雪の軌跡   作:玻璃

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働きたくないでござる。

では、どうぞ。


女王の依頼

アルシェムは内心呆れていた。

女王は、自分が難題だと思っている案件を提案しただけだ。

それが、アルシェムにとってどういう意味を持つのかは知らない。

女王の提案に、再び一同が色めきたった。

「陛下!?」

「おばあ様、無茶です…!」

今度はクローディアまでもが立ち上がった。

だが、アルシェムはどこまでも冷静だった。

「…どこまでですか?」

「アルっ!?」

アルシェムの反応に、エステルが信じられないものを見たかのような顔で叫んだ。

だが、今は女王とアルシェムの交渉の場だ。

エステルに反応はしなかった。

アルシェムも、女王もだ。

女王も冷静にこう言った。

「半壊までなら許容します。」

「逆に聞きましょう、陛下。それが出来れば、お力添えいただけるんですね…?」

「はい。」

女王は確かにそう言った。

言質は取った。

ならば、アルシェムとしては実行するだけだ。

どれだけ分が悪い賭けであろうと、やり遂げなくてはならない。

だから、アルシェムは女王にこう告げた。

「カシウスさんが証人です。…やれる限りはやりますよ。」

「アル…それって、ちょっと無茶じゃないかしら…?」

アルシェムにしては珍しいことに、レンの言葉に耳を傾けることはなかった。

これは交渉なのだ。

不可能なことであろうが、何であろうが、成し遂げなくてはならない。

それに、この条件は好都合でもあった。

感情を殺したまま、アルシェムは女王にこう問うた。

「期限は?」

「5年以内に。」

女王の目は真剣だった。

そして、アルシェムの目も。

暫し、見つめ合った女王とアルシェムは、同時に視線を外した。

そして、アルシェムは告げた。

「分かりました。では、手始めに言っておきましょう。《白面》と《痩せ狼》を狩ったのはわたしです。」

「え…」

突然の宣言に呆然とする女王。

それは、クローディアも同様だった。

だが、アルシェムはここで言葉を終わらせる気は毛頭なかったのだ。

「《深淵》の居場所も推測はついています。《鋼の聖女》並びに鉄騎隊は盟主さえ狩れば離反するでしょう。ノバルティスに限れば一発の銃弾で事足ります。」

「ちょっと無茶じゃないかな…?」

ヨシュアの疑問も、アルシェムは吹っ飛ばす気満々だった。

誰も彼も、何もかもを無視すれば人間なんだって出来る。

アルシェムもやらなければならないのならば、殺さなければならないところまで追いつめられていた。

既にヨアヒムを殺したのだ。

不殺の誓いは、既に破られていた。

冷淡な目をしたまま、アルシェムは続けた。

「執行者にしても同じことです。ルシオラとクルーガーは戻らせませんし、レオン兄もヨシュアもレンも戻らせない。ビィぐらいは余裕で狩れるし…問題があるならマクバーンとカンパネルラくらいか…」

流石にアルシェムでも《身喰らう蛇》の全容を理解しているわけではない。

素で忘れられている可哀想な人物もいるが、それはそれだ。

 

全七柱の《使徒》。

第一柱は、誰か知らない。

第二柱は、《(蒼の)深淵》ヴィータ・クロチルダ。

第三柱は、既に狩り終えた《白面》。

第四柱については、目星はつけてある。

第五柱は不明。

第六柱は、F.ノバルティス。

第七柱は、《鋼の聖女》アリアンロード。

このうちの第一柱、第四柱、第五柱が狩れなくても半数という条件は満たせる。

 

執行者が何人いるかは把握し切れてはいないが、鉄騎隊も含め10人も執行者としての戦闘が不可能にしてやれば問題ないだろう。

既に、《剣帝》《幻惑の鈴》《漆黒の牙》《殲滅天使》《銀の吹雪》は結社には戻らない。

《痩せ狼》は既に死亡しているし、《死線》はラインフォルトさえどうにかすれば戻ることはない。

《怪盗紳士》など、アルシェムにならば片手間にでも狩れる。

残る標的は鉄騎隊の《剛毅》《魔弓》《神速》と執行者の《道化師》《劫炎》のみ。

 

最後の標的の場所だって、分かっている。

盟主。

彼女が、今どこにいるのか。

それさえもアルシェムは掴んでいた。

冷静にそう考えていると、エステルが全力で引いた様子でアルシェムに声を掛けた。

「…ちょ、ちょっとアル、本気で出来る気でいるの…?」

「やらねーと協力して貰えねーなら、わたしはやんなきゃなんねーの。」

アルシェムは、冷淡に言い放った。

協力が必要。

つまりは、やらなければならない。

それは、アルシェムにとっての義務だった。

アルシェムの顔を見て、カシウスは問いを投げかけた。

「…アルシェム。それは、本当にお前の意志か…?」

「多分、違うね。」

無論、それがアルシェムの意志であるなどとはカシウス自身も思っていなかった。

アルシェムにとって必要なのは後ろ盾だった。

そして、それに七耀教会は使えない。

だからこそ、リベールなのだ。

「即答か…」

「違うのは分かってて、でも逆らえない。七耀教会を抜けてもそれは変わらないんだよね。」

「それって…じゃあ、誰がアルを縛ってるっての!?」

エステルがアルシェムにつかみかかろうとして、思いとどまった。

代わりに机の上の紅茶が揺れる。

一滴たりとも手を付けられていないアルシェムの紅茶は、しかし揺らいではいなかった。

これは警告だった。

何も、言うなと。

アルシェムはため息をついてこういった。

「縛ってる、ね。言い得て妙だ。」

「茶化さないで、アル。」

「言えねーから茶化してんの。」

エステルの言葉にも、アルシェムはそう答えるしかない。

真実を明かすことは難しくて、誰かに伝えることすらままならない。

それが、アルシェムの背負ったものだった。

そこでレンが口を開いた。

「…アル。」

「何、レン。」

「レンの推測は当たってるのかしら。それとも…見当違いなのかしら。」

探るような目で、レンは問いかけた。

その抽象的な問いにさえ、アルシェムは答えることができない。

「…多分当たってるよ。…レンが言い出そうとしたら止めなくちゃいけないくらいにはね。」

「…そう…」

「レンには分かってるのね…」

実際には数秒だったのだろう。

しかし、それでも永遠とも思えるような沈黙が部屋の中を支配した。

それを破ったのは、カシウスだった。

「…お前を解放することは出来ないのか?」

「出来ない。したところで、巻き戻されるだけだから。」

「巻き戻される…?」

眉をひそめて考え込むカシウス。

これ以上はもう何も言えない。

カシウスならばたどりつけてしまうかもしれないから。

「ま、わたしにはどうしようもないってことだけ覚えててくれたら良いよ。」

「…そっか…」

再びの、沈黙。

今度はアルシェムが口火を切った。

「…さて、陛下。わたしからの話は以上です。」

「…分かりました。ですが、カリンさん達と話をしていって下さいね?」

「はい。」

そして、アルシェム達は女王の私室から退出した。

カシウスはその場に残って何やら協議をするようだった。

クローディアは、アルシェムが逃げないように腕をつかんで先導し始めた。

「アルさん、こちらです。」

「殿下、引っ張らないで下さい…」

王族にあるまじき行為ですよ、とアルシェムは言いかけてやめた。

クローディアは、笑顔で怒っていた。

「逃げられたら困りますから。」

「うふふ、言い返せないわね♪」

アルシェムは観念してそのままクローディアに引きずられていった。




この条件で女王が後見してくれるってかなり破格な気がするんですが。
ご都合主義さん、こんにちは。

では、また。

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