雪の軌跡   作:玻璃

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ここで最後の展開まで読める人が出てくる気がする。

では、どうぞ。


最終日・キーア

延々と続く、一つの声。

その場に諸君がいれば、あるいはアンサイク○ペディアの愛読者がいれば、こういう表現をしたかもしれない。

釘宮菌をまき散らす声がする、と。

無論、アルシェムにはあずかり知らぬことではあったが。

 

『ミツケテ』

 

その声は、アルシェムの中に眠る最後の錠前を開いてしまっていた。

それも、戻すことの出来ないほどに。

「…見つけて、か。…泣きたくなってきたよ…そんな馬鹿げた話がある?」

そう。

その声は、ある意味で『見つけて』しまったのだ。

 

アルシェム・シエル=□□□□□□の、運命を。

 

隠形を解き、品物の控え室へと向かう。

すると、そこには黒服が立ちふさがっていた。

「…申し訳ございません、こちらは立ち入り禁止となっております。」

慇懃無礼に言う黒服。

アルシェムは、そんな黒服に流し目を送ってみた。

「あら、残念ね。一目見れれば良かったのだけど…」

「公平を期すためです。どうか、ご理解いただければと…」

丁寧に言っているようにも見えるが、実際は入んじゃねえぞゴルァ、と言っているのである。

因みに流し目は効かなかったようだ。

まだまだ精進が必要である。

「そうですわよね。失礼いたしましたわ。」

去る振りをして隠形で身を隠すアルシェム。

程なく、そこに1人の女が現れた。

否、その影を見たことがある人間ならば『彼』と称すだろう。

だが、アルシェムは知っていた。

その下に、自分のよく知る親友の顔が眠っていることを。

「…ふっ!」

銀は、気合を入れて黒服を気絶させた。

銀が来た時点で、アルシェムは仮面で顔を隠すことにしていた。

某怪盗紳士張りのあの仮面ではなく、星杯騎士エル・ストレイとして使った仮面を。

仮面をつけたアルシェムは銀の後を気配を消しながら追い始めた。

「…フン、他愛ないな…」

銀は瞬く間に室内の黒服をも眠らせ、品物の控え室へと侵入した。

そして、室内の気配を探った銀はアルシェムの気配を見逃し、とある気配を感じ取った。

「…これは…」

気配を頼りにトランクを開ける銀。

それは、幼子の眠る揺籃だった。

扉の向こうが騒がしくなり、銀が隣の部屋へと戻るとロイドとランディ、ティオがそこにいた。

「…何の騒ぎかと思えば…お前達か。」

溜息を吐いて銀はそう言葉を吐いた。

その声はどこか呆れているようでもあった。

「銀…!?」

ティオが魔導杖を構えようとするが、銀は両手を上にあげた。

文句なしのホールド・アップ。

「今は争う気はない。」

剣も、銀の手にはない。

本気で争う気はないのだろう、とロイドは判断した。

無論、懐には暗器が眠っているのだがそれはさておき。

「あの犬も君の仕業か?」

ロイドの問いに、銀はあっさりと答えた。

何の気負いもなく。

「ああ、可愛いわんこだったな。…失礼する。」

そう言って去ろうとする銀を、アルシェムは引きとめた。

それは、逃がすわけにはいかないからではないのだが。

「ごめんなさいね、銀。あなたを逃がすわけにはいかないの。」

暗に、働けとアルシェムは告げた。

仮面だけは銀が見たことがあるもののはずだ。

何せ、その仮面で対面したことがあるのだから。

銀もそれに気付いたのだろう。

銀は意外そうな声を出した。

「…お前は…」

どうやら、意外だったようである。

銀が彼だと思っていた人物が、明確に女で。

…判断基準は胸ではない。

念のため。

揶揄するように、アルシェムが問う。

「あら、どうかしたのかしら?」

「…チッ。働けば良いのだろう、働けば!」

それに反応した銀は、そう言って外に飛び出した。

あまり派手には動かないだろうが、良い攪乱の材料にはなる。

呆然としたロイドは、言葉を吐き出した。

「何だったんだ…」

「動くよ、ロイド。」

アルシェムがそんなロイドに声を掛ける。

今は、呆然としている場合ではないのだ。

一刻も早く、この競売会を潰さなければならなかった。

「え…あ、ああ。って、誰だ!?」

「後でね。」

未だに、ロイドはアルシェムの正体について気付いてはいないようだった。

それでも、今は動かなくてはならない。

品物の控え室へと、アルシェム達は突入した。

品物を物色する一行。

アルシェムとしては、ローゼンベルク製の人形はすべて回収してしまいたいところだがそうもいかない。

そもそも、この場にはそんなものはないのだから。

「…これは…」

大きめのトランクに目を付けたロイド。

ロイドは、そのトランクを開けて絶句した。

その中には…

「…ほえ?」

黄緑色の髪をした、動くナマモノが入っていた。

強いて言うならば、少女の姿をしたナニカだ。

ロイドの様子を見て近づいてきたランディが目を見開く。

「人形、じゃないよな!?」

「おいおい…マジかよ!?」

図らずも、ロイドとランディは同じような顔を晒していた。

目を限界まで見開いた、まぬけな顔を。

「あははっ、真ん丸~!」

そう言って、無邪気に少女は笑った。

それを見て、ティオは冷静に言った。

…冷静に聞こえるように言った。

内心は、随分とテンパっていたが。

「女の子、ですね。」

「君、名前は分かるか?」

ロイドが問いかけると、少女は首を傾げて目を見開いたまま呑気に応えた。

それは、あの声と同じ声。

あどけない声とはすぐに結びつかないものの、アルシェムはそれでも気付いてしまった。

「名前?キーアはキーアだよ?」

「キーア、良い名前だな。どうしてここにいるか心当たりはあるかい?」

ロイドはキーアに問いかけた。

すると、キーアは首をこてんと傾げて答えた。

「うーん…分かんない。」

あざとい。

あざとすぎる。

そうアルシェムは思ったとか思わなかったとか。

「…そうか…」

ロイドの顔が曇る。

記憶喪失の可能性があるからだ。

こんな幼い少女が記憶喪失になるほどの状況を経てトランクの中に詰められていたかもしれないという考えは、すぐによぎった。

同時に、憐みの感情さえも浮かんだ。

アルシェムにとっては、有り得ないことだが。

アルシェムには分かっていた。

この、少女の正体が。

この先に何が起こり、何をさせられてしまうのかさえ。

それが、アルシェム・シエル=□□□□□□の使命であると魂の奥まで刻みつけられてしまっていることすら。

「兎に角ロイド、脱出しようか。」

「ああ…そうだな。」

そして、脱出が始まった。

屋敷内に放たれる狗。

それを、撃ち殺しながら。

因みに黒服は身動きが取れないようにだけしている。

そうして、屋敷の中を駆け回っているとレクターとすれ違った。

ぼそりと言葉を漏らすレクター。

「…可愛げがないねえ…」

「なくて結構ですわ。」

一瞬だけ殺気を交差させて。

レクターは会場へと戻っていった。

そのまま狗を撃ち殺しながら進むアルシェム。

それを見たランディは慄いていた。

その、導力銃の威力に。

「い、一撃かよ…」

「流石ですね…」

現在は威力を最大にしているのだ。

反面、反動が大きいために乱用は出来ないのだが、今はそれで十分だった。

「凄~い!」

キーアの声を聴きながら、ロイドはあることに気付いた。

それは、ランディとティオが目の前の女を知っているかのような口ぶりで評価していること。

「ランディもティオも誰だか分かってるのか…!?」

ロイドは、戦慄したように一歩後ろに下がった。

だが、ランディもティオも冷たい目でロイドを見返した。

「逆に聞きますけど、何で分からないんですか?」

呆れたように言うティオ。

無論、ティオには分かっていた。

「え…」

一瞬呆けるロイド。

だが、アルシェムはそれを赦さなかった。

「お喋りに興じてる暇はねーわよ。」

今は、喋っている暇はない。

ひっきりなしに襲い来る黒服と、狗。

「そうだ、なっ!」

それを跳ね飛ばしながら一行は進む。

因みに、キーアはずっとロイドに抱えられていた。

どうやって攻撃しているのかは永遠の謎である。

エリィと合流するためにホテルに向かうと、エリィは既にホテルの前で軍用狗と交戦していた。

「ロイド!?これは一体…」

困惑するエリィ。

だが、今はエリィの話を聞いている場合ではない。

「話は後だ!」

「…そうね!」

エリィを加えた一行は、船着き場へと駆けだした。

やっと船着き場へとたどり着いたものの、船は事態を察して出てしまった後だった。

「ああっ…!」

「行ってしまいましたね…」

途方に暮れる一行。

「ま、賢明だよねー。」

それを見て、呑気に言うアルシェム。

無論、アルシェムが対策を取っていないわけがなかった。

「何でそんなに呑気なんだよ!?」

ロイドの声を完全に無視して、アルシェムはENIGMAを取り出した。

そして、レンとの通話を始めた。

「もしもし、こちら吹雪。殲滅の手を借りたいな。」

『もう説得は終わってるわ♪後15分くらい待っててね。』

レンが応答する様を、アルシェムは敢えてロイド達に聞かせた。

そうすれば、状況は理解出来るだろうから。

「流石。ありがとう。」

通話を終えると、アルシェムはすぐにENIGMAをしまった。

そして、ロイドを見て一言。

「考え無しじゃねーのよ、流石にね。」

「は、はは…」

乾いた笑みを浮かべるロイド。

後は、船が来るまで待つだけ、だったのだが。

流石に、ルバーチェは追いかけて来ていた。

「…やっと追い付いたぜ…よくも虚仮にしてくれやがったな…?」

「あら、このわたしに勝てるつもりでいらっしゃるの?《キリングベア》ちゃん。」

ガルシアをあろうことか《キリングベア》ちゃん扱いしたアルシェムは、妖艶に笑った。

その気になれば、瞬殺することは難しくとも倒すことくらいは出来るのだから。

「…知っていたか。貴様は何者だ…!?」

警戒するように拳を向けるガルシア。

どうせ明かすとはいえ、ガルシアに問われたから応えるのは何だか癪なのでアルシェムはこう答えた。

「あなたに問う権利があるとでもお思いかしら?」

酷薄に嗤いながら、アルシェムは殺気を惜しげもなく放出した。

サービスではない。

ルバーチェの構成員達の戦意を削ぐためである。

「な…」

「コイツは…」

「何て闘気だ…!」

それに、全員が気圧された。

ロイドやエリィは当然のこと。

ルバーチェも、ティオも。

百戦錬磨のはずの、ランディやガルシアまで。

「大人しくしていて下さる?」

「悪いが…生憎、逃がすわけにはいかないんでな…!」

誰もが後ずさる空気の中、ガルシアだけは前に進んだ。

部下を守るため。

そして、ルバーチェとしての誇りを守るために。

「お、おい…1人でやる気か!?」

「…わたしは、元《身喰らう蛇》所属、執行者No.ⅩⅥ《銀の吹雪》シエル・アストレイ。わたしに勝てるとは思わないでよ、《キリングベア》…!」

武器すらその手に持たず。

アルシェムは、殺気に加えて闘気をも開放した。

それは、並の人間ならばへたり込んでしまうほどの圧力。

この場で、それに耐えきれたのはガルシアとランディだけだった。

「な…バカな!?」

「《闘神》並だと…!?」

アルシェムは、驚愕するガルシアの懐に滑り込んだ。

そして、ガルシアが反応する間も与えずに拳をめり込ませた。

今回は、いつもと違って吹き飛ばさないように。

「ガッ…!?」

「後遺症は残さねーから、安心するといーよ。」

物凄くイイ笑みを浮かべたアルシェムは、そのままガルシアを連打で沈めた。

酷い、とは言ってはいけないのである。

「す、凄い…」

そう言葉を漏らしたのは、エリィだった。

そう、言葉を漏らすことしか、出来なかったのだった。




次回でこの章は終わりです。
なんか長かった…

では、また。

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