雪の軌跡 作:玻璃
それは、共和国にも帝国にも頼れないから。
ひいては、アルテリアにも。
では、どうぞ。
飛行船から降り立ったアルシェムが見たのは、読めない笑みを浮かべたカシウスだった。
「久し振りだな、アルシェム。」
「お久しぶり、カシウスさん。」
にやりと、やはり底の見えない笑みで言うカシウス。
実際の腹の底にはどうしてアルシェムが訪ねて来たのか、という困惑が隠れているのだが、それはさておき。
カシウスは何事もなかったかのようにアルシェムに告げた。
「元気そうで良かった。ちゃんと食ってるか、ん?」
「…どーでもいーこと聞かねーで、カシウスさん。王城に用があるんだけど。」
遠回しに攻めようとするのはアルシェムの癖だとカシウスは思っていた。
しかし、今回は違ったようだった。
性急に事を進めようとするアルシェムには、皮肉にも若者らしさが出ていた。
嘆息しながらカシウスがアルシェムに言う。
「全く、お前ってやつは…世間話くらい付き合ってくれても良いだろうに。」
「わたしは暇じゃねーのよ。」
その言葉だけで、カシウスは察したようだった。
今、アルシェムがどんな立場でここにいるのかを。
だから、言葉少なくこう返した。
「…そうか。それと…よく来たな。」
「レンはアルの付き添いよ。」
レンにもカシウスは声を掛けたが、レンからの答えはそっけなかった。
レンはカシウスに会いに来たのではない。
あくまでも、アルシェムの付添で来たのだ。
「はいはい。」
「兎に角、行くなら王城に行きましょ。エステル達も聞きたかったら加われば良いわ。…それをアルが赦すかどうかは知らないけど。」
全ての判断を、レンはアルシェムに託した。
この状況ではそれが正解だと信じていたから。
そして、事実それは正解だった。
アルシェムは、レンにこう告げた。
「どうせ久し振りに会いに行くっつってついて来るんじゃないの?」
「それもそうね。」
王城へ着くまでの間、性懲りもなく話しかけてくるカシウスのせいで世間話を余儀なくされた一行。
今夜の酒の肴にでもすれば良いものを、とアルシェムが思っていたのは秘密である。
衛兵はカシウスを見ると即座に通してくれた。
内装はどこも変わっていない。
だからこそ、アルシェムの口から言葉が漏れた。
「…久し振りだなー。」
「うん、あたし達も久し振りよ。」
王城内を歩いていると、ヒルダがいた。
一目見て、カシウスの目くばせに気付いたのだろう。
ヒルダは一礼してからカシウス達を女王の下へと先導し始めた。
「…どうぞ、こちらへ。」
「わざわざありがとう、ヒルダさん。」
「いえ、これがお仕事ですから。」
ヒルダに先導された一行は、ゆっくりと女王宮へと向かった。
そして、女王の部屋へと入る。
すると、女王が柔らかな笑みと共に出迎えてくれた。
「…あら、お久しぶりですね。」
「お久しぶりです、陛下。」
優雅に一礼するアルシェム。
レンもそれに続き、エステルはぎこちなくではあるがそれに続いた。
アルシェムが顔を上げると、やけに真剣な顔をした女王がアルシェムに告げた。
「クローディアから聞きました。それから、カシウスさんからも。」
「…そうですか。具体的には何を聞きましたか?」
「貴女の正体を、です。」
真剣な瞳と、声。
それだけで、彼らが本当に真実を話してしまったのだと理解した。
深い溜息を吐きながらアルシェムは零した。
「…参ったな、カシウスさんまで話しましたか。」
「お前ねぇ。流石に報告する義務はあるだろうが。」
嘆息しながら言うカシウス。
流石のカシウスでも、報告する義務はあった。
星杯騎士の情報は希少だからこそ、尚更だ。
アルシェムは、溜息を吐きながらこう告げた。
「仕方ない。ここからは星杯騎士として話しましょうか。」
「…分かりました。」
居住まいを正し、女王はアルシェムに向き合った。
それに追随するように、アルシェムも居住まいを正した。
そして、軽くこう告げた。
「アルテリアからの密命と言えば密命なんですがね。…エレボニアとカルバードの勢いを削ぎたいそうです。クロスベルの利権をそっくりそのまま取り上げることでね。」
「え…」
「そんなことをしたら混乱は必至だぞ、アルシェム?」
真剣な顔をしてそう言うカシウス。
だが、アルシェムはそんなことくらい理解していた。
だから、冷淡に言い放った。
「どうせクロスベルは今から混乱します。そこで全てを横取りしてやっても問題はないでしょう。」
「どうしてクロスベルが混乱すると言い切れるのですか?」
「わたしが、《銀の娘》だからですよ。」
女王の問いに、アルシェムはそう答えた。
それ以外に答えはなかった。
この中で、アルシェムの正体を知らないのはカシウスだけだった。
眉をひそめてカシウスは呟いた。
「《銀の娘》…?」
「そっか、父さんは知らないんだっけ…」
カシウスの様子を見て、エステルはそうひとりごちた。
そして、エステルはざっくりと概要を説明した。
エステルが知る限りのアルシェムの正体を。
カシウスは腕組みしながらそれを聞き、半分ほどは理解したようだった。
「…なるほどな。だが、《銀の娘》だからといってアルシェムがやらなくてはならない理由が分からん以上…」
「わたしの『親』が漸く見つかったんですよ、カシウスさん。」
「…何?どこの大馬鹿者だ。」
ある意味親馬鹿を発揮して言うカシウス。
カシウスの中では、まだアルシェムは義娘扱いだった。
それを打ち砕くように、アルシェムは端的に告げた。
「《虚なる神》。」
「あ、あんですってー!?」
「それって…」
あからさまに驚くエステルと、深刻な顔をして反応したヨシュア。
そして、カシウスはもっと詳しい情報を持っていた。
眉を顰めながらカシウスはアルシェムに問うた。
「確か、《七の至宝》の1つだな。それが『親』だと…?」
「《虚なる神》は人型の至宝。《輝く環》とは違って意思があって…それ故に、心を病んだんだ。」
「そんな…」
淡々と語るアルシェムの言葉に口を押えたのは女王だった。
ショックを受けた様子なのだが、アルシェムは気遣うつもりなど毛頭なかった。
カシウスはアルシェムに静かに聞いた。
「その後継者として、お前が?」
「ま、そのつもりがなくてもそーなっちゃうんじゃねーの?」
「そのつもりがなくても…?」
カシウスはアルシェムの言葉に引っかかりを覚えたのか、思考を巡らせ始めた。
アルシェムとしては、あまり考えさせたくはない。
下手に正解されても困るからだ。
故に、アルシェムはそのまま畳み掛けた。
「だからそーゆー意味でも、わたしはクロスベルを独立させなくちゃいけなくて…わたしになら、クロスベルを独立させられるってことが言える。」
「どう関係があるのさ?」
眉をひそめて問うヨシュア。
ヨシュアには分からなかったのだ。
何故、アルシェムにならばクロスベルを独立させることが出来るのか。
その答えを、アルシェムはあっさりと明かした。
「簡単だよ、ヨシュア。…元は《虚なる神》が治めた地だよ?正統な継承権くらい、主張出来る。特に、アルテリアを後ろ盾にすりゃーね。」
「…まあ、筋は通るが…」
「どうして、このタイミングで明かしたんですか?」
クローディアの問いはもっともだった。
今明かせば、外に広がるリスクが高まる。
それをわかっていてなお、アルシェムは明かさなければならなかった。
「明かさねーと巻き込めねーから。」
「い゛っ…」
「認めろ、とは求めない。ただ、黙殺してくれりゃいーんだ。クロスベルという国が出来上がるのをね。」
顔をひきつらせたエステルを放置して、アルシェムは冷たい目でそう告げた。
干渉されてはならない。
干渉させてはならないのだ。
だからこそ、先に明かした。
邪魔をさせないために。
その意図が読めたのだろう。
女王は眉をひそめて声を漏らした。
「…それは…」
「いずれ、わたし以外の誰かが国を作るべく立ち上がる。わたしはそれをカッ剥ぐ訳だけどね。」
「か、カッ剥ぐって…」
エステルが先刻からアルシェムに対して引くことしか出来ていない。
だが、過激なことを言っている自覚があるアルシェムとしては、エステルに言えることなどなかった。
だからこそ、言葉をつづけた。
「近いうちに西ゼムリア通商会議が開催される。そのあたりが分水嶺かな。」
「…確かに…有り得そうな話ではありますね。」
女王はそこで黙りこんだ。
考えをまとめているのだろう。
アルシェムは、自分に都合の良いようなまとめ方をさせるために問いを放った。
「陛下。…もしも、西ゼムリア通商会議においてエレボニア、カルバード両国がクロスベルを併合しようとしたら…どうなさいますか?」
「貴女が阻止してもしなくても、傍観します。」
女王の答えは早かった。
それ以外にリベールには道などないのだから。
下手に手を出せば内政干渉。
悪ければ再び戦争に発展する。
だが、その答えに反射的に反応してしまった人物がいた。
「おばあ様!?」
「殿下、まだ甘いんですね。…正解ですよ。ただ、事実を認めることだけはして頂きたい。わたしからリベールにお願いするのはそれだけです。」
非難するような顔をして声を上げたクローディアに、アルシェムは釘を刺した。
あまり情を挟んだ答えを返されたくはなかったからだ。
だから、お願いという形を取った。
これ以上情を挟まれないように、アルシェムの側から情を挟んだのだ。
「お願い、ですか…」
「じゃあ、アルさん…カリンさんとレーヴェさんはどうするんですか?」
クローディアはアルシェムにそう問うた。
今や、カリンとレオンハルトはクローディアの私的な護衛であり、年上の友人ともなっていた。
だからこそ、いなくなられるのが怖かったのだ。
アルシェムはそこまでの時期を読ませる気はなかったので曖昧に答えを返した。
「あー…それは、こっちが考えることですよ。」
「それでも、突然いなくなられるくらいなら先にお返ししておきたいんです。」
「クローゼ…」
アルシェムの旗色は、悪かった。
アルシェムは、数秒考え込んで決断した。
「…んじゃ、今から数か月の間に返して下さい。アルシェム・シエルが死んで、生き返ったらお返ししますんで。」
だが、この答えはあまり宜しくなかったようだ。
血相を変えたレンとエステルが音を立てて立ち上がった。
「アル!?」
「な、何言ってんのよあんた!?」
「レン、エステル。口を挟んじゃダメだ。」
ヨシュアも嗜めてはいるが、非難の色は消えない。
非難されようが、何をされようが、アルシェムの未来は常に決まっている。
だからこそ、エステル達に声を掛けることはしない。
嗜められたエステルが不満げに言葉を漏らした。
「…わ、分かってるけど…」
「お返しする時期は詳しく分かりませんが、西ゼムリア通商会議よりは後でしょう。…一報入れます。」
「まるで、自分が死ぬと予言しているように聞こえるんですが…」
クローディアの引き攣った声が虚しく響く。
アルシェムは、自身を劇的に死なせて復活させるくらいの奇蹟がなければ指導者足りえるカリスマを持てないと思っている。
そして、それは事実だった。
アルシェムは□□□とは違って、愛される才能などないのだから。
アルシェムは、呑気に言った。
「あー、死んだことにした方が動きやすいからです。それに、ドラマチックでしょう?」
「んなもん求めてないわよ!?」
「…エステル、多分それくらいインパクトがないと求心力が足りないわ。アルって、あんまり好かれる人じゃないもの。」
「ざっくり言ってくれるね、レン…」
それは事実だった。
□□□が好かれる体質であるならば、アルシェムは嫌われる体質だった。
理由もなく、嫌われる体質。
分かっているからこそ、アルシェムは否定したかった。
分かっていたからこそ、レンはそれを認めてしまうしかなかったのだ。
「でも、何かしらアルに反発しちゃうのは事実だわ。」
「手痛い指摘をありがとう、レン。」
地味に傷つきながら、アルシェムはレンにそう言った。
レンの言うことは事実だった。
だからこそ、認めなければならなかったのだ。
そんなアルシェムに、女王は声を掛けた。
「…アルシェムさん。」
「何でしょう、陛下。」
「貴女の申し出を受けるには、条件があります。」
女王は決めた。
困難だと思われる条件を出して、諦めさせようと。
それでもアルシェムが止まらないのならば、是非もない。
アルシェムの『出来具合』によっては、全面対決する道も模索しなくてはならなかった。
アルシェムには受ける道しか残されていないとは、知っていても。
「出来るものなら受けましょう。」
「ならば、例の結社…《身喰らう蛇》を、潰して下さい。」
若者らしい性急な答えに、女王は難題を突き付けた。
若者…
有り得ませんね。
今作中では3番目くらいに長生きです。
無論、ヒトガタをしている生き物で、ですが。
では、また。