雪の軌跡   作:玻璃

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この回でインターミッションは終わりです。

では、どうぞ。


司法取引

アルシェムとレンは、自室でダドリーを待っていた。

それは、事情聴取を受けるため。

引いては、司法取引をするためだった。

目の前には、コーヒーと紅茶が置いてある。

コーヒーはダドリー用に用意してあった。

程なくして、扉が叩かれた。

「はい、どうぞ。」

「…失礼する。」

それは、アレックス・ダドリー捜査官だった。

何故彼なのかは、アルシェムには知りようのないことである。

「では、始める。まずは名前からだ。」

ダドリーがそうアルシェムとレンに問うた。

その問いに、先に答えたのは意外にもレンだった。

「レンよ。…昔は、レン・ヘイワーズだったらしいわ。」

「ヘイワーズというと…あの、貿易商のヘイワーズか?」

レンの答えに、ダドリーはそう問い直した。

どうやら、心当たりがあるらしかった。

というのも、ヘイワーズ夫妻は弁護士イアン・グリムウッドに相談をしたことがあるからではあるのだが、それはさておき。

「…そうよ。」

レンは表情を消してそう答えた。

それは、ヘイワーズ夫妻を一応は戸籍上の親として認めたということだった。

ダドリーは、呼び名についてレンに問うた。

「ヘイワーズと呼んだ方が良いか?」

だが、レンはそれを拒否した。

レンはアルシェムの家族なのだから。

「いいえ。レンって呼んで頂戴。戸籍上はそうだけど、レンの家族はアルだけだから。」

これは事情がありそうだ、と思ったダドリーはアルシェムに向きなおった。

そして、目線で名乗るように促す。

すると、アルシェムは困り切ったように言った。

「ね、ダドリーさん。わたし、結構名前が多いんだけど…どの名前を答えればいーの?」

その答えに、ダドリーは眉をひそめた。

偽名が多いということなのか、それとも。

考えても仕方がないことなので、ダドリーは簡潔に言った。

「脱法行為をしていた時の名前だけで構わん。」

すると、アルシェムは苦笑した。

無論、星杯騎士としての名だけは教えないようにはするが…

それでも、複数あることに変わりはないのだから。

「シエル・アストレイ。あるいはシエル。もしくはエル。」

「…多いな。」

アルシェムの名を聞いたダドリーはあきれた。

それだけの名があるということは、それだけの脱法行為を行っていたということでもあるからだ。

アルシェムの聴取は長引きそうなので、ダドリーはレンの聴取を先に終わらせることにした。

「レン、今までの経緯を説明しろ。」

「…七耀暦1191年に生まれて、1196年に誘拐されたわ。その後、1年もしないうちに《身喰らう蛇》に助け出されて執行者になったの。それで、1203年…つまり、去年ね。《輝く環》の計画に関わって、それっきり結社から逃げてたの。」

ソフトに説明はしているが、所々情報は隠している。

レンとしては、手の内は見せたくない。

それに、ダドリーは信頼出来るか否か分からない人間だった。

だから、曖昧な説明で終わらせようとした。

だが、ダドリーはそれを赦さなかった。

「誘拐した犯人は誰だ?」

ダドリーはレンにそう問うた。

だが、レンはそれに応えることは出来なかった。

「誰が、なんて知らないわ。」

組織だって誘拐していたのだから、個人を特定することなど不可能。

そして、レン自身も特定したいとは思っていなかった。

ダドリーは思案顔で次の問いを発した。

「…そうか。なら、例の結社から逃げていたそうだが…その理由は何だ?」

「理由…そうね。やっぱり、エステル達がレンを結社から抜けさせるために追いかけて来るって言ったからかしら。それと…アルが抜けたから、かしらね。」

切欠は些細なこと。

レンは、結社にいようがいまいがどうでも良かったのだ。

あの頃のレンに必要だったものは、パテル=マテルとアルシェムだけだったのだから。

「なら、結社を抜けてからはずっと逃げていたのか?」

「まあ、そうね。色々あったけど…ミラだけは十分あったからそう意味では犯罪は犯してないわよ。」

厳密に言うならば、国境破りがあるのだがそれはさておき。

ダドリーはそれだけの情報を聞くと調書に書き留めた。

そして、レンの分の調書を置いた。

それを見たレンは不思議そうな声を出した。

「あら、もう終わりなの?」

「後で結社内部について話して貰う。先にシエルの方の調書を上げてしまいたいから脳内ででも紙にでも構わんからまとめておけ。」

レンの問いに答えたダドリーは、アルシェムに向きなおった。

だが、アルシェムとしては真面目に答える気はない。

というよりも、真面目には答えられない。

「今までの経緯を説明すればいーんだっけ?」

「ああ。」

どこまでぼかすかが問題だが、そこそこしっかりした答えを返しておけば十分だろう。

そうアルシェムは判断した。

「多分クロスベルで生まれてー、エレボニアに捨てられてー、そこから逃げてカルバードで誘拐されてー、助け出された先が《身喰らう蛇》だった。で、そっから色々あってカシウスさんに保護されてー、そのまま引き取られて準遊撃士になってー、絆されて一回執行者に戻ってー、そんで帰るに帰れなくなってクロスベルに帰り着いたっていうべきかな?うん、そんな感じ。」

色々とぼかして言えば、こんな感じである。

省いたものが多すぎるが、説明する義務はない。

「…忙しいな。」

「自覚してる。」

ダドリーの呟きに、アルシェムはそう答えた。

忙しいのは当たり前だ。

全てにつながらなければならなかったがための、布石なのだから。

溜息を吐きながらぼやくダドリー。

「一応、戸籍はリベールからクロスベルに移されてはいるようだが…」

「え。」

その言葉に、アルシェムは硬直した。

あるはずがないのだ。

戸籍など、そもそも存在するはずがなかった。

なのに、ある。

それは…

「動かしたのは、カシウスさんか…」

「シエル、カシウスというのは…もしや…」

ダドリーの顔に疑念が浮かぶ。

信じられないのだろう。

アルシェムだって信じられなかった。

まさか、本当に引き取っていたなんて。

「うん、あのカシウス・ブライト。エステルの実父で、ヨシュアの養父。…そのうち義父になるかもだけど。」

戸籍さえも作らせられるカシウスの信用には脱帽した。

恐らくは女王に直接奏上したのだろう。

そうでもなければ、有り得ない。

それに、ダドリーは頭を押さえた。

「ま、まさかあの人にまで伝手があるとは…」

「えー、凄い伝手って言えばアリシア陛下とか、クローディア王太女殿下とか、オリヴァルト皇子殿下とか…ねえ?」

しれっと答えるアルシェム。

凄い伝手、というよりも必然が生んだ利益とでも呼ぼうか。

望んで得た伝手ではない。

そこで、レンが突っ込みを入れる。

「あら、カルバード方面にはないのね。」

「…ないとは言わないけど…今は多分通じないよ。」

カルバード方面への伝手と言えば、キリカと銀くらいのものだ。

あまり使えるものでもない。

「…もう良い、規格外なのは十分分かった…」

深い溜息を吐きながら言うダドリー。

だが、まだ聴取は終われないようだ。

今度は《身喰らう蛇》の系図について説明させられることとなった。

「そうね…紙には残さない方が良いわよ。消されちゃうかもしれないから。」

「…肝に銘じる。」

そうして、レンとアルシェムはお互いの情報を補足しあいながら説明を始めた。

都合の悪いことは隠すが。

「まず、盟主ね。顔も名前も分からないけど、多分声からして女ね。それも、若い。」

「…ほう。」

アルシェムは、盟主について気になることがあった。

どう考えてもある人に似ている気がするのだ。

声も、在り方も。

今度会うときに確かめようと思っている。

だが、今は言わない。

言えないのだ。

それを特定することはより濃い闇を混沌に叩き込むようなものだから。

「盟主の下に、アンギスっていう使徒がいる。第一柱は知らねーけど、第二柱が《蒼の深淵》ヴィータ・クロチルダ。単純に《深淵》って呼ばれることもあるね。」

「ふむ…」

その名前に顔をしかめるダドリー。

どこかで聞いたことがあるはずなのに、思い出せない。

そんな顔だ。

それを見ながら、レンが続ける。

「第三柱はこの間死んじゃったから代わりを探してるんじゃないかしら。第四柱、第五柱は知らないわ。」

「一応人間ではあるんだな…」

そのダドリーの反応に、思わず半眼になるアルシェム。

無意識のうちに人外認定していたようだ。

無理もないが、流石に容認しかねる。

半眼のまま、アルシェムは言葉を吐き始めた。

「第六柱がF・ノバルティス博士。…Fって実は何の略か知らねーんだよね。《十三工房》の統括者で、兎に角、無粋な機械関連はこいつが作ってるとみて良い。」

「無粋って…いや、待て。まさか、リベールの異変の際の人形兵器か!?」

目を見開くダドリー。

思わずアルシェムも目を見開いた。

まさか、知っているとは思わなかった。

「そーだよ。ま、ただのマッドサイエンティストだけどね。…そんで、第七柱《鋼の聖女》ってのが曲者なんだよねー…」

「曲者、だと?」

曲者ぞろいの中で、これ以上の曲者がいるのかと辟易するダドリー。

だが、こんなのは序の口だ。

「そ。アリアンロードって名乗ってるんだけどねー…兎に角、結社にいるくせに妙に潔癖で義理堅いんだよ。」

「…ま、まあ確かに曲者ではあるな…」

警察としてこれほどやりにくい人物もいないだろう。

恐らくは、全てにおいて義を通す彼女の性格からして捕まえやすいと言えば捕まえやすい。

だが、何か約束事をしてしまっていたならば…

とても、危険だった。

「後は、レギオンっていう執行者かしらね。結構いるけど、まあ順番に挙げておくわ。言っとくけど、序列純に強いわけじゃないから。まずは、No.0《道化師》カンパネルラ。会ったことはないけど、No.Ⅰ《劫炎》マクバーン。No.Ⅱ《剣帝》レーヴェとNo.Ⅵ《幻惑の鈴》ルシオラ、それにNo.Ⅸ《死線》クルーガーは、確か今は結社から離れてるわ。No.Ⅷ《痩せ狼》ヴァルターが生死不明で、後はNo.Ⅹ《怪盗紳士》ブルブランね。アレックスお兄さんが知ってる人だと、No.ⅩⅢ《漆黒の牙》がヨシュアで、レンがNo.ⅩⅤ《殲滅天使》。あと、アルがNo.ⅩⅥ《銀の吹雪》だったわ。」

「今何か突っ込んではいけなかった気がするんだが…」

無論、アレックスお兄さんにである。

いや、それだけではないのだが。

「あ、追加情報。レオン兄とルシオラはもう結社には戻らないよ。後、ヴァルターは死んでると思う。爆弾仕掛けたグロリアスに戻って逃げる間もなくやられてるはずだし。クルーガーは…どうだろ。ま、こんな感じかな?」

ダドリーに追い打ちをかけるアルシェム。

情報がまとめきれないところに、更に情報をつぎ込む。

ある意味鬼畜である。

「…そ、そうか…」

ダドリーはそう言うことしか出来なかった。

未だ混乱する頭を抱えて、ダドリーはとぼとぼと帰っていった。

暫くの間、ダドリーからは補足情報を求められることになったが、アルシェムは補足できる情報を教えはしなかった。

流石に、知らないの一点張りで誤魔化したのだが。

そうして、微妙に緊張した空気の日常は過ぎて行った。




ある意味復習です。

では、また。

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