雪の軌跡   作:玻璃

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黒月の描写なんてしません。
ただルバーチェにボロボロにされただけですからね。

では、どうぞ。


黒月襲撃、あるいは支援要請。

アルシェムが無茶をした次の日。

痛む全身に鞭打って、アルシェムは起き上がった。

体中がバキバキだ。

「うー…解消出来た、かなー…?」

「…バカ。危険なことしないでよ…」

レンの声は、湿っていた。

泣いていたわけではない。

ただ、心配を掛けられたことに対して憤っていただけだ。

「レン…ごめん。でも…わたし、ああしなくちゃいけなかった。」

「…そう…」

思案顔になるレン。

それよりも、アルシェムには気になることがあった。

「…レン、何かあった?この空気…おかしい。」

いつもとは違う空気にアルシェムの顔が自然と引き締まる。

このきな臭い空気には覚えがあった。

あたかも、戦場のあとのような。

あるいは、決定的に何かが変わる前兆のような。

そんな、空気。

「…黒月の建物がボロボロだったわ。襲撃されたみたいよ。」

レンの声は、いつになく真剣だった。

それは、町中に漂う不穏な空気と無関係ではないだろう。

アルシェムは深刻な顔になって呟いた。

「…!思ったより手遅れか…」

「まさか、あの忌々しい薬が関係してるの?」

分かり切ったことを、レンが問う。

それ以外に、ここまでクロスベルを荒らせるものはなかった。

あくまでも、今現在において、だが。

だから、アルシェムはこう答えた。

「十中八九、ね。被害の程度を見ないと分かんないけど。」

「兎に角、下に行きましょう。」

「そだね。」

レンと連れ立って部屋を出るアルシェム。

階下へと降りると、そこにはティオがいた。

「あ、おはようです、アル。今日の支援要請はウルスラ医大からと墓守さんからです。」

「…うん、おはよーティオ。ちょっと出て来るよ。」

そう呑気に言うと、ティオに呆れられてしまった。

動くな、とでも言いたいのだろうが、生憎今はそんなことを言っていられる状況ではない。

「ダメです。アルはすぐに無茶をするんですから…」

「黒月が何者かに襲撃されたかもって言っても?」

ティオの言葉を喰い気味にそう言うと、ティオは目を見開いた。

ティオと、その場にいたロイドがその言葉を呑みこむのに数秒。

そして、同時に言った。

「…え?」

「な、何だって…!?」

「今すぐ見に行ったほーがいー。支援要請なんか無視して。」

その忠告は、しかしロイドにはうまく伝わらなかったようだ。

こともあろうに、ロイドはこう言ったのだ。

「分かったけど…アルは休んでてくれよ?」

ロイドの言葉に、アルシェムは切れた。

無理もない。

今は、動かなければならないのだ。

「…とっとと行けこのグズがって言われたくなきゃ行ってきてよ。そっちに行っても何の役にも立たねーから、わたし。」

「何でそんなに辛辣なんだよ!?」

ロイドのツッコミを無視して、アルシェムは立ち上がる。

そんなアルシェムを見て、止められないと悟ったのだろう。

ランディはレンに言った。

「レンちゃん、アルを見張っててくれよ?」

「分かってるわよ。無茶はもうさせないわ。」

にっこりと笑って言うレン。

所謂、威圧感のある笑みというやつだ。

どこかしらエステルに似て来た気がしないでもない。

ロイドは、そんなレンに怯みながらアルシェムの部屋を出て行った。

「じゃ、行ってくる。」

ロイド達は、黒月へと向かった。

端末に見向きもせずに。

アルシェムは、溜息を吐きながら端末を見た。

「支援要請ほったらかしか…仕方ないなー。」

「ま、無茶なモノじゃないしね。行きましょ、アル。」

外に出ようと促すレン。

だが、それを邪魔したものがいた。

「アルも行っちゃうの?」

キーアだった。

アルシェムは、この幼女が苦手だった。

根本的に合わないのだから、当然と言えば当然か。

「課長に構って貰って。わたしには余裕がねーから。」

「えー…ぷー…」

正直に言って、可愛くもなんともない。

ただあざといだけだ。

アルシェムは、反射的にキーアを殴りつけそうになって止めた。

「行ってくる。いー子にしてりゃ、ロイド達が構ってくれるから。」

だからアルシェムに構うな、と言いたかった。

だが、キーアはそれに関係なくアルシェムにまとわりつこうとするのだ。

迷惑極まりなかった。

そこに、再び邪魔者が現れた。

「わふっ…わふっ、わふっ。」

ツァイトだ。

ツァイトの声に、アルシェムは硬直した。

「…今、ツァイト何か言わなかった?」

「シュールな光景を見せたいのかしら、狼さん。」

ツァイトは、こう言っていたのだ。

貴女様の御身が心配ですから、この背にお乗せしましょう。

街中でしてしまえばニュースである。

「わふっふ…わふっ。」

わが身の心配はなさらず、と言っているのだが、そう言うことではない。

ツァイトだから、で全てを済ませられるわけではないのだ。

だから、アルシェムはこうあしらった。

「あー、はいはい。街道でね。」

ただ、街道であったとしてもそれはシュールだったに違いない。

外へと出ると、ツァイトは後ろから付いて来た。

キーアの見送りは、なかった。

アルシェムは、依頼を少しでも手際よく終わらせるべくレンに問うた。

「にしてもレン、鎮魂の花って知ってる?」

「勿論よ。先に取りに行きましょ。」

大聖堂へ抜けるべく裏通りを通りががると、困ったようにうろつくイメルダがいた。

イライラしながら動き回るので、地味に通りづらい。

「あー、全く…」

「どうかしました?イメルダさん。」

アルシェムが声を掛けると、イメルダは意地の悪い笑みを浮かべた。

アルシェムならば、任せられると踏んだのだろう。

「…あんたで良いや、依頼を受けておくれよ。」

「…はぁ。内容にもよりますけど…」

イメルダは、断られないことを前提に話をしていた。

そして、断るはずがないだろうとも確信していた。

「ヨルグのジジィから人形を受け取って来て欲しい。」

「お爺ちゃんから?構わないわ。」

レンは二つ返事で引き受けた。

あまり日を空けていないとはいえ、パテル=マテルには会いたいのだろう。

「ヒッヒ、イメルダからの遣いだと言えば分かるはずさね。」

「りょーかいです。」

裏通りを抜け、街道に出るアルシェム。

すると、どこからともなくツァイトが現れた。

街道で花を回収するアルシェム達。

因みに、アルシェムはツァイトに運ばれていた。

誰にも見られなかったのが奇跡である。

見られていたなら…

明日のクロスベルタイムズのトップ記事はこれだっただろう。

 

『特務支援課の警察犬、アッシーになる。』

 

…流石に笑えなかった。

レンの指示に従い、花を探していく。

「…多分、これで合ってたはずなんだけど…」

「行ってみようか、レン。」

揃えた花を折らないように気を付けながら、大聖堂へと向かうアルシェム達。

無論、花はレンが持っている。

大聖堂の横をすり抜け、アルシェム達は墓守の小屋まで辿り着いた。

扉を叩き、入っても良い旨を告げられたために中に入るアルシェム達。

「済みません。」

「何じゃ…む?それは…」

「花を摘んできて欲しいって依頼だったでしょう?だから、この花かと思って。」

クロスベルに住んでいたレンには、本来なじみ深いもの。

だからこそ、集めることが出来た。

墓守は、心なしか顔をほころばせて言った。

「…うむ、確かにこれじゃ。」

「良かったわ。昔の記憶なんて当てにしてなかったけど…覚えていられたのね。」

しみじみというレン。

それに、墓守はいぶかしげに問うた。

「…お嬢さんはクロスベル出身かね?」

「…多分そうよ。記憶違いじゃなければね。」

記憶違いで等、あるはずがない。

それでも、レンはそう答えざるを得なかった。

「そうか…折角だから、お参りして行くと良い。」

そう言って、墓守は小屋を後にした。

墓守が見えなくなってから。

レンは、ぽつりと漏らした。

「…レンの知っている人は、ここには眠ってないわ。」

「えーっと、レン。1人だけ…良いかな?」

アルシェムには、どうしても弔っておくべき人間がいた。

それも、ここに確実に眠っているであろう人間。

レンは、アルシェムに誰何した。

「誰よ。」

「ガイ・バニングス。…一度だけ会ったことがあるんだ。」

忙しさにかまけて、一度も参ったことがない墓。

関係があると思われてもどうかと思ったから、というのもあるが、流石に参らないのは気が引けた。

「ああ…なるほどね。分かったわ。」

レンの了承も得た。

墓守の後に続いて、アルシェムとレンはガイの墓に向かった。

「…犯人くらいは墓前に供えてあげるよ、ガイ。」

「…聞き覚えがあると思ったら、あのガイだったのね。」

あのガイ。

レンも、ガイ・バニングスのことは知っていた。

アルシェムが話したからではない。

一応、その界隈では有名人だったのだ。

ガイに目をつけられたら終わりだとまで言われていた。

「…そうだよ。彼は背後から射殺された。」

体中の傷は明らかに切り傷なのに、だ。

つまり、これは犯人が複数である可能性が示唆されている、ということ。

「ふぅん…場所は?」

「市庁舎奥の工事現場で。割とボロボロだったから、誰かが引きつけてて背後からズドンだろうね。」

実際はどうだったかは分からない。

だが、大差はないだろうとアルシェムは踏んでいた。

「…ふぅーん。因みにアル、予測はついてるのよね?」

「まぁね。ただ、確証はない。」

アルシェムが目をつけている人間は複数いる。

だが、今の時点でそれをしたとしても同じように消されるだけだろう。

…本当に、アルシェムが死ぬかどうかは別にして。

そんなアルシェムの内心も知らず、レンはこう言った。

「あら、任意で事情は聞けるんじゃないの?」

「無理だよ。…やった瞬間首が飛ぶね、物理的に。」

物理的に死ぬ、というアルシェム。

それに、レンは何か引っかかった気がした。

だが、それ以上考えるのを止めた。

「…そう…なるほどね。」

「…そろそろ行こうか。」

アルシェムとレンが支援課ビルへと戻ると、誰もいなかった。

どうも何かきな臭いことになっているようだ。

単純に事情聴取に時間がかかっているだけかもしれないが。

アルシェムは端末を操作して支援要請の報告を終えると、端末が鳴った。

「報告っと…あれ、追加だ。」

「何かしら?」

レンが隣から覗き込む中、アルシェムはその情報にいぶかしげな顔をせざるを得なかった。

有り得ないからだ。

「…誰がそんなとこの魔獣を発見したんだか。」

アルシェムは、目を細めてほほ笑んだ。

どう考えても、そんな場所の手配魔獣が見つかる訳がないというのに。

黙読したレンも、同じく薄い笑みを浮かべた。

「…へえ、興味深いじゃない。兎に角、行きましょ?」

「ん。」

マインツ山道へと向かうアルシェム(とツァイト)とレン。

楽しげに会話しながら歩いている。

だが、その周りでは神狼に乗ったアルシェムとレンに魔獣が殲滅されているというなかなかシュールな光景が繰り広げられていた。

周囲に人間がいなくて正解である。

魔獣を狩りながら、アルシェムはレンにこう問うた。

「そういえばヨルグ爺、元気かな?」

「元気よ?まあ、会えば分かるけど。」

狩られる魔獣。

というより、魔獣が逃げているのを追っている気がする。

そのまま、分岐を右に折れてローゼンベルク工房へとたどり着いた。

すると、そこには人形が待ち構えていた。

…どういうわけか、《影の国》で見た人形と似ている気がするのは気のせいか。

「はっは、本当だ。…さっさと入れてよヨルグ爺。一応病み上がりだからさ?」

手っ取り早く導力銃で人形を砕くアルシェム。

悪いが、手加減をする気はない。

今は余裕などないのだから。

「…全く…」

溜息を吐きながらも、警戒は怠らない。

ここは、腐っても《十三工房》の一つ。

まかり間違って執行者がいる可能性だって否定出来ないのだ。

無論、あのノバルティスがいる可能性ですら否定出来ない。

そこに、ヨルグの声が響いた。

『腕は落ちておらんようだな。』

「おじーちゃん、おじーちゃん。禿げさすぞ?」

イイ笑顔で言うと、ヨルグは少したじろいだようだった。

流石に、白髪になった上に剥げたくはないからだ。

ヨルグは咳払いをするとアルシェムに告げた。

『…相変わらずで何よりだ。…レン、頼まれていたパテル=マテルの改造は大分進んだぞ。』

「ありがとう、お爺ちゃん。それで…イメルダお婆ちゃんから頼まれた人形を取りに来たんだけど。」

『あの因業大家からか…分かった。急いでおるようだし、すぐに届けさせる。』

自動人形が、トランクを抱えて走ってきた。

思わず抱きしめそうになったのだが、壊しそうなのでやめておいた。

「…相変わらず早いわね。」

「流石おじーちゃん。」

「ありがとう、また来るわね。」

2人して小さく手を振る。

すると、ヨルグは少し照れたように返事を返してくれた。

『うむ。』

小さな人形に見送られて、アルシェムとレンはローゼンベルク工房を後にした。

裏通りへと戻ると、店の前でイメルダが待っていた。

「おや、早かったねぇ。」

「ま、ね。」

ニヤニヤ笑いながら言うイメルダに、アルシェムはトランクを差し出した。

その中には、ヨルグの傑作が入っていることだろう。

「…うん、確かに。ヒッヒ、今度は客として来な。」

「ええ。」

イメルダに見送られ、アルシェムとレンは裏通りを後にした。




シュール。
ツァイトの体力は底なしかも。

では、また。

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