雪の軌跡 作:玻璃
では、どうぞ。
定期船から降りて変装したアルシェムは、教会に入っていった。
そこで声をかけてくるのは貞淑なシスター…
ではなかった。
「よう、久し振りだなストレイ卿。」
にやにや笑うアイン・セルナート総長その人だった。
「久し振り、総長。早速報告に行きたいんだけど…」
「ああ、構わんよ。」
アインと別れ、アルシェムは謁見の間へと向かった。
神経を尖らせながら。
謁見の間に入って、最初の瞬間の気配を逃さないように。
そして、アルシェムはその気配を逃すことはなかった。
玉座に座った教皇が、アルシェムに声を掛ける。
「久方振りですね、守護騎士ストレイ。」
「長い間、ご無沙汰しておりました。守護騎士エル・ストレイ、只今帰着いたしました。」
「では、報告を…」
アルシェムは、報告を始めた。
クロスベルであったことを。
多少ぼかしつつ、肝心なことは告げずに。
ただ、報告の間中ずっと気配を探っていた。
教皇エリザベト・ウリエルの気配を。
既視感のある、その気配をだ。
報告を終えると、教皇はこう告げた。
「…分かりました。良くやりましたね、ストレイ卿。」
「もったいないお言葉です。」
軽く礼をするアルシェム。
ただし、その中に敬意などというものはない。
分かってしまったからだ。
彼女が何者なのかということが。
一字一句聞き漏らさぬように、アルシェムは教皇の言葉を待った。
「引き続き、クロスベルの監視をお願いします。」
「承知いたしました。」
慇懃無礼に礼をして、アルシェムは教皇の前から辞した。
どことなく感じる違和感の正体を明確にして。
間違いない。
彼女は、盟主だ。
顔をしかめてアルシェムは謁見の間の外で嘆息した。
「…やっぱり、か…」
「どうしたんだ、ストレイ卿。」
不思議そうに問いを発するアイン。
しかし、アルシェムは内心を悟らせるようなことはしなかった。
アインが教皇の側についていないとは限らないからだ。
「何でもないよ、総長。」
「…そうか?」
「あ、総長に報告してねーや。」
いぶかしげなアインに、アルシェムは報告という名の義務で疑問をやめさせる。
その強引さに引っ掛かりを覚えたのか、アインは眉をひそめた。
しかし、そのまま彼女はアルシェムを自室に案内し始める。
「…そうだな。取り敢えずは私の部屋で報告を頼む。」
「あいあい。」
自室へと向かい、人払いを済ませたアイン。
そんな彼女に相対して、アルシェムはこれまでの事情を語った。
全ての真実を。
同時に、アルシェムとしてはどうしても覆したい未来を。
「ここまでは全て
「そうか…」
「だから、シナリオ通りに進めさせられるなら、クロスベルとアルテリアとは同盟関係を結ぶのが一番かな。」
本心とは違う言葉。
アルシェムとしては、アルテリアとは敵対する気でいるのだ。
異端であるとされる可能性が高いことに加えて、内部が腐りきっているのもある。
信頼性など、皆無に近かった。
「…お前もそのシナリオには含まれているんだろう?」
「まー、勝手に組み込まれちゃったからねー…」
「…その中には至宝になることも含まれる、か…」
以前、アインは至宝となるなら気絶しろという暗示を組み込ませた。
しかし、アルシェムはすでにその暗示を凍結させていた。
今のアルシェムには、炎以外の何物をも無効化することができる。
「確かに進めよーと思えば出来ねーことはねーと思うよ?…ただ、七耀教会がうるさいくらいで。」
「…他の至宝は回収し終えたことにして、アルテリアから統治のために派遣したことにするか…いや、でも枢機卿共は反対するだろうな。」
「ワイスマンの真似事なら、やろーと思えば出来るよ?」
さらりと外道な言葉を吐いて、アルシェムはアインの反応を見た。
その答えは。
「幻の至宝だからな…どうしても無理だった時には、頼む。」
だった。
あまり、その答えを聞きたくなかった。
それでも、アルシェムは平静を保ってこう告げた。
「承知。」
「…あまり気負うなよ、エル。」
妙に深刻そうな顔をして言うアイン。
だが、生憎そこまで深刻になる気はない。
なので、アルシェムは軽く返事をした。
「はいはい、アイン。でもワジはどーする?」
「あー…奴はお前のバックアップ要員で残す。どうせお前、暫くは特務支援課にいるだろう?」
だからといって、ワジを特務支援課に入れるのは□□□の思うつぼだ。
だからこそ、アルシェムは特務支援課に似た場所にワジを叩き込む気でいた。
「ん…じゃー、ワジにはちょっと自警団でもやって貰おうかな。」
「…なるほどな。それはそれでありかも知れん。」
「丁度ワジに執着してる将来有望な野郎もいることだし、スカウトも兼ねてね。」
意地悪く笑いながらアルシェムはアインにそう告げた。
将来有望なのは確かだ。
豊富な筋肉に、少しばかり闇に触れた精神。
ヴァルドは、まさにワジにぴったりだった。
「…野郎?」
「そ、野郎。」
「今度からかってやろう。」
「誰をからかうって、総長?」
ノックも無しに、ワジが入ってきた。
いつもの格好とは違う、聖杯騎士の格好だ。
アインはそんなワジに片眉をあげて反応した。
「おや、ワジ。」
「報告に来たんだけど…粗方ストレイ卿から聞いているみたいだね?」
「ああ。」
ワジの報告は、簡素ながらも要点がまとめられていた。
だからどうした、という話ではあるが。
アインはその報告を聞いて暫し黙考した後にこう言った。
「…分かった。さっきのエルの提案は聞いていたか?」
「うん、聞いてたよ。」
「なら、地盤作りから任せた。」
「Ja。」
イイ笑顔で了承してくれるワジ。
アルシェムはそんなワジにこのまま話を詰めるかどうか問うた。
「今ここで詰めたい?」
「いや、僕に考えがあるんだ。一度《イグニス》に来て貰って構わないかな?」
その目を見て、その場所を聞いて、アルシェムは大体の筋書きが読めた。
自警団。
人間がいなくてはならない組織である。
ならば、一体誰を起用するか?
どうすれば一番効果的か?
それを考えれば。一目瞭然だった。
アルシェムは訳知り顔でこう返した。
「はっはーん。りょーかい。」
「じゃ、失礼するよ総長。」
ひらり、と手を振って退出するワジ。
ただの優男にしか見えないが、彼は彼でなく彼女でもないのだ。
「ああ。」
「わたしも失礼。」
「気を付けてな。」
アインに見送られて、アルシェムは外へと出た。
「わたしはリベール経由で帰るよ、念の為。」
「じゃ、先に行って待ってるよ。」
飛行船に乗る前に変装を解いたアルシェムは、そのままグランセル空港へと向かった。
なんか最近短い傾向にある。
長くしよう、今度からな。
では、また。