雪の軌跡   作:玻璃

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碧で一番扱いが変わった人。
きっとそれはヴァルドさんだと思うの。

では、どうぞ。


自警団

空港から出たアルシェムは、早急に支援課ビルへと戻った。

すると、セルゲイが煙草を吸いながら出迎えた。

「おう、どうだった?実家は。」

「実家じゃねーですからね?」

イイ笑顔でアルシェムはそう告げた。

実家ではない。

そんなもの、アルシェムには存在しないのだ。

それを見たセルゲイは怯んだ。

「そ、そうか…ああ、そういえばお前に名指しで依頼が来てたぞ。」

「え、誰から?」

「ワジ・ヘミスフィアからだ。場所は《イグニス》、詳細は後で、だと。」

セルゲイの必死の話題変えは功を奏した。

少なくとも、アルシェムはプレッシャーを放棄してくれたからだ。

アルシェムは溜息を吐いてこう言った。

「分かったよ。…あ、レン。待機しててくれる?」

「ティータを待たなくちゃいけないものね。分かったわ。」

「じゃ、また後で。」

レンと別れたアルシェムは、《イグニス》へと向かった。

中の気配は、サーベルバイパーだけではなかった。

アルシェムは内心嘆息して、深呼吸ついでにおまじないをしてから《イグニス》へと足を踏み入れた。

「…珍しー取り合わせってーか、何てーか…」

「…ワジ…正気か?」

「うん、至って正気だよ。」

にこりと笑うワジ。

下手な女ならば落とせるだろうその笑みに、しかしアルシェムは反応することはなかった。

彼が彼ではなく彼女でもないことを知っていたからだ。

それはさておき。

舐めている、と思ったヴァルドがワジを睨みつける。

「馬鹿にしてんのか…?」

「してないよ。彼女は実力者だからね。」

含み笑いをするワジ。

それで、一気にサーベルバイパーとヴァルドが殺気立った。

それを見て若干後ずさるアルシェム。

既に恐怖心は凍らせてあるのでそう言う意味での対策は万全だ。

「えーっと、ワジ?わたしに何やらせる気?」

「はいこれ。じゃ、始めようか。」

一斉に襲いかかるサーベルバイパーとテスタメンツ。

妙に連携のとれたその動きに、一瞬虚を突かれるアルシェム。

「へっ!?」

「挟め!」

「ちょっ、いきなり何を…」

アルシェムの声を聴くことなく、サーベルバイパー・テスタメンツの全員が襲いかかってきた。

それも、手に謎の球を持って。

微妙にゆがんだ星が描かれているのはなぜだかわからない。

冷静にそこまで見て取って、アルシェムはその謎の球を避けた。

舌打ちするのは、アゼルだ。

「…っち、すばしっこいな…!」

「…ペイント球か。じゃ、これは人数分…ねーの!?」

ため息をつきながら、アルシェムは飛んでくるペイント球をソフトに受け止めることを選択した。

取りあえず、リンチではないと分かっただけ上々だ。

そのままペイント球をバラまくと、テスタメンツは早々にリタイアした。

そもそもの反射神経と運動神経の鈍さが出た形だ。

行動不能にしたテスタメンツからペイント球を奪うアルシェム。

「なっ…!」

「ちょいと貰うよっ!おらー!」

ペイント球を乱射するアルシェム。

狙いを定めずに投げているように見えるが、全てが計算された軌道の上。

投げられたペイント球の全てがサーベルバイパーに突き刺さった。

何気にサーベルバイパーの壁に隠れていたアゼルが叫ぶ。

「は、早い…!?」

「あんたらが遅ぇのよ!」

「っ、ち!」

舌打ちをするヴァルド。

そのまま子分に大量のペイント球を運ばせてばらまいてくる。

それを見たアルシェムは、避けながら思わず声を上げた。

「うわっ、大人気ねーな!?」

「ヴァルド!」

「命令すんじゃねぇ!」

今度は十字砲火。

ワジとヴァルドが挟み込んでアルシェムを狙っている。

しかし、これだけ人数が減ればもうどうとでもなる。

位置を調整し、ワジとヴァルドがお互いにペイント球を投げるその瞬間にアルシェムは彼らの視界を遮った。

そして。

ワジとヴァルドは、お互いが投げた球でリタイアした。

「…やれやれ、やっぱり負けたか。」

「え、勝負してる気でいたの…?」

軽く戦慄したような顔でそう告げるアルシェム。

何かの遊びに付き合わされたわけではないと、今のアルシェムには分かっていたのだが。

それでもそう答えたのは、おちょくっていただけだ。

アルシェムの言葉を聞いたヴァルドは、殺気をにじませながらワジに告げた。

「…殴って良いかワジ。」

「ダメだよ。まだ依頼の用件は終わってないんだから。」

「次は何やらされんの…?」

呆れながらアルシェムはワジの行動を見ていた。

それを後目に、ワジはダンボールを並べだした。

サーベルバイパーも手伝い、そして、すぐに完成した。

それは、即席の机だった。

ワジはとてもイイ笑顔でこう言った。

「はい、反省会やってよ。」

「さっきのお遊びの?はっきり言って話になんねーよ。連携は滅茶苦茶。あれなら合同でやってる意味がねーよ。」

「ぐはっ…」

まるでコントのように落ち込む一同。

ここで息が合うのならば先ほどもできたはずである。

それなのにできないのは、おそらくは意地が関係しているのだろうと推測できた。

だからこそ、アルシェムは言葉を投げかけた。

「総評。連携すら出来ねーくらい仲悪いのは見てりゃ分かったけど、やる気だけは買ってあげる。」

「つまり、合格かい?」

呆れたようなワジの声。

本来ならば、本気を出しさえすればワジでもアルシェムに一撃を入れることだってできたはずなのだ。

それをしなかったのは、ひとえにたくらみがあるからである。

だからこそ、アルシェムはそのたくらみに乗った。

「及第点あげられるよーに頑張ってよ。教えてはあげるから。」

「んだと…?」

剣呑な光を宿してアルシェムに近づくヴァルド。

どうも沸点が低いらしいが…

それを文字通り粉砕する場違いな声が聞こえた。

「あっ、アルシェムさんから離れて下さいっ!」

「…はぁ?」

「はっ、離れてくれないと、こうなんだからぁっ!」

登場したのは、皆大好き紙装甲幼女ティータである。

目を見開いて、ティータは導力砲を放った。

その砲弾は過たずヴァルドの方を向き。

当たる直前にアルシェムに撃ち落された。

それを知ってか知らずか、ワジが声を上げる。

「ヴァルド!」

ティータは止まらない。

前を見据えて、狙いをつけて執拗にヴァルドを狙うティータ。

最初のうちは避けきれていたのだが、如何せん戦闘経験が違いすぎる。

追い詰められそうになったヴァルドの前に、アルシェムは飛び出した。

「だぁっ、止めなさいティータ!」

「でっ、でもでもっ、アルシェムさん…」

必死に抗弁しようとするティータ。

しかし、事情を知っているアルシェムとしては滑稽でしかないのだ。

簡単な言葉で、アルシェムはティータを止めることに成功した。

「別に絡まれてたわけじゃねーから。」

「ふえっ!?」

わたわたと混乱し始めるティータ。

すると、そこに全力疾走でアガットが駆け付けた。

バーン、と扉をぶち壊しかねないその動きはただのろりこn「言わせねえ!」にしか見えなかった。

「おいチビ、ここか!?」

「あ、やっほーアガット。」

ひらひら手を振るアルシェム。

それを見たアガットは警戒を薄めた。

まあ、警戒を最後まで解かないのは正解か。

アガットはこうぼやいた。

「どういう状況だよ…」

「…誰だ?」

ヴァルドが誰何の声を上げる。

まあ、キャラがダダ被りの彼が出て来たことで警戒するのは仕方がないことだろう。

それでもアルシェムはアガットを紹介した。

「遊撃士のアガット・クロスナーだよ。…あ。」

「どうしたの?」

「サーベルバイパーの皆、アガットが先生ね。」

それを聞いた瞬間。

サーベルバイパーの一同からの視線がアガットに突き刺さった。

特に顕著だったのはヴァルド。

目を細めて、一言こう漏らした。

「…ほう?」

「いきなり何言い出すんだよ!?」

目に見えるほどの動揺。

動揺のあまり、アガットはアルシェムに突っかかる。

「レイヴンの更正が出来たアガットなら簡単でしょー?得物もあいつらと似てるし。」

「無茶言ってんじゃねぇ!あいつらは良く知ってるが、こいつらは全く知らねぇぞ!?」

自信がないわけではないが、アガットとしてはティータの警護だけで勘弁してほしかった。

何せこの依頼、精神の摩耗率が高いのである。

主にエリカのせいで、だが。

だからこそ、アルシェムはアガットを煽ることにした。

「へー、自信ねーの?」

「…んだとコラ。」

「え、自信がねーから言い訳してんじゃねーの?」

ここまで言えば問題ない。

アガットの煽り耐性は、限りなく低かった。

…おもにティータが関連しない時に限るが。

「…上等だぜ…更正だろうが何だろうがやってやる!」

「…乗せやすい人だね。」

「えーっ、こんなニワトリみたいな奴に…」

文句を言おうとするコウキ。

しかし、アガットはコウキに向かってこう告げた。

至極もっともな意見を、だ。

「ソイツもニワトリの鶏冠みたいじゃねぇか!」

「んだと…?」

相対するアガットとヴァルド。

横から見れば、髪型だけではなく雰囲気までも似ていた。

得物も似ている。

だからこそ、アルシェムはサーベルバイパーの師をアガットに任せた。

「に、似てる…」

「あ、あのあのっ、これ、どういう状況ですか…?」

状況が読めずに困惑するティータ。

無理もないだろう。

アルシェムが襲われていると勘違いした上に違うといわれ、さらには愛しのアガットが先生になるといわれては混乱もするだろう。

そこで、要約気が付いたかのようにワジがティータに目を向けていった。

「…そういえば、その子は?」

「あ、えっと、初めまして。エプスタイン財団に出向してる、ZCFのティータ・ラッセルです!」

「ワジ・ヘミスフィアだよ。一応、テスタメンツのリーダーみたいなことをやってるかな。」

「…《鬼砕き》のヴァルド・ヴァレスだ。」

威圧しながらでも挨拶はする。

それにならって紹介をしていくサーベルバイパーとテスタメンツのメンバーたち。

律儀な不良どもである。

それを見たティータの感想は一言だった。

「わぁ、何だか怖そうな人達ですね!」

「ティータ、それテンション上げて言うことじゃねーから…」

「ぶっ…」

思わず噴き出したのはワジだ。

相変わらず、沸点が低い。

それすら耳に入れずに、ティータは困り果てた。

「…そ、そういえばそうかも…はうう~…」

「…何この可愛い生き物。」

妙に目を輝かせながら、ワジはそう言った。

すると、アガットは妙に真剣な顔をしてワジを睨みつけた。

次いで、こう言った。

「テメェにゃやらんぞ。」

「え、ロリコ…」

「断じて違うからな!?」

否定はしても、事実にしか聞こえない。

それがアガットクオリティ。

恐ろしい男である。

「あははっ、冗談だよ。…で、ラッセルってことはこの子、もしかして…」

「ん、アルバート・ラッセル博士はティータのお祖父さんだよ。」

端的に答えを示してやるアルシェム。

それ以外の説明は出来ない。

というよりも、それ以外の説明はない。

それを聞いて興味深そうな顔をするワジ。

「へぇ…」

「…ワジ、ラッセル博士って…」

「だ、誰、だ?」

そんなことすらも知らないテスタメンツのメンバーたち。

否、知っていたとしても結び付けられなかったのだろう。

彼女が、ラッセル博士の関係者だということに。

「それはティータ博士に聞けば良いんじゃない?」

「はわわっ…ま、まだ博士じゃないですよー…」

わたわたと否定するティータ。

ちなみに顔は真っ赤である。

そんなティータをからかうようにワジは問うた。

「そうなのかい?」

「ま、まー、でもオーブメントについては結構詳しーよ?」

「…そうなの?」

「そんな、アルシェムさんには敵いませんよー。」

ティータは全力で謙遜した。

だが、知識だけでなく技術も兼ね備えたティータは、今ならば凄腕技術者になれそうである。

この先も情報収集や研鑽を怠らなければ、だが。

説明するのも面倒だったので、アルシェムはティータを(精神的に)持ち上げた。

「や、最新技術はちょっと。」

「え、えと、じゃあ僭越ながら…おじいちゃん、あ、えっとアルバート・ラッセル博士は導力革命の父って呼ばれる凄い人なんです。」

そこで手を挙げたのはテスタメンツのキーンツ。

どうでもいい情報だが、彼の親はウルスラ医大で医者をやっている。

「先生、導力革命とは…?」

「平たく言っちゃうと、オーブメントを実用化したのがおじいちゃんなんです。導力を発見したのは別の人ですけど。」

「な、なるほど…」

ふむふむ、と地味にノートを取りながら聞く一同。

サーベルバイパーまでもが大人しく聞いていたのは意外ではあったが、アルシェムがノートを覗き込むと板書ではなく落書きだったので静かに鉄拳制裁しておいた。

それには目もくれず、ティータは真面目に授業を続けた。

「それで、導力が使えるようになったことで色んなことが出来るようになったんですよ。その例を挙げてみて貰えますか?」

「導力灯とか…」

「せ、戦術用オーブメントとか、と、兎に角何かしら自動で動くもの…か?」

他にも一通りの答えが出たところで、ティータは例を締め切った。

そして、目をキラキラさせながら小さい体を目いっぱい使って説明を続けた。

「そうですね、七耀石からエネルギーを取り出して動くもの全般を言います。レンちゃん…あ、えっと、私の友達から貰ったものですけど、頑張ればこんなものが作れちゃいますっ!」

ティータが効果音と共に懐から取り出したのは、アルシェム力作の冷風機だった。

円筒型で、内部には蒼耀石と翠耀石が仕込まれている。

「えっ、ちょっ、それ冷風機!暑いときに使う予定だったのに!」

アルシェムは愕然とした。

結構力作だったのだ。

熱さが苦手なアルシェムにとっては必須のものだというのに。

レンはそれをティータにあげてしまったようだった。

その言葉を聞いて首を傾げるアゼル。

「冷風機…って、何だ?」

「えっと、レンちゃんが言うには、ここのスイッチを入れると…」

ティータの小さな指がスイッチに触れる。

すると、中のプロペラが回りだして円筒形の管から冷たい風が漏れ始めた。

それを肌で感じ取って歓声を上げる一同。

「おっ…おおお!」

「涼しい…」

「…暇なの、君。」

ワジのジト目を受けるのはなかなか新鮮である。

アルシェムはワジの言葉を聞いてそう思った。

ただし、暇だったのは事実なので素直に応える。

「あれはまー、うん…暇だったかなー…」

「えと、ここまでで質問はないですかっ!?」

そこから、質問が多発した。

どうでも良いことから、穿った質問まで。

それでも、ティータは丁寧に全てに回答してみせた。

答えられないことは、宿題にさせて貰うほどの熱心さだ。

「…凄いね、彼女。」

「あれでもラッセル博士の英才教育を受けた天才だからね。」

「て、天才なんかじゃないですよー。」

わたわたと手を振りながら言うティータ。

天才ではない。

その言葉を言う天才が、どのくらいいることだろうか。

才女、というレベルではない。

ティータ・ラッセルは、まぎれもなく天才だった。

「…ま、いーか。」

「へっ?え、ええっとお…」

「どーせENIGMAを持てるよーにするだけの暇はねーしね…」

今からENIGMAを持たせられるようにするだけの許可を取る時間はない。

クロスベルの状況はそこまでひっ迫しているのだ。

それを聞いたヴァルドが眉を顰めてこういった。

「…どういうことだ。」

「後でのお楽しみ。…で、毎日来なきゃいけねーかな、ワジ。」

「え、来てくれるの?」

ワジは期待した目でアルシェムを見た。

しかし、アルシェムはその期待に満ちた目を完全に無視した。

「わたし、この場には必要ねーもん。」

「…じゃあ、どうするつもり?」

「アガットとティータさえいればこの場は事足りる。」

断言するアルシェム。

戦闘訓練という意味でも、社会勉強という意味でもアルシェムは事足りると感じていた。

それにワジが不満げに言葉を漏らした。

「…いや、テスタメンツも有事の際には動きたいから戦闘訓練をして欲しいんだけど。」

「武器、どーやって準備する気?スリングショットだけじゃ有事には備えらんねーよ。」

「…それは…」

黙り込むワジ。

そこに、何かを決意したかのような顔でティータが口を挟んだ。

「…あの、アルシェムさん。」

「どーしたの?ティータ。」

「この人達、誰かを守るのに武器が必要なんですよね?」

その決意は、どうやら武器に関することのようだった。

アルシェムにもわかっていた。

既にオーバルギアの後身としてエイドロンギアの開発までも手掛けたティータが覚悟したことを。

兵器というものが生む、悪意の弊害を飲み下す覚悟。

それでも、アルシェムは止めなければならなかった。

「うん。そーだよ。」

「…これから、クロスベルは危険になって行くんですよね…?」

「…そーだね。火種は至る所にくすぶってる。」

事実、ルバーチェが崩壊したことで火種は大量にわき出て来ている。

そのための自警団なのだが、その説明は今は必要ない。

「…武器が、あれば良いんですよね。」

何かを確認するように聞くティータ。

アルシェムは何となくティータが何を言いたいのかを察した。

何をしたいのかさえ。

故に、アルシェムはティータを嗜める。

「ティータ、それ、どーゆー意味か分かってて言ってる?」

「分かってます。私は武器になりうるものを作ってるんだって。」

武器になり得るもの。

それは、導力砲でもあり、共同開発していたオーバルギアでもあった。

ただし、ティータに覚悟がないわけではない。

それは、分かっていた。

だが、認めるわけにはいかない。

だから、分かりやすい言葉でアルシェムは更に説得を試みる。

「それを積極的に渡せば、ティータはその年で武器商人になるんだよ。」

「…分かってます。」

真剣な目をして。

絶対に譲るまいと、ティータは語っていた。

だが、アルシェムはそんなことをさせるつもりはなかった。

だから、ティータの決意をぶった切った。

「でもダメ。」

「ど、どうしてですか?」

縋るような眼でアルシェムを見るティータ。

それを直視しないようにして、アルシェムはティータにこう告げた。

「武器が必要ない戦い方を覚えて貰うからだよ。」

「…それって、頭を使って戦うってことですよね。」

頭を使って戦う。

それならば確かに武器は必要なかった。

だが、アルシェムが言いたいのはそういうことではない。

だから、こう言った。

「ま、半分正解かな。」

「半分、ですか?」

「誰がENIGMA以外のオーブメントを持たせないなんて言ったかな?」

アルシェムは薄く笑ってそう告げた。

それを聞いたティータは、目を大きく見開いた。

「え、じゃあ…」

「そ、わたしが作る。」

「…作れるの、君。」

あきれたようなワジの突っ込み。

それさえも、アルシェムは軽く流して答えた。

「作れるよ。その代わり、セピスは集めてきて貰うけど。」

「えっ、アルシェムさん、あんなに持ってるのにまだ必要なんですかー?」

「…修行だよ、修行。工房と遊撃士の関係と一緒だよ。」

まだセピスが必要だなんて、言えるわけがなかった。

大量のセピスを集めてまでも、アルシェムにはやるべきことがあった。

それを今明かすつもりはない。

だからこそ、次のスラッシュの発言は渡りに船だった。

「あ、強くなればなるだけオーブメントを開封するっていう…」

「扱えねー力なんて、無駄なだけだからね。」

「…そう、ですね…」

ティータはそのまま考え込んでしまった。

後でフォローを入れなければ暴走するかもしれない、と感じたアルシェムは開発段階だけでもかかわらせなければならない、と考えた。

それでも、今はここで悩んでいる時間はない。

「はい、んじゃ、今日は解散。」

手を叩いてそういうが、聞いていない人間もいた。

アガットとヴァルドだ。

「何だとぅ!?」

「やんのかコラ。」

アガットが教師役、と告げた時からずっと彼らは喧嘩し続けていたのだ。

暇人である。

それを見て、ワジがのんきにこう告げた。

「…仲良いねぇ、ヴァルドとアガットさん。」

「ま、喧嘩するほど仲がいーって言うしねー。」

実際には、アガットがロリコンであるだけだが。

最近はティータもアガコンになっていた。

ちなみに、アガットコンプレックスの略である。

アガコンなティータがその場に爆弾発言を投下する。

「アガットさん、アガットさん、早く帰りましょう。私、腕を振るっちゃいますから!」

「おい待て、今日くらいは休んでおけよ。この先は長丁場なんだからな。」

「はうっ、でも…」

漫才のような掛け合いを続けるアガットとティータ。

それを見てテスタメンツのメンバーはこう漏らした。

「ロリコン?」

「…夫婦?」

「幼妻じゃないか。」

などなど。

むろん、一番多かったのはロリコンである。

それを聞いたアガットはがんを飛ばす。

「…あ゛?」

それを見たアルシェムは、笑いをこらえながら声をかけた。

「どーどー。」

「俺は馬か!?」

「あ、鶏か。」

「鶏冠じゃねぇ!」

「不死鳥だっ!」

…ちなみに最後の言葉はヴァルドである。

鶏呼ばわりだけはだめなようだ。

それを聞いて、腹筋が崩壊したのかワジが声を漏らした。

「ぶっ…」

「…あん?」

「くっくっくっくっ…あはははは…!面白いね、君!」

全力で笑い続けるワジ。

腹筋を鍛えているわけではないだろうが、いい運動にはなりそうである。

「見せ物じゃねぇよ!」

「ぶっ…くくくく…」

なおも笑い続けるワジ。

それについていけなくなったのか、アガットは苦虫をかみつぶしたかのような顔をした。

そしてティータに声を掛ける。

「…チッ、おら行くぞ、ティータ。」

「はっ、はいっ!」

アガットとティータはそのまま《イグニス》から去っていった。

その間もワジは笑い続けていた。

腹筋が鍛えられそうである。

アルシェムは嘆息してワジを嗜めた。

「ほら、ワジ。笑ってばかりいねーでさ…」

「いや、ごめんごめん。でもあまりにも面白くて…っくっくっ…」

これからも頻繁に笑いの発作にとらわれることになるとはついぞ思わないワジだった。

「わたしも帰るよ?」

「…また稽古をつけに来てよ。僕達なりにクロスベルを守りたいんだからさ。」

「分かったよ。頻繁に来るから…頑張って。じゃっ。」

ひらり、と手を振ってアルシェムは《イグニス》を後にした。

 

後日――

話し合いの末、彼らは自警団を結成することとなる。

三日三晩の口論の末、珍しくも言い負かされたワジによって自警団の名前が告げられた。

S&T自警団。

名前の由来を聞くと、彼はこう答えたという。

「え、サーベルの連中が前衛で僕らが基本的に後衛だからだよ。」

…身もふたもない理由であった。




8935文字。

…何があった、わたし。

では、また。

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