雪の軌跡 作:玻璃
次回から本編に…って。
正月に更新になる、だと!?
では、どうぞ。
東クロスベル街道から戻ったアルシェムは、遊撃士協会の前で立ち止まった。
すると、アガットがアルシェムに声を掛けた。
「どうした?アルシェム。」
「ミシェルさんにちょっとね。」
「はぁ…」
釈然としない顔をしているアガット。
今納得させる必要は全くないので、取り敢えずアルシェムはレンに声を掛けた。
「レンは帰っててよ?」
「分かってるわ。」
レンが帰るのを見届けたアルシェムは、遊撃士協会へと入ると、相変わらず大量の依頼があることに辟易した。
後で回されるに違いない、と思いつつアルシェムはミシェルに近づく。
すると、すぐに反応してくれた。
「あらぁ、アルシェムちゃんじゃない!久し振りねぇ!」
「…お久しぶりです。ちょっと依頼が。」
アルシェムは、ミシェルは苦手だ。
話し方が、とか態度が、とかではない。
生理的に受け付けないのだ。
有能なのは認めるが。
ミシェルは体をくねらせながらこう聞いた。
「あら、珍しいじゃない。アナタに出来ないことなんてあるの?」
「実力向上のためですよ。あくまでこちら側の。だから依頼なんです。」
「…何を頼むつもりかしら?」
「もしクロスベル支部所属の遊撃士が特務支援課に会うことがあれば、手合わせをお願いしたいんです。」
それが、今回アルシェムが遊撃士協会にお願いすることだった。
少しでも戦闘経験を経れば、ロイドたちも強くなれるはずだから。
「それって毎回?」
「急ぎでなければね。何なら、捌ききれねー依頼をわたしが受けても構いません。」
「…それ、結構旨すぎる話なんじゃない?」
アルシェムの提案を聞いてミシェルは眉をひそめてそう言った。
「えー、こちらに有利すぎますよ。虫がいー話なのは重々承知してます。ただ、これからのことを考えるなら…」
「…何を掴んでるのか教えてくれたら受けても良いわよ。」
それは、交渉人の顔だった。
ここで情報を出さなければ、断られるのは目に見えている。
そして、どうせ伝えなければならないことだったのだ。
だからこそ、アルシェムはミシェルにこう告げた。
「《黒月》の活性化。《赤い星座》が動き始める。《身喰らう蛇》も以下同文。」
「…受けるわ。ギルドとして、更なる戦力の底上げには目を向けなくちゃいけなかったしね。」
「ありがとー、ミシェルさん。」
そこでアルシェムとミシェルの会話は途切れた。
というのも、ミシェルがカウンターの下から紙を取り出したからだ。
ミシェルはアガットにこう告げた。
「…それはそうと、アガット、アナタ宛てに依頼よ。」
「ああ…って。…受けると先方に連絡を頼むぜ。」
「分かったわ。」
渋面を作りながら答えたアガットに、ミシェルは苦笑した。
それを見て、アルシェムは嘆息して声をかけた。
「…じゃ、わたしはこれで。」
「あら、アナタもアガットと戦って行きなさいな。」
「…そーだね。」
アガットと連れ立って再び東クロスベル街道へと出たアルシェムは、周囲に人影がないかどうか確認した。
誰もいないことを確認し、アガットに向き合って嘆息する。
「…相性わりーんだけどな。」
「始めようぜ、アルシェム。」
「あいあい…って。」
アルシェムが返事を終えるよりも前にアガットは振りかぶっていた。
気が早すぎる、とでもいうべきか。
それでも、重心がぶれていないあたりはさすがといったところか。
「貰ったァ!」
「や、おせーから。」
「喰らいやがれ!」
アガットは、全力で攻撃を叩き込んでいた。
それこそ、レオンハルトを相手にしているかのように。
アルシェムは戦慄しながらその攻撃を避ける。
「誰が受けんの、その攻撃。死ぬよ?」
「峰打ちにしといてやる!」
この攻撃で峰打ちにされても死ぬだけである。
内臓がオサラバして、だ。
肋骨など、粉砕骨折するに違いない。
「…峰って…あんま関係ねーから…っと、そこ!」
「フンっ!」
アルシェムの攻撃は、いとも簡単に弾き飛ばされた。
アガットの力が強くなりすぎだと思うのは気のせいではないはずである。
アルシェムは現実逃避をしながらこうぼやいた。
「…あ、ダメだ。威力的に詰んだわ。」
「後ろを見てから言いやがれ!」
「わたしの両手を見てから言ってよね。」
そう言うアルシェムの手には、分解された棒術具が握られていた。
一瞬で組み立てられたそれが唸り、アガットに迫る。
「…っ、棒術具かっ!」
「取り敢えず…ぶっ飛べアガット!」
質よりも手数を優先したアルシェムの攻撃。
しかし、アガットはそれをすべて薙ぎ払った。
「っ、オラァ!」
「…っ、隙を無くしたわけか…」
「手強いってか?」
不敵に笑って重剣を振りかざすアガット。
それを見てアルシェムはアガットを茶化した。
「これなら、レオン兄から何本か取れたんじゃねーの?」
「…ち、まだ1回だよ…!」
それでも、アガットはレオンハルトから一本は取っているのである。
ある意味では、強敵である。
「…と、取ってるんだ…」
「これで終わりだ!らああああああっ…」
「はい終わり。」
Sクラフトを発動させようとするアガットに、アルシェムは回し蹴りを食らわせた。
これまでは重剣で防げていたものの、今回はそうはいかない。
ばっちり突き刺さった蹴りは、アガットを地上にたたきつけた。
「ぐはっ…」
「その隙がなくなりゃー、完璧なのに…」
「容赦ねぇな!?」
がばっと起き上がって言うアガット。
他人のことは言えないはずである。
「ま、でも…強くなったよね、アガット。」
「…フン。」
知らない間に、日が暮れかけていた。
夕日を正面から見ながら、アガットとアルシェムは連れ立って歩く。
そして、遊撃士協会前へとつくと、軽くあいさつをして別れた。
「じゃ、また。」
「ああ。…無茶はするなよ?」
「努力する。」
そのままアルシェムは支援課ビルへと戻り、先に帰っていたレンに声をかけられた。
「お帰りなさい、アル。」
「お帰り~、アル!」
飛びついてこようとするキーアを避けてアルシェムはレンに問うた。
「…幻覚が見えた。只今、レン。夕食は食べた?」
「ええ、アルが出てる間にね。」
「そっか。」
「ごめんなさいね、アル。…残ってないの。」
レンの目がキーアに向く。
つまりは、キーアが食い尽くしたということだろう。
アルシェムはレンの手料理が食べられないことを残念に思ったが、それを顔に出さずにこういった。
「ああ、気にしないで。適当にさくっと作って食べるから。」
「キーア!キーアが作る!」
ぱたぱたとアルシェムにまとわりつこうとするキーア。
しかし、アルシェムはそれを振りほどいてレンに声をかけた。
「レン、悪いけどキッチンには入れないでくれる?危ないから。」
「アルの方が危険な気はするけど、良いわよ。」
「ん、ありがとう。」
キッチンへと向かい、冷蔵庫の中を確認すると…
残念ながら、すでにパンも米もなかった。
「…ふむ。見事に主食がねーわ。オニオン、キャロット、後は…魔獣肉っと。」
具材を刻んで鍋の中に入れる。
むろん、魔獣肉は湯通ししてからである。
そこに、アルシェムの食料を狙うキーアが出現した。
「ねえねえ、何作ってるの~?」
「醤油と、塩と…うん、こんなもんかな。」
「ねえってば~!」
全力で無視したいのに、キーアは火を使っているアルシェムにまとわりついた。
少しではあっても、お湯は跳ねるのだ。
だからこそ、アルシェムはキーアにこう告げた。
「危険だからあっち行ってろ。」
「危なくないもん!ねぇ、アルってばぁ!」
そのあともさんざんまとわりつくキーアを無視して、アルシェムは灰汁を取りつつ煮込んでいった。
「…よっし、完成。」
「む~…」
さんざん無視し続けたキーアはむくれていた。
それを横目で見て、アルシェムは全力でため息をついた。
「…はー…いただきます。」
「あっちで食べないの?」
キーアの言葉を無視して、アルシェムは鍋から直接食べ始めた。
残る心配はない。
食べきれる量しか作っていないのだから。
「…あっつ…うん、でも仕方ねーかな?」
「アルってば、ちょっと~!」
キーアは完全に無視。
かまっていても仕方がないうえに時間の無駄だからである。
「もっしもっしもっしもっし…」
無言で食べること数分。
痺れを切らしたキーアがアルシェムに突進してきた。
「無視しちゃダメ~!」
「…っ、だあっ、もー!」
アルシェムは、こぼれかけた鍋を思いっきりシンクにたたきこんだ。
金属特有の派手な音を立てる鍋。
それに気付いたのか、レンがキッチンに突入してきた。
「どうしたの、アル!?」
「ほえ?」
何事かわからないかのようにキーアは首をかしげる。
しかし、アルシェムは冷たい目でキーアを見ながらレンにこう告げた。
「…何でもないよ、レン。食べ終わったから片付けるね。」
「…何かあったら言いなさいよ?アル。」
「ん、分かってるよ。」
纏わりつくキーアを追い払い、アルシェムは鍋を洗い終えた。
危険だと言っているのに、まだまとわりつくキーア。
ただ構ってほしいだけなのだろうが、アルシェムにしてみれば鬱陶しいだけのガキだった。
鍋を拭き終わり、食器を全て片づけたところでアルシェムは首を回しながらこう言った。
「ふー、終わった終わった。」
「アル!キーアと一緒に寝よう?」
こてん、とあざとく首を傾げて言うキーア。
だがしかし。
アルシェムは非情にもそれを無視してセルゲイに話しかけた。
「あ、課長。」
「何だ?」
「ちょっと用事が出来たんで出ますね。」
その時のアルシェムは、疲れ切っていた。
それはセルゲイから見てもわかった。
だからこそ、セルゲイはこう告げた。
「…程々にしておけよ。」
「分かってます。レンは残っててよ?」
「分かってるわ。」
そのまま外へと向かおうとするアルシェム。
見送りは、なぜかキーアだった。
「行ってらっしゃーい!」
アルシェムは、それからあてどなくクロスベル市内をさまよった。
「…寝られるかってーの。発狂するわ…」
そのつぶやきは、誰にも聞かれることはなかった。
ふらふらと歩きながら犯罪者を取り締まり、困っている人を助け、時には酔っ払いを介抱する。
「助かるよ、支援課の人!」
「また困ったことがあれば支援課か遊撃士協会に持ち込んで下さいね。」
「ああ!」
そんな会話をルーティンワークのように繰り返して。
深夜になるまで徘徊したアルシェムは、自室へと戻った。
「…只今…って。」
「くー…くー…」
そこには、ベッドで寝るキーアとそれを嫌ったレンが机に突っ伏して寝ていた。
レンを起こさないように階下へと連れだし、膝枕をしてぽつりと嘯いた。
「…寝かせる気ねーだろ、あのクソガキ…」
アルシェムはそのまま机に突っ伏して寝た。
暫く、そんな日々が続いた。
キーアは誰でも彼でも構いたがる。
それは、アルシェムにも例外ではなかったから。
ある意味アンチキーア。
では、また年が明けて、一息ついた時分に。