雪の軌跡   作:玻璃

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書きたくて技量がないな、と思った話です。
通じればいいな。

では、どうぞ。


四日目・ヘイワーズ

あまりにも足場のないアルシェムの部屋ではなく、比較的整頓されているティオの部屋にコリンは寝かされた。

あの後、疲れ切って眠りこけてしまったのだ。

そのコリンに、レンはつきっきりだった。

無論、アルシェムもレンと一緒にいた。

扉がノックされ、ティオから伝言を受け取ったアルシェムはレンにそれを伝える。

「…今、ロイドが連絡したってさ。」

「…うん…」

何かを考え込むレン。

アルシェムは、レンの背中を押したりはしない。

少なくとも、アルシェム自身はそうしようと誓っていた。

「…会う?それとも、止めとく?」

「…私、は…」

レンの答えをアルシェムは待つつもりだった。

ただ、待てなかったモノもいた。

「レンの好きにすれば良いよ。わたしはそれを尊重するし、非難したりしない。だって、レンの人生はレンが切り開くでしょ?」

アルシェムの口を借りて、ソレは言葉を発した。

レンの背を押す言葉を、吐いた。

「当たり前よ!…迷ってちゃ、いけないわよね。進まなくちゃ。」

こうなることは分かっていたのに。

レンは、目を閉じて、決めた。

「…会うわ。」

「分かった。」

今返事をしているのは、断じてアルシェムではない。

「…けど、お願いがあるの。」

「何かな。」

絶対に、違う。

「…手を、握ってて欲しいの。」

「何だ、そのくらいお安いご用だよ。」

そのはずなのに、全てを否定しきれないアルシェムがいた。

そこに、再び扉が叩かれた。

「…いらっしゃったわよ、アル。」

外から聞こえた声は、エリィの声。

「はいはい、お通しして。」

それに応えて、そして、扉が開かれた。

そこにいたのは、言わずもがなヘイワーズ夫妻。

「コリン!」

「ああ、良かった…本当に、本当に無事で良かった…!」

ベッドに駆け寄る夫妻は、かなり憔悴して見えた。

「…ほら、落ち着きなさい。」

「ええ…」

ひとしきりコリンの無事を確認し終えたハロルドは、躊躇いがちに聞いた。

それは、恐らく部屋に入ったその瞬間から感じていた既視感のせいだろう。

「…あの、息子を助けてくれた方は…?」

「…っ…」

息を呑むレン。

そのレンの背を押すために、アルシェムは口を開いた。

「この子ですよ、ハロルドさん。久し振りですね。」

「お久しぶりです。…あの、本当にありがとうございました。」

ハロルドの言葉に、レンはぶっきらぼうに返した。

「…別に…大したことは、してないわ。」

そのレンの声にまた、ハロルドは反応した。

「…っ、いいえ。貴女はかけがえのない私達の子供にまた会わせて下さった。本当に、感謝しています。」

この子は自分達かかつて見捨てた娘ではないかと。

そう、ハロルドの中の良心が告げていた。

そんなハロルドに、レンは乾いた声で言葉を返した。

「…本当に?」

「…え?」

「本当に、そう思ってるの…?かけがえのない子供だって…?」

それは、レンに対しては言ってくれない言葉かもしれない。

それでも、レンは聞きたかった。

もしも、もしも覚えていてくれたなら。

もしも、何も知らないのだとしたら。

「当たり前です。私達は、もう二度と自分達の子供を死なせないと誓いましたから。」

この言葉が、自分に当てはまって欲しいと願いながら。

レンは言葉を吐いた。

「…まるで一度は死なせたかのような口振りね?」

その言葉は、ハロルドに突き刺さった。

ハロルドはそれを受け止めた。

「…事実ですから。」

「…そう。」

誰も、口を挟めなかった。

挟まなかった。

これは、レンとハロルドの喧嘩だ。

それも、初めての。

「私達は、娘を死なせてしまいました。身を守る術のなかった娘を、借金取りから隠すために…守るために、知人に預けたはずなのに…そのせいで、娘は死んでしまった!」

血を吐くような言葉。

だが、レンはそれでも疑った。

「…その時、思わなかったかしら?この娘さえいなければ、こんな場所にまで危険を冒して来たりなんかしなかったのにって。」

この時点で、レンは誤魔化すのをあきらめていた。

自分が『レン・ヘイワーズ』ではないと、否定しなかった。

「いいえ。娘を守るのは当然でした。私達は娘を、愛していましたから。…ですが、心に余裕がなかったのは事実です。本当に娘のことを想うならば、連れて逃げれば良かった…」

心のどこかで、置いて行ってしまえと悪魔が囁いたのかも知れなかった。

それでも、置いて逃げるべきではなかった。

ハロルドの悔恨に、どこまでも冷たい言葉を返すレン。

「…手が掛かる娘だったのね。」

「違います。とても、良い子で…賢くて、気遣いも出来る可愛い自慢の娘です。ただ、私達に娘を守るだけの気概がなかっただけですから…」

悪いのはレンではない。

悪いのは、自分達なのだ。

ハロルドは、それを自覚していた。

「…娘が、死んだって聞いたとき…どうして、探そうとしなかったの…?」

「探しは、しました。火事で骸すら残っていないと言われて、それでも私は信じたくありませんでしたから。…でも、見つからなかったんです。生きていてくれる、なんて虫の良い話があるはずがなかったんですよ。」

見付からなかったから、ハロルドは諦めた。

そんな虫の良い話があるわけがない。

生きていてくれるなんて甘い望みは、瞬く間に打ち壊された。

「…だから、探すのを止めたの…?」

レンの声は、震えていた。

あのとき、もっと真剣に遊撃士でも雇って調べていてくれれば。

あるいは、レンには別の人生があったのかも知れなかった。

《身喰らう蛇》に身を落とすこともなく、平凡な日々を過ごすことが、出来たのかも知れなかった。

「…私は、心身共に疲れ果てていました。借金は返し終えても、大切な娘を喪って…でも、そんなときに妻が妊娠しているのが分かって。私達はその幸せにすがりつきました。娘を殺してしまった罪悪感から逃げるために…」

「…そう…」

だからこそ、ハロルドは信じた。

死んだ娘は帰っては来ない。

だが、娘が恵んでくれた(とヘイワーズ夫妻が思っている)息子は健在だ。

だからこそ、コリンを決して手放さないようにしようと誓ったのだ。

「丁度そのとき、なんですよ…アルシェムさん。アルテリアに旅行に行ったのは…」

「わたしに逃げねーで。ちゃんと、話してよ。」

ハロルドの弁解を、しかしアルシェムは受け取らなかった。

受け取るべきは、アルシェムではないのだから。

「はは…手厳しい、ですね。」

「当たり前でしょ。わたしは赦してねーから。」

冷たい視線を浴びせても、ハロルドは受け止めた。

「…はい。」

そして、ハロルドは深呼吸した。

これから、自分たちが不甲斐なかったせいで見つけてあげられなかった『娘』への言葉を告げるために。

「…コリンが生まれて、それで、もう二度と子供を手放したりしないと誓いました。私達にはもう、娘に生きていて欲しい、なんて言う権利はありません。ですが…」

「…っ…」

これから発される言葉を推測して、レンの身体が硬くなる。

聞きたかった言葉であれば良い。

アルシェムは、そう思った。

「ですが、もしも娘が生きていてくれたなら。…きっと、目の前で何度も何度も謝って、私達を赦さなくても良い、と言うでしょうね。…実際、赦してくれるなんて虫の良い話は…」

苦笑しながら言うハロルドは、しかし全てを言い終えることは出来なかった。

 

「…バカ!」

 

それは、レンがハロルドの頬を張ったからだった。

乾いた音が響き、呆然とするハロルド。

「…え?」

「バカバカバカバカバカバカバカバカっ!」

ハロルドに抱き着いて、その小さな拳でハロルドの胸を叩くレン。

手加減はしているのだろう。

それでも、レンは一般人に耐えられるだけの力で叩いた。

「あ、あの…?」

「何なのよ…深く考えてたレンがバカみたい…!」

しゃくり上げながら叫ぶレン。

その、レンの言葉に反応するソフィア(ヘイワーズ夫人)。

「…えっ!?」

立ち上がって、あまりの事態に追いつけずにおろおろとハロルドの横で混乱する。

それを見ることもなく、レンは叫んだ。

「バカじゃないのっ…!?何で、何でレンがこんな気持ちにならなくちゃいけないのよ…!」

「…レン…」

その言葉は、ハロルドから発せられた言葉だった。

たった2文字の、それでも世界一大切な名前。

ヘイワーズ夫妻の、大切な娘の名だった。

「ちょっとでも期待しちゃいけないって思ってたのに…!何それ!そんなの…そんなのっ…!」

「…レン。」

なおも叫ぶレンを、ハロルドは抱き締めた。

これまでの想いも、全て込めて。

「うううううっ…本当に、馬鹿…!卑怯よ…」

「…済まない…」

レンの想いを、全て受け止めるために。

それは、ハロルドが受けるべきものだった。

「…卑怯よ…全くもう…私、期待なんかしたって…無駄だって、思ってたのに…!こんなの、都合の良い夢だって…」

「…済まない…っ!」

全身全霊で謝るハロルド。

だが、レンはそんなこと気にも留めていなかった。

今のレンの気持ちは、叫びに集約されて吐き出された。

 

「なのにっ!…どうして…こんな、レンが救われちゃうのっ…」

 

ハロルドは、呆然とした。

レンがどんな状況で生きて来たかなんて知らない。

だが、この状況でレンが救われる意味が分からなかった。

「…え?」

そんなハロルドに構うことなく、レンは叫んだ。

「バカ!…パパのバカっ!置いてかないでよ!一緒にいさせて欲しかった!…ずっと、一緒にいたかったんだからぁっ!」

それを、ハロルドは受け止めた。

「…済ま、ない…」

それを、レンも確認した。

そして、レンは再び叫んだ。

ハロルドではなく、隣に立つソフィアへと。

「ママのバカっ!不謹慎すぎるわ…!レンのこと、忘れないでよ…!…忘れてほしくなんかないんだからぁっ!」

「…ごめんなさい…」

ソフィアも、それを受け止めた。

受け止めきれはしなかったかもしれない。

それでも、今できる限りの謝罪をしたつもりだ。

「でも…私、生きてた…!何があっても、生きてたわよっ…!」

「レン…」

レンは自分から死を選ぶことだけは、絶対にしなかった。

逃げて、逃げて、それでも死には逃げなかった。

死にたくなかった。

死ねなかった。

「もう一回だけ、会うんだって決めて、生き抜いたわよ…!」

「レン。」

ハロルドが、レンを咎めるような響きでレンを呼んだ。

「…何よ…」

それに、レンは応えた。

ハロルドは、一番言いたかった言葉をレンに告げた。

 

「生きていてくれて…いいや、生まれてきてくれて、ありがとう。」

 

夢にまで見た瞬間だった。

「…パパ…」

生きていてくれて、『パパ』って呼んでくれる夢を何度も見た。

その夢は途中で悪夢に変わったけれど、これは悪夢ではない。

現実なのだ。

それに呼応して、ソフィアもレンに言葉を告げた。

 

「ごめんなさい、レン。私達…貴女に赦されないことをしました。」

 

それは、贖罪の言葉。

「…ママ。」

何度も何度も、暗闇に引きずり込まれる夢を見た。

目の前で死んでいく娘。

だけど、これは現実なのだ。

「…さっきも言ったけど、赦せ、とは言わない。」

「…言わなくて良いわよ…だって、そのおかげでもう1人のパテル=マテル(パパとママ)に会えたんだもの…アルにも会えた。感謝はしてないけど…赦さない、なんて言わないわ。」

事情があったのは、もう分かった。

後はただ時が解決してくれることだ。

「…レン…」

完全に吹っ切れたとは言わない。

それでも、前を向いて生きていこうと思った。

「…だけど…ケジメは必要よね。」

前を向いて生きるために、レンはケジメを求めた。

何も小指を切れというのではない。

「…ああ。」

レンには、考えがあった。

レンのためのケジメ。

そして、ヘイワーズのためのケジメ。

「…ねえ、アル。」

「何?レン。」

「頼みがあるの。」

真剣な目をしたレンが、アルシェムに頼みごとをする。

アルシェムは、その内容がどうあれ叶えることに決めていた。

それが、レンのためになるのならば。

「良いよ、レン。」

その答えは、レンにとっては不服だったようだ。

小さく膨れながらつぶやくレン。

「…内容を聞いてから言いなさいよ…」

「聞いても多分わたしは良いよって言うからね。」

そう言った瞬間、アルシェムのENIGMAが鳴った。

「っと…ごめん、良い?」

「…良いわよ。」

レンに断りを入れてとった瞬間。

「はい、アルシェム・シエル…」

 

『アルっ!ロイド君とレンが一緒にいるって本当っ!?』

 

エステルの絶叫がアルシェムの鼓膜を震わせた。

「耳痛い、ちょっとは考えてよ!?」

あんですってー、というエステルに向かって抗議しようとしたが、レンに止められた。

「…アル、エステル達も呼んで欲しいの。…ちゃんと、伝えなくちゃいけないから。」

レンの言葉に、アルシェムはすぐに応えた。

「…分かった。あー、エステル?ヨシュア連れて今すぐ支援課ビルに来て。大切な話があるから。」

『…分かったわ、すぐ行くからちゃんと待ってなさいよ!』

ぶつり、と音がしてENIGMAの通話が切れた。

嵐のような女だ。

「…っつー訳だからさ、ロイド達。この部屋このまま貸して?」

「そ、それは良いけど…」

「出ていた方が良いですよね、アル。」

ティオが気を利かせてそう申し出てくれる。

ロイドはもう少しデリカシーを覚えた方が良い。

「当然。」

「他の支援要請がないか見てるぜ。」

ランディはランディで読むところは読むのだ。

空気を読めないのはロイドだけだった。

「ありがと。」

そして、ロイド達と入れ替わりに、エステル達が入ってきた。




レンが、もしもヘイワーズ夫妻と会っていたら?というifを実現させてみました。
あっさり和解した気がしなくもない。

では、また。

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