雪の軌跡 作:玻璃
今日は天皇誕生日。
祝うのはいいけど、あの人たちに日本国籍がないのを知ってる人って何人いるんだろう。
では、どうぞ。
アルシェムは、ゆっくりと歩いて支援課ビルへと戻った。
すると、セルゲイがアルシェムを出迎えた。
「おう、お帰り。」
「あ、課長。暫く長引きそーですよ、ワジからの依頼。」
「…ほう?」
興味深げにセルゲイはそう声を漏らした。
それに、アルシェムは白々しく答えた。
「恐らく、自警団か何かを作りたいんじゃねーですかね。」
「…なるほどな。お前はどう思う?」
「悪くはねー。ただ、実力が足りてねーから鍛え直す必要はアリかな。」
情報だけは流して、いずれ連携してもらわなければならない。
アルシェムはそう考えていた。
ある意味では、警備隊も警察も信用していないとも取れる。
戦力は、多いに越したことはないのだ。
抑止力にもならない量だが。
「…そうか…」
「あっ、明日わたしちょっとエプスタイン財団に顔出しに行きますから。」
あいさつ代わりに、ではない。
アルシェムは明日、エプスタイン財団にケンカを売りに行くのだ。
研究者として。
そんなアルシェムの内情も知らず、セルゲイはこう言った。
「…ラッセル博士のお孫さん関係か?」
「いや、ティータじゃなくて新作の戦術オーブメント関連。」
「…そういえばお前、ツァイスに留学してたんだったな…」
諦めたようにこぼすセルゲイ。
この辺りは諦めてもらわなければならないだろう。
そう思って、アルシェムは言葉を吐いた。
「常識を疑うのは勝手だけどさ。今はなりふり構ってらんねーでしょー?」
「確かにそうだが…」
まだ懸念の色をにじませるセルゲイ。
その懸念を払しょくできるように、アルシェムは言葉を付け足した。
「ちゃんと仕掛けはしてあるよ。…兎に角、わたしはこのまま寝るけど。」
「ああ。とっとと寝ろ…くあっ…」
そのままセルゲイは自室へと戻っていった。
アルシェムも自室に戻る。
「只今、レン。」
「あら、お帰りなさい。」
レンがとてもイイ笑顔でアルシェムを出迎えてくれた。
それも、何かをやりきったかのような顔で。
「…何かとってもモノが消えてる気がするんだけど…」
「気のせいよ。」
「…ま、いーか。」
部屋の中が妙に広くなっているのだが、アルシェムはそれを見なかったことにした。
どこに行ったのかはわかりきっているからだ。
後で交渉の道具に使うべく、アルシェムは思考を頭の隅に追いやって即席の机に座った。
それを見たレンは問いを発した。
「あら、何か作るの?」
「ちょいと戦術オーブメントをね。」
「…そ、そう…」
なぜかレンが引いていた。
結社でもノバルティスが作っていたはずなので引かれても困るだけである。
あまり高性能なオーブメントにはしないつもりだった。
ある意味では精巧だが、ある意味では欠陥品を作るつもりだからだ。
だからこそ、アルシェムの口から無意識に言葉が漏れた。
「…劣化版でいーか。」
「…これって…確か、あのネギの神父さんが持ってたオーブメントよね?」
「あっ。」
いつの間にか引いていた図面は、若気の至りで作った凶悪オーブメント(ただし影は薄い)とそっくりになっていた。
あわてて図面を引きなおすが、もう後の祭りだ。
ジト目でレンがアルシェムを見る。
「…アル作だったの…」
「若気の至りってことで。」
「自分の年齢を考えてから言いなさいよ?」
「てへっ。」
レンにジト目で見られつつ、横から口出しもされつつもアルシェムは合計10個のオーブメントを完成させた。
次の日。
アルシェムはロバーツに一報入れてからIBCに向かった。
IBCにつくと、即座に階上へと案内され、テンションの高いロバーツにつかまった。
「ああ、いらっしゃい!」
「こんにちは、ロバーツ主任さん。」
「ニュースだよ、ニュース!」
非情に興奮した様子のロバーツ。
しかし、アルシェムはそのニュースの内容に心当たりがあった。
確かにあれは一大ニュースだろう。
鬱陶しいので、先回りして答えを言うアルシェム。
「ティータが来てるんでしょー?知ってます。」
「ええっ!?」
ロバーツの顔に驚愕が浮かぶ。
まだ誰にも公表していないため、アルシェムが知っていることに驚いたのだ。
アルシェムはそれに構うことなくこう言った。
「ちょっと、戦術オーブメントについてお話があるんですが。」
「は、はぁ…ちょっと、会議室借りるよ。」
ロバーツは周囲の同僚にそう一言断ってから会議室へとアルシェムを案内した。
念入りに人払いした後、ロバーツは話を切り出した。
「…で、戦術オーブメントについてって…」
「あー、ちょっと作ってみたので見てほしーんですけど。」
「作っ…!?あ、ああ…」
全力で引きながらもアルシェムからオーブメントを受け取るロバーツ。
仕組みを解明すべくじっくりとみるのはさすが主任といったところか。
「一般人にも扱いやすくしたかったんですけどね。そーすると悪用されやすいですから。」
「…これは、君カスタムなのかい?」
ロバーの問いにアルシェムは首を振った。
こんなに生易しいスロットなら、アルシェムもオーブメントを自作しようとは思わなかった。
「いえ。わたしのオーブメントは幻3つと空と水縛りなので。一応、わたしみたいな極端な奴じゃなけりゃー、誰でも使えるよーにはなってます。」
「…あ、ある意味凄いね、それ…」
もはや残りに何のクオーツを入れても無駄である。
むろん、生まれが関係しているのは間違いないのだが、それはさておき。
「まーでも、高位アーツの縛りは人によりけりでありますよ。」
「そうなのかい?」
「個々人で交感出来る七耀の流れには手を出せませんからね。」
この辺りは、アルシェムも解明してはいない。
例が極端すぎるのである。
自身に始まり、クローディアしかり、アガットしかり…
とかく、スロット縛りは難しいのである。
ロバーツもそれに同意した。
「そうなんだよねぇ…」
「ですので、共通して入っているのは応急処置程度の回復アーツと下位アーツ数種が入っている程度ですよ。」
「…うん、誤作動はなさそうだね。それで、これをどうしたいんだい?」
ロバーツが本題を切り出した。
オーブメントは、死蔵するために作るものではない。
使うために作るものである。
だからこそ、アルシェムも慎重に言葉を返した。
「ちょっと、団体さんに貸し出したくて。」
「…それは、ちょっとどうかと思うけど…」
渋面でそう言うロバーツ。
しかし、アルシェムはこんな時のためにとっておきの言葉を吐き出した。
「あー、人間に攻撃アーツは発動しませんよ。」
「…え?」
しばし呆けるロバーツ。
アルシェムの言葉の意味が分からなかったのだろう。
アルシェムは言葉を付け足した。
「他人を傷つけるために作ったんじゃねーですから。」
「ど、どういう仕組みになってるんだい!?」
「企業秘密です。…実際にわたしに向けて撃って下さいよ、好きなアーツを。」
真剣な顔で、アルシェムはそう嘯いた。
ロバーツは半信半疑でアーツを発動させようとして…
出来なかった。
唯一発動したのは、回復と補助のアーツのみ。
それを何度も試して、ロバーツは恐る恐る言葉を吐いた。
「…今、君が細工してるんじゃないよね…?」
「違いますよ。そーゆー仕組みなんです。…何なら、これだけ全部試しますか?」
ばらっと机の上に並べる11個のオーブメント。
試すことはしないとわかっていたからこそ、アルシェムはロバーツに彼しか使えないオーブメントを渡したのだ。
「…いや…済まない。で、これは売ったりはするのかい?」
「しませんよ。その団体用にしか作ってませんから。」
「…分かった。許可を取りに行くよ。」
ロバーツは、異例のことながらもその有用性を理解した。
そして、腰を浮かした。
そんなロバーツにアルシェムは極上の笑みで言葉を付け加えた。
「許可は早いほーがいーんだけど、主任さん。」
「無茶だよ!?普通は1ヶ月は確実に掛かるんだからね!?」
ロバーツの絶叫。
だが、アルシェムはここで奇手を打った。
「ティータが持ってきたオーブメント、見たかな。」
「ああ、あれね。一体どこのアーティファクトかと思ったんだけど…」
「解体、した?」
笑ったまま、アルシェムはそう聞く。
ロバーツは興奮した表情のまま肯定した。
「ああ、勿論。」
「あれ、半分は許可ナシで勝手にレンがあげちゃったわたしの作品なんだよね。」
「…え゛っ。」
それを聞いて顔を青ざめさせるロバーツ。
他人の持ち物を無許可で解体するなど、あってはならないことだ。
しかも、ロバーツがやったのはそれだけではなかった。
「財団本部にも送っちゃったでしょー?」
「そっ、そのだね…あれはちょっとした事故で…」
「…ふーん。」
顔を真っ青にしているロバーツを後目に、アルシェムはENIGMAⅡ(改造済み)を取り出した。
そして、とある番号に呼び出しを掛ける。
通話の相手は、クロスベル市内ではなかった。
「えっ、ちょっ…」
「あーもしもし。はい、アルシェム・シエル。…耳元で怒鳴るの止めません?博士。」
どうやって電話を掛けたんじゃ!と、電話口でいきなり怒鳴られても対処のしようがないのである。
相手はアルバート博士だった。
理由は不明。
アルシェムの背後では、ロバーツがどこに連絡しているのかを知ろうと耳を澄ませていた。
「は、博士って、ちょっと…」
「そーです。わたしのですよ。レンがティータにあげちゃって…」
「え、誰に!?誰に掛けてるんだい!?」
ロバーツがかしましく騒ぎ立てる。
それを極力聞かないようにしながら、アルシェムは耳を澄ませた。
ENIGMAの先で、アルバート博士が言った。
済まん、実は解体してしまったんじゃ、てへ。
可愛くはない。
それに反応しないようにしながらアルシェムは言葉をつづけた。
「えー、構いません。ただ、お願いが。…言いましたね?」
「あああ、気になる…」
うずうずしながらアルシェムの周囲をうろつくロバーツ。
正直に言って鬱陶しいのだが、アルシェムは意図的に彼を意識するのを止めた。
「現物は届いてますね?…はい、それです。可及的速やかに許可がほしーんです。」
「一体、アルシェム君は誰と知り合いなんだ…」
ロバーツの声が鬱陶しい。
だが、それを言うわけにはいかない。
電話先では、アルバート博士が鷹揚にマードックの代わりに許可なんぞ出してやるわい、と言っていた。
つまり、マードック工房長は許可を出せない状況にある訳で。
「…え、いーんですか?…って、何してるんですか博士達!?」
「達!?って、まさか…まさかまさか…!?」
「こっ、工房長ーっ!?ちょっと、マードックさんに何やらかしたんですか!?」
ダン曰く。
エリカ博士とアルバート博士が喧嘩(日常茶飯事)。
エリカ博士とアルバート博士が共同開発。
エリカ博士とアルバート博士が同じものを違うコンセプトで作り上げる。
ラッセル家内戦ぼっ発。
被害者:全ての事態を収拾していたマードック工房長の胃腸。
マードックの名を聞いたロバーツが驚愕で歪む。
「ま、マードックって…」
「…お大事に、って伝えて下さい、ダン工房長代理…」
ああ、ありがとう、とダンは言った。
どうも疲れ果てているらしい。
鋼鉄の胃袋ならぬ、白金の胃袋が必要になるかも知れない。
鋼鉄ではないのは胃液で溶けないように、だが。
ダンの名を聞いたロバーツは飛び上がった。
「ツァイスにっ!?どうやってENIGMAでツァイスに通話してるんだい!?」
「後ろですか?エプスタイン財団クロスベル支部のロバーツ主任ですよ。…はー。分かりました。ありがとうございます。エリカ博士とアルバート博士に宜しくお伝え下さいね。では。」
アルシェムはそのまま通話を切った。
相変わらず、というよりもマードック工房長が心配である。
胃潰瘍どころの騒ぎではなくなっている可能性もあるのだから、もう少し自重してほしいものである。
それよりも、とアルシェムは切り替えた。
背後の非常識人に言わなければならないことがあったのでとりあえず言ってみた。
「…通話中は静かにしてて下さいよ、ロバーツ主任…」
「い、いや、済まない。それよりもさっきのって…」
「ZCFですよ。今、マードック工房長が胃潰瘍で入院中だそーで、全会一致でダン博士が工房長代理をやってるらしーです。」
どうもおかしな話である。
マードックが入院中ならば、工房長代理はアルバート博士のはず。
だが、それではアルバート博士の暴走を止められないと思ったのだろうか。
アルバート博士の娘婿、ダンが工房長代理を務めているようだった。
怯えた目でアルシェムを見るロバーツ。
「…い、胃潰瘍…?」
「多分、エリカ博士がリベールに帰郷したのが原因だと思いますけど。心労が二乗ですから。」
「そ、そうか…」
実際、密入国まがいのことをして帰還したという情報が入っている。
ぶっ飛んだ考えをするラッセル一家はある意味キチガイの巣窟だった。
…ティータも含めて、だ。
アルシェムは嘆息しながら愚痴を零した。
「全く…エリカ博士も優秀なんですけどね。学習しねーってーか、似てるって無意識に感じてもいーってーか。」
「まさか、ティータ君も…」
「ま、どんな影響を受けちゃってるかは知りませんけどね。優秀なのは分かってます。」
優秀なのは、である。
常識がぶっ飛んでいないかどうかは、この先のアガットの影響による。
喧嘩は気合いだ!
な、アガットでは少々心配ではあるのだが。
アルシェムの言葉を聞いてロバーツは胃を押さえた。
「あああ、僕も胃潰瘍になりたいよ…」
「因みに、一両日中に結果は出るそーです。サンプルとして1つ、差し上げますよ。」
さすがに鞭を与えすぎたと思ったアルシェムは、ロバーツ用に作っていたオーブメントを差し出した。
それを信じられないようなものを見る目でロバーツは恐る恐る手に取った。
「本当かいっ!?」
「ええ。」
「ありがとう!」
やったー、きゃっほーい。
そう叫びながら狂喜乱舞するロバーツ。
それを見てアルシェムは再び悪い笑みを浮かべた。
「…受け取りましたね?」
「…えっ?」
「返却は出来ませんから。」
そこまでアルシェムの言葉を聞いて、ロバーツは顔を青ざめさせた。
また何か要求されると思ったのだろう。
そして、それは正解だった。
「ど、どういう…」
「夕方、ティータを貸して下さい。」
「へっ!?」
全力で驚くロバーツ。
アルシェムは顔に笑みを張り付けながらわざとらしく首をかしげて言った。
「え、まさか無料で貰う気だったんですか?」
「いっ…いやいや、そういうのはティータ君に許可を取ってからだね…」
「ロバーツ主任は許可してくれるんですよね?」
「む、無論だとも!すぐにティータ君に伝えるよ!」
ロバーツが連絡を取っているのを、アルシェムはあくびをかみ殺してみていた。
それはどうも、呼び出しているだけのようだったが。
この場にティータが走ってきた。
「はいっ、お呼びですかー?」
「ああ、ティータ君。ちょっと君に頼みがあってね…」
ロバーツの言葉は、よりによってティータの言葉でぶった切られた。
哀れ、ロバーツ。
「あれっ、アルシェムさん?昨日の件ですか?」
「そ。昨日の件で、先生役をして欲しくて呼んだんだ。幸い、主任さんは許可してくれるしね。」
「そうなんですかー。あっ、アガットさんにも付いてきて貰わなくちゃいけないんですけど、良いですか?」
会話から置き去りにされているロバーツだが、アルシェムもティータも歯牙にもかけない。
ティータの言葉に愉快な文言が含まれているのを確認したアルシェムは、ティータに問うた。
「ティータ、アガットとどんな契約になってんの?」
「お母さんが言うには、アガットさんが私をずっと守ってくれるんです。」
満面の笑みでそう告げるティータ。
実際には、「毛一筋分でも傷つけてみなさい?エイドロンギアで踏みつぶしてあげるから。あ、盗まれてたわね、アレ。…チッ、ダン!ダンが今度はぶちのめしてあげるわよ!」である。
一瞬でそこまで察したアルシェムは、ひきつった笑みでこう答えた。
「そ、そーなんだ。アガットにもお願いする気だから、そのあたりは問題ねーかな。」
「良かったぁ…」
小さな胸をなでおろすティータ。
そこで、置き去りにされていたロバーツが言葉を漏らした。
「…根回しは済んでいたってことなんだね…」
「基本的に根回しはやんねーとね。じゃ、今日の用件はそれだけだから。」
「あ、アルシェムさん、レンちゃんに貰ったオーブメント、改造しても良いですかっ?」
「程々にね。」
目を爛々と輝かせたティータと疲れ果てたロバーツをしり目に、アルシェムは支援課ビルへと戻った。
くーりすますが今年もやってくる~。
… 来 な く て い い ぞ 、 永 遠 に な 。
では、また。