろいでいたアルシェムは、複数の人間が近づいてくる気配を感じた。

無論、ロイド達である。

程なくして扉が開き、ロイドがこう言った。

「只今、アル。」

「あ、お帰りロイド、ノエルさん。どーだった?」

アルシェムはロイドにそう問うた。

結果は知っているのだが、聞かなければ不自然だと思ってそう言ったのである。

ロイドは大人しく応えてくれた。

「ああ。ちゃんと、救えたよ。」

「そりゃー良かった。さーて、昼食でも作ろーか?」

アルシェムが腕まくりしてそう言った瞬間。

アルシェムの天敵が騒ぎ始めた。

言うまでもなく、キーアだ。

「キーア!キーアが作るー!」

「…ん、ちょっと失礼。」

キーアが騒ぎ始めた時に、ENIGMAⅡが鳴った。

通話ボタンを押すと同時に、アルシェムは全身に鳥肌が立つのを止められなかった。

そこから聞こえてきたのは、忘れようにも忘れられないUMAの声だった。

「はい、アルシェム・シエル。…へっ!?…へぇ…?ふーん…?」

ENIGMAⅡが、切れた。

それは、レンから通話を一方的につながれた回線だった。

連絡としては、最悪の部類の。

「…何だってまたこのタイミングで…」

「どうかしたの、アル?」

「昼飯喰ってる場合じゃなくなった。適当にするから食べててよ。」

苦虫をかみつぶしたかのような声でアルシェムはそう告げる。

それを見て、ロイドはアルシェムにこう問うた。

「…アルはどうする気なんだ?」

「行かねーといけねーからね。ちょっと出て来るよ。」

そこに、レンが現れた。

わざとらしく驚いて見せるあたり、狙っているのだろう。

「あら、アルにも掛かってきたの?」

「あ、レン。や、行かないと、さ?」

「…成る程ね。でも、実行するタイミングはもう少し遅い方が良いんじゃないかしら。」

「それもそうなんだけどね…ちょいと考えがあってさ。」

オーブメントを見せるアルシェム。

それは、音声を録音できるようにしたオーブメントだった。

位置情報に、盗聴器。

さらにはつけた対象に対する認識阻害まで兼ね備えたそれは、発信機だった。

その意図を正確に看破したレンは、神妙な顔でこういった。

「…分かったわ、レンも行く。」

「えーっ、レン、行っちゃうのー!?」

「貴女に呼び捨てを赦したつもりはないわよ。」

冷たい目でキーアをにらむレン。

しかし、キーアはその視線の意味を気づいていないようだった。

目を輝かせてキーアはこう告げた。

「キーアも行く!」

「ロイド、エリィ、ノエル。しっかり捕まえててよね。行くよレン。」

「あ、ちょっと…」

「…着いてきたら、死ぬわよ。」

警告だけを残して、アルシェムとレンは連れだって外に出た。

支援課から十分離れた場所で、アルシェムはぽつりと洩らした。

「どっから調べてんの、あのUMA。」

「カンパネルラだから仕方ないわよ。」

アルシェムとレンは、指定されたとおりにマインツ山道を駆け出した。

魔獣の殲滅はもちろんのこと、何か妙な仕掛けがないかを確認しながら進む。

そして、廃坑前につく。

すると、カンパネルラが出迎えた。

「やっほー、久し振りだね。」

「捻り潰すぞ、このUMA。」

ひらひらと手を振ったカンパネルラに、アルシェムはグーパンチを見舞わせた。

もちろん避けられたが。

アルシェムをおちょくりながらカンパネルラが言う。

「いやー、相変わらず酷いね。でも、僕は君を呼んだつもりはないんだけど?」

「レンが呼んだのよ。」

「へぇ、そうなのかい?」

揶揄するように、カンパネルラがそう告げる。

レンはそんなカンパネルラにこう宣言した。

「ええ。…宣戦布告の為に、ね。」

「…ふぅん?どういう意味かな。」

「言葉通りよ。私は全面的にアルの味方なんだから。」

アルシェムの前に立って、レンはそう宣言した。

それに付け加えるように、アルシェムは言葉を足す。

「んでもって、わたしはあんた達を狩る側ってこと。分かった?」

「本当にそれで良いのかい?君達が殺めてきた人間がそれを赦すとでも?」

「思うわけないと思わない?UMA。だからこうして向き合ってるんじゃないの。」

それは、アルシェムにとっての贖罪だった。

自分の罪に向き合って、飲み下すのではなく受け入れること。

誰もかれもを救えるわけではないのに、アルシェムは救わなければならない立場にあるのだ。

アルシェムの言葉に、カンパネルラはこう告げた。

「…君がまともに話すって珍しいね。」

「本音だからね。ただし、あんたを殺せないのは分かってるからさ。…黙って見てろ、盟主の端末。」

「…ふふ…あははははっ!面白いね、君!」

怪しい笑みを深くして、カンパネルラは笑った。

けたけたと、壊れた機械のように。

それを見て、アルシェムはレンにこう告げた。

「さ、レン。今は帰るよ。」

「そうね。でも、その前にっと…」

レンはその場で鎌を一閃させた。

それはカンパネルラに突き刺さり、手ごたえのないままにすり抜けた。

「ちょっ…!?」

「幻影でもムカつくわね、カンパネルラ。じゃあね♪」

そのまま消えたカンパネルラに向けてそう言葉を吐いたレンは、その場を後にした。

アルシェムもあわてて後を追い、クロスベル市へと戻る。

そこで、レンの腹の虫が鳴いた。

「何食べる?」

「早く食べられる方が良いわよね。行政区のラーメンを食べに行きましょ?」

「良いね。」

そして、アルシェムとレンは連れだって行政区の屋台でラーメンを食べた。

食事が終わり、代金を払って屋台を後にする。

「美味しかったね。」

「ちょっと濃い気はするけど、こんなものかしら…っと!」

突然レンがすれ違った男性に足払いをかけた。

男は反応できずにこけてしまい、レンに抗議の声を上げた。

「うわっ!?何すんだ、嬢ちゃん!」

「貴男今、そこの女性から財布を擦ったわね。」

レンは男の言葉を完全に無視してそう告げた。

男は見る間に青ざめる。

そして、男はしらばっくれようとした。

「何のことだ?」

「…あ、あったあった。」

アルシェムは男のカバンを勝手にあさり、2つの財布を取りだした。

それを男の眼前に見せつけてやると、男は面白いように狼狽した。

「何勝手に漁ってるんだよ!?」

「ほら、可愛らしい白い財布とゴツゴツしい黒い財布。あんたのは黒いほーでしょ?」

「…なっ…」

この期に及んでしらばっくれようとする男。

なので、アルシェムとレンは同時に懐から捜査手帳を出して男に突き付けた。

「はい、特務支援課よ。」

「ご用だご用だ(笑)」

「アル、真面目にね。」

「分かってるよ。はい、おねーさん。財布。」

アルシェムは白い財布をすられた女性に返却した。

中身はまだ抜かれていないようだった。

「あ、ありがとうございます。」

「次からは気を付けてね?」

「はい!」

「じゃ、連行しよっか。」

アルシェムは男を引きずって警察署に叩き込んだ。

後のことはドノバン警部に任せる。

そして、警察署から出たアルシェムとレンは支援課ビルへと足を向けた。

たくさんの視線を感じながら、だ。

「…気付いたかしら、アル。」

「…うん、何か猟兵増えたね。」

視線の正体は、猟兵だった。

レンは眉をひそめてこうこぼした。

「いよいよきな臭いってところかしらね…」

「ま、やりがいはあるよね。」

「前向きすぎるわよ、それ…」

そのあとも他愛ないおしゃべりをしながら、アルシェムとレンは支援課ビルへと戻った。

すると、エリィが出迎えてくれた。

「あ、お帰りなさい、アル、レンちゃん。」

「…エリィお姉さん、レンって呼んで頂戴。同僚なんだし。」

「…分かったわ。ちょっと、アルとレンにお話があるんだけど…」

エリィが戸惑ったようにそう言った。

アルシェムは表情を引き締めてエリィに問うた。

「エリィの部屋で聞くべき?それとも…」

「私の部屋で構わないわ。」

そう言って、エリィは自分の部屋へと歩き出した。

アルシェムとレンは顔を見合わせてその後を追った。

エリィの部屋へと入ると、エリィはなぜか部屋に鍵をかけた。

「…で、何?」

「キーアちゃんのことよ。」

アルシェムに向き直ったエリィが告げたのは、その言葉だった。

この時点で、アルシェムは真面目に聞く気を失っていた。

むろん、レンもである。

「アレに何か問題でも?」

「むしろ問題なのは貴女達の方なのだけど…」

「レンはアレに接する態度を変える気はないわよ。」

エリィの言いたいことを察したレンは、言葉で先制攻撃をかました。

それを聞いたエリィは、柳眉を跳ね上げた。

「どうして?」

「だってレン、アレなんて嫌いだもの。」

「あんなに可愛いのに…」

そういうエリィは、もはや変人の域にいた。

本心でそう思っているのだろうが、これではロリコンである。

だからこそ、アルシェムはエリィに諭すように告げた。

「エリィ、可愛いと嫌いは両立するよ。わたしもちょっと無理かな。」

「大人気ないわよ、アル。」

「無理。」

頑なに拒否するアルシェム。

好きになど、なれるわけがなかった。

そんなアルシェムを見て、エリィは初めて理由を聞いた。

「…理由はあるの?」

「うーん…あのさ、エリィ。例えば自分の運命の相手がいたとするよ。」

「う、運命の相手って…」

それで、エリィは別の想像をしてしまったようだった。

おそらくエリィの脳内にはロイドが浮かんでいることだろう。

辟易としたようにアルシェムは言葉をつづけた。

「あー、そっちじゃねーから。…もーちょい分かりやすく言うと、自分の未来を決められる人間がいたとする。無論、良いよーにも悪いよーにもね。」

「…それがどうかしたの?」

「それで、自分はその未来に絶対に従わなくちゃいけねーとするよ。…悪夢のよーな未来を目の前に示されたときに、その相手を憎まずにいられると思う?」

それが、アルシェムの本心でもあった。

キーアにとっての最良の未来は、アルシェムにとっての茨の道だった。

すべての人間が幸せでいることなど、できない。

エリィは、アルシェムの言葉の意味が分かっていながら、その事実から目をそむけた。

ありえないと信じたかったからだ。

だから、こういった。

「…それは…でも、アルにとってその人間はキーアちゃんじゃないでしょう?」

「エリィお姉さん、どうしてそれに確信を持てるのかしら?」

「だって、キーアちゃんはただの子供なのよ?アルの未来をどうにか出来るような存在なわけないじゃない。違うかしら?」

エリィの言葉は、前提から間違っている。

しかし、エリィが知ることはない。

それは、エリィにとって幸いなのかどうか、だれにも分からない。

アルシェムは少しでもキーアが『何』なのかを伝えようとする。

「ま、ただの子供かって言われると…」

「まさかアル、あのヨアヒムみたいなこと言うんじゃないわよね?」

エリィの問いに、アルシェムは『yes』と答えることができなかった。

それをこたえるのは、許されていなかった。

だから、アルシェムは茶化して答えた。

「あー、それだけはねーわ。アレを偶像崇拝とか、無理すぎる。」

「…結局、キーアちゃんの何が気に入らないの?」

エリィの端的な問いに、アルシェムとレンはこう答えた。

 

「「全部。」」

 

まったく同時に、アルシェムとレンはそう告げていた。

「ハモる必要はないわよね…」

「仕方ねーでしょ、無理なモノは無理なんだから。」

「用事はそれだけかしら、エリィお姉さん。」

レンが言外にこのことはもう話したくないと告げる。

エリィもそれは察していた。

「…そうよ。」

「じゃー、行くよ。」

エリィの答えを聞いてアルシェムとレンはエリィの部屋から退出しようとした。

しかし、エリィはそれを引き留めた。

「…待って!」

「何?」

そして、エリィは結論を出した。

今この時点で、アルシェムたちに飲ませることができる条件を。

「…嫌いなら嫌いで構わないわ。でも、空気だけは読んで貰えないかしら。」

「…むしろ空気を読んでねーのはあっちなんだけど…」

話を蒸し返そうとするアルシェム。

エリィは畳み掛けるように言葉をつづけた。

「年上でしょう、アルは。レンは分からないけど…」

「レン、あのクソガキよりは年下のつもりよ?」

「クソガキって言わないの。」

「あんなのクソガキで十分よ。…あんな、無邪気で無自覚なガキなんて。支援要請が来てるかも知れないからそろそろ行きましょう、エリィお姉さん。」

「…ええ。」

階下へと降りたアルシェムたちは、そのまま支援要請をこなしていった。

しばらく気まずい空気を醸していたのだが、それを看破したロイドが支援要請を別に振り分けたので事なきを得た。




序章は終わりです。
次回から、一章に該当する章が始まります。

では、また。

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