雪の軌跡 作:玻璃
ここは切らないとたぶんまずい。
では、どうぞ。
IBCから支援課ビルに戻ったアルシェムに、セルゲイが話しかけた。
「おう、アルシェム。お客だぞ。」
「只今課長。…って、アガットじゃねーの。」
セルゲイに言われてソファーを見ると、そこにはアガットがいた。
その反応を聞いてセルゲイが目を細めて問うた。
「知り合いか?」
「言わずもがな。」
「お前、いっそ遊撃士に鞍替えしたらどうだ?」
ため息をつきながらそういうセルゲイ。
しかし、アルシェムには無用の言葉だった。
「却下。一度辞めた以上は戻らねーって決めたもん。」
「そ、そうか…」
そのままセルゲイはコーヒーを淹れにキッチンへと向かった。
それを見たアガットはこう漏らした。
「…何だ、結構上手くやってんじゃねぇか。」
「何?心配してた?」
「んなわけあるか。」
「はっは、だよね。…で、用件は?」
アルシェムはここで仕事モードに切り替えた。
こっそりセルゲイがコーヒーを出しているがそれに手も付けない。
アガットも切り替えて言葉を吐いた。
「昨日の件だ。奴らを鍛えるっつう依頼になるんだろうがよ。」
「報酬の相談か…っても、わたしに出来ることって少ねーんだけど。」
「テメェにゃ溜め込んだセピスがあるだろうが。」
暗に、それで報酬を払えとアガットは言っているのである。
一番アルシェムの懐が痛まずに、それでいて一番アガットが儲かる方法。
アルシェムは、珍しく譲歩をすることにした。
「何なら、ENIGMAⅡがそろそろ実用化されるからクオーツにしよーか?」
「分かってんじゃねぇか。」
「…んじゃ、手始めにこれが手付け分。」
そう言って、アルシェムはアガットにマスタークオーツ(シュバリエ)を渡した。
火属性で、かなり強力なクオーツだ。
「…これは…」
「火属性のマスタークオーツ。効果は使ってのお楽しみだよ。」
「…多すぎる。これなら、2カ月位の報酬になるぞ…?」
唖然としながらも言葉を漏らすアガット。
しかし、アルシェムとしてはこれだけでは全然足りないと感じていた。
この先、クロスベルは混乱に見舞われる。
それがわかっているからである。
「危険手当とお詫び込みで。」
「それでも多すぎるだろうが。」
「…《赤い星座》が動いてる。《黒月》もまだ排除出来ねー。それに、多分《身喰らう蛇》が動き始める。この見通しでも?」
低い声で、小さくそう告げたアルシェム。
その言葉にアガットはわずかに目を見開いて小さくため息をついた。
「…分かった。確かに引き受けたぜ。」
「分かってくれて何より。セピスくらいは分けるから、どーしても足りなくなったら言ってよ。」
「助かる。」
これは追加報酬になるのだが、それはさておき。
どうしても気になったので、アルシェムは仕事モードから力を抜いて尋ねた。
「…そーいえばアガット。課長に挨拶した?」
「まあ、名前くらいは…」
「じゃー、改めて。リベールの有望な若手遊撃士、《重剣》のアガット・クロスナーだよ。」
キッチンから戻ってきたセルゲイに向かってアルシェムはアガットを紹介した。
するとセルゲイは煙草を灰皿に押し付けてこう答えた。
「…ほう、やっぱりあのアガットだったか。」
「…何で知られてんだ…?」
「リベールの異変関連じゃねーの?」
それ以外にもアガットは活躍しているのだが、あえてアルシェムはその答えを選んだ。
一番規模が大きくて名が知れそうな出来事だからである。
「そ、そうか…」
「セルゲイ・ロゥだ。宜しく頼む。」
セルゲイは鷹揚にあいさつした。
それに、アガットはこう願い出た。
「…なあ、セルゲイさんよ。特務支援課の他の連中と手合わせしたいんだが。」
「あら、何ならレンと手合わせする?」
レンはアガットの背後に立ってそういった。
しかし、アガットは驚きすらしなかった。
気づいていたのだろう。
アルシェムはレンに声をかけた。
「あ、レン。只今。」
「お帰り、アル。アガットお兄さんと手合わせして来て良いかしら?」
「程々にね。」
レンとアガットは、外へ出て行った。
どちらも戦闘狂のケがあるようだ。
そんなレン達を見てアルシェムは嘆息した。
「…全く。」
「見に行かなくて良いのか?」
「依頼は?」
「今はないぞ。」
ニヤニヤしながら言うセルゲイ。
意地が悪い、というべきなのかどうなのか。
アルシェムは、顔をしかめながらセルゲイに背を向けた。
「…行ってくる。」
アガットの気配を辿り、アルシェムは東クロスベル街道へと向かった。
そこでは、凄絶なまでの戦いが繰り広げられていた。
触れればひとたまりもない攻撃が入り乱れている。
アガットの攻撃は単純に喰らえば潰されて戦闘不能になる攻撃。
そして、レンの攻撃は腱や筋を狙った一撃で物理的に動けなくなる攻撃。
どちらにせよ、危険すぎる戦いでもあった。
それを見たアルシェムが現実逃避気味にこう漏らすくらいには。
「…わーお。」
「ダイナストゲイルっ!」
強烈な連撃を食らわせようとクラフトを発動するアガット。
威力だけは折り紙つきである。
ただし、レンには当たっていない。
軽やかに避けながら、レンはアガットを挑発しつつ鎌を投擲した。
「甘いわよ、アガットお兄さん!そーれっと!」
「うおっ!?…この…うをぉぉりゃあぁぁっ!」
いきなり闘気を爆発させたアガット。
その闘気は、竜をかたどった。
無論、アガットのSクラフトである。
その闘気に弾き飛ばされて地上を転がるレン。
「きゃっ!?…このっ…って、ちょっと!?」
「らあああっ、だああああっ!」
飛び上がる意味はない。
いや、強いて言うならば落下のGをも攻撃の威力に上乗せしているために意味がないとは言わない。
ただし、人間相手に使うには少々威力が強すぎた。
冷や汗を流しながら焦るレン。
「…逃げて良いかしら?」
「ドラゴォォォン、ダァァァイブッ!」
轟音が鳴り響いた。
地面にたたきつけられたアガットと、衝撃で吹き飛ばされたレン。
因みに、レンは攻撃を受けたわけではなかった。
まさしく衝撃だけで吹き飛ばされたのだ。
「きゃあああっ!?」
「…へっ、俺の勝ちだな!」
クレーターの上で勝ち誇るアガット。
しかし、アルシェムはそんなアガットに拳骨を落とした。
「んなわけねーでしょこのタコがっ!」
「なっ…」
「地面に穴空けんじゃねーわよっ!ほら、とっとと直す!キリキリ動かねーと禿げさすよ!?」
「お、おう…」
アガットは、数分もかからないうちに穴を埋め直した。
やけに手際が良かったのは気のせいではないようだった。
舗装まで元に戻しているあたり、手慣れているとしか言いようがない。
直し終わって、アガットはバツ悪げにこう言った。
「…わ、悪ぃ。」
「…ね、アガット。」
「何だ?」
アルシェムは、外れていてほしいと思いながら恐る恐るこう聞いた。
「練習相手はレオン兄でしょー?」
「ああ…何か知らんがよく付き合ってくれるな。」
さらっと答えるアガット。
どうも、仲がいいようだ。
「通りで手強いわけだわ。まさか、レーヴェの手解きに着いて行けるだなんて…天変地異の前触れかしら?」
「や、ゼムリア大陸に亀裂でも出来るんじゃねーの?」
アルシェムとレンのあまりのいいように、アガットは突っ込んだ。
「何でアイツがそんなに人外設定なんだよ!?」
「「だってレーヴェ(レオン兄)だもの(し)。」」
「酷ぇ…」
アルシェムは、レンとアガットと連れ立って東通りへと戻った。
あと一話で閑話は終わります。
下手な章より長いってどういうことなのこれ。
では、また。