雪の軌跡   作:玻璃

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ケジメ。
つければいいってものじゃない。

では、どうぞ。


四日目・レン

エステル達が、息を切らして入ってきた。

かなり早い。

爆走して人を撥ねたりしていないだろうか、とアルシェムは思った。

「アルっ!」

「…ヘイワーズ夫妻?」

怪訝そうな顔で見回すヨシュア。

状況判断には、もう少しかかりそうだった。

「遅かったね、エステルにしては。」

「あによ、これでも急いで来たんだからね!」

このままでは締め上げられそうだったので、アルシェムは端的に説明することにした。

「もう終わったんだよ。ヘイワーズ夫妻はレンの生存を知って、レンはヘイワーズ夫妻の気持ちを知った。」

「…!」

目を見開いて硬直するエステル。

それを見たハロルドは、いぶかしげに眉を顰めながらアルシェムに問いかけた。

「あの、こちらの方々は…遊撃士の方ですよね?どうしてこちらに…」

「エステル達はずっとレンを追ってきたんだよ。レンの『家族』になるためにね。」

「…そう、だったんですか…ありがとうございます。」

深々と頭を下げるハロルドに、エステルは何も言えない。

何かを言ってしまっても、それは本当の言葉にならない気がした。

確かにエステルはレンの家族になろうとはしたが、レンの家族ではないのだ。

「言っておくわ、ママ。…私は、家族は自分で決めるの。例外なんてないわ。」

レンは、心を既に決めたようだ。

「…レン。」

「私は、家族を選ぶならエステル達を選ばないわよ。」

エステルにとっては、死刑宣告にも等しい言葉。

だが、敢えてレンは口にした。

それが、レンなりのケジメだった。

「…そっか。」

「それがレンの決めたことなら、何も言わないよ。」

声を震わせて、エステルとヨシュアは頷いた。

エステルに至っては涙をこらえているようだ。

「…良いのね?本当にそんなこと言っちゃって。」

「勿論だよ。」

ヨシュアの言質を取ったレンは、ヘイワーズ夫妻にも釘を刺した。

「…そう。…それに、私はパパとママの家族に戻りたいとも思わない。だって、困っちゃうでしょ?」

今の、コリンがいる生活はハロルドが努力した果てにようやくつかみ取ったもの。

コリンのために造られた空間で、レンは生きようとは思わなかった。

「そんなこと…」

「二度と帰らない、なんて言わないわ。だけど、これがレンの考えたケジメよ。」

いつか、家族には戻れるかもしれない。

だが、レンはその可能性を閉ざそうとしていた。

「…分かった。」

そして、ハロルドも。

それが、自分達への罰だと信じて。

「あなた!?」

「私達は、それだけのことをしたんだ。」

「…そう、ね…」

ソフィアも納得してしまった。

レンを、家族とは認めないと言っているも同然だった。

「…じゃあ、レンはどうするの…?」

だから、エステルはレンに問うた。

ならば、一体誰がレンの家族であれるのかと。

「もう、エステルには分かってるはずよ。」

「で、でもそんな経済力なんてないわよ!?」

この場において残っている答えは1つしかない。

だが、エステルにはどうしても認められなかった。

「何言ってるのよ。そんなの、レンが稼げば良いだけの話だわ。」

「レン…」

「えっと…?」

状況が呑みこめないヘイワーズ夫妻に、レンは言葉を突き付けた。

 

「レンの家族は、アルよ。これを変える気はないわ。」

 

それに、アルシェムは目を見開いて…

ついで、苦笑した。

「…レン、問題があるんだけど。」

「何よ、文句でもあるの?」

口をとがらせて問うレンに、アルシェムは一番の問題を突き付けた。

「違う違う。わたしに戸籍なんてないからさ。分かってるよね?」

「…そうだったわね。」

そのあたりの事情が分からないヘイワーズ夫妻は黙っているしかない。

アルシェム・ブライトの戸籍は既に抹消されている。

ならば、アルシェム・シエルの戸籍は?

…当然、偽造したものになる。

そこに、レンの名前を入れること自体は難しくはない。

だが、アルシェムはそれをしたくなかった。

「だから、妥協案。レンの戸籍はヘイワーズに戻す。その代わり、特務支援課に居候する。問題はまだあるけど、内部情報の漏洩くらいで手を打たせるよ。」

だからそれを提案した。

形の上だけでも、レンはヘイワーズ夫妻の子供であってほしかったから。

「そう、ね…そうよね、一般人に戻るためにはちゃんと清算しないといけないんだわ。」

少しずれのあるレンの答えに、ハロルドは首を傾げる。

「…え?」

だが、レンはその答えを吐き出そうとはしなかった。

今はまだ知らせるつもりもなかったのだから。

「その話は追々ね。これならエステル達も納得するかな?」

だが、エステルはジト目でアルシェムを睨んだ。

「…なーんか企んでそうなのよねー。」

「因みにアル、特務支援課が解散した場合は?」

流石の連係プレーで問うヨシュア。

だが、アルシェムにはその問いは想定済みだった。

「レンの意志に任せるよ。どうしたいかを決める権利はレンにしかないからね。」

「…分かった。」

ハロルドもソフィアに是非を問う。

「お前もそれで構わないな?」

「…ええ。」

ソフィアは、生きていさえすればいつでも会えると信じていた。

会いたくなれば、特務支援課に来れば良いのだ。

レンが会ってくれないかもしれないことなど、ソフィアの頭の中にはなかった。

「…それでは、アルシェムさん。レンのこと、宜しくお願いします。」

「分かりました。」

深々と頭を下げたヘイワーズ夫妻に、アルシェムは分かったとしか言えなかった。

そのまま、ヘイワーズ夫妻はとコリンと共に帰宅した。

居なくなったことを確認したエステルは、レンに問うた。

「…本当に良いのね、レン。アルのところに残るってことは…」

「分かってるわ。でも、それを決めるのはレンよ。」

「…そう…」

エステルは、アルシェムの本業について聞いたのだ。

レンも、そのつもりで答えた。

レンは、もうすでに決めていたのだ。

何があっても、アルシェムについていくと。

「大丈夫よ、エステル。レンは幸せだわ。」

満面の笑みで、レンはそう言った。

「そっか…良かった。」

「…そろそろお暇しようか、エステル。」

それを見たエステルとヨシュアは、取り敢えずは任せられるだろうと考えた。

だから、託した。

「…そうね。…じゃあ、また。」

エステル達は、名残惜しそうに帰っていった。

それを確認したレンは、アルシェムに抱き着きながら言った。

「…じゃあ、宜しくね、アル♪」

「宜しく、レン。兎に角ロイド達に説明を…」

だが、アルシェムは最後まで言い切ることができなかった。

「あら、必要ないわよ。」

「…え?」

レンの言葉を合図にしたように、部屋の扉が開いた。

そして、気まずそうにロイド達が入ってくる。

「…聞いてたの、ロイド達…」

「あ、ああ…」

「…取り敢えず、しばき倒していーかな?」

満面の笑みで、アルシェムはそう言った。

ただし、目は笑っていない。

当然である。

「何でだよ!?」

「プライバシーの侵害だよ。警察官にあるまじき行為だよねー。」

誰しも、聞かれたくないことはある。

なのに、盗み聞きをしたのだ。

「う…そ、その…」

「さいってー。」

目を細めて言ってやれば、あっさりとロイドは陥落した。

「…ご、ごめん。」

「兎に角、課長に…」

とアルシェムが言いかけた瞬間。

「いや、取り敢えず分かった。」

その場に課長が現れた。

「課長もさいってー。」

即座にアルシェムは言った。

それも、冷たいを通り越した目で。

「わ、悪かった…」

課長はあっけなくKOされた。

その空気を払拭すべく重要なことをアルシェムは言おうとしたのだが。

「と、兎に角部屋を…」

「あら、何言ってるの、アル。同室に決まってるじゃない♪」

レンに邪魔された。

しかも、特大の爆弾付きで。

「…ほわっつ!?ほわーい!?」

アルシェムは混乱していた。

あの部屋には、入れられない。

色々な意味で。

「あ、アルが壊れました…」

「だって、家族よ?ダメなの…?」

上目づかいで頼み込むレンに、今度はアルシェムが陥落した。

「…ダメじゃないけどさ。わたしの部屋、多分ベッド入んない。」

「…へ?」

実際に見た方が早いだろう。

そう思って、アルシェムは自分の部屋に全員を案内した。

「…カオスすぎじゃない!?」

それが、エリィの感想だった。

アルシェムにしてみれば、ものがありすぎるだけで整頓は出来ているはずなのだ。

「何で?ちゃんと整頓してるよ?」

首を傾げるアルシェムに、今度はロイドが突っ込んだ。

「いや、あるものが!」

「…?そんなに?」

レンが溜息を吐きながら言う。

「レンでも分かるわ。セピスありすぎ、機材が散乱してるわよ。」

「え、換金するの面倒だし、暇つぶしに色々やるのに便利なんだけど…」

ティオは慄いていた。

「暇つぶし…?」

単なる暇つぶしにこれほどのセピスは必要ないはずだ。

「例えば?」

ロイドの問いに、アルシェムは実物で答えた。

「風セピスと水セピス使った冷風機。」

「うわっ!?」

造形こそ趣味が悪いものの、それは完全に実用化できるレベルのナニカだった。

「…いや、一般人に出来る芸当じゃないよな!?」

ランディのツッコミに便利な言葉を吐き出す。

「ツァイスに1年留学してた。」

リベールでなら納得されるのだが、生憎クロスベルでは通用しなかったようだ。

疑問を発するロイド。

「それだけでこんなに出来るものか…?」

「敢えて言いましょう。普通は無理です。」

それに、一番詳しいティオが答えた。

生暖かい目をしながら、アルシェムは言い換えた。

「言い換えるよ。アルバート・ラッセルに直接師事してた。」

「出来るかもですね!」

途端に変わるティオの態度。

「どんな常識知らずに思われてんの、博士…」

頭を押さえながら、アルシェムはぽつりと漏らした。




9/1現在、ここまでです。
更新できるのなら、3日以内にします。
最終日にはちょっとアレな人たちが湧きますけどね。

では、また今度。

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