雪の軌跡 作:玻璃
悪魔崇拝ってけっこうなミスリードだと思うんだ。
では、どうぞ。
執行者時代の知識に、グノーシスのグの字もなかった。
話す気がだんだん失せて来ていたアルシェムは、一応最後の抵抗でとぼけてみた。
「いや、その前。ダドリー捜査官には説明してなかったっけ?」
「いや、ないが。」
誤魔化せなかった。
なので、アルシェムは正直に言った。
真実を。
「アルタイル・ロッジにいた。」
「…何?」
眉をひそめて聞き返すダドリー。
一度でその意味を正確に取れたランディは息を呑んでいた。
ダドリーの理解が追いついていないようなので、アルシェムはもう一度言ってやった。
「だから、わたしはそこにいたことがあるんだってば。」
「…まさか、プラトーと知り合ったのは…」
目を見開いたまま言うダドリー。
そんな細かいことまで考えて身元を探られていたとは思いもしなかった。
流石に、《影の国》関連の話は調べられなかっただろうが。
だから、アルシェムはそれが事実だというように言った。
実際事実ではあるが、それ以降に会ったことがあるという事実を隠すためである。
「そ。ティオとはその時に知り合ったんだ。」
「そ、そうだったの…」
憐れむような眼で見るエリィ。
実際、憐れんでいるのは視れば分かった。
アルシェムはそんなエリィを見て吐き捨てるように言った。
「…憐れまれるのは嫌いだよ。それに、報復の一部は終わらせてあるし。」
はっは、と乾いた笑いを発するアルシェム。
だが、セルゲイは騙されなかった。
セルゲイは呆れながらこう言った。
「いや、一部って…ほぼお前が潰してただろうが…」
「はっは、若かったってことで(笑)」
若かった、と言っても誤差の範囲内のようなものだが。
それを口に出すわけにはいかなかった。
それでも、若かったのだと軽く言ってやると、エリィが抗議の声を上げた。
「笑い事じゃないわよね!?」
「…それは理解したが…何故分かった?」
「それを乙女の口から言わせる気なのかしら、この鈍感男。デリカシーはないの?」
ただただ冷淡にレンは返した。
因みに、この時点でレンはアルシェムにしがみ付いている。
アルシェムとしてはありがたかったが、同時に今の状態を知られてしまっているということでもあった。
「言いたい放題だな…」
溜息を吐くランディ。
確かに言いたい放題ではあるが、それを言う権利はあるだろうと思っていた。
もし、ランディの予測が外れていないとすれば、全てが説明できるはずなのだから。
そんなランディを後目に、アルシェムが皮肉げに言う。
「レン、流石にあそこは公表されてないからこのツンデレ捜査官が知るわけないよ。」
「そうだけど…知りたがるってことはやっぱりムッツリさんなのかしら。」
クスクスと笑いながら言うレン。
ムッツリだろうが何だろうが、レンは自分がレディだからで全てを通す気でいた。
レンの言葉を聞いたダドリーが叫ぶ。
「何故そうなる!?」
断っておくが、断じてダドリーはムッツリではない…はずだ。
多分…恐らく…うん、きっと。
そんなダドリーの絶叫も意に介さず、アルシェムは言葉を吐いた。
「ま、でもクロスベルで知ってるお客さんはハルトマンと司令だけだしね。」
「あら、知らないの?クロスベルの議員の半数以上がいたわよ、あそこ。」
アルシェムの言葉に、強烈に突っ込むレン。
誰も、その言葉の意味を図りかねていた。
ランディは、推測は出来ていたものの、そんな規模の話になってしまうとは思ってもみなかった。
だから、ロイドは問うた。
「だからあそこってどこだよ!?」
「止めとけ、ロイド。」
そんなロイドを、ランディが止めた。
いつになく真剣な顔をして、だ。
それを見たダドリーは眉をひそめて言った。
「…何か知っているのか?オルランド。」
「考えりゃ分かるッすよ。…明言させるのも酷すぎる。」
深刻な顔をして言うランディ。
だが、アルシェムはそこまで考え付けてしまうことに対して思わずこう言ってしまった。
「…どうしようレン、あそこにムッツリーニがいる。」
「誰がムッツリーニだよ!?」
「あら、あれだけで察せるんですもの。HENTAIと呼んであげれば良いわ。」
くすくすと笑いながら、レンは茶化した。
そうすることでしか、アルシェムの気を紛らわせることは出来ないと理解していたから。
「勘弁してくれ…茶化していられる場合でもないんだろ?」
「はっは、流石ランディ。ふざけてねーとやってらんねーの、分かっちゃうか。」
アルシェムは、震え続けている右手を見せた。
小刻みに、どころではない。
誰の目で見ても、その手は痙攣を続けていた。
「アル、その手…!」
「いやー、はっは…はぁー…」
地の底よりもなお深い溜息を吐くアルシェム。
だが、今止まるわけにはいかないのだ。
ロイドがアルシェムを気遣うように名前を呼ぶ。
「アル…」
「良いわよ、レンから話すわ。」
アルシェムの状況を見たレンがそう言いだす。
だが、アルシェムは全身の震えを無理やり押さえ込んで言った。
「それはダメ。」
「どうして?」
レンは、アルシェムの家族だ。
だから、アルシェムに出来ないのならばレンがやる気でいた。
それなのに、アルシェムはそれを否定するのだ。
その理由は、簡単だった。
「わたしが嫌だ。」
「…全くもう…お人好しすぎるわ、アルのバカ。」
そこに込められたアルシェムの気持ちをくみ取って、レンが引き下がった。
レンは、そのまま自室へと戻っていった。
そして、アルシェムは話の口火を切ることにした。
「…さて、と…」
「おい、顔色悪くないか…?」
ランディが気遣うように言う。
だが、今の状況で一番アルシェムをむしばんでいるのはロイドだ。
出来れば遠ざけてほしい。
そう思いながら、努めてふざけて言った。
「気のせー気のせー。だいじょーぶ、話し終わるまでは意識飛ばさねーから。」
「無理はしないでくれよ?」
ロイドが気遣うように近づいてきた。
それは、逆効果なのである。
だから、アルシェムはロイドを押しとどめた。
「そー思うならさ、離れてくんねーかな。」
「あ、ああ…」
アルシェムの近くから離れるロイド。
素直で良いことである。
アルシェムは、ゆっくりと話し始めた。
「…さて、課長は知ってるだろーけど、《D∴G教団》は各地に沢山のロッジを持ってた。ま、その情報はわたしがリークしたんだけど…」
「いや、待て。お前当時何歳だ。」
とんでもない情報に突っ込みを入れるダドリー。
何歳であろうが、そんな情報をリークできるだけでも異常である。
ダドリーはその捜査には参加しなかったが、ガイからは酷い捜査だったとは聞いていた。
アルシェムは、不満げな顔でダドリーの疑問をぶった切った。
「わたし孤児だから正確な年齢なんて知らねーもん。話の腰を折らねーでよ。」
「…済まん。」
孤児であることは話しにくいこと。
そう思ってくれるだけで、アルシェムは話さなくても良いことを話さなくても良くなった。
話をつづけるアルシェム。
「んで、あの様子から見るにティオから話を聞いたんだろーから詳しくは省くけど、そーゆー場所が漏れたのは、ある意味《身喰らう蛇》が関わってるんだ。」
「例の結社か…」
深刻な顔をして黙り込むダドリー。
そんな彼にアルシェムはそのまま説明を続けた。
「わたしが最初にいたのはアルタイル・ロッジ。その次は、《楽園》って場所だった。」
「…《楽園》…?」
「そ。強いて言うなら幼女好きな野郎共の楽園ってとこ?」
そこで、エリィの顔色が目に見えて悪くなった。
どうも、刺激が強すぎたようだ。
顔面を蒼白にしながら、口に手を当てて後ずさるエリィ。
妄想力豊かである。
「…それって…」
「エリィ、悪かった。席外したら?」
流石に、この状態のエリィには聞かせられない。
このまま倒れられたりしたら事だ。
だから、アルシェムはそう提案した。
だが、エリィはすぐにはその提案を受けようとはしなかった。
「いきなり何よ!?」
「エリィにはまだ早い。」
アルシェムの答えに、エリィは憤慨した。
自分は子供ではない。
成人はしていないとはいえ、遊撃士にでもなれる年齢である。
「わ、私だって子供じゃないわよ!」
「いや、子供とか言ってないよ。…ただ、一般的な女には無理かなって。」
さり気なく自分は一般的な女ではないと告げているにも等しいが、誰も気づいた様子はなかった。
ただ、エリィを気遣っているように見えたはずだ。
エリィは俯いてこうこぼした。
「…それは…そう、かも知れないけど…」
「だから、席外してていーよ。」
そこで大人しく出ていれば良いのに、エリィは顔を上げた。
そして、決然と言う。
「…議長が、関わってるんでしょう?」
「そーだね。」
「なら…」
なおも抗弁しようとするエリィを、アルシェムは押しとどめた。
事実を知るものは少なくて良い。
少なくとも、齟齬は減らせるはずだ。
だから、アルシェムはエリィを追い出しにかかった。
「そんな真っ青な顔で言われたくない。」
「う…わ、分かったわよ!」
エリィは、大人しく自室へと戻っていった。
エリィさんが退場したことで自分で自分を追い込んでますよ主人公。
考えがないわけではありません。
では、また。