雪の軌跡   作:玻璃

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よく考えれば、仔猫の時点で可能性って2通りありますよね。
マオさんの可能性だってあるわけですし。

では、どうぞ。


三日目・仔猫の捕獲

部屋に寄ってパソコンを持ってからジオフロントへと向かうと、ロイド達は既にスタンバイしていた。

「お待たせ。」

「あ、アル。」

「んで、仔猫を探してるんだって?追い詰めるの手伝うよ。」

あっけらかんというと、何故かあきれられた。

「…呼ぶんじゃありませんでしたね…」

「何をぅ!?」

「テンションおかしいわよ、アル。」

エリィに突っ込まれて、自覚した。

キリカの相手は疲れるのだ。

「疲れてるだけだよ、精神的にね…」

「…大丈夫ですか?」

ティオが心配してくれるが、アルシェムはそれを受け取る気は毛頭なかった。

「多分ね。そんで、どう追い込むの?」

「あ、それはですね…」

そこで、見慣れない少年が口を挟んだ。

誰だコイツ。

「俺は陽動でコイツが捕獲。簡単だろ?」

「誰このヒト。」

思わず聞くと、ティオが半眼になりながら答えてくれた。

「ヨナ・セイクリッド。エプスタイン財団所属のイタズラハッカーです。」

「ふーん。じゃ、わたしは撒き餌やりつつ罠を張ればいーね。」

一般人並みの頭はあるだろうから、後は手数を増やすだけだ。

「人の話聞いてたか!?」

がう、とかみつきながら言うヨナ。

どうでも良いが、ピザ臭い。

「撒き餌は多いほーがいーのに、あんただけじゃ層が薄すぎんの。ましてや仔猫を捕まえるんだったらそれじゃー無理だよ。」

「…知ってるのか!?」

身を乗り出して聞くヨナ。

それに、アルシェムはさらっと答えた。

「まーね。相手は何枚も上手だから。で、ヨナはここでやるだろーけど、ティオは?」

「B区画の奥へ行きます。」

そう言うティオの手には、魔導杖とロイドが握られていた。

「あいあい。んじゃ、わたしも適度にスタンバイしますかね。」

「アルの端末はありませんよ?」

ティオに突っ込みたいところではあるが、やめておこう。

「持ってきた。」

「…言うだけ無駄でしたね…」

溜息を吐いたティオは、ロイドを連れて移動し始めた。

姿が見えなくなると、ヨナは半眼でアルシェムを睨みつけた。

「…で、何であんたはここなんだよ?」

その答えは、至極簡単なことだった。

「あんたは男の対象外だから。」

「酷ぇ!?」

それでも、アルシェムは腕だけは評価することにした。

どうせ、暇人なんだろうから。

「…ヨナ。」

真剣な目をして語りかければ、ヨナはたじろいだ。

「な、何だよ…」

「これが終わったら、ネットワークの奥底に何が潜んでるか調べて。」

本当は、調べる必要などない。

何があるかなど、とっくの昔に分かっていた。

「…奥底…って、たどり着くまでが長いのは分かってるんじゃねぇの?あんたなら。」

「だからだよ。わたしにはそんな時間はない。会ったばっかりで頼めるようなことでもないんだ、本当は。」

だからこそ、白日の下に晒すために第三者の手が必要なのだ。

「じゃあ、何で…」

ヨナの言葉を遮るように、ENIGMAが鳴った。

「はい、アルシェム・シエル。…おっけ、着いたんだ。…じゃ、始めようか?」

通話しっぱなしで放置しつつ、アルシェムは端末上に情報を流し始めた。

「…兎に角、始めるぜ。」

「ん…撒き餌はこれだね。」

そこには、議長のスキャンダル記事を大量に流し込んでおいた。

「おわっ!?」

「どしたの?ヨナ。」

その内容に目を通したヨナは、顔をひきつらせながら言った。

「すげぇ出鱈目流すな、あんた…」

「ま、食い付けばいーから。」

アルシェムは軽く流したが、生憎出鱈目ではなく真実を流しているのだ。

「早っ!?食いつくの早っ!?」

仔猫が喰いつくのは、至極当然ともいえた。

「はは…やっぱ、分かってくれるか。さーてティオ、スタンバイして。」

『出来てます!』

ENIGMAからティオの答えが聞こえると同時に、子猫の追跡が始まった。

「待て仔猫ーっ!」

「…こっちこっち、そうそう、良い子だね。」

生身でこれに追いつくのは至難の業だ。

それに…

分かったことがある。

『早い…!』

「無茶は止めてね、ティオ。」

『分かってます!』

ティオのスペックは、レンのそれよりも若干劣る。

「よし、ティオ任せたぞ!」

『任されました!』

「…そっちは通行止め、そっちもね!もう穴はないよ…!」

そして、ティオの速度が不自然に上がって。

『捕まえました…!』

仔猫が捕まった。

だが、仔猫はすぐに網を抜けた。

それを察知したアルシェムは、仔猫の居場所を探る。

出て来た所在地は、というと。

「…ちょ、分かってたけど場所!場所自重しようよ!?」

「何言って…はぁ!?この場所まで繋がってるわけないだろ!?」

仔猫のアクセス元は、やはりというか何というかローゼンベルク工房だった。

アルシェムは、とあるプログラムを一方的に仔猫に送りつける。

すると、すぐに反応があった。

文面には、『今晩食事に行きましょう』とのメッセージが記されていた。

そこに、ロイド達が帰ってくる。

「た、只今…」

「何でだー!?」

因みに、ヨナはまだ混乱していた。

解せぬ。

「あは、はははは…」

「こ、壊れてます!?」

「仔猫のアクセス元が分かったんだけどねー。」

一仕事終えて疲れているだけだ。

壊れてはいない。

ヨナはその変なテンションのまま絶叫した。

 

「何っでマインツ山道!?おかしいだろ!?そんなとこまで繋がってるわけないだろ!?」

 

実際は繋がっているのは分かっているので何とも言えない。

「ま、予測はある程度ついてるし、あの子以外には出来ないんじゃないかな。…全く、もうちょっと生産的に使わなきゃ…」

「知り合いなのか、アル?」

「多分ね。マインツ山道の時点であそこしかねーし。仔猫に関しては厳重注意しとくから許して?ヨナ。」

そう言うと、何故かヨナは呆けた。

「な…」

そんなヨナとは裏腹に、ティオは見当がついたようだった。

「…やっぱり、彼女なんですね?アル。」

「ま、ね。あの場所でこの芸当が出来るのはあの子しかいねーもん。」

「そうですか…」

微妙な雰囲気の中、アルシェム達は支援課へと戻った。

すると、真上に気配を感じた。

その気配に覚えがあったアルシェムは溜息を吐き、食事を用意しようとするエリィに向けて言葉を発した。

「あ、今日は晩御飯いらねーや。」

「え、どうかしたの?アル。」

エリィが首を傾げるが、気配に気づいた様子はない。

「さっき晩御飯に招待されちゃった。」

「ええっ!?」

「誰にだよ!?」

途端にざわめくロイド達。

ランディの問いに、アルシェムはこう答えた。

 

「わたしの大切な人だよ。」

 

それを聞いた瞬間、ティオを除く全員が目を見開いた。

「アルに春が…!?」

「嘘だろ…」

ティオだけは誰がアルシェム呼んだのか分かっているようで、冷静に言葉を返した。

「分かりました。」

「だから、準備して行ってくるよ。」

「あ、ああ…」

呆然とするロイドを尻目に、アルシェムは自室へと戻る。

「うふふ、可愛い言い訳ね?」

自室に入った瞬間、そう声を掛けられたアルシェムは疲れたように溜息を吐いた。

「それが不法侵入して言う言い訳かな…レン。」

確かに、メッセージは受け取った。

だが、まさかいるとは思わなかったのだ。

「良いじゃない。追いかけっこ、楽しかったわよ?」

「程々にしないと捕まえるよ?」

「むぅ…兎に角、行きましょ♪」

「うん。」

レンは、アルシェムの腕を取ってヴァンセットへと案内した。

創立記念祭だというのに人気のないその店に入り、席に着いた時点でアルシェムは察した。

「わ、もしかして…」

「勿論、貸切に決まってるじゃない♪」

いたずらに成功したような笑みを浮かべたレンに、アルシェムは重要なことを突っ込んだ。

「ミラ!ミラどうしたの!?」

そう言っている間にも、料理が運ばれてくる。

どうも、フルコースのようだった。

「これまでに稼いだ分があるわよ。ほら…冷めちゃうわ。」

「う、うん…そだね。いただきます。」

「いただきます…ん、美味しいわね…」

レンと一緒に、様々な料理を楽しむアルシェム。

「…ん…美味しい。」

量も丁度良く、何もかもを考えて作られていたようだった。

全て食べ終えて。

飲み物だけをゆっくりと味わいながらアルシェムは口を開いた。

「…流石レン。わたしの食べる量まで指示してた?」

「当たり前じゃない。大事な話があるから呼びだしたんだもの。満腹で苦しいときになんか聞かせたりしないわ。」

何の話なのかは、既に予測がついていた。

というよりも、それ以外に用事が思いつかなかった。

「ん、ありがとう。」

レンは、躊躇いがちに口を開いた。

「…あの録音…聞いたわ。」

それを聞いて、アルシェムはやっぱり、と思った。

あの録音を聴く勇気を持つために、誰かレンを捕まえてくれる人を探していたのかも知れなかった。

「うん。」

相槌を打つアルシェム。

決して、答えを急がせたりはしなかった。

「…あれが、パパなのね。」

「そうだよ。」

レンには、性急な判断をしてほしくなんてない。

だからこそ、ゆっくりと考えてほしかった。

この情勢がそれを赦すかどうかは別にして。

「…そう。…アル。レンは…ううん、私は…その内、自分がどうするか決めるつもりなの。」

「強制はしないよ?ゆっくり、レンのペースで決めれば良い。どんな結果でも、わたしは受け入れるから。」

それだけ、アルシェムはレンを信頼していた。

レンにだけ全てを押し付けはしないし、背負わせもしない。

「…ありがと。アル…ちょっと、聞いてくれる?」

「うん。」

酷くためらいがちに、レンは言葉を紡いだ。

「もし…もしも、よ?…あの人達の…息子が行方不明になったら、必死で探すかしら。」

それは、レンの内心でもあった。

今現在の、内心。

だが、そればかりはアルシェムには分からない。

「さあ…試してみる?」

それが分かるのは、ヘイワーズ夫妻のみだから。

「まさか。やるわけないじゃない。アルにもやって欲しくなんてないわ。…いつか、自分で聞くわ。」

「…そっか。」

今日のところは、レンが前向きの結論を出せただけ良しとした。

ずっとウジウジされてもレンが困るだけだから。

「…そろそろ帰るわね、アル。おいたは程々にしなさいよ?」

「レンもね。」

レンを見送って、アルシェムは自室へと戻った。

ベッドにもぐりこんで、一言。

「…全く、強がるんだから…」

アルシェムは、そのまま先日の寝不足を取り返すかのように惰眠をむさぼった。




まあでも、ここではレンの回です。
このまま突っ走りますよ、あのイベントは。

では、また。

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