雪の軌跡 作:玻璃
あるいは、終幕の幕開け。
では、どうぞ。
回想
《影の国》から戻った直後のことだった。
アルシェムは、メルカバ内で星見の塔で手に入れた資料の複製を解読していた。
そこには…
不思議な記述があった。
曰く、至宝は銀髪の女性で…
子供が、いたそうだ。
それも、失踪した銀髪の赤子が。
アルシェムの顔が蒼白になる。
「ま、まさか…まさか、《輝く環》に子供を…?」
アルシェムがその結論に至るまでには。
時間はかからなかった。
呆然としながら、アルシェムは呟いた。
「それなら、辻褄が…合って、しまう…」
そう。
辻褄が、合ってしまうのだ。
《輝く環》は、人間を生み出したことはない。
そして、《影の国》を管理させるために、人間を使うことはまず有り得ない。
人間は管理される側で、管理する側にあってはいけないのだから。
ならば、この子供は少なくとも人間ではないことになってしまう。
《影の国》でワイスマンに指摘されてから。
気付かないふりをしていたこと、だった。
だが、そのことはアルシェムには受け入れられない。
「でも、それじゃあ…それじゃあ、わたしは…わたしは…っ!」
うわごとのように吐き出すアルシェム。
やはり、アルシェムは人間ではない。
それも、ただの人造体なのではなくて…
アルシェムは、自らの出した結論を信じたくなくて、絶叫した。
「嘘、だよね…錬金術師…嘘だよねぇっ!?嘘だって言ってよ…!わたしは、至宝なんかじゃないよねぇっ!」
至宝の、子供。
このことが何を意味するのか…
考えたくもなかった。
考えたくなくて、アルシェムは絶叫し続けた。
「わたし…わたしは…ちゃんと、人間だよねぇっ!?誰かそうだって言ってよっ!」
「どうかしたの、アルっ!?」
その絶叫を聞きつけたリオが、隣の部屋から駆け込んできた。
どうやら、聞こえてしまっていたらしい。
アルシェムは、縋るようにリオを見た。
「…リオ…」
「何でそんなに泣きそうな顔してんのさ!?一体、何があったっての!?」
困惑しているリオ。
だが、アルシェムは自分から言う勇気はなかった。
言ってしまえば、認めてしまう気がして。
だから、アルシェムはリオに資料を見せた。
「…これ…」
「これが、どうかし…まさか。」
リオの目が、資料を追う。
その目が、アルシェムとは違う結論に至ることは…
なかった。
愕然とするリオに、震える声を掛けるアルシェム。
「…違うよね?わたしじゃないよね…?」
だが、リオはあくまでも冷たい姿勢を取った。
何が真実であれ、受け入れなければならないのは確かだったから。
「…他の、文献読まないと分かんないけど…違うとは、アタシには言えないよ。」
「…そこは、嘘でも良いから違うって言ってよ…」
そう言ってくれたら、縋れたのに。
あてどなく彷徨う船のように。
アルシェムは、全ての文献に目を通した。
結果は、残酷だった。
そこにあった全ての資料が、その事実を示していた。
「…あははは…」
それが全て真実とは限らない。
だけど、分かってしまったのだ。
この資料は嘘をついてはいない。
その資料の中の、1枚をふと見降ろして。
アルシェムは呟いた。
「…これは…」
錬金術師が作った、人造体。
それは、至宝の子供を模したもので。
その構造までもが、人間ではないことに…
気付いてしまった。
つまり、アルシェムは…
本当に。
「…まさか、こんなの…嘘だよ…信じない…信じたくない…っ!」
アルシェムは、認められなかった。
自分が人間ではない、という事実を。
だから、半狂乱になって叫んだ。
「アル…」
「わたしは人間なんだって…言ってよ…!」
嗚咽交じりに叫ぶアルシェム。
普通の人なんだって。
一般人とは到底呼べない人生を生きて来た。
だけど。
それでも、人間なんだって。
信じていたかったから。
だけど。
リオは、それを肯定することは出来なかった。
「…流石に、それは言い切れないよ。だから、こう言うことにする。…アルシェムは、アルシェムだよ。アタシの知ってるアルシェムだ。何にも変わっちゃいない。」
リオに、そう言われてしまった。
これは、第三者を挟んでも事実だということが、証明されてしまった。
「…リオ…」
アルシェムは、認めなくてはならなかった。
自分が、どうしようもなく人間ではないのだと。
見かねたリオがアルシェムに告げる。
「今、やんなくちゃなんないことは何?アル。」
「…クロスベルの、下調べ…」
「そうだよ。今は、それだけを考えて。」
それだけを考えていなければ、アルシェムは壊れてしまうかもしれなかった。
だから、リオはそう告げた。
だが、アルシェムにも分かっていた。
それだけを、考えていられたら。
どれだけ、幸せだっただろうか。
そういうわけにもいかないと、分かっていたから。
だから、アルシェムは言葉を吐き出した。
「…分かってる…けど、向き合わなくちゃいけないかも知れない。」
「…どういうこと?」
「錬金術師が作った人間は、わたしを模したものだから。…その子は、間違いなく…至宝クラスのアーティファクトになっちゃう。わたし自身もアーティファクト扱いされるかも知れない。そんな微妙な状況で、わたしは動けるかな?」
アルシェムは、怯えていた。
杞憂かも知れなかった。
それでも、可能性はあった。
至宝として、幽閉されるという可能性。
その力の有無は別として。
それでも、このまま人生が終わるのは嫌だった。
「…総長に聞いてみないといけないけど…」
だから、リオの言葉を聞いたアルシェムは思考を放棄した。
アインならば、何かしら対策をしてくれる、はずだ。
そう願った。
アルシェムはすぐにリオに指示を出した。
「…兎に角、繋いでリオ。」
「分かった。」
リオが通信を繋ぐ。
アインは、すぐに応答してくれた。
「何だ、そっちも無事…じゃないな。どうした、エル?」
顔色の悪さに少々驚きながらも、アインはそう言ってくれた。
その気遣いさえも今は嬉しかった。
たとえ、建前であったとしても。
アルシェムは、アインに問うた。
「今、周りに人はいる?」
「…分かった、ちょっと待て。」
アインはそれだけで察した。
それだけで分かってくれる。
この話は、広めるわけにはいかない。
従騎士を含めたメンバーの人払いが済んで。
そうして、アインが口を開いた。
「…そんなにヤバいことが出て来たのか?」
「…クロスベルで、わたしの素性が分かっちゃったんだ。」
「…何?」
いぶかしげなアインに、衝撃的な事実を突き付けてやる。
それを、嘘だと断じることはもう出来ない。
空虚な声でアルシェムが告げる。
「幻の至宝、《虚なる神》に、失踪した娘がいたんだって。」
「…まさか…」
眉をひそめて、アインは続きを待った。
アルシェムは、震える声で続きを告げた。
「名前が、アルシェム・シエル=デミウルゴス。…偶然でも何でもないよね、これ…」
「…偶然だと断じるのは簡単だが…流石にな。」
溜息を吐いてアインが応じる。
流石に。
流石に、否定できない。
共通事項が多すぎる。
なので、アルシェムは指示を仰いだ。
「どうすべき…かな。」
「ふむ…鍵はやはりプレロマ草、だろうな。」
プレロマ草。
それは、ラドー記に書かれた草の名だった。
その言葉に応じるリオ。
「ラドー記の、ですか…」
「実在するかは知らんが、接触は極力避けるのが良いだろうな。まあ、大量に群生しているわけでもあるまいし…リオ。」
アインは、詰めていた息を吐き出した。
もしも、得体のしれないモノで疑わしいものがあったとしたら?
どうにもできない可能性だって、ある。
「はい。」
「念のためだ、エルに暗示を掛けておけ。至宝となろうものなら、気絶してしまえ、とな。」
アインはそう言った。
死ね、と言わないだけマシだろうか。
リオは、その場でその暗示をかけてくれた。
暗示を受けて、それでもなお不安だったアルシェムはアインに問うた。
「…それで良いの、アイン。」
「あのなぁ。お前は、一応やった身体検査でも感応力以外一般の騎士とそう変わらんかったんだぞ?内的な原因で至宝になるわけがないだろう。」
アインは、言外に外的な原因で至宝になるのではないかと言った。
外的な原因の第一候補は、無論のことながらプレロマ草である。
ただ、問題なのは既に摂取したことがあるということだ。
「そ、そっか…」
「だから、プレロマ草には極力近付くな。」
アインはそう告げた。
だが、既に引き返せないところまで来ている気がしてならなかった。
だから、アルシェムは曖昧に笑ってこう言った。
「分かった。群生地には近付かないし、近付かなくちゃならなくても何とかするよ。」
「よし。引き続きクロスベルで潜入準備。然る後に…遊撃士、もしくはそうだな…警察官にでもなってこい。」
「…分かった。」
アインのアドバイスを素直に受け止めるアルシェム。
やはり、自分で結論を出さなくてはならないのだと、アルシェムには分かっていた。
考え込む様子が落ち込んだように見えたのだろう、アインがアルシェムに声を掛けた。
「そう落ち込むな、アルシェム。やることは変わらん。」
「分かってる…」
「大方、リオはクロスベル大聖堂に転属だろう?とっとと入国させてしまえ。お前も早く足場を固めろよ。」
アインはそう言うが、リオがすでに有名人であることを忘れている。
リオは、大聖堂には入れられない。
だって、あそこには星杯騎士嫌いの御仁が鎮座ましましているのだから。
アルシェムは、アインに提案した。
「…それなんだけど…リオの転属先、変えちゃダメかな。」
「…何?」
「え、別のところにする気なの?」
リオの疑問ももっともだが、リオが星杯騎士であるということは既に知られている可能性が高いのだ。
訳ありに人物がいても問題なさそうなところ。
それは、あそこしかないから。
だから、アルシェムはこう告げた。
「クロスベル警備隊、タングラム門勤務。…どうかな?」
「…成る程な。そちらで何とかならなかったら、ねじ込んでやる。」
「わたしは、よっぽど面白い部署がない限り遊撃士…のつもりだったんだけど、多分あの口ぶりだとエステル達がくるからねー…警察官(笑)しかないよ。」
アルシェムは溜息を吐きながらそう言った。
今のクロスベルの警察は腐っている。
だからと言って、遊撃士には戻れない。
あの状況で、エステル達と同僚としてやっていけるのかと問われれば…
否定、するしかなかった。
アインもそれは理解してくれたようだった。
「問い質されても困るからな。口止めはリースがしたらしいから、口外はしないはずだ。」
「そりゃ、どーも。んじゃあ、まずは適度にクロスベルをぶらついて良い意味で目を付けられに行きますかね。」
アルシェムは、表面上は立ち直ったように見せかけてそう言った。
アインにもそれは見て取れたのだろう。
深刻な顔になって、こう告げた。
「…無理はするなよ。」
「分かってるって。…ありがとね、アイン。オーバー。」
そうして、通信は切れた。
その後、アルシェムはセルゲイに、リオはソーニャに目をつけられてクロスベル潜入を見事に果たした。
ある意味では、補足。
次回、時系列が元に戻ります。
では、また。