雪の軌跡 作:玻璃
では、どうぞ。
クローディアの部屋へと向かうと、そこにはカリンとレオンハルトがいた。
「…アルシェム?」
「あ、カリン姉久し振り。元気してた?」
ひらひらと手を振るアルシェム。
カリンはそれに苦笑で返した。
「当たり前ですよ。貴女と違ってそんなに危険なことはしてませんから。」
「それ、皮肉…?」
「当たり前です。」
頬を膨らしてそっぽを向くカリン。
いつまでもかまっているわけにはいかないので、アルシェムはそのままレオンハルトに言葉をかけた。
「レオン兄も久し振り。」
「…ああ。」
相変わらずのようだ。
と、アルシェムは思った。
取り敢えず、まだ言えていなかった言葉を贈ることにする。
「…取り敢えず、結婚おめでとー。」
「…ありがとう、アルシェム。」
「そんで、調子はどー?」
「まあまあですかね。リベールは平和そのものですし。」
澄ました顔でそう言うカリン。
事実、現在のリベールでは特筆すべき火種はなかった。
それを聞いてアルシェムは少なからず安堵した。
「そりゃー良かった。」
「アルシェムは変わりないですか?」
「…ま、色々あったかな。」
答えるまでのわずかな間をカリンは見逃さなかった。
目を細めた後、極上の笑みを浮かべてアルシェムを威圧しながらカリンはこう告げた。
「…そうですか…後で聞きますから誤魔化さないで下さいね?」
「はいはい。」
カリンの威圧を軽く受け流したアルシェムはそのままカリンを見た。
それで、ふざけている場合ではないと察したのだろう。
カリンはアルシェムに問いかけた。
「で、何の用です?」
「西ゼムリア通商会議、アルテリア代表として来てくれる?」
カリンの問いに、アルシェムは単刀直入に言葉を返した。
その言葉を飲み込んで、カリンはいぶかしげに眉をひそめて答える。
「…アルテリアからは用意しないんですか?」
「え、アインにカリン姉送ってってお願いするから。」
アルシェムとしては、カリン以外に適任者はいないのだ。
共和国を譲歩させるためには、アルシェムだけでも全く構わない。
だが、帝国を譲歩させるためには、カリンが必要なのだ。
「拒否権なしですか…構いませんよ。」
「姉さん!?」
そこでようやく空気と化していたヨシュアが口をはさむ。
それを窘めるようにカリンはヨシュアに告げた。
「ヨシュア、私も変わらないわけではないわ。それだけは覚えていて頂戴。」
「…分かった。姉さんの好きにしたら良いよ。」
「…ありがとう、ヨシュア。」
そう言ってヨシュアの頭をなでるカリン。
レオンハルトは複雑な顔をしていたが、あれは弟なのだと内心で繰り返すことで平静を保っていた。
微妙な姉弟の空間を見ているのに耐えられなかったのか、レオンハルトが問いを投げかける。
「因みに俺はどうしたら良い?」
「レオン兄はちょっと保留。来るだけは来て欲しいかな。」
何事もなく終われば、レオンハルトにはカリンと同じく証言者として出てもらうほかない。
しかし、何事かが起こってしまうのであれば。
これほど優秀な戦力はない。
それを察したのだろう。
レオンハルトはこう答えた。
「戦闘要員というわけか…分かった。」
「分かってくれて何よりだよ。」
「…それで、アルシェム。何故レンがここにいる…?」
レオンハルトは、アルシェムに向けてそう問うた。
何故、レンがここにいるのか。
《身喰らう蛇》とはどうなっているのか。
そして、アルシェムとはどういう関係になったのか。
アルシェムは、簡単には答えられずにいた。
「…それは…」
「あら、レンはアルの家族よ?一緒にいたって問題ないじゃない。」
「…アルシェム?」
レンの答えに、カリンは咎めるような目でアルシェムを見た。
いくら家族でも、ここまでかかわらせるのかと。
アルシェムは問題を先送りにしているだけなのだが、そのうち既成事実ができていそうで怖い。
「…レンが決めたことだし、レンの好きにしてくれたら良いけど…」
「巻き込むとは考えなかったの?」
「あら、ヨシュアのお姉さん。レンはいつだって覚悟してるわよ。」
人を食ったような笑み。
レンは、カリンを威嚇した。
巻き込まれることに、レンは異論がなかった。
カリンにはその覚悟がなかっただけで。
幼いレンがそこまで考えられているのか分からなかったカリンは、レンにこういった。
「レンさん。貴女が良くてもアルシェムが…」
「カリン姉。」
カリンの言葉を止めたのは、アルシェムだった。
巻き込まれるのならば、守る。
守れないのならば、逃がす。
アルシェムにはその覚悟があるし、最悪嫌われても守り通す覚悟があった。
「…貴女は…本当に、不器用ね。」
「ほっといてよカリン姉…」
「…また呼んで頂戴。色々と決まればまた動くわ。」
そう言って、カリンは笑った。
アルシェムに、カリンは救われた。
だからこそ、今度はカリンがアルシェムを守りたい。
今回はその絶好のチャンスになるに違いない。
カリンはなぜかそれを確信していた。
「ん、ありがとう、カリン姉。」
「また剣の稽古をつけて貰わねばな…」
「誰に…って、まさか、レオン兄…」
アルシェムは一瞬のうちに推理した。
《剣帝》に稽古をつけられる人間。
その答えは、レオンハルトが告げた。
「カシウスにだ。」
しかも、呼び捨てで。
アルシェムは呆れながらこう告げた。
「レオン兄、カシウスさんの方がレオン兄より確実に年上だからね…?」
しかし、アルシェムの言葉に異論を唱える者がいた。
それは、エステルだった。
「あ、アル…父さんってば、レーヴェと親友になっちゃったのよ…」
「あ、あんですってー…」
「うふふ、流石はレーヴェね♪」
アルシェムは愕然としながらクローディアの部屋から出た。
そして、空中庭園で立ち止まって振り返った。
「んじゃ、カリン姉、レオン兄、また今度。打ち合わせの時にね。」
「ええ。」
「…ああ。無茶はするなよ。」
「約束は出来ねーけどね。鋭意努力するよ。じゃ。」
カリンとレオンハルトに手を振って歩き出すアルシェム。
すると、カシウスがアルシェムを呼びとめた。
「アルシェム、この後用事はあるか?」
「わたしは忙しーんですけど、カシウスさん。」
「…そうか。」
久し振りに家族団らんをしたかったらしいカシウスは、地味に落ち込んでいた。
ただし、アルシェムはそんなことは意に介してはいなかったが。
まとわりついていたレンに、アルシェムは非情にもこう告げた。
「でも、レンは連れていかねー。」
「どうして!?」
レンはさも意外そうにそう言った。
だが、アルシェムにはレンを連れていけない理由があった。
単純に教皇に会わせたくないというのもある。
それ以上に、機械と心を通わせた人間というのは希少なのだ。
目をつけられないわけがない。
だから、連れてはいけない。
アルシェムはレンにこう告げた。
「わたしが嫌だ。」
「むー…」
「っつーわけで、エステル。レンを任せたよ。」
さりげなくエステルに問題を丸投げしたアルシェム。
エステルは茫然としてそれを引き受けた。
「あ、うん…」
「ティータに会わせてあげてよ。」
「…それもそうね。」
《影の国》以来、レンはティータと顔を合わせてはいない。
だからこそ、この詭弁がまかり通るのだ。
それをわかっていて、レンはふて腐れていた。
「むー…!」
「むくれてもダメ。」
「ぷくー…」
「ダ・メ。」
一通り不機嫌のアピールを終えたレンは、素直にアルシェムを解放した。
盛大にため息をつきながら、ではあったが。
「…仕方ないわね…」
「じゃ、またね、エステル、ヨシュア。」
ひらり、と手を振ってアルシェムはエステルたちに背を向ける。
すると、エステルが縁起の悪い言葉をアルシェムに告げた。
「…ちゃんと生きて帰ってきなさいよ。」
「縁起でもねーな…」
本当に、縁起でもない。
アルシェムはそう零しながら国際線へと向かった。
碧に空の人物が登場するお知らせ。
誰とは言わない。
では、また。