雪の軌跡   作:玻璃

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はい、まんまです。

では、どうぞ。


最終日・脱出

連撃でガルシアを沈めたアルシェム。

ルバーチェは、まだ腰を抜かしていた。

アルシェムは、ENIGMAを取り出すとヨシュアに向けて通話を始めた。

「もしもし、漆黒の?…うん。そっちの混乱が収まる前に脱出しねーと危ねーわよ?」

ENIGMAの向こうできゃんきゃん騒いでいるが、どうやら無事なようだった。

この調子ならば、すぐに合流は出来るだろう。

「…分かった、早く来てよね?」

ENIGMAをしまうと、ロイドがアルシェムに話しかけて来た。

それも、躊躇いがちに。

「…あ、あの…」

「何かな?ロイド。」

この時点で、アルシェムはロイドが自分の正体に気付いていると思っていた。

だが、それは間違いだったようだ。

「貴女は、一体…」

「…この後に及んでそれ?バッカじゃねーの、ロイド。」

アルシェムの全身から力が抜けた。

まさか、気付いていないとは思ってもみなかったのだ。

「へ…」

そこに、叫びながら近づいてくる男装の女が駆けて来た。

それと同時に、女装の男も。

「…おーい、ちょっと、ロイド君!」

「あ、あれは…」

そう。

近づいてくる影は、エステルだった。

その姿に驚愕するロイド。

「ユリウスさん!?何で…」

「本気で気付いてないんだったらロイドさんは鈍過ぎです。」

ティオに突っ込まれるロイド。

気付いていないことに辟易しているのだろう。

「え゛…」

ロイドは、全員に冷たい目で見られてたじろいだ。

そんな中、ヨシュアがやけに真剣な顔をしてアルシェムに声を掛ける。

「…シエル。」

「何?ヨシュア。」

「え、あれヨシュアか…!?」

ロイドが何故かショックを受けているようだ。

…もしかしたら、惚れていたのかもしれない。

生憎、ヨシュアは男だから惚れても無駄だが。

…いや、アブノーマルな趣味ならばどうかは知らないが。

そんなロイドの様子とヨシュアを見比べてエリィががっくりとひざを折った。

「ま、負けたわ…」

女としてのプライドをへし折られたエリィを尻目に、ヨシュアがアルシェムに詰め寄る。

その目に剣呑な光を宿して。

「殺したのか?」

やけに深刻に問うヨシュア。

その顔で、何が言いたいのかは分かった。

だから。

「まさか。後遺症は残さねーよーに手加減したよ。」

だから、もう裏に戻る気はないと明言してやる。

精確には、『執行者には』だが。

手加減はしたと聞いて、ヨシュアは随分とあきれたようである。

「…そうみたいだね。」

そう答えると、そのまま黙り込んだ。

そこに、遠くから船が近づいてくる音がする。

音源の方を向けば、そこには少し大きめのボートにのったセルゲイがいた。

ざぱああっ、と水をかき分けて止める船。

そして、セルゲイはロイド達に声を掛けた。

「おい、無事かお前ら!?」

「か、課長!?」

そこに乗っていたのはセルゲイだけではなかった。

レンも、そこにいた。

急かすように声を掛けるレン。

「うふふ、起きちゃってから遊んであげたいなら別だけど…早く乗ったら?」

「あ、ああ!」

全員が乗りこむと、セルゲイは即座に船を出航させた。

追いかけて来るものは、アルシェムが全て導力銃で足止めを図ったためにいなかった。

「…ふぅ…」

「終わったわね…」

「こら、ヨシュア。まだ変装解かねーの。」

ドレスを脱ごうとするヨシュアを窘めるアルシェム。

当然だろう。

「…変装解かせてよ…恥ずかしいんだからさ…」

恥ずかしいのは分かる。

だが、ここで脱がれるのは状況的にもまずかった。

だから、アルシェムはこう返した。

「オカマが歩いてるって有名になりてーならどーぞ?」

「ぐすん…」

涙ぐむヨシュア。

因みに、半分は演技ではない。

そんなヨシュアを尻目に、セルゲイは問いを発した。

「…お前…シエルか?」

「課長、お知り合いなんですか…?」

エリィの問いに、アルシェムは軽く応えた。

「後で説明するよ。取り敢えずロイド殴っていー?」

にっこりと笑いながらアルシェムが言うと、ロイドが全力で突っ込んだ。

「何でだよ!?」

その後、ロイドは何度もアルシェムにその理由を問うも答えられることはなかった。

船を港に置いている間もそれは同じだった。

エステル達と別れて支援課ビルへと向かい、特務支援課は一息ついた。

「…ふぅ。」

「やっとキーアちゃん、寝てくれたわね…」

「そうだな…」

キーアを寝かしつけたエリィは、疲れ果てていた。

キーアは、眠るまでの間絶賛はしゃいで暴れ回ったのだ。

ある意味格闘だったと言わざるを得ない。

エリィに付き合っていたティオも疲れ切ったように言った。

「そろそろ説明して下さいよ?シエル。」

「はいはい。」

仮面と鬘を取ると、ロイドの顔が驚愕に彩られた。

ロイドとしては、まさか彼女がアルシェムであるとは思わなかったのだろう。

その事実を呑みこむために、数秒の時間を要した。

「…って、アル!?」

「遅っ!?」

あまりのロイドの反応の遅さに、思わずアルシェムは突っ込んだ。

気付いていないとは思っていなかったのだ。

薄々感づいてもいなかったのだから、突っ込みたくもなるだろう。

「何で気付かなかったんですか…?」

呆れたように言うティオ。

他の一同も、一様に呆れているようだ。

何故気づかない、とでも言いたげにロイドを見ている。

「だ、だって…なぁ?」

同意を求めるロイドに、しかし誰も首を縦に振ることはしなかった。

それは、ロイド以外は気付いていたからではあるのだが。

何よりもその鈍さにあきれていた。

「知ってましたよ、私は。」

「私も何となくだけど…」

「俺もな。まあ、教えて貰ったんだが。」

所謂ジト目で見る3人。

何故気づかなかった、とでも言いたげである。

そんな3人の様子にロイドは落ち込んだ。

「俺だけかよ!?」

「それは良いが…何故黙っていた、アルシェム。」

真剣な顔をして問うセルゲイ。

何故、前は明かさなかったのか。

そう言いたいのだろう。

だが、カシウスとの関係を調べた時点で分かっていなければおかしいのだ。

だから、アルシェムは無難な答えを返した。

「ん…何となく、ではあるかな。もー明かしても大丈夫だと思ったから今明かしたってのもあるけどさ。」

「…そうか…」

何かを考え込むように、課長は黙ってしまった。

恐らくは、時期を考えているのだろう。

いつ、アルシェムが執行者として動くのを止めたのか、を。

「…それで、アル。執行者って…」

ロイドが躊躇いがちに聞く。

信じられないのかもしれない。

「言葉通りだよ。ま、結構前に廃業したけどね。」

「廃業…?」

その言葉に、考え込んでいたセルゲイは反応した。

弾かれたように顔を上げてアルシェムに問う。

「まさか、あの後か?アルシェム。」

「違うよ、課長。あれからちょっと間が空いてから。ま、明言は避けるけどね。」

「…そうか…」

微妙な空気が流れる。

誰もが、話しにくいそんな状況で。

レンが口を開いた。

「別に、アルはアルでしょう?執行者がどうとかなんて、気にする必要はないんじゃないかしら。」

「残念だけどレン、説得力はないかな…」

レンとて元執行者である。

流石に、説得力は皆無だった。

「えー。」

見事に棒読みである。

無論、わざとではあるから当然なのだが。

それに、疲れたようにランディが突っ込みを入れた。

「棒読みで言うなよ…」

「兎に角、今は執行者として動く気はないよ。」

あくまでも今現在は、である。

未来のことなど、アルシェムに決める権利はない。

そんなこともつゆ知らず、ロイドは探るようにアルシェムに問うた。

「じゃあ、今後はあり得るのか?」

「状況次第では何にでもなるよ?」

「何にでもって…」

アルシェムの答えに毒気を抜かれたような顔をするロイド。

実際、アルシェムはもう身の振り方を決めているがそれは別のナニカと両立できないわけではない。

だから、こう答えた。

「特務支援課にでも、遊撃士にでも、何でもね。…さて、もー寝よー?時間も遅いし、疲れたでしょー?」

「…ああ、そうだな。」

アルシェムは、特務支援課の一行に背を向けて部屋へと戻った。

溜息を吐き、一言。

「…疲れた。」

アルシェムは、ドレスを脱ぎ捨てるとそのまま眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

運命の歯車は、止まらない。

止まることなど、知らないかのように回り続ける。

有り得ぬ歯車は、全てを強固に繋ぐ枷となって。

 

運命の歯車は、止まれない。

 




次はインターミッションですね。
2話ほどの予定です。

では、また。

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