雪の軌跡 作:玻璃
マオさんの可能性だってあるわけですし。
では、どうぞ。
部屋に寄ってパソコンを持ってからジオフロントへと向かうと、ロイド達は既にスタンバイしていた。
「お待たせ。」
「あ、アル。」
「んで、仔猫を探してるんだって?追い詰めるの手伝うよ。」
あっけらかんというと、何故かあきれられた。
「…呼ぶんじゃありませんでしたね…」
「何をぅ!?」
「テンションおかしいわよ、アル。」
エリィに突っ込まれて、自覚した。
キリカの相手は疲れるのだ。
「疲れてるだけだよ、精神的にね…」
「…大丈夫ですか?」
ティオが心配してくれるが、アルシェムはそれを受け取る気は毛頭なかった。
「多分ね。そんで、どう追い込むの?」
「あ、それはですね…」
そこで、見慣れない少年が口を挟んだ。
誰だコイツ。
「俺は陽動でコイツが捕獲。簡単だろ?」
「誰このヒト。」
思わず聞くと、ティオが半眼になりながら答えてくれた。
「ヨナ・セイクリッド。エプスタイン財団所属のイタズラハッカーです。」
「ふーん。じゃ、わたしは撒き餌やりつつ罠を張ればいーね。」
一般人並みの頭はあるだろうから、後は手数を増やすだけだ。
「人の話聞いてたか!?」
がう、とかみつきながら言うヨナ。
どうでも良いが、ピザ臭い。
「撒き餌は多いほーがいーのに、あんただけじゃ層が薄すぎんの。ましてや仔猫を捕まえるんだったらそれじゃー無理だよ。」
「…知ってるのか!?」
身を乗り出して聞くヨナ。
それに、アルシェムはさらっと答えた。
「まーね。相手は何枚も上手だから。で、ヨナはここでやるだろーけど、ティオは?」
「B区画の奥へ行きます。」
そう言うティオの手には、魔導杖とロイドが握られていた。
「あいあい。んじゃ、わたしも適度にスタンバイしますかね。」
「アルの端末はありませんよ?」
ティオに突っ込みたいところではあるが、やめておこう。
「持ってきた。」
「…言うだけ無駄でしたね…」
溜息を吐いたティオは、ロイドを連れて移動し始めた。
姿が見えなくなると、ヨナは半眼でアルシェムを睨みつけた。
「…で、何であんたはここなんだよ?」
その答えは、至極簡単なことだった。
「あんたは男の対象外だから。」
「酷ぇ!?」
それでも、アルシェムは腕だけは評価することにした。
どうせ、暇人なんだろうから。
「…ヨナ。」
真剣な目をして語りかければ、ヨナはたじろいだ。
「な、何だよ…」
「これが終わったら、ネットワークの奥底に何が潜んでるか調べて。」
本当は、調べる必要などない。
何があるかなど、とっくの昔に分かっていた。
「…奥底…って、たどり着くまでが長いのは分かってるんじゃねぇの?あんたなら。」
「だからだよ。わたしにはそんな時間はない。会ったばっかりで頼めるようなことでもないんだ、本当は。」
だからこそ、白日の下に晒すために第三者の手が必要なのだ。
「じゃあ、何で…」
ヨナの言葉を遮るように、ENIGMAが鳴った。
「はい、アルシェム・シエル。…おっけ、着いたんだ。…じゃ、始めようか?」
通話しっぱなしで放置しつつ、アルシェムは端末上に情報を流し始めた。
「…兎に角、始めるぜ。」
「ん…撒き餌はこれだね。」
そこには、議長のスキャンダル記事を大量に流し込んでおいた。
「おわっ!?」
「どしたの?ヨナ。」
その内容に目を通したヨナは、顔をひきつらせながら言った。
「すげぇ出鱈目流すな、あんた…」
「ま、食い付けばいーから。」
アルシェムは軽く流したが、生憎出鱈目ではなく真実を流しているのだ。
「早っ!?食いつくの早っ!?」
仔猫が喰いつくのは、至極当然ともいえた。
「はは…やっぱ、分かってくれるか。さーてティオ、スタンバイして。」
『出来てます!』
ENIGMAからティオの答えが聞こえると同時に、子猫の追跡が始まった。
「待て仔猫ーっ!」
「…こっちこっち、そうそう、良い子だね。」
生身でこれに追いつくのは至難の業だ。
それに…
分かったことがある。
『早い…!』
「無茶は止めてね、ティオ。」
『分かってます!』
ティオのスペックは、レンのそれよりも若干劣る。
「よし、ティオ任せたぞ!」
『任されました!』
「…そっちは通行止め、そっちもね!もう穴はないよ…!」
そして、ティオの速度が不自然に上がって。
『捕まえました…!』
仔猫が捕まった。
だが、仔猫はすぐに網を抜けた。
それを察知したアルシェムは、仔猫の居場所を探る。
出て来た所在地は、というと。
「…ちょ、分かってたけど場所!場所自重しようよ!?」
「何言って…はぁ!?この場所まで繋がってるわけないだろ!?」
仔猫のアクセス元は、やはりというか何というかローゼンベルク工房だった。
アルシェムは、とあるプログラムを一方的に仔猫に送りつける。
すると、すぐに反応があった。
文面には、『今晩食事に行きましょう』とのメッセージが記されていた。
そこに、ロイド達が帰ってくる。
「た、只今…」
「何でだー!?」
因みに、ヨナはまだ混乱していた。
解せぬ。
「あは、はははは…」
「こ、壊れてます!?」
「仔猫のアクセス元が分かったんだけどねー。」
一仕事終えて疲れているだけだ。
壊れてはいない。
ヨナはその変なテンションのまま絶叫した。
「何っでマインツ山道!?おかしいだろ!?そんなとこまで繋がってるわけないだろ!?」
実際は繋がっているのは分かっているので何とも言えない。
「ま、予測はある程度ついてるし、あの子以外には出来ないんじゃないかな。…全く、もうちょっと生産的に使わなきゃ…」
「知り合いなのか、アル?」
「多分ね。マインツ山道の時点であそこしかねーし。仔猫に関しては厳重注意しとくから許して?ヨナ。」
そう言うと、何故かヨナは呆けた。
「な…」
そんなヨナとは裏腹に、ティオは見当がついたようだった。
「…やっぱり、彼女なんですね?アル。」
「ま、ね。あの場所でこの芸当が出来るのはあの子しかいねーもん。」
「そうですか…」
微妙な雰囲気の中、アルシェム達は支援課へと戻った。
すると、真上に気配を感じた。
その気配に覚えがあったアルシェムは溜息を吐き、食事を用意しようとするエリィに向けて言葉を発した。
「あ、今日は晩御飯いらねーや。」
「え、どうかしたの?アル。」
エリィが首を傾げるが、気配に気づいた様子はない。
「さっき晩御飯に招待されちゃった。」
「ええっ!?」
「誰にだよ!?」
途端にざわめくロイド達。
ランディの問いに、アルシェムはこう答えた。
「わたしの大切な人だよ。」
それを聞いた瞬間、ティオを除く全員が目を見開いた。
「アルに春が…!?」
「嘘だろ…」
ティオだけは誰がアルシェム呼んだのか分かっているようで、冷静に言葉を返した。
「分かりました。」
「だから、準備して行ってくるよ。」
「あ、ああ…」
呆然とするロイドを尻目に、アルシェムは自室へと戻る。
「うふふ、可愛い言い訳ね?」
自室に入った瞬間、そう声を掛けられたアルシェムは疲れたように溜息を吐いた。
「それが不法侵入して言う言い訳かな…レン。」
確かに、メッセージは受け取った。
だが、まさかいるとは思わなかったのだ。
「良いじゃない。追いかけっこ、楽しかったわよ?」
「程々にしないと捕まえるよ?」
「むぅ…兎に角、行きましょ♪」
「うん。」
レンは、アルシェムの腕を取ってヴァンセットへと案内した。
創立記念祭だというのに人気のないその店に入り、席に着いた時点でアルシェムは察した。
「わ、もしかして…」
「勿論、貸切に決まってるじゃない♪」
いたずらに成功したような笑みを浮かべたレンに、アルシェムは重要なことを突っ込んだ。
「ミラ!ミラどうしたの!?」
そう言っている間にも、料理が運ばれてくる。
どうも、フルコースのようだった。
「これまでに稼いだ分があるわよ。ほら…冷めちゃうわ。」
「う、うん…そだね。いただきます。」
「いただきます…ん、美味しいわね…」
レンと一緒に、様々な料理を楽しむアルシェム。
「…ん…美味しい。」
量も丁度良く、何もかもを考えて作られていたようだった。
全て食べ終えて。
飲み物だけをゆっくりと味わいながらアルシェムは口を開いた。
「…流石レン。わたしの食べる量まで指示してた?」
「当たり前じゃない。大事な話があるから呼びだしたんだもの。満腹で苦しいときになんか聞かせたりしないわ。」
何の話なのかは、既に予測がついていた。
というよりも、それ以外に用事が思いつかなかった。
「ん、ありがとう。」
レンは、躊躇いがちに口を開いた。
「…あの録音…聞いたわ。」
それを聞いて、アルシェムはやっぱり、と思った。
あの録音を聴く勇気を持つために、誰かレンを捕まえてくれる人を探していたのかも知れなかった。
「うん。」
相槌を打つアルシェム。
決して、答えを急がせたりはしなかった。
「…あれが、パパなのね。」
「そうだよ。」
レンには、性急な判断をしてほしくなんてない。
だからこそ、ゆっくりと考えてほしかった。
この情勢がそれを赦すかどうかは別にして。
「…そう。…アル。レンは…ううん、私は…その内、自分がどうするか決めるつもりなの。」
「強制はしないよ?ゆっくり、レンのペースで決めれば良い。どんな結果でも、わたしは受け入れるから。」
それだけ、アルシェムはレンを信頼していた。
レンにだけ全てを押し付けはしないし、背負わせもしない。
「…ありがと。アル…ちょっと、聞いてくれる?」
「うん。」
酷くためらいがちに、レンは言葉を紡いだ。
「もし…もしも、よ?…あの人達の…息子が行方不明になったら、必死で探すかしら。」
それは、レンの内心でもあった。
今現在の、内心。
だが、そればかりはアルシェムには分からない。
「さあ…試してみる?」
それが分かるのは、ヘイワーズ夫妻のみだから。
「まさか。やるわけないじゃない。アルにもやって欲しくなんてないわ。…いつか、自分で聞くわ。」
「…そっか。」
今日のところは、レンが前向きの結論を出せただけ良しとした。
ずっとウジウジされてもレンが困るだけだから。
「…そろそろ帰るわね、アル。おいたは程々にしなさいよ?」
「レンもね。」
レンを見送って、アルシェムは自室へと戻った。
ベッドにもぐりこんで、一言。
「…全く、強がるんだから…」
アルシェムは、そのまま先日の寝不足を取り返すかのように惰眠をむさぼった。
まあでも、ここではレンの回です。
このまま突っ走りますよ、あのイベントは。
では、また。