雪の軌跡 作:玻璃
では、どうぞ。
あれから。
多数の議員が逮捕され、また更迭されていった。
ルバーチェが壊滅したことで後ろ盾がなくなった議員も多数いた。
半数以上が《楽園》関係だったのはご愛嬌か。
また、ハルトマンが更迭されたことで議長の座が空き、ヘンリー・マクダエルがその地位を継いだ。
空位になった市長は、選挙でクロスベル市民の半数以上の賛同者を得たディーター・クロイスが選ばれた。
ただし、アーネスト・ライズは未だに逃走中である。
警備隊の司令も無事に更迭され、ソーニャ・ベルツが司令の座に収まった。
副司令には警察学校よりダグラスという男が招聘されている。
グノーシスにより操られた警備隊は、司令の首切りという形で責任を取ったことにされた。
内実的な信頼の回復方法として、訓練の強化も挙げられているようだ。
ウルスラ医大も大幅な体制の見直しを余儀なくされ、身元調査から始められた。
信頼を回復するために、レミフェリアから身元のしっかりした医師を招聘することも視野に入れているという。
そして、事後処理に追われた特務支援課の業務も一段落ついて。
特務支援課は、この一件が落着した時点で一端解散することとなった。
アルシェムは身の振り方を考える必要があったものの、一度カシウスに挨拶しに行くという名目で警察官としての職務から逃れていた。
ロイド達に見送られて、アルシェムとエステル達がクロスベル空港にいた。
「…ねぇ、本当に良いの…?」
不安そうな顔をして問うエステル。
何を問いたいのか、アルシェムには分かっていた。
だけど、それでもアルシェムを問うた。
「何がよ、エステル。」
「あれだけ行かないって言ってたのに、家に来るって…」
エステルはそのアルシェムの問いに答えた。
エステルとしては、困惑していたのだ。
あれだけ、ブライト家には来ないと主張していたアルシェムが再びリベールに来る、などとは。
そんなエステルを揶揄してレンが問う。
「あら、エステルは来て欲しくないのかしら?」
「そうじゃないけど…」
それでもなお困惑するエステル。
その理由はアルシェムにも分からないでもなかったので、軽く概要を教えてやることにした。
「…なら、こーいえば安心?…カシウスさんに用がある。」
「…!それって…」
一気に表情を引き締めるエステル。
脳筋娘にも、どうやら相応の思考力が身に着いたようだ。
それに合わせて、アルシェムも真剣な顔で告げた。
「協力を仰がなくちゃいけねー。このまま終わりにはならねーのよ。」
「…そっか。」
エステルは何かを考えているようだったが、巻き込むつもりはない。
だからこそ、リベールに行くという理由もあるのだから。
明るい顔に変えて、アルシェムはロイドに告げた。
「そのうち戻ってくるよ、ロイド。」
「ああ…じゃあ、またな。」
「ん、また。」
ひらり、と手を振って、アルシェムは飛行船へと乗り込んだ。
そして、飛行船はリベールへと向けて進み始めた。
乗客は、とても少なかった。
というか、貸し切り状態だった。
だからこそ、だろうか。
レンが、おもむろに口を開いた。
「…ねえ、アル。」
「どうかした?レン。」
アルシェムは、レンを茶化そうとして止めた。
その目には、真剣な色が浮かんでいたから。
そして、本当に真面目にそのことについて考えているのだと分かったから。
それを察してか、レンも真面目なまま続けた。
「…お願いが、あるの。とっても重要なお願いよ。」
「…聞かせて、レン。」
レンは、暫く悩んだように見えた。
否、悩んだ、のではない。
ただ、言いだして良いものか迷っていただけだ。
それでも、レンは口を開いた。
「…レンを、アルの従騎士にして欲しいの。」
その言葉に、アルシェムは少しだけ驚いた。
予測はしていたとはいえ、アルシェムはそれを拒否しなければならなかった。
レンには、幸せでいてほしかったから。
だから、アルシェムは遠まわしに断った。
「レン。この場でする話じゃない。」
「分かってるわ。だけど…」
「巻き込みたくない。」
なおも抗弁したレンに、アルシェムはそう言った。
巻き込みたくない。
それは、本音だった。
だが、レンはアルシェムの言葉を一蹴した。
「それは無理な話だわ。だって、レンはアルの家族だもの。」
「…わたしは、そんなつもりでレンに家族になって貰ったんじゃない。」
本当のことを言えば、レンがアルシェムの家族になったのだ。
アルシェムがレンに家族になってもらったのではない。
だが、どちらにせよアルシェムはレンを巻き込みたくはなかった。
それが、□□□の意思に背くのだとしても。
アルシェムの言葉に、レンは嘆息しながら言った。
「レンも、最初からそんなつもりはなかったわ。でもね、アル。アルは不甲斐なさ過ぎなのよ。」
レンは、ずっと間の抜けた失態ばかりさせられてきたアルシェムを近くで見ていたかった。
レン自身が監督することで、アルシェムが傷つくことが減るのならば、それでも良いと思っていた。
だが、アルシェムは言葉を濁した。
「…レン…あれは、仕方のないことで…」
「仕方ないって何よ。全部計算だったって言うなら怒るわよ。」
全て計算ずくで、あそこまで自分を駒としてしか見ないのであればレンはアルシェムを叱りつけるつもりだった。
もしも、そうなら、だが。
実際にそうではないことなんて、レンには分かり切っていた。
それを承知の上で、アルシェムは否定する。
「計算じゃないよ。わたしにはあれ以外に道がなかっただけで。」
「…レンね、その言葉の意味を考えたわ。それに、あの緑色のクソガキについても。」
この時点で、レンには推測がついていた。
どのような方法を使ったのかも知らない。
どのような意志だったのかも分からない。
それがどのような計画になるのかさえも。
欠けたピースは、推測と憶測とで補って。
それでも、レンには理解出来なかったのだ。
だからこそ、レンは苛立たしげにそう言った。
「レン…」
この時点で、アルシェムにも分かっていた。
レンがどこまで推測してしまっているのか。
どこまで理解してしまっているのかさえも。
それが計画内に入ってしまっていることも。
それでも、アルシェムには止められないのだ。
だから、名を呼ぶだけにとどめた。
次の言葉が推測出来てしまっていたから。
「だからこそ、レンがアルを護りたいの。」
とても、有り難いことだった。
それでも、アルシェムはそれを受け入れるわけにはいかなかった。
計画通りには、進めさせるわけにはいかない。
「…レン、それがもしアレの思惑通りだとしたら…?」
「それでも、何もしないよりはマシだわ。」
そう断言するレン。
それで、アルシェムは説得を諦めた。
説得など無駄なのだと。
どう足掻こうが、関わらなかったはずの人間が関わることになってしまうのだと。
諦観の念を以て、アルシェムはレンに告げた。
「…レンは強いね。」
「…諦めるだなんてアルらしくないわよ。」
「…諦め?違うよ。…事実なんだ。」
諦めているのも事実。
レンが強いというのも、事実。
全てが踊らされているにすぎないというのも、事実だった。
そんなアルシェムを見て、レンは吐き捨てた。
「…ますますあのクソガキ、嫌いになりそうだわ。嫌うことなんて出来ないのは分かってるけど。」
アルシェムの家族としては、レンは□□□を認めるわけにはいかなかった。
それでも、それ以外の部分は受け入れさせられてしまっていた。
だからこそ、違和感を感じるのだ。
レンは、極力□□□に関わるのを止めようと心に誓った。
そこに、エステルが割り込んできた。
「…はいはい、そこ。周りに理解出来ない話をしないの。」
「エステル…」
エステルを睨むレン。
それでも、エステルは怯まなかった。
もっと怖い人間の睨みを知っているからだろうか。
エステルが怯むことは、なかった。
腰に手を当て、叱りつけるようにエステルは告げた。
「アル、あんたね。もうちょっと他人を頼ることを覚えなさいよ。」
「頼ってるよ。」
「嘘ね。あんた、他人を根本的に信じてないでしょ。だから自分で全部やっちゃうのよ。それで何回も痛い目に遭ってるんじゃない。」
それはエステルの勘違いだった。
頼れるのならば、アルシェムは頼っていた。
だが、頼れるような状況ではなかった。
その上、頼ることを禁じられていた。
だから、アルシェムは誤魔化すことに決めた。
「…根本的な人手不足は認めるけど。でも、信じてねーわけじゃねーよ。」
「じゃあ、何でロイド君達を頼らないの?」
アルシェムの答えを聞いたエステルはいぶかしげに眉をひそめてそう言った。
ロイド達を頼れば良いだけの話だったのだ。
ただ、それを禁じられていただけで。
エステル達を頼れば良かっただけの話だったのだ。
それが、赦されていたかどうかは別にして。
アルシェムは再びごまかしの言葉をエステルに告げた。
「エステル、入りたてピチピチの準遊撃士に薬物の捜査なんて任せられる?」
「それは…」
「…無理だね。」
逡巡するエステルに、ヨシュアが割り込んで答えた。
エステル達が特異だっただけで、普通の準遊撃士はクーデターを止めたりはしないのだ。
普通の準遊撃士は軍の施設に不法侵入もしない。
遊撃士になりたての時でさえ、《身喰らう蛇》の調査など普通は任されないのだ。
それを脇に置いたエステルが、アルシェムに説教を始める。
「でも、アル。どうしてまたあんたが操られてたの?1人で無茶したからじゃないの?」
「あのときの戦いで全部抜ききったはずだったんだよ。…ついでに、攻撃のパターンも教えてたけど。念のために。」
無茶をした、していないは関係なかった。
それが、全て□□□の計画の内だったのだ。
だからこそ、アルシェムは従うしかなかった。
だからこそ、無茶をしていないとは言えなかった。
ジト目でエステルはアルシェムを睨んだ。
「無茶したことは否定しないのね?」
「まー、確かにあれは無茶だったしね。…でも、やらなくちゃガンツさんは死んでた。わたしは耐性があるし耐えられるって分かってたからさ…」
「…でも、操られてたじゃないか。」
ヨシュアのツッコミは的確だった。
無論、事実だったからである。
だが、こればかりはアルシェムにも反駁の余地があった。
「…精神的なダメージで寝込んでる乙女の部屋に侵入してきてまでグノーシス呑ませたあの変態に言ってよ…」
「…ごめん、悪かった。」
ここでヨシュアはあっさりと引き下がってくれた。
後は、エステルだけである。
突っ込むところはたくさんあるはずなのだ。
そして、エステルはしつこい。
「精神的にダメージを負ったのはアルの自業自得でしょーが。」
「わたしの精神的ダメージと引き換えにガンツさんが生き残ったなら本望じゃねーの?」
「本望って、あんたねえ…!」
自嘲気味に笑って言ったアルシェムに、エステルは突っかかった。
ただ、すぐにヨシュアに止められたが。
「はいはい、空の上で暴れないの、エステル。」
「う…よ、ヨシュアからも何か言ってやってよ!」
「うん、そうだね。…アル、もうちょっと何か方法があったんじゃないかな。」
もう少し、自分を犠牲にしない方法がなかったのか。
そう、ヨシュアは問うていた。
だが、アルシェムにはなかったのだと断言出来た。
理由を説明することは出来ないが。
「それに関しては、なかった。」
「どうして言い切れるのさ?」
「決まってたからね。」
決まっていた。
それが、真実であり事実である。
それを、アルシェムはエステル達に教えるつもりはなかった。
「…どういう意味かな?」
「…それは言わない。」
眉をひそめて問うたヨシュアに、アルシェムはそう答えた。
それを見たエステルがこう聞いた。
「言えない、の間違いじゃないの?それ。」
「まー、間違いじゃないね。」
「…ね、アル。辞めることは出来ないの?」
エステルはアルシェムにそう告げた。
星杯騎士の責務であると、エステルは思っていた。
だが、それはあまり関係なかったのだ。
話せない理由は、《銀の娘》の方にあるのだから。
「…うーん、多分勘違いしてるけどさ、エステル。どっちにしろ、辞められない。」
「そんな…」
アルシェムの状況を悲観したようにショックを受けるエステル。
アルシェムにとっては、どうでも良いが。
だが、それでもアルシェムはエステルにヒントを与えることにした。
「あのさ、エステル。忘れてない?わたしはヒトじゃないんだよ?」
「アル、君は…!」
何かを勘違いしたのか、激昂するヨシュア。
丁度その瞬間だった。
放送が流れ、シートベルトをするように要請されたのは。
「ほら、エステル、ヨシュア。着席してきなよ。」
「…後でじっくり聞かせて貰うわよ、アル。」
エステル達は、険しい顔で自分の席に戻っていった。
下準備にリベールへ。
少し続きます。
では、また。