雪の軌跡   作:玻璃

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今の季節って秋なんですかね、冬なんですかね。

では、どうぞ。


~クロスベルの一番長い日~
終焉の兆し


次の日、アルシェムはベッドから起き上がることが出来ないでいた。

先日の影響だ。

精神的なダメージではあったのだが、どうも負担が重すぎたようである。

身動き自体は取れるが、何かをするとなると厳しいものがある。

それでも、アルシェムはレンに笑いかけた。

「…おはよ、レン。」

「…やっぱり寝てなさいよ、アル。顔色が悪いわ。」

心配そうに言うレン。

だが、寝ているわけにはいかないのだ。

「…多分、寝ていられない。」

そうアルシェムが言った瞬間だった。

ノックの音が響いた。

「はい。」

「ロイドだけど…」

ロイドが部屋に入ってきた。

せめて、どうぞと言われてから入って来てほしいものである。

そんな目を向けられたとは思わず、ロイドはアルシェムに近づいた。

「レン、アルは大丈夫か?」

「レディの寝室に侵入しないで、ロイドお兄さん。」

優しく語りかけたつもりなのに、レンはロイドを拒絶した。

理由は簡単である。

それが、アルシェムのためになると分かっていたからだ。

「う…ご、ごめん。」

「因みに、顔色が凄く悪いわ。」

皮肉げに言うレン。

それは、誰かを責めているようですらあった。

ロイドも、それには気付いたようである。

ただ、誰を責めているのかについて勘違いしていた。

「やっぱり、昨日無理しすぎたんじゃ…」

「…寝てらんねー可能性が高いから、動かねーと…」

今動かなければならないのに。

アルシェムは、動くことが出来ないでいた。

原因ははっきりしているのだが。

動かなければならないのに、動けない。

この状況は、前にもあった気がした。

厳しい顔でロイドがアルシェムに告げる。

「ダメだ。体調が思わしくないなら寝ててくれ。」

「何が起きるか分かんねーのに…動かねーと…」

だが、やはり起き上がることは出来なかった。

そこに、再びノックが響いた。

「はい。」

「エリィよ。良いかしら?」

「ええ。」

エリィは流石に許可を取ってはいるだけの人間性はあったようだ。

かちゃり、という音と共に、エリィが入ってきた。

ただ、真っ先に挨拶をした相手は部屋の主ではなかった。

「お早う、ロイド。アルの様子はどう?」

「お早う、エリィ。…あまり思わしくなさそうなんだ。」

そう言ってアルシェムを見やるロイド。

その視線を追ってエリィがアルシェムを見て…

思わず叫んだ。

「アル…って、真っ青を通り越して緑色してるわよ、顔が!?大丈夫なの!?」

「うー…うるさい、エリィ…」

頭に響く。

そう、暗に告げてやれば、エリィは溜息を吐いてこう言った。

「もう、このまま寝てなさい。」

「…ダメ…何か起きる、かもだから…」

だから起きるのだ、とアルシェムは頑強に主張した。

それは、身の危険を感じていたからかもしれなかった。

だが、エリィはそう思わなかった。

「かも、なんでしょう!?起きたって、私達が何とかするわよ!」

「うるさい…エリィ…」

そこで、予告なしに扉が開いた。

そこにいたのは…

キーア、だった。

「あれ、エリィ、どうしたの?」

あざとい顔をして、鬼畜である。

エリィの声が響くというのに、この甲高い声は今のアルシェムには辛かった。

状況を説明しようとするエリィ。

「お早う、キーアちゃん。実はね…」

「あーっ、アル、顔がピーマンみたいになってるーっ!」

だが、キーアはそれを無視してアルシェムを覗き込んだ。

それも、耳元で叫ぶ形で。

子供の無邪気さが裏目に出過ぎている。

あるいは、何らかの嫌がらせなのだろうか。

アルシェムはそう思った。

「…あんたにアルって呼ばせることを許可した覚えはないけど。あと、うるさい。」

「ダメだよアル、ちゃんと寝てなくちゃ!」

ぷんぷん!と擬音語までつけて怒るキーア。

だが、耳元で叫ぶのは安静にしている人間に対して失礼すぎる。

溜息を吐いて、アルシェムは言葉を吐き出した。

「…聞いてねーな…あと、うるさい。」

「キーアが添い寝してあげようか?」

ベッドの横に座り込み、キーアがあざとく首を傾げる。

だが、アルシェムにしてみればお断りだった。

耳元で叫ばれる危険性に、キーアに接触するという危険性。

危険がいっぱいだった。

だから、アルシェムは断った。

「断固拒否する。あと、うるさい。」

「ぷー…アルの分からず屋ー…」

分からず屋、ではない。

いくら『記憶喪失』だからとはいえ、病人への対応まで忘れているキーアが悪い。

ふくれるキーアを見て、エリィがキーアに抱き着いた。

「ああっ、キーアちゃん、可愛い…!」

頬ずりまではじめているあたり、末期だろう。

それを冷めた目で見たレンは、アルシェムに向かってこう告げた。

「…アル、レンがアルの代わりに動くわ。だから、寝てて。…お願い…」

「…レン…」

レンの懇願を聞いて、アルシェムは折れることにした。

決してキーアに動かされたわけではない。

断じて、絶対に、断固として違うと言い切れる。

レンの言葉を聞いて自己主張を始めるキーア。

「キーアも!キーアも動く!だからアル、寝てて良いよ!」

「…エリィ、ソレを黙らせてよ。うるさい。」

至極当然の主張をしたはずである。

そのはずなのに、何故かアルシェムはエリィに睨まれた。

キーアを庇うように抱き、キッとアルシェムを睨みつけて毅然と言い放つエリィ。

「ソレじゃありません、キーアちゃんよ。」

これは、末期も末期だろう。

毒され過ぎている。

アルシェムは、深い溜息を吐いてエリィに言葉を投げかけた。

「…分かった。分かったしちゃんと寝てるからレン以外出てって。」

「あ、ああ…」

アルシェムの言葉に従って、レン以外は部屋から出て行った。

聞き耳を立てていないことをレンが確認して、念を押す。

押さないと、またアルシェムは無茶をするに違いないのだから。

「…約束よ?」

「分かってる。…今夜中に全部終わらせるつもり、だったから…最後に太陽の神殿に…」

そこまで言って、急速に意識が混濁するのを感じた。

それも、意図的に、だ。

これは誰かが仕組んでいる。

だが、アルシェムには止められない。

溜息を吐いたレンがアルシェムにこう告げた。

「分かったわ。もう寝てなさい。…おかゆくらいは作ってあげるわ。」

「…わーい、レンの手料理ー。…楽しみー…」

その言葉を言ったのは、アルシェムだったのか。

アルシェム自身にも、もう分からなかった。

そして、意識が混濁する。

 

「…中々使える駒が残っているじゃないか…」

 

アルシェムが意識を完全に失う前に聞いたのは、そんな声だった。




次回、シリアル。

では、また。

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