雪の軌跡   作:玻璃

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はい、キリカさんです。
アルシェムから見たキリカはこんな感じ。

では、どうぞ。


三日目・キリカさん。

アルシェムは、ほとんど眠ることなく目を覚ました。

「おはよー。」

「お早うございます、アル。…その…大丈夫ですか?」

ティオが気を使っていてくれているようだが、そのうちどうにかなるとしか言えない。

「ん、大丈夫だよ。」

「無理だけはしないで下さいね?」

それでも、気遣いだけは理解できるので有り難く受け取っておく。

「分かってるよ。」

階下に降りて、端末を弄っているとロイドが降りて来た。

「お早う、アル、ティオ。今日の支援要請は何か来てるか?」

「はい。マインツ鉱山の魔獣退治と、偽ブランド商の追跡、ストーカーの調査、それに…古戦場の手配魔獣ですね。」

それはまた、豊富なことで。

アルシェムはそう思った。

今日の業務も魔獣狩りになりそうだ。

「そうか…じゃあ、分担としてはマインツにランディとエリィ、ストーカーの調査を俺とティオ、手配魔獣をアルにして、終わった人から偽ブランド商の追跡に向かおうか?」

ランディ達はバスでマインツへ向かうことになった。

体力を少しでも温存するためである。

無論、急がなければ帰りは徒歩だ。

アルシェムは全て徒歩だが。

「そうね。」

「じゃあ、解散。」

そうして、特務支援課の一行は本日の業務を始めた。

アルシェムは、魔獣を狩りながら古戦場へと向かった。

そこにいた魔獣は、セピスデーモン。

セピスを大量にため込む習性のある魔獣だ。

「…わーい、セピス稼げるぞー。おっ死ねやぁぁぁぁぁ!」

敢えて導力銃を低威力でマシンガンの如くぶっ放すことで、セピスを最大限に回収して。

魔獣はそのままあっさりと狩られた。

「ふー、大漁大漁…」

大量のセピスをいったん自室に置きに帰り、そのままアルシェムはタングラム門へと向かった。

そこで待っていたのは、お馴染みのノエルとリオだった。

「あ、シーカー曹長にコルティア軍曹?」

アルシェムが声を掛けると、ノエルとリオは顔を上げた。

もっとも、リオは気付いていたようだったが。

「お久しぶりです、アルシェムさん。」

「アルで構わねーよ?シーカー曹長もコルティア軍曹も。」

アイコンタクトで今後呼び間違えても問題がないように誘導しておく。

これをしておかないと、うっかり呼び間違えた時が怖い。

「そう?んじゃ、そうするよ。じゃ、任務じゃないときはリオって呼んでくれる?」

「勿論。で、偽ブランド商を探しに来たんだけど…」

ぐるりとあたりを見回すが、それらしい観光客は見当たらない。

そんなアルシェムを見たノエルは、苦笑しながらアルシェムに告げた。

「あ、はい。今バスが来ます。」

「導力の補填と点検で足止めしてちょーだいな。探るのは簡単だから。」

「分かりました!」

やがて、バスが止まり。

そして、ノエルとリオが観光客を食堂へと誘導した。

アルシェムがぼんやりと観光客を眺めていると、信じがたい人間を見つけてしまった。

「…な…」

何故。

いや、おかしいことではない。

だが、予測が当たって欲しくはなかった。

少しだけ動揺しているアルシェムに、ノエルが声を掛ける。

「どうかしましたか、アルさん?」

そのノエルの気遣いような声に、アルシェムは声を潜めて応えた。

「…兎に角、市内までは入れたい。だけどスパイが紛れ込んでるよ…」

「…ッ!」

大きく目を見開くノエル。

遅ればせながら、リオも気づいたようだ。

観光客に紛れる不審者の存在に。

「どーする?摘発する?」

「証拠が、ありませんから…」

「…分かった。」

摘発しないのならば、要注意人物だけは教えておこう。

今後、必要となるだろうから。

「要注意人物として教えておくよ。黒髪の女…キリカ・ロウラン。昔はツァイスでギルドの受付やってたけど、今は共和国に帰ってロックスミス機関ってとこの室長やってる。」

「…!」

大仰に驚いてみせるリオ。

本当は、知っているのに知らないふりをするのはとても大変だ。

だが、ノエルは何も知らなかった。

「ロックスミス機関…って、何ですか?」

「諜報部と考えればいーよ、シーカー曹長。」

複雑に伝えるよりも、端的に伝えた方が良いと思ったアルシェムは簡単に説明した。

その説明に、愕然とするノエル。

「そんな…」

あまり長引かせて不審がらせてもマズい。

なので、アルシェムはこのまま市内に入れてしまうことにした。

「…兎に角、これ以上は引き留めてられねーわね。バスに乗せて。偽ブランド商は捕まえるから。」

「お任せします。」

アルシェムの頭の中からは、偽ブランド商のことなどすっぽりと消えていた。

「あ、キリカのこと、ベルツ副司令に伝えといて。」

「勿論です!」

ノエルとリオに見送られて、バスは発車した。

今回ばかりは、アルシェムはバスで市内へと戻った。

車内での会話を聞く限りでは、お馬鹿なお婆ちゃんがいた。

ミシュラムの出来た時期を完全に忘れているようだ。

バス停に泊まり、観光客が降りていく中で。

「楽しみだねぇ。」

ゆったりと降りていくお婆ちゃんを、アルシェムはとてもイイ笑顔で引き留めた。

「残念、お婆ちゃん。ダウトー。」

「…はい?」

お婆ちゃんの身体にドンドン力が入っていく。

そうして…

「いや、こーいおーかな。偽ブランド商さん?」

「…!?」

いきなりしゃがみこんだお婆ちゃんは、クラウチングスタートで駆けだした。

「大人しくお縄、に…」

「…ふざけんじゃないよ!」

ギアを上げて疾走するお婆ちゃん。

「って早っ!?」

下手な男よりも早いその走りは、見事としか言いようがなかった。

追いかけっこは続く。

「逃げ切ってやるさ…!」

はずだったのだが。

眼前に立ちふさがったキリカが、足を出してお婆ちゃんを転ばせた。

「…ふう。」

「ひぎゃっ!?」

見事に人型を作って倒れこんだお婆ちゃん。

それを一瞥して、キリかはボソッと洩らした。

「あら、ごめんなさい。足が引っかかってしまったわ。」

「こんの、クソババァ…!」

ババァ、と言われたキリカの顔に青筋が浮かぶ。

そんなに怒る間でもないだろうに、と思ったのは心の中にとどめておくことにしたアルシェムだった。

「…何ですって?」

「はい確保ー!」

このままだと、キリカがお婆ちゃんを成敗しかねない。

なので、早々に確保させて貰った。

「え?」

「…あら。」

生憎だが、キリカも逃がすわけにはいかない。

「ご同行願うよ、そっちの黒髪もね。」

「ええ、良いわよ。」

やけにあっさりと頷いたキリカは、アルシェムと共に警察署まで付いてきた。

事情聴取のために取調室にお婆ちゃんとキリカを突っ込んだアルシェムは、一息ついていた。

「いや~、ありがとう!僕らじゃ手が回らなくてね…」

今のうちでないと、この情報は伝えられないだろう。

アルシェムは、レイモンド捜査官に声を掛けた。

「一課のダドリー捜査官はいますか?」

「え?何か用なの?」

「えー、まー。」

聞かれてはいるだろうが、それでも伝えることに意味があるのだ。

すると、そこに都合よくダドリーがやってきた。

「…何だ、シエル。」

「あら奇遇。今から呼んで貰おーとしてたんだけど。」

ダドリーは、顔をしかめたままアルシェムに問うた。

「用件は何だ。」

「今事情聴取してる黒髪の女、共和国の諜報部ロックスミス機関室長のキリカ・ロウランだから。」

アルシェムがそう告げた瞬間、ダドリーは声を押さえて怒鳴るという器用なことをした。

「何!?」

「別名、《飛燕紅児》。泰斗流の師範でもあるよ。」

そこまで言って、ダドリーの探るような目つきに気付いた。

流石に怪しすぎただろうか。

「何故知っている、と聞いても無駄か?」

怪しさを払拭するために、アルシェムは当たり障りのない答えを返すことにした。

「あ、だってキリカ、前リベールでギルドの受付やってたから。その伝手を辿ってちょちょいとね?」

「そ、そうか…」

それでも、ダドリーの猜疑の目はアルシェムに向いたままだった。

そのうち、きちんと説明しなければならないだろう。

だが、その時は今ではない。

「そろそろ行きますね?」

「ご協力、感謝します~!」

レイモンドに見送られて、アルシェムは警察署の外に出た。

すると、ENIGMAが鳴った。

数回の鳴動の後、アルシェムはENIGMAを通話状態に変えた。

「はい、アルシェム・シエル…あ、ロイド。」

相手は、ロイドだった。

今ストーカーの調査が終わったが、そちらはどうかという連絡だ。

なので、正直に答えることにする。

「ごめん、偽ブランド商見つけて引き渡しちゃった。…うん、分かった。」

どのくらいで合流するかを聞かれたが、どうも戻れなさそうだった。

もっと引き留めておいてくれれば良いのに、二課の無能共め、とアルシェムは思った。

「すぐ戻…れねーかも。また後で連絡する。」

背後を振り向くと、そこには怖い顔をしたキリカが鎮座していた。

「…で、何で真後ろにいんの?キリカ。」

「聞きたいことがあったのよ。」

やけに真剣な顔をしている。

その顔は、どこか先日のエリィに似ている気がした。

「聞く気はねー。」

「つれないわね。」

「つれなくて結構。わたしは忙しーの。」

面倒な話はしたくない。

アルシェムは踵を返そうとしたが、それを無視することなど出来なかった。

「…馬鹿な女、ってどういう意味?」

どうも、キリカは《影の国》を夢だとは思わなかったようだった。

「…何だ、そんなこと?考えりゃ分かるでしょーに。」

そして、アルシェムもまたそうだった。

《影の国》は、ある意味でアルシェムにとって転換でもあったのだから。

「…何ですって?」

「共和国の国民だけを守っても、死ぬ人は減らねーし増えるだけだよ。それはどこでどーしよーが同じだから。守りたいなら、自分の手だけで助けられる人間を守るべきだと思う。」

世界中の人間を救いたいだなんておこがましいにも程がある。

誰かを助けるために一人では限界があるから出来たのが遊撃士協会なのだ。

なのに、キリカはそれを認識していない。

「…ロックスミス機関にいればより多くの人間を助けられるのに?」

「その人間を守る代わりに弱者が見殺しにされていくのに?」

キリカの発した問いに、アルシェムは問いで返した。

「それは…仕方のないこと、なのよ。」

それがキリカの答えだった。

アルシェムはキリカの答えに満足はしない。

「仕方ねー、で済ませていーとでも?」

「守る人間は限定しなければならないわ。」

それは、妥協というのだ。

アルシェムには分かっていた。

大勢の人間を救うためには犠牲が必要になる。

ならば、分相応に救える人間だけを救えば良い。

「限定して、それであんたは憎まれる。救えたはずの命をあんたは見捨てることになる。」

「見捨てたりなんかしないわ。」

なおも言い募るキリカに、アルシェムは再び問いを発した。

「じゃー、目の前に沈みそうになってる船が二隻ある。Aには百人、Bには三百人乗っている。どっちを助ける?」

「Bよ。」

キリカは即答した。

だが、これだけで終わるわけではない。

どこかで聞いたような話なのに、キリカは愚かにもはまってしまったのだ。

「前提を付け加えて、もしAには共和国人だけが乗っていて、Bには帝国人が乗っていれば?」

「…Aね。私には帝国人を助ける義理なんてないもの。」

今度は、躊躇いがちだった。

それでも、キリカは答えを出した。

「ほら、破綻した。より多くの命を救うなら、帝国人の船を助けるべきだったんだよ。」

今のキリカは、共和国の人間を守ることに特化している。

だからこそ、大勢の人間を見殺しにしてでも共和国の人間を守るのだ。

「…詭弁だわ。」

「何言ってんだか。誰かを守るという行為自体が詭弁だってのにさ。バッカじゃねーの?」

誰かを守るには、何かを犠牲にしなくてはならない。

犠牲なしには、誰かを守ることなど出来やしないのだ。

それが、英雄であったとしても。

「アルシェム、貴女…!」

激昂するキリカ。

それを遮るように、ENIGMAが鳴った。

話しを断ち切るためにアルシェムは通話を始める。

「はいアルシェム・シエル…あ、うん。…へぇ?分かった。すぐ向かうよ。」

そのアルシェムのキリカをなめきった態度に、キリカは切れた。

「ふざけるんじゃないわよ…」

だが、その言葉さえもアルシェムは切って捨てた。

「どの口がそれをゆーんだか。退かなきゃ公務執行妨害でしょっぴくよ。」

キリカが言ったところで何の効果もない。

アルシェムからすれば、ふざけているのはキリカなのだから。

「…っく…!」

キリカは、アルシェムを見送ることしか出来なかった。

アルシェムは、それを見越して悠々と支援課ビルへと戻った。




どっかで見たことのある問題ですね。

では、また。

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