雪の軌跡 作:玻璃
今年中には完結させたいですねえ。
では、どうぞ。
アルタイル・ロッジ
アルシェムは、半日部屋にこもると宣言しながら変装してカルバードに密入国していた。
というのも、ケビンが遅刻して間に合わないかもしれないという連絡を今朝入れたからである。
因みに、レンはいない。
アリバイを証明するためにアルシェムの部屋に籠っているのだ。
それはさておき、アルシェムは自身の置かれた状況に深く溜息を吐いた。
「…何でまたここに…」
「…ストレイ卿はここに来たことがあるのか?」
「ああ、何度か調査に立ち寄ったことがあってな。構造だけは把握しているさ。」
実際にこの場所に不法侵入したのは一度だけだ。
それ以外は、被検体としてこの場所を行き来した。
それはあまり思い出したくなかったことだったので、既に記憶を凍らせてあった。
思い出すことはない。
ただ、道のりだけは凍らせずに残してあった。
そんなアルシェムにダドリーが声を掛けた。
「では、道案内は任せられるな。」
「そこにわたしよりも適任がいるだろう?アレックス・ダドリー。」
「アリオス氏か…」
ため息をついてアリオスを見るダドリー。
元捜査官とはいえ、遊撃士には複雑な思いがあるのだろう。
アルシェムはそれを考慮せずにこう告げた。
「この場所に乗り込んだ実績のある捜査官…今は遊撃士だったか。彼が先導すれば間違いないだろう。あくまでもわたしは遅刻野郎の代替なのでね。」
「は、はあ…」
「巡回神父はどうした?」
アリオスがアルシェムにそう問うた。
遅刻しているのは確かなのあろうが、その理由をケビンは告げなかったのである。
アルシェムはその問いに茶化して答えることを選んだ。
「奴は恐らく従騎士に捕まっているのだろうよ。出る頃には財布が素寒貧になっていて列車にすら乗れないオチが関の山さ。」
「…せ、世知辛いな。」
「まあ、あのヘタレあってのあの従騎士だからな…」
アルシェムが嘆息したその時だった。
この場に、ビジョウが出現した。
「…ふむ。さくっと殺れ。」
アルシェムは手出しをしないことに決めた。
これくらいは狩れるだろう。
そして、ロイドとノエルは同時に動き始めた。
「行くぞ、ノエル!」
「イエッサー!」
ノエルとロイドがビジョウを狩っている間、アルシェムは周囲の気配を探っていた。
アーネストとハルトマンがこの先にいるのかどうかの確認である。
果たして、このアルタイル・ロッジには彼らの気配がした。
ついでに魔獣共の気配もしたが。
そこまで気配を探り終えたとき、戦闘が終わった。
ぼんやりしていたことを悟られないように、アルシェムは言葉を吐いた。
「…上位3属性が働いているな。」
「ええ…まるで《星見の塔》みたいな…」
「何らかの関係がある可能性はあるな。調査する価値はあるだろう。」
顔をしかめるロイド達に、ヒントだけは与えておく。
ただし、本当に調べる可能性は低いだろう。
クロスベルに戻れば、依頼が大量に舞い込んでくるのだろうから。
ロイドが先に進もうとして目の前の扉に手を掛けた。
「兎に角先へ…」
「…どうやら、仕掛けが作動しているようだ。」
「…このまま現場を保存する必要はあるか?」
案に正面突破で破壊しまくるのが早いと告げるアルシェム。
しかし、ダドリーにはその言葉は通じなかった。
「破壊だけは止めて頂きたいが。」
「…仕方あるまい。この中央が開くはずだ。仕掛けはわたしとアリオス・マクレインが請け負おう。わたしは右に行く。逃がさないように見張っていると良い、アレックス・ダドリー。」
異論はないようなので、アルシェムは一同に背を向けた。
そのまま右折して溜息を吐く。
「…疲れる…」
これ以上付き合っているとぼろが出る可能性が高まるのだが、付き合わないという選択肢はない。
だからこそ、アルシェムは疲れていた。
見たくもない仕掛けを作動させたことを確認して元の位置へと戻る。
アリオスが帰ってくるのは予想外に早かった。
まるで何度もここを使っているかのような速さ。
アルシェムは気に留めることなく言葉を吐き捨てた。
「進むぞ。」
「はい!」
仕掛けを解除しつつ奥まで進む一行。
若干前を進むアリオスとダドリーにはまだまだ余裕がある。
しかし、ロイドとノエルは違った。
「…だらしないぞ、ロイド・バニングス、ノエル・シーカー。」
「貴方達の体力がありすぎるんですよ!?」
肩で息をしながらロイドがそういった。
結構鍛えたはずなのに、この言いざまである。
これは鍛錬できる環境を整えなければ、とアルシェムは思った。
「せめてスタミナと言いたまえ。…しかし、その様では今後辛いぞ。休憩を挟むか?」
「…いえ、今はアーネストの確保が最優先ですから。」
「…全く。意地を張る意味があるのかね…っと。」
道が、いきなり崩れ始めた。
アルシェムは戦力の平等な分配を即座に考え出して消えた道を文字通り飛び越えた。
「ストレイ卿っ!?」
それに気づいたダドリーがそう叫んだ。
どうでもいいが、前を見てほしいものだ。
アルシェムは適当に返事をした。
「あー、そちらは2人でも構わんだろう。わたしはこのひよっこ共を最下層まで案内する。」
「済まない…」
謝罪するダドリー。
戦力が平等であっても、同じ強さの敵が出るとは限らないことにアルシェムはいまさらながらに気付いた。
「…ちょっと待て。」
ダドリーを呼び止め、ため息をついてからオーブメント《LAYLA》を駆動させる。
そして、そこにはアルシェムの分け身が存在していた。
「な、それは…!」
「ただの分け身だ。役には立つだろうから連れて行け。」
「…感謝する。」
身をひるがえすダドリーたちを追って、分け身も道を飛び越えていった。
それを見届けることなく、アルシェムはロイドとノエルにこう告げた。
「さあ、道を変えて急ぐぞ、ロイド・バニングス。ノエル・シーカー。」
「はいっ!」
仕掛けを解きつつ、最下層へ向かうアルシェムたち。
雑魚魔獣を狩りながら、アルシェムはこうこぼした。
「…魔人共が残っていないのが幸いしたな。」
「ええ…いればもっと時間がかかったでしょうし。ストレイ卿は魔人を見たことがあるんですか?」
「何度か、な。」
むしろ、アルシェムとしてはロイドたちが魔人を見たことがあるのかどうか一瞬だけ疑問に思った。
しかし、今追っているアーネスト自身が魔人化していたことを思い出して顔をしかめた。
そんなアルシェムに、ロイドは硬い顔をしてこう聞いた。
「…殺した、んですか?」
「如何な星杯騎士と言えど、苦手分野はあるものでな。法術が苦手な以上、完全に止めてやるためにはそうするしかなかった。」
「…そうですか…」
そう言って落ち込むロイド。
魔人を殺さずに止められなかったヨアヒムのことでも思い出しているのだろう。
このまま落ち込んでいられても困るので、アルシェムはフォローを入れた。
「何、元に戻そうが真っ当に生きていけるわけがない研究員ばかりだったからな。お前があまり気に病む必要はないよ、ロイド・バニングス。」
「…でも、それでも殺人は罪だと思います。」
「ハハッ、違いない。…そんなことは露ほども思わぬのが教会の狗なんだがね。」
アルシェムがそうつぶやいた後は、必要最低限の会話を除いて沈黙を保っていた。
最下層に、たどり着くまでは。
「…いた…!」
ロイドが小さく叫んでアーネストに駆け寄った。
アルシェムはそれを冷めた目で見ながらつぶやいた。
「アーネスト・ライズか。…ふむ、中々に興味深いな。」
アルシェムを見たアーネストは、それがアルシェムだと気付かなかったようだった。
首をかしげてアルシェムに問う。
「君は誰だい?初めて見る気がするが…」
「生憎と、名乗る名は持ち合わせていなくてな。取り敢えずはその屑を離して貰おうか。」
「ストレイ卿…いくら何でも屑はないですよ…」
ノエルの突込みも、アルシェムには関係なかった。
アルシェムにはののしる権利がある。
少なくとも、レンの分だけは罵っておかなければ気が済まなかった。
「《楽園》に入り浸るような変態野郎だ。屑で構わん。」
「…そうなんですか。」
ノエルも概要だけは聞いていたのだろう。
冷たい目でハルトマンをにらみつけた。
それにハルトマンはおびえた。
「ヒ、ヒィ…」
「貴様にはまだ道がある。このまま投降するか、足掻くかだ。足掻けば命の保障は出来んがな。」
「ストレイ卿…!」
命の保証ができない、といったアルシェムにロイドが抗議の声を上げた。
しかし、外法認定さえしてしまえば法律など何ら関係はない。
倫理観など、今は捨て置かなければならなかった。
アーネストはこう反駁した。
「無論、足掻くに決まっているだろう…!君達を排し、ハルトマン議長の権力を楯に返り咲けばクロスベルは私のものだ!」
「出来るわけがないだろう。そこの屑は議長職を既に逐われている。貴様のやらかしたことを知らぬ者はいないよ。…よもや、貴様がやらかしたことを知っている者を全て狩り尽くすとは言わんだろう?」
アルシェムの言葉に、アーネストはひるんだ。
「…そ、それは…」
「なぁ、アーネスト・ライズ。民を殺す人間は王にはなれないよ。本当は分かっているのだろう?」
ある意味で自嘲の響きを持たせたその言葉。
本当は、アルシェムだって他人の上に立てるような人間ではないのだ。
アーネストは首を振ってアルシェムの言葉を振りほどこうとした。
「う…煩い煩い煩いっ!そんなことは分かっている…!」
「…っ、ハルトマンさん!」
アーネストに突き飛ばされたハルトマン。
かなりの距離を吹っ飛んではいるが、死んではいないだろう。
アルシェムは正体偽装のために持ってきていた法剣を構えてノエルとロイドに告げた。
「屑を連れて下がっていろ、ノエル・シーカー。ロイド・バニングス。」
「クソ…クソッ…!」
悪態をつくアーネストは、懐から紅い錠剤を取り出した。
そして、瓶のふたを開ける。
アルシェムはそれを止めるべく声を発した。
「ああ、そいつを呑むなよ?救いにくくなる。」
「救うだと!?戯れ言を…最初から救う気などないだろうがっ!」
「…一応はその気だったんだがな…何故にそう来るか…」
ため息をつくアルシェム。
アーネストは、一息で紅い錠剤を飲み干した。
のどに詰まらないのはなぜなのか、理由は分かっていない。
体を変化させるアーネストを見て、アルシェムはこうぼやいた。
「…これが魔人化…じゃないな。最早別種の何かではないか。」
「…ミエル…」
「ああ、戯れ言は必要ない。すぐに見えなくなるさ。」
見える、見えるぞ、とのたまうアーネストを無視して、アルシェムは首を回した。
そして、気合を入れる。
それを見たノエルは、小さくアルシェムに問うた。
「…手があるんですか?」
「なければ救うなどと口にはしないさ。時間を稼げ…といっても流石に無茶か。他の道を探してアリオス・マクレインとアレックス・ダドリーを連れてこい。」
「で、でもそれじゃあアーネストはどうするんですか!?」
「わたしが足止めする。ぶっ倒れる前に連れてきて貰えるか?」
「…勿論です!」
そのまま、ロイドとノエルは走り去った。
気配が完全に去るのを確認して、アルシェムはため息をついた。
「…と言っても、なー…法剣とか難しすぎるし、扱い。やれば出来るよーには出来てるんだろーけどさ。」
そう、うそぶきながら。
アルシェムは全力で攻撃を避け続けた。
攻撃する必要はない。
いずれ、自滅するのは目に見えている。
それに、あまり時間はかからないだろう。
分け身は、まだ消えていない。
そして。
「ストレイ卿っ!」
「遅い。」
「す、済みません。」
アリオスたちも遅れて登場した。
それに遅れて、もう1つの気配も近づいてくる。
やっと、か。
アルシェムはそう思いながら全員に指示を出した。
「アリオス・マクレイン、ロイド・バニングス。前に行け。アレックス・ダドリー、ノエル・シーカー、援護しつつわたしに攻撃を向けさせるなよ。」
「承知。」
「分かりました!」
「…フン。」
「イエッサー!」
ロイドが。
アリオスが。
全力でダメージを与えている。
ダドリーがショットガンでけん制し、ノエルが上手く攻撃をそらしていた。
それをしり目に、アルシェムは集中して。
そして、その力を解放した。
「…我が深淵にて煌めく蒼銀の刻印よ。忌まわしき紅い叡智を彼の者より出し、凍てつかせよ。」
その場に、氷が出現した。
紅い氷。
それは、グノーシスの成分だけを抽出した狂気の結晶だった。
「え…?」
「グオオオっ!?」
「死にたくなければ足掻くな、アーネスト・ライズ。」
アルシェムの言葉は、半分ほど正解だった。
死にたいならそのままあがけばよかった。
死にたくないのならば、そのまま動き続けて完全にグノーシスを抜かなければならなかった。
そして。
「…嫌だ…まだ、まだ…私は…!」
「…ち、一応は適格者だったわけか…!」
舌打ちしたアルシェムは、背後を振り返った。
そこには、緑色のネギがいた。
「ストレイ卿!」
「タイミングを見計らっているんじゃない、グラハム卿!」
「あれって…」
誰だろう。
ロイドとノエルはそう思った。
アルシェムの叱咤も聞かず、ケビンはこう叫んだ。
「えろう済んません!遅れましたわ!」
「遅すぎる!」
「わ、悪い…ちょいと道が混んでてな…」
往生際の悪い言い訳をするケビン。
しかし、アルシェムはその言い訳を切って捨てた。
「言い訳は聞かん。大方腹ペコ従騎士が貴様の財布の中身を食い尽くしたのだろう。」
「バレバレやん!?」
本当にその通りだとは思っていなかったのだが。
とにかく、あとでリースには説教をかますことが決まった。
「とっとと法術でアーネスト・ライズを救えネギ。」
「酷い!まだおとんにもネギって呼ばれたことないのに!」
そう言いながらも仕事だけはきちんとやっているのは、さすが星杯騎士といったところか。
それでも、ふざけている場合ではないのでアルシェムは突っ込みを入れた。
「ふざけている場合かネギ。」
「いや、終わったからふざけてみたんやけど…」
「悪趣味だな。」
そうして、アーネストは確保された。
ついでにハルトマンもだ。
逮捕拘禁して警官を張りつかせている間に、ケビンとロイド達は談笑していた。
「…済んません、間に合わんで…」
「いや、感謝する。」
「わたしは別の任務の途中だったんだが…?」
むろん、クロスベル潜入の長期任務である。
このまま正体がばれるリスクを冒し続けるのは得策ではなかった。
「悪かったって、許してぇな。」
「だが許さん。」
「ええ!?」
ふざけあっているアルシェムとケビンに、ロイドたちはついていけずにいた。
おもにテンションにだが。
「…ふざけるのは大概にして、だ。この場は任せるぞ?グラハム卿。」
「何でや!?」
某サボテン男のような叫び声を上げるケビン。
アルシェムは殴りつけたくなる衝動を抑えて半眼でケビンを睨みつけた。
といっても、仮面で隠れているので見えるものではなかったが。
「わたしは別の任務の途中だと言わなかったか?」
「…そういや、そうやったな…済まん。」
「ではな。」
そのままその場から去ろうとしたアルシェム。
しかし、それを引き留める者がいた。
それは、ノエルだった。
「あ、あの!」
「何だ、ノエル・シーカー。」
訝しげにノエルを見るアルシェム。
ノエルの用件はすぐに分かった。
ビッ、と敬礼したノエルは、張りのある声でこう告げた。
「ご協力、感謝します!ありがとうございました!」
「単に仕事だから協力したに過ぎない。精々、狩られる側にならないことだな。…失礼する。」
アルシェムは、そのまま気配を消して立ち去った。
気配を消したままクロスベル行きの列車の上に飛び乗り、密出国する。
密入国していたのでこの処置は妥当だ。
少なくともアルシェム自身はそう思っていた。
年賀状なんてもう書かないんですけど…
郵便局員が不憫でなりません。
では、また。