雪の軌跡 作:玻璃
では、どうぞ。
突然、アルシェムがガンツに取りついて何かをした挙句にふらふらになった。
その事実に困惑するロイド。
それを後目に、アルシェムはふらふらと部屋から出ようとして、思い出したようにロイドに声を掛けた。
「ロイドー、ちょーっと、出て来るー。」
「え…」
ロイドには、訳が分からなかった。
フラフラになるまでに消耗しているはずなのに、外に出るとはこれいかに。
だが、アルシェムは構わず言った。
「街道の魔獣でも殲滅したら治まるはずだし…少しでも解消しとかねーと…死ぬ、かもー…?」
このままグノーシスを体内にとどめておけば、危険すぎるのは分かり切っていた。
だからと言って、どこかで吐き出すわけにもいかない。
下水の処理がしっかりしているかどうか自信がない以上、アルシェムには選択肢はなかった。
そんな事情を知る由もないロイドは、ますます困惑してアルシェムに問いかけた。
「どういうことだよ…?」
「何なら本気のランディでも可…」
それくらいでもなければ、アルシェムは止められない。
誰かと戦う必要はないが、それでも一番効率が良いのはそれだ。
だからこそ、アルシェムはそう告げた。
だからこそ、ランディはこう答えた。
「…兎に角、戦えりゃ良いんだな?」
念押しのような、確認。
ランディの確認に、アルシェムは朦朧としながら答えた。
「そーだね…」
「何なら、全員と模擬戦にしたらどうだよ?」
ランディの提案に、アルシェムは内心頷いた。
ある意味で稽古が付けられる。
しかも、合法的に。
だが、形式だけでも反対しておかなければならない気がした。
「えー…せめてレン抜きで…」
「あら、レンは久し振りにやり合いたいわ。」
レンは、怒っていた。
勝手にあんなことをやらかしておいて、自分を抜くとはどういうことかと。
このまましっかりとお灸をすえてやるつもりだった。
それを知ってか知らずか、アルシェムはかくんと頷いた。
「んー…分かった。んじゃあ、街道に行こう…出来るだけ広いところ…」
アルシェムの希望に従い、一行は警備隊の車両で古戦場へと向かった。
その間にも、アルシェムの身体は熱を持ち始めていた。
古戦場に降り立ち、ロイド達と距離を取るアルシェム。
それを見たロイドは、心配そうに声を掛けた。
「…だ、大丈夫か?何だかふらふらしてるけど…」
「所謂酔いを抜きてーからさ…ほらほら、始めよー。…ちょっと手加減出来ないかも。」
ふらふらしているのに、威圧感だけは本物だった。
それに気おされるロイド達。
「い゛っ…」
一歩後ずさりそうになるのを堪えていると、レンが一歩前に進み出た。
ロイド達から見れば、自殺行為である。
「大丈夫よ。止めてあげるから。」
自信満々に言うレン。
アルシェムにとってはありがたいことである。
…本当に、止められるかどうかは別にして。
「ありがとう、レン。」
「…行くわよ。そーれっ!」
レンが鎌を投擲する。
それは、過たずアルシェムの…
脇を、通り過ぎた。
「直線的過ぎるよ。」
鎌を避けながら、アルシェムが嘯く。
だが、それもレンには分かっていた。
長年の付き合いなのだから、それくらいは避けられてもおかしくないと理解していた。
だから、すぐに動けたのだ。
「うふふ、分かってるわよ♪ティオ!」
レンの合図で、ティオがアーツを発動させた。
水系統の、昔からあまり変わらないアーツ。
「はい!…ダイアモンドダスト!」
その場が凍り始めるが、アルシェムにとっては関係のない事柄だった。
昔であればいざ知らず、今のアルシェムには効かない。
アルシェムはそのままその場にとどまり、敢えてそのアーツを受けた。
「むしろそれご褒美!」
「…ロイドさんどうしましょう。最早手遅れかも知れません。」
ティオは、慄いたようにそう言った。
ある意味そうであってもおかしくないかもしれないとは思っていたが、本当にそうだとは思いたくなかった。
アルシェムには、氷のアーツに限り効果がないという事実から、ティオは目を逸らした。
「え、ええ!?」
「はい、まずは1人。」
「きゃああ!?」
エリィは、空高く打ち上げられた。
そして、落下してくる。
それを見たレンがこう嘯いた。
「うふ、エリィお姉さんはもっと鍛えた方が良いわね。」
どさり、と音がして。
尻餅をついたエリィが絶叫した。
「~~~っ、アルがおかしいのよ!」
だが、エリィはもう動けなかった。
結構な衝撃で、受け身は取ったものの動ける状況ではなかったためだ。
そんなエリィに声を掛けるアルシェム。
「酷くねーですかエリィさんや。」
「って、アル!?いきなり俺か!?」
無論、エリィに声を掛けたのはブラフである。
ロイドに襲い掛かるのを察知させないために、わざと声を掛けたのだ。
呑気な声とは裏腹に、アルシェムの動きは俊敏だった。
「隙だらけだもん。てぇい!」
「ぐあっ!?」
懐に入られたロイドは、かわそうとするが出来なかった。
全力で後ろに飛ぼうとしたロイドは、その勢いを加速させられて瓦礫へと突っ込む羽目になった。
これで、ロイドも沈んだ。
「ふたーり。」
呑気にコールするアルシェム。
そこに、ランディが襲いかかった。
一撃、二撃と振るわれるスタンハルバード。
「そっちが隙だらけだぜ…!」
「そんな大振りの骨董品持ち出して言うことじゃねーよ。」
スタンハルバードは、確かに威力は大きい。
だが、大振りになる分、アルシェムにとっては格好の的でしかなかった。
「ッチ…!早すぎんだろ!?」
「だーから本気出してって。」
アルシェムの言葉に、ランディはぼやいた。
それも、全力で動きながら、である。
「出す暇ないっつの!」
「あっは、ランディ…甘すぎ。」
スタンハルバードの懐に滑り込み、一撃。
それだけで、事足りた。
「ガッ…!」
「3にーん。」
これで、ランディも沈んだ。
アルシェムとしては朝飯前である。
「余所見はダメよ、アル。ダークマター改!」
「上手いね、レン!でもそれ悪手だから。」
要は、引き寄せられる力に逆らわなければ良いのだ。
アルシェムは、アーツに合わせてレンに突っ込んだ。
「織り込み済です。ザンパー!」
「うん、上手い。でも甘いよ。」
ティオのザンパーを受け止めつつも、アルシェムは方向転換してティオに特攻した。
今のアルシェムに、攻撃の重さは関係ない。
アルシェムを止めるためには、巧い攻撃で沈める必要があった。
「っ、ちょっとアル!冗談じゃないです!」
「反射神経良くなったね、ティオ。」
「むっ…ちょ、ダメですって!無理です!」
ティオは、紙一重でアルシェムの連撃を避けていた。
紙一重ではあったのだが、実は何か所かは掠っていたりもする。
本来ならば瞬殺してしまえるのだが、今はしないと誓っていた。
猛スピードで避け続けるティオを見て、漸くノエルが動き始めた。
「…ティオさんから離れて下さい!」
「手を出すのが遅すぎるよ、シーカー曹長!」
「いきなり言われても判断がつきませんよ!?」
ノエル、心からの絶叫である。
それは、警備隊員全員の心の代弁でもあった。
ノエル・シーカーは良い意味でも悪い意味でも典型的な警備隊員であった。
そんなノエルを見て、目を細めながらアルシェムが問う。
「それ、帝国が攻めてきたときも同じこと言えるの?」
「それは…っ…」
口ごもるノエル。
それは当然なのかもしれない。
そういうときには、上からの指示を仰がなくてはならない。
普通ならば。
だが、緊急事態に判断できないようでは、危険すぎる。
そういう意味でも、クロスベルは危うかった。
「あー、違う違う。アタシ達は判断出来る立場じゃないよ。だから責めてあげないで、アルさん。」
「やだ。確固たる意志がないってのは問題だもん。」
「それでも、だよ。」
リオはノエルを擁護しているが、この考えが警備隊員全員にあったとすれば問題だ。
それは、有事の際には動けないと言っているのと同じことなのだから。
だから、敢えて仮定の話をするアルシェム。
「じゃーさ、今列車砲がクロスベルに向けて発射されたらどーすんの?呆気なく死んでやるわけ?」
「そんな想定外の話…」
ノエルの勢いが目に見えて落ちる。
それは、図星を突かれたからなのかも知れなかった。
それを、知る者はいない。
ノエルですらも、分かっていなかった。
「想定外?何言ってんだか。当たり前の話じゃん。帝国はやるよ。…絶対に、ね。」
「…それ、は…」
それでも、ノエルは止まれなかった。
狙いが外れて、あらぬ方向を銃弾が薙ぐ。
だから、アルシェムはノエルを気絶させた。
「はい、シーカー曹長もだうーん。次は誰?」
まだまだアルシェムの視線は定まらない。
まだ、抜けてはいないのだ。
抜き切るためには、これだけでは全く足りなかった。
「…全員で協力するから本気を出しなさい、アル。」
「…分かったよ、レン。」
アルシェムは、その場で深呼吸をした。
そして、目をかっ開いて叫んだ。
「はっ…ああああああああっ!なんちゃって麒麟功!」
「ちょっ、それって…」
全力で引くリオ。
こんな場所でそんなクラフトを使われてしまっては、危険である。
主に、建造物が壊れるという意味で。
「ほらほらどーしたの?潰すよティオ。」
「させないよ、アルさん。吹き飛べ!」
そう言って、ハルバードを突きだしたリオ。
だが、アルシェムはそのハルバードを指一本で止めた。
「あー、やっぱ麒麟功はやりすぎかなー…」
「…なっ…」
リオは、硬直してしまった。
まさか止められるとは思っていなかったのだから。
そこで、隙が出来てしまった。
「ほい、返すよリオさんや。」
アルシェムは、捕まえたティオをリオに向けて投げつけた。
ティオは綺麗にリオに向かって飛び、リオはティオを受け止めるしかなかった。
背後に崩れた壁があり、そこに突っ込めば怪我は必至だったのだから。
「きゃああ!?」
「…っガッ…!」
そうして、ティオとリオは動けなくなった。
随分体内の力は解消できたものの、まだ残っていることに変わりはない。
だから、アルシェムはレンに喧嘩を売った。
「後は、レンだけだよ。」
言いながらも、気付いていた。
相手がレンだけではないことに。
そして、レンもそれに気付いていた。
近づいてくる、2つの強者の気配に。
「…違うわ、レンだけじゃない。」
「あ、本当…だっ!」
気配を探る間でもなく、ヨシュアが突進してきた。
何故ここにいるかはさておき、今のふ抜けた攻撃ではアルシェムを止めることなど出来ない。
「…止められなかったか。」
「何やってんの、アル!」
そして、遅れてエステルも駆けつけて来た。
駆け付け一杯、ならぬ駆け付け太極輪である。
ただの鬼畜である。
避けられずに喰らうか、と思いきやアルシェムはその回転に逆らって棒術具を差し出した。
「わたしが聞きてーよ、エステル。何やってん、のっ!」
「っく…重すぎるわよ、アル…!」
強制的に回転を止められてうめくエステル。
そこに、アルシェムは更に攻撃を加えた。
「エステル、相殺してよね。…シュトゥルムランツァー!」
「いっ…百烈撃!」
連撃に、連撃で対抗するエステル。
判断は正解だが、決め手に欠けるのも確かだ。
その連撃が終わる前に、ヨシュアがアルシェムに向かって突っ込んでくる。
「させないよ、絶影!」
ヨシュアの妨害も、あまり意味を成してはいない。
直線的に進むだけのクラフトなど、方向を見極められるアルシェムには無意味である。
ひらりとかわして、エステル達を煽った。
「…甘いよバーカ。」
「くっ…」
アルシェムは、くるりとヨシュアに向き直った。
そして、劣化版の連撃をヨシュアに浴びせる。
「風華無双!」
「えっ、ちょっ…」
ヨシュアは、強烈な連撃を食らって吹き飛ばされた。
アルシェムの想定よりも、遠くにだ。
「ヨシュアっ!このおっ…!」
吹き飛ばされたヨシュアを見て、激昂するエステル。
だが、冷静さに欠くエステルほどいなしやすいものはない。
アルシェムは、懇願するようにエステルに告げた。
「…頼むから、潰れないでよ。」
「げっ、ちょっ、タンマ!?」
そう言って棒術具で防御しようとするエステル。
エステルの制止も聞かず、アルシェムはエステルに肉薄した。
「寸頸!」
迫る掌底。
そして、それがエステルに突き刺さる寸前。
「っつ…おおっ!魔眼!」
起き上がったヨシュアがクラフトを発動させる。
だが、所詮はクラフト。
先天性の魔眼にも耐えきれるアルシェムには、無駄な攻撃だった。
「効かねーよ、ばーか。」
その魔眼すら、受け流して。
アルシェムはエステルの懐に入り込み、全力で吹き飛ばした。
ヨシュアに向けて。
「っあ…っ!」
「へっ…きゃああっ!?」
エステルと共に、ヨシュアは吹き飛ばされた。
きちんとエステルだけを守っているのがヨシュアらしいと言えばらしかった。
まあ、当のエステルは目を回しているのだが。
それを見届けることなく、アルシェムはレンに向きなおろうとして…
「さて、後は…」
「パテル=マテル、ダブルバスターキャノン!」
出来なかった。
屹立するパテル=マテルが、アルシェムに向かって砲撃を開始する。
「えっ…ちょっ、わきゃあっ!?」
吹き飛ばされるアルシェム。
だが、それだけで終わるパテル=マテルではなかった。
砲門は、再び輝きだした。
「怯まないで!削りきりなさい、パテル=マテル!」
「ちょっ、無茶ぁぁぁ!?」
ダブルバスターキャノン。
それは、いつの間にか連射可能な恐怖の兵器へと変貌していた。
因みに、改造したのは無論のことヨルグである。
「うふふ、逃がさないわよアル…?」
「え、やっぱタンマ…」
引き攣った笑みでそう言うが、もう遅い。
引き絞られたレンの身体が、アルシェムに向かって駆け出した。
「待たないわ、散々心配させたお仕置きなんだから!レ・ラナンデス…!」
レンの攻撃をまともに喰らって、アルシェムはその場に倒れ込んだ。
それは、アルシェムの身体に流れる力が尽きた証でもあった。
「…ぱたんきゅー…」
「…全く…世話が焼けるんだから。」
そして、レンも意識を手放した。
そのまま、アルシェムの意識は暗転した。
その後、疲れ果てた特務支援課+αを連れ帰る羽目になったのは一番最初に目を覚ましたリオだった、と言っておく。
ある意味最強。
パテル=マテル強化フラグ。
では、また。