雪の軌跡 作:玻璃
では、どうぞ。
アルシェムは、身体と意識が切り離されるのを感じた。
そして、同時に意識の中に誰かが侵入してきたのを感じた。
「…へーえ、いー度胸じゃねーの。」
そう、嘯いて。
アルシェムは導力銃を意識した。
すると、その場には導力銃が現れた。
そして、その導力銃をとある方向に向けて…
引き金を、引いた。
「…ほう。まだ意識があるとはね。」
すると、そこにはとある男が鎮座ましましていた。
痛がる様子もなく、彼はアルシェムに近づいてきた。
「黙れヨコシマ。」
冷ややかな目でソイツを見てやれば、彼は溜息を吐いてこう言った。
邪悪な笑みと共に、だ。
「ヨアヒムだよ。1文字しか合っていないじゃないか。」
そう。
彼の名は…
ヨアヒム・ギュンターと言った。
アルシェムは、全力で溜息を吐いて呟いた。
「じょーだんだよ。…全く、何でこんなことに。」
呟き、というよりはぼやきに近い。
そんなアルシェムのぼやきを聞いたヨアヒムは、こう嘯いた。
「守りを残さなかったのが敗因だよ。」
「…なるほどねー…」
つまりは、ヨアヒムは鍵がかかっているはずのアルシェムの部屋の扉を開けてここまで来たということである。
窓から、という可能性もあったが、目立つのでそれはないだろう。
もっと派手な入り方をしてさえいなければ、アルシェムとしてはそれで良かった。
「さて、アルシェムと言ったか…大人しく眠っている気はないかね?」
「あるわけねーでしょ。」
無論、大人しく眠っている気などさらさらない。
特に、ヨアヒムの言うことなど従う気すらなかった。
ヨアヒムは、何故か嬉しそうに言った。
「…なら、仕方あるまい。」
そこに、銀色の液体が生まれた。
敢えて表現するならば、『は○れメタル』である。
いや、あんなに可愛らしい顔はないが。
「…わーい、何コレ…」
「夢の中では全てが現実だよ。」
キラッと白い歯を光らせて言うヨアヒム。
無駄に爽やかでうざい。
熱血でないだけマシか。
現実逃避のために、アルシェムはふざけることにした。
「誰かアレは液体金属だと言って…」
すると…
「ダダンダンダダン!…なわけないじゃないか。」
何故か、ヨアヒムが乗りツッコミをしていた。
何をしているんだ、コイツは。
アルシェムはそう思った。
「何故乗った、アホヒム。」
「ヨアヒムだよ。2文字しか合っていないじゃないか。」
そう言うヨアヒムの口元は緩んでいた。
どうやら、この状況を楽しんでいるらしい。
消えれば良いのに、とアルシェムは思った。
「あんた実は楽しんでねー?」
「さて、何のことやら。」
ヨアヒムが首をすくめた瞬間。
液体金属は襲いかかってきた。
それを捌くアルシェム。
実際、この速度ならばまだまだ避けられる。
ただ、気になることがあるだけだ。
答えを求める気もなく、アルシェムは独り言を漏らした。
「…で、実際何なのこれ。」
「君が一番恐れるものさ。…意識を退散させるには一番手っ取り早いからね。」
ヨアヒムはそう答えた。
アルシェムの怖いもの。
言わずと知れた、『男』である。
目の前にあるモノ。
ただの液体金属である。
…流石に、少しばかりホラーではあったがそれだけである。
「…流石に液体金属は怖くねーからなー…」
そうアルシェムが呟いた瞬間。
液体金属が、消えた。
思わず呆然とするアルシェム。
「…何か消えたけど…」
「…ふむ、おかしいな。…仕方あるまい。」
ヨアヒムは、思案顔になると手を上に掲げた。
途端に濃厚になる碧い空気。
そして、増殖する液体金属。
「何か増えた!?」
眼前で蠢く銀色の液体。
気持ち悪いことこの上ない。
「さて、君はいつ屈するのかな?」
おぞましい笑みを浮かべて、ヨアヒムはそう嘯いた。
そこに、大量の男性が現れた。
途端に、顔色が(精神的に)悪くなるアルシェム。
「…な、なるほど…これはキツいわー…寄んな触んな近付くなって感じ?」
「さっさと屈してくれると助かるんだがね。」
ヨアヒムの言葉に、アルシェムはこう答えた。
「やーだね。」
そして、アルシェムはその液体金属を氷漬けにした。
男だとは信じていないので、あくまでも液体金属である。
そして、凍った瞬間に導力銃で打ち砕いた。
「…何だ、これは…」
動揺するヨアヒム。
グノーシスには絶対の自信があっただけに、動揺を隠しきれないようだ。
アルシェムは、空虚に嗤うとヨアヒムに向けて導力銃を構え、同時に氷漬けにした。
「さて、そっちが尽きるまでは付き合ってあげるけど…?」
「…尽きる?尽きるわけがないじゃないか。」
凍っているはずのヨアヒムは、再び手を上に掲げた。
すると、液体金属が無限増殖し始めた。
想像力が追いついていないのか、半分だけしか造形されていない男もいる。
「うっわグロっ!」
「これは僕もトラウマになりそうだよ。」
「ならやるなよ!?てーか、何であんたには効かねーの!?」
幾度となく隙を見て氷漬けにしているはずなのに、ヨアヒムは何故か凍り付いてはいなかった。
アルシェムの言葉を聞いて、ヨアヒムはこう言った。
「それは僕だからさ(ドヤァ」
アルシェムは、半眼になった。
そして、一気にすべてを凍らせて打ち砕き、叫んだ。
「UZEEEEEEEEEEEE!」
だが、まだまだ液体金属は増える。
それは、ある意味アルシェムの精神が聖痕に占められているからこそ起こる弊害でもあった。
広すぎるのだ。
この、アルシェムの精神は。
にやりと嗤って、ヨアヒムが言う。
「だが、君には効いている。」
「…っ、いや?効いてるわけ、ねーじゃねーの。」
強がって、アルシェムは言った。
その間にも、液体金属で出来た男は凍りつき、砕かれている。
ヨアヒムは嗤いを張り付けたまま言った。
「果たしてそうかな…?」
「いや、効いてねーよ。たとえ効いてても、あんたがわたしを使うメリットがねー。」
気丈にもそう言い切るアルシェム。
だが、ヨアヒムはそれを否定する。
酷薄に嗤いながら、ヨアヒムはアルシェムに指摘した。
「何を言うのだか。君が一番真なる叡智に近い場所にいるのは間違いないのだよ…?」
「…はっは、何の皮肉やら。」
はぐらかすように、そう言うアルシェム。
ヨアヒムは気付いているのだろうか。
アルシェムの正体に。
そんなことはおくびにも出さず、ヨアヒムは続ける。
「それに、君ほどの身体能力があれば、簡単にキーア様を在るべき場所へと戻して差し上げることが出来るだろう。」
「…ふー…何でアレに関わりたがるんだろうね、皆。」
何故に、キーア。
こだわる必要など、ないだろうに。
アルシェムはそう吐き捨てた。
それに、ヨアヒムが眉をひそめる。
「…何?」
「キーア、キーア、キーアってさ、うっさいよ皆。あのお馬鹿が何をしたかなんて知らないくせにさ。…おぞましい。」
アルシェムには、全く以て理解が出来なかった。
キーア。
彼女さえいなければ、ここまで苦しめられることもなかったというのに。
ある意味では感謝すべきなのだろうが、生憎アルシェムは感謝する気など毛頭なかった。
「キーア様を侮辱する気かね…?」
「分かんないかな。あんただって、アレの掌の上で弄ばれてるだけのただの駒なんだよ?」
そう言った瞬間。
ヨアヒムの様子が一変した。
「…僕如きが、キーア様の駒…?」
天啓を受けたかのような輝く瞳。
まさに、水を得た魚のようにヨアヒムは跳ねまわった。
…もしや、釣った魚を参考にしているのだろうか。
アルシェムはそう思った。
「あ、何か違う勘違いしてるヤバい奴だそれ。」
現実逃避気味につぶやいたアルシェムは、しかし平静を保つことが出来なかった。
それは、見てしまったからだ。
ヨアヒムが、全力で手を上に掲げたことに。
「おお…何てことだ…キーア様…」
「…っ!」
目に見えるほどの、碧い空気。
否、それはもはや液体と化していた。
「キーア様、僕はキーア様の期待にお応えします…!」
「おいバカ止めろ。」
アルシェムの制止もむなしく、ヨアヒムは何故か踊り始めた。
盆踊りに見えないこともない奇妙なダンスを踊るヨアヒムは、奇声を上げる。
「ふおおおおっ!」
その、瞬間だった。
アルシェムの精神の中が、銀色の男で埋め尽くされたのは。
「な…っ、あ…」
「見ていて下さいますか、キーア様っ!僕は、僕はやりましたよ!」
歓喜の声を上げるヨアヒム。
そんなどうでも良い光景に、アルシェムは突っ込みを入れることが出来なかった。
遂に、限界が来てしまったのだ。
もう、ダメだった。
「…いっ…やああああっ!来んな…!」
アルシェムは、必死に逃げようとした。
だが、ダメだった。
あっという間に、アルシェムは男に呑みこまれてしまった。
「今、お迎えにあがります…!」
ヨアヒム、絶好調。
そのまま、ヨアヒムはアルシェムの身体へと浮上していった。
アルシェムは、ヨアヒムに便乗して浮上しようとしたが銀色の男に阻まれていた。
しかも、よりによってハルトマンの顔だ。
げっそりしながら、アルシェムは呟いた。
「待って…はくれねーよなー…はっは…はー…」
大きく溜息を吐いたアルシェムは、集中し始めた。
最早、それも難しかったのだがやらなくては抜け出せない。
その力を与えているのは、某誰かさんかも知れなかった。
「…悪いけど、狩るよ。」
そして、延々と続く狩りが始まった。
次第に、アルシェムの持つ武器は双剣に変化していった。
そして、攻撃する場所も首に変わっていった。
もしも、この場にハーメルの人間がいればこういうだろう。
《ハーメルの首狩り》が動き始めた、と。
だが、アルシェムはそんな事実には気付かない。
狩って、狩って、狩り続ける。
そして…
漸く、光明が見えた。
「…隙間みっけ!…よーし、良いから凍れ!」
アルシェムは、範囲と強度だけを重視して男を凍らせた。
そして、身体へと浮上する。
知らないうちにかなり時間が経っていたようで、外は夜になっていた。
アルシェムの口から滑り落ちる言葉。
それは、ヨアヒムの声だった。
「…さあ、キーア様を渡したまえ…!」
「目を覚まして、アル!」
その声は、エリィの声だった。
あまり良い方向にエリィを評価していないので、少しばかり気まずいのはご愛嬌か。
アルシェムは、全力で声を出した。
それでも、かすれるような声だったが。
「…相っ変わらずうっさいよ、エリィ。…な、何事だ…ただのホラーだからもー喋んなよ、ヨアヒム・ギュンター。話がややこしくなる。」
「既にややこしいですよアル。一体どういう状況なんです?」
叫ぶティオ。
あまり時間がないので、アルシェムは手っ取り早く話すことにした。
「残念ながら乗っ取られてる。自力で取り戻せねーことはねーけど、時間がかかる。取り敢えず、ソイツを渡すのだけは止めて。」
要点だけを話すと、キーアが何故か不思議そうな顔をしている。
レンはその様子を鼻で笑ってアルシェムに言った。
「あら、渡しちゃえば手っ取り早いじゃない?」
警察官にあるまじき言葉をレンが吐く。
それは、アルシェムを案じてのこと。
分かっていたからこそ、アルシェムは釘を刺した。
「レン、本音でも言っちゃダメだよ。…時間がない。太陽の神殿まで追ってきて、ロイド。」
そこで、意識が引き戻されていく。
そろそろ解け始めてしまったのだ。
「アル!?」
そんなアルシェムの様子を見て呼び戻そうというのか、ロイドが叫ぶ。
だが、最早手遅れだった。
嗤い出すヨアヒム。
「…ふふ…ふははは…」
「…戻ったのね…」
そんなレンの悔しそうな呟きだけが、いつまでもアルシェムの耳に残っていた。
意識が混濁し、再び先ほどの場所まで引き戻されるアルシェム。
「…後は、完全に殺しきるだけ、か。」
溜息を吐いて。
気合を入れながら、アルシェムは狩りを始めた。
まだ、終わるわけにはいかなかった。
誰だよこいつ。
では、また。