雪の軌跡 作:玻璃
ハロウィンの挨拶って絶対ハッピーハロウィンじゃない。
てなわけで、どうぞ。
支援課ビルへと戻るとそこには怒り心頭のティオがいた。
最早修羅である。
「あ、アル、レンさん!どこに行ってたんですか!」
「支援要請。」
しれっと答えたアルシェム。
それ以外に選択肢はないはずである。
だが、ティオは目を吊り上げた。
「さらっと答えないで下さい。本来なら絶対安静で縛り付けたいくらいなんですよ!?」
「はー。」
「聞いてますか、アル!」
ティオの言葉に、アルシェムは軽く返した。
というより、深刻に応える必要はないと判断した。
聞き流す気満々である。
「無理も無茶もしてねーから問題ねーよ。」
「そういう問題じゃないんです!」
ティオは、アルシェムに掴みかかった。
だが、アルシェムは止まる気など毛頭なかった。
止まることなど、最初から出来ないのだ。
だから、アルシェムはティオを追い詰めにかかった。
「でもそっちはもー手一杯でしょ?」
「そ、それは…」
言いよどむティオ。
アルシェムは、さらに追い打ちをかけた。
アルシェムが止まれないように、ティオも動かす必要があった。
「そーいやティオ、黒月襲撃はどうだった?」
「あ、ええ、話を聞いたところによると、ルバーチェが動いたそうです。…ただし、ガルシア・ロッシではない下っ端が、ですが。」
それを聞いたアルシェムは、思わず空を仰いだ。
まさか、本当にやらかしているなんて。
「…ルバーチェ、バカか…」
アルシェムは頭を押さえた。
商品に手を付けたのか、市民を実験台にしたのかは知らない。
ただ、グノーシスを使ったことだけは確実だろう。
アルシェムの言葉に、ティオは首を傾げた。
「え?」
「そういうことなのね…いくらアレだからって、流石にないわぁ…」
「お2人がその反応…ってことは、アレが関係しているんですね?」
ティオの顔から、血の気が引いていく。
まさか、ここまで関わってくるとは思ってもみなかったのだろう。
口に手を当てて後ずさるティオ。
それを見たアルシェムは、努めて明るく応えた。
「せーかい。ルバーチェの下っ端だけで黒月襲撃だなんて出来るわけがねー。ただ、アレを使えば可能性があるくらいかな。」
明言はしたくない。
だからこそ、アルシェムはグノーシスをアレと表現した。
それは、ティオにも伝わったようだった。
「…何で、今なんでしょう。」
何故、今なのか。
よりによって、一番充実しているかも知れない今に、何故出て来るのか。
ティオの呟きに、アルシェムは皮肉げに顔を歪めながら言った。
「いや、今だからかもよ?」
「…え?」
アルシェムの言葉に、ティオは硬直した。
脳が追いついていないのだろう。
「今やるしかないからやったとは考えられねーかな?」
「…!じゃあ、まさかクロスベルの中にいるんですか!?」
漸く脳みその回転が追いついたようである。
まあ、グノーシスを流通させられるだけの人脈と云々を加味すれば、クロスベルにいない人間にはまず不可能だと考えられるのだろうが。
「うん。十中八九ね。」
「そんな…」
落ち込む、というよりも考え込むティオ。
一体誰が、と思っているのだろう。
だから、ヒントをあげることにした。
「もしかしたら、既に会ってるかもよ?」
「アルは誰だか分かってるんですか?」
無論、分かっている。
だが、今はそれを明かすわけにはいかないのだ。
立証できない以上、奴から動くのを待つしかない。
証拠さえつかめば、いつだってぶっ殺…否、逮捕してやれるのに。
そうアルシェムは思っている。
「…ん、まあ。確定じゃねーから何ともね。」
「…誰なんですか。」
「可能性はまあ、たくさん。一番怪しいのはウルスラ医大の医師かな。」
そのアルシェムの言葉に、ティオは顔を青ざめさせた。
無理もない。
救い出されていた先に、首謀者にも等しい人物がいただなんてどんな悪夢だろうか。
「え…」
「一番薬に偽装出来るものね。」
追い打ちをかけるレン。
ただ事実を述べただけなのに、ティオはショックを受けた顔をした。
「…そんな。だって、良い人ばかりで…」
「ティオが入院してたときにいなかった医師がクサいね。逃亡する前から潜入してたとは考えにくいし。」
本当は、全員が怪しいのである。
犯人が割れているからそう言う答え方になっただけで。
ただ、今ティオに教えるわけにはいかなかった。
それを知ってか知らずか、決然と顔を上げるティオ。
「…割り出してみます。…いい加減、乗り越えなくちゃいけませんし、ね。」
「…そっか。んじゃ、手配魔獣は任せて。」
「…分かりました。」
ティオは、神妙な顔をして頷いた。
そんなティオを見て、余裕があるとは思えたアルシェム。
だから、懐からあるものを取り出してティオに渡した。
「後、良ければこれを一課に渡しといてくんねーかな?」
それは、碧い錠剤だった。
忌まわしい、あの碧い色の。
それを見たティオの顔色が変わる。
「…こ、これって…まさかっ!」
「そのまさか。」
にっこり笑って、ティオの予想が正しいことをアルシェムは告げた。
この錠剤は、グノーシスである、と。
「どこで見つけたんですか!?」
詰め寄るティオ。
ティオの問いに、アルシェムはイイ笑顔で答えた。
それはもう、イイ笑顔で。
「ガンツさんからスリ取った。」
「そ、そうですか…」
盛大にドン引きしたティオ。
犯罪ではあるのだが、押収した方が良いものという意味では何も言えなかった。
それを見越して、アルシェムはティオに声を掛けた。
「頼んだよ、ティオ。」
「分かりました!」
ティオは、そのまま駆け出して行った。
この様子ならば、乗り越えられる日も近いだろう。
そう、思えた。
アルシェムは打ち砕いただけで乗り越えてはいない壁を。
因みに、キーアがティオに抱き着いていた気がするが気のせいだろう。
ティオを見送ったアルシェムとレンは支援課ビルから出て言葉を交わした。
「さて、まずはどこから回る?」
どこから、というのは手配魔獣の件だ。
レンは、深く考えずに即答した。
「レンは星見の塔が気になるわ。」
「じゃあ、星見の塔から…」
行こう、と続けようとしたアルシェムの言葉をレンはぶった切った。
一緒に行っても、意味がないのだから。
「アルは月の僧院をお願い。後で太陽の神殿前で落ち合いましょう?」
「分かった。」
何か釈然としないものを感じながら、アルシェムはレンと別れた。
そして、ツァイトに乗せられて月の僧院へと向かう。
「ビジョウ、って名前かー…これは…うん、カオスブランド!」
幻系のアーツだけで倒しきる。
だが、普通の魔獣とは違って奇妙な消滅の仕方をした。
《影の国》の魔獣と同じ消え方だ。
それを目を細めて見届けて、アルシェムはぽつりと漏らした。
「…ふーん…やっぱり危険か。」
月の僧院を出てマインツ山道からクロスベル市を通過し、アルモリカ古道方面に向かう。
その間も、魔獣は狩られ続けていた。
古戦場へと向かうと、既にそこにはレンが待っていた。
「あれっ、早かったねレン。」
「そうかしら?」
ツァイトに乗ってもいないのに、かなりの速さである。
アルシェムの体力は、ツァイトに頼った分かなり戻っては来ていた。
筋肉痛は直ってはいないが。
「ま、良いけどさ。ここのは…ふむ、あっちかな。」
強大な気配を探り、アルシェムは手配魔獣のいる場所を探して移動を始めた。
レンもそれに追随した。
「そうね。…この場所だと思う?アル。」
「多分ね。入れないのはここだけだから。」
レンの問いにそう答えたアルシェムは、静かに太陽の神殿を睨み据えた。
まるで、敵でも見るかのように。
そんなアルシェムを見たレンは、アルシェムに誘いをかけた。
「…探ってみる?」
「まだ、ダメ。事態が動かないと動けないよ。」
それは、特務支援課としても、星杯騎士としても、だ。
今動くわけにはいかない。
「…そう…」
「大丈夫、絶対に潰すから。」
そう言って、アルシェムはレンの頭に手を置いた。
それは、ある種の誓いでもあった。
絶対に、潰すと。
「アルならそうするって信じてるわよ。」
「…ありがと、レン。」
頼られて、アルシェムは生きている。
頼ってばかりでは、ないと。
そう、信じたかった。
話しがひと段落ついたところで、ふとレンが顔を特定の方向に向けた。
「あ、いたわよ、手配魔獣。」
レンの視線の先には、手配魔獣が鎮座ましましていた。
大鎌を持った、不吉な魔獣だ。
「本当だ。さっさと狩って帰ろっか。」
早く終わらせれば、早く休める。
その上、やらなければならないことも出来るだろう。
軽くアルシェムが言うと、レンもそれに応えた。
「ええ。」
そうして、後にダークレジェンドと名付けられることになる魔獣は撃破された。
一瞬で、殲滅されたのである。
《殲滅天使》と《銀の吹雪》は伊達ではない。
「ふー…」
「終わったわね。」
ツァイトも手伝ったのだが、それはさておき。
アルシェムは、深刻そうな顔でレンに告げた。
「これが一般的な魔獣になると危険だよね。」
「うふふ、可能性がないわけじゃないわよ?」
レンの答えに顔をしかめるアルシェム。
確かに、可能性がないわけではない。
それだけに厄介だった。
「笑い事じゃないって…」
苦笑しながら、アルシェムはその場を後にしようとした。
だが、出来なかった。
次回、民族大移動(嘘)
では。