雪の軌跡 作:玻璃
ランプは破裂する可能性があります。ランプカバーを開ける際にはガラス破片に注意してください。
…じゃあ売るなよって言いたいです。
では、どうぞ。
騒がしい空気も、そろそろ名残惜しくなってきた朝。
「…むにゅ…」
アルシェムは、真上に人の気配を感じて目を覚ました。
「お早う、アル。朝よ?」
その正体はレン。
「…何故にレン。昨日は別の部屋で寝てたんじゃ…」
アルシェムが疑問をぶつければ、レンは猫のように笑った。
「夜中に寂しくなって潜り込んだの。…ダメだった?」
「ダメじゃないけど…気配消してやられると心臓に悪いよ…」
特に、上に覆いかぶさられれば。
レン以外だったら、即座に惨殺されていてもおかしくない構図だ。
「うふふ♪」
「…取り敢えず、降りようか?」
レンは、アルシェムの上から退いて、さも今思い出したかのようにそれを差し出した。
「あ、忘れ物よ?」
「…え、ちょ、これって…」
それは、黒地に金薔薇が描かれたカードだった。
いたずらっぽく笑うレンはアルシェムにそのカードを差し出した。
「アルの分よ?」
「…分かった、ありがとう。」
アルシェムは、それを受け取った。
無論、見ておく必要があるから。
階下へと移動すると、テーブルに着いたロイドが声を掛けて来た。
「お早う、アル、レン。」
レンの呼び名を聞いたアルシェムは、にっこりと笑ってロイドに問いかけた。
無論、目は笑ってなどいない。
「いつの間にロイドはレンを呼び捨てにするよーになったのかな?」
気圧されたロイドは顔をひきつらせながらどうにか答えた。
「い゛っ…き、昨日だけど…」
「そっか。で…支援要請は出てる?」
「いや、今は本部の応援程度かな。」
ということは、このまま動けるということだ。
アルシェムは、そんな有り得ない『偶然』を『偶然』で済ませるつもりはなかった。
「分かった。」
「…それで、どうすんだよロイド?」
ランディが真剣な面持ちで問いかける。
それに、ロイドは面食らったように答えた。
「どうするって…」
「黒の競売会よ。」
「行くんですか?」
エリィとティオが追随し、だがロイドは肩を落として答えた。
「招待状がないからな…」
そんなロイドを見たレンは、いたずらっぽく笑いながら2通の招待状を差し出した。
「あら、ここにあるじゃない♪」
「な…」
「2枚、だと…」
それぞれがショックを受けたような顔をしている。
「レン、これはどこで!?」
喰いつくロイドに、レンは若干引いた。
そして無くさないように招待状を懐に直す。
「その前に、これを使いたい人ってどのくらいいるのかしら?」
「そりゃあ、一課もだし、俺達もだし、エステル達もだけど…」
レンの問いに、自分たちが一番行きたいと顔に書いたロイドが答える。
「ふぅん…分かったわ、1枚はエステル達にあげてくる。」
くるりと踵を返したレンに、ランディが突っ込んだ。
「いや、何で持ってんだよ!?」
「あら、ティオもアルも説明してないの?」
不思議そうに首を傾げるレン。
それに、アルシェムとティオは声を合わせて応えた。
「してないよ。」
「出来る訳ないでしょう!?」
ティオにしてみれば、話す機会もなかったともいえる。
アルシェムは、レンの意志に任せたかったから言わなかっただけだ。
「むー…仕方ないわね。詳しくは後日話してあげる。けど、簡単に言うならレンは元《身喰らう蛇》の執行者よ。」
その言葉に、ロイド達は硬直した。
「…え?」
「マジかよ…」
まさか、レンがそうだったとは思いもしなかったのだろう。
エリィに至っては思考を停止している。
「その伝手で手に入れてあったの。」
「そ、そうか…」
最早ドン引きするしかないロイド達。
「それで、レンも特務支援課として行動して良いんだったわよね?」
「ああ、そうだな。」
レンが確認を取ると、煙草を吹かしながら課長が出現した。
子供の前で吸うのはどうかと思う。
「じゃあ、お仕事を始めましょ♪」
「ああ…って、俺の出番これだけか!?」
「わふっ…」
落ち込む課長は、ツァイトに任せておいた。
ツァイトに慰められて、課長はさらに落ち込んだという…
それはさておき、特務支援課の一行は警察署へと向かった。
「じゃあ、俺達は雑務を手伝ってくるよ。終わったらミシュラムに向かおう。…それと、アルはレンを案内してあげてくれ。」
「あいさー。」
今更案内の必要はないのだが、取り敢えず警察署の外へ出る。
「じゃあアル、遊撃士協会に行きましょ。」
「そうだね。」
まずは、遊撃士協会へと向かうべきだろう。
通りを抜けて、気配を消しながら遊撃士協会へと向かうレンとアルシェム。
辿り着くと、ミシェルが出迎えてくれた。
「あら、どうしたの?」
「エステルいます?」
噂をすれば影。
エステルは、遊撃士協会の2階から顔をのぞかせた。
「呼んだ…って、アル?どうしたのよ?」
そのエステルの問いには、レンが答えた。
「レンからのプレゼントよ。」
懐から招待状を出すという形で。
「…げっ、これって…」
「打ち合わせしてーから、上貸してミシェルさん。」
「良いわよ。」
何となく察してくれたのだろう。
何も聞かずに2階を貸してくれた。
「あ、丁度良くヨシュア。」
どうも、何かの打ち合わせをしていたようだった。
「どうかしたのかい、アル?」
不思議そうに首を傾げるヨシュアだったが、レンは勿体をつけて懐から招待状を取り出して見せた。
「ヨシュア、これ見て。」
「…何というか。貰って良いのかい?」
ひとしきり絶句した後に、ヨシュアはそう言った。
相変わらず順応能力だけは良い。
「ええ、そのために手に入れたんだもの。」
「…は、はは…」
この招待状を使うためには、徹底的に顔を隠す必要がある。
有名人エステルとヨシュアが取るべき方法など、1つしかなかった。
「エステル、…しよ?」
にっこりとイイ笑みで提案するアルシェムに、エステルはお馴染みの絶叫で返した。
「あ、あんですってー!?」
何だかんだありつつも、無事に打ち合わせは終わった。
無論、ヨシュアはヨシュアちゃんになった。
「さ、流石ヨシュア…完璧な変装だね。」
「可愛いわよ、ヨシュアちゃん♪」
「…男として大事なモノを喪った気がするよ…」
因みに、背後では見事になり切れてしまった微乳のエステルが絶叫していたという。
発狂しかけているエステル達を放置して、アルシェムとレンは支援課ビルへと戻った。
そして、ENIGMAでロイドに連絡を取る。
「あ、もしもしロイド?わたし、用事が出来たからミシュラムには行けねー。…うん、そ。じゃーね。」
「…あら、行かないの?」
「まさか。」
レンとアルシェムは、、人を食った笑みを浮かべあった。
「…じゃあ、アルはどんな格好で行くの?」
「ロン毛にドレス。」
さらっと答えるアルシェムに、レンが猫のように笑った。
そして、化粧道具をどこからか取り出して一言。
「お化粧してあげるわ♪」
「うえっ!?」
レンとアルシェムは、協議の末にミシュラムで変装することに決めた。
船でミシュラムに渡り、既にレンが押さえていた別荘で変装する。
メイクは、一時間足らずで終わった。
「…これで良いわね。さ、着替えるわよ?」
「うん。そういえば、レンは?」
レンはどうするのか問うてみると、レンの顔が曇った。
「レンは行かないわ。…我慢出来る自信がないもの。」
その手は、微かに震えていた。
余程、行きたくないのだろう。
だから、アルシェムはレンにこう告げた。
「…そっか。じゃ、外で待つだろうエリィと一緒にいてね。」
「分かったわ。」
「ちゃんとぶっ壊して来るからさ。」
にっこりと笑って言うアルシェム。
生憎、目は笑っていなかったが。
「…アル…」
それだけで、レンにはアルシェムの状態が見て取れた。
レンはそのまま黙々とアルシェムにドレスを着せた。
瞳の色に合わせた、水色のドレス。
背は大きく開いているのものの、そこにあるはずの傷跡はファンデーションで隠されていた。
因みに、いつものチョーカーは外されて手首に巻かれている。
ドレスを着たアルシェムを見て、レンはぽつりとつぶやいた。
「…何て言うか…ヨシュアちゃんよりも美人かも知れないわ。」
ある意味失礼である。
ヨシュアちゃんは確かに美人だが、あくまでもアレは男だ。
『女性』として見るならば、妖しさが加わる分アルシェムの方が『女性』らしかった。
どちらも貧乳だが。
「それは、ないかな。」
それでも、自分の容姿にはまったく自信のないアルシェムはそう答えた。
レンはそれが分かっていたのでアルシェムに忠告を加えておく。
「変な人にナンパされないように気をつけるのよ?」
「大丈夫、バレないようにぶちのめすから。」
「うふふ、お気の毒ね♪」
当然、アルシェムはやると言ったらやるだろう。
どうせならば、手も出せなさそうな美人にしてやろうとレンはたくらんだ。
そもそも装飾品を忘れて来ていたというのもあるが。
レンは、アルシェムを宝飾店へと連行した。
入るなり、従業員は言葉を発する。
「済みません、紹介状はお持ちですか?」
ここは、一見さんお断りだと暗に言っている。
アルシェムはそれで店を出ようとしたのだが、レンが引き留めた。
「あら、おかしなことを言うのね。お得意様じゃない。」
アルシェムの背後から顔をのぞかせて言うレン。
すると、従業員の顔が見る見るうちに真っ青になった。
「こっ…これは、お嬢様。大変失礼致しました。どうぞ、ごゆっくりご覧くださいませ。」
態度が改まった従業員に、ふんぞり返るレン。
まあ、お嬢様のような振る舞いではあるのだが。
「…常連なの…?」
「女の子の嗜みよ♪」
ふふっと笑いながら、レンは店内を物色し始めた。
「そ、そう…?」
レンを追って、アルシェムは店内をおっかなびっくり見て回った。
値段がけた違いである。
作ろうと思えば作れるかもしれない細工を、アルシェムはじっくりと見て回った。
レンは、青い宝石を主としてネックレスを見て回っているようだ。
「…やっぱりこれね。」
「ん、欲しいの見つかった?」
「ええ。」
レンは、そのネックレスの前に立った。
すると、店員が近づいてきた。
「どちらをお求めですか?お嬢様。」
接客用と感じさせない笑顔でレンに話しかける。
因みに、先ほどまでの店員と違いベテランのようだ。
「これよ。」
そう言うレンの顔は、とても輝いて見えた。
だからだろう。
「もしや、大切な方への贈り物でしょうか?」
店員が勘違いしたのは。
レンはもう、と漏らしてから上目づかいに店員を見上げた。
「恋人じゃないわよ?」
「も、申し訳ございません!」
平謝りする店員。
それを横目で見ながら、レンは呟いた。
「うふふ、さしずめ、お姉ちゃんってところかしら?」
アルシェムも真っ青の額をあっさりと支払ったレンは、無邪気に笑いながらアルシェムにそれを差し出した。
「はい、アル。」
「…へ?」
アルシェムには、一体何のことだか分からなかった。
価格帯を見るに、アルシェムが買って良いようなものではないと思っていたからだ。
レンも、アルシェムの想いを理解していた。
だからこそ、レンはアルシェムにその青いネックレスを贈ったのだ。
「だから、プレゼント。」
「…ありがとう。…似合う?」
細い銀色の鎖の先で揺れる、涙型の小さな青い宝石。
それは、アルシェムの瞳の色と同じ蒼穹の色だった。
それを見たレンは、満面の笑みで答えた。
「ええ、とっても。」
レンとアルシェムは、宝飾店から出た。
やらかしたぜ。
だが、後悔はしてない。
では、また。
…どうでもいいけど、この日ってちゃんと内定出てるんだろうか。