雪の軌跡   作:玻璃

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事前準備という名のただの打ち合わせ。
ブツが準備できないからだが。

では、どうぞ。


二日目・事前準備とでもいうべきか。

エステルがロイドを食事に誘った。

瞬間、ヨシュアが阿修羅になった。

「え?」

その雰囲気に気付かずにロイドは首を傾げる。

それに気付いていた他の一同は、事態の収拾に至れずにいた。

…アルシェムを除いて。

「勿論皆が一緒だし誰も仲間外れにもしねーしエステルがそんなつもりで誘ってるわけねーから落ち着いてよヨシュア。」

「は、はは…」

龍老飯店へと向かうと、早速エステルが注文を済ませた。

「済みませーん、お任せコース7人前下さーい!」

「分かったアルねー!」

お任せコース。

それは、アルシェムにとって悪夢のようなコースだった。

食べきれない。

「…エステル。」

「何よアル。文句は受け付けないからね!」

「…ま、いーか。」

残ったらエステルに押し付ければ良い話だ。

そう思っているうちに、1品目がやってきた。

「お待たせアルー!」

看板娘のサンサンは、両腕と頭の上に商品を乗せて来て、机の上に並べた。

「早っ!?」

「まだまだ来るアルよー!」

そう言うサンサンの背後では、怒涛の勢いで調理が進んでいた。

「冷めたら勿体ないし、いただきましょ?」

そのエステルの声で、一同は食べ始めた。

感想を言うならば、絶品。

その一言に尽きた。

…アルシェム以外は。

多すぎて、途中で男性陣とエステルに手伝ってもらいながら何とか食べていく。

料理が中盤に差し掛かったと思われる頃に、エステルは本題を切り出した。

「あ、そうだ皆。」

「何かしら?」

「皆は黒の競売会って知ってる?」

そのエステルの言葉に、アルシェムは背筋が凍る思いをする羽目になった。

また、その単語を聞くなんて。

「黒の競売会…?」

「エステル。この場でするには相応しくねー話だから。」

この場でするには、いささかまずすぎる話だ。

衆人環視の目の前で出来る話ではない。

「…よりによって、何でアルが知ってるのよ?」

いぶかしげな顔でエステルがみて来る。

だけど、アルシェムはそれをエステルにいう気はなかった。

「…割と思い出したくねーんだけど。」

辛うじて、その言葉だけを吐き出して。

「…そんなに?」

「僕でもそんなに情報はないんだけど…」

それは、ないだろう。

アルシェムがこの情報を仕入れたのはヨシュアに再会する前だったのだから。

「…後で支援課に来てよ。そしたら話す。ただ、どこからの情報なのかは…」

「…分かってるわよ、それくらい。」

訳知り顔でそう言うエステル。

だが、その推測は見当違いだ。

だから、教えてやった。

「エステルの想像してることじゃねーから。…8年前の…話、だよ。」

「…!そうか…」

「ごめんね、変な話しちゃって。」

こんな場所で、公には出来ない場所の話をしてしまった。

だから、謝罪した。

「いや、構わないよ。」

それに応えたのは、ヨシュアだけだった。

死んだ空気を生き返らせたのは、ティオだった。

「それより、お2人の活躍を聞きたいです。」

「活躍って…」

「ぼかされて聞かされたことも含めて、説明が欲しいんです。」

それだけで、エステルも察したようだ。

「アルには聞かなかったの?ティオちゃん。」

「ええ。ですけど、エステルさん達から聞きたいと思ったんです。」

「…そっか。」

実際には、アルシェムはティオには何も教えていないのだが。

《リベールの異変》についてエステルが説明を終える。

「そんなことが…」

皆、神妙な面持ちで聞いていた。

だから何だという話ではあるが。

「あの異変ってのはそういうもんだったのかよ…」

「万事解決とはいかなかったんだけどね。頑張ったのはあたし達だけじゃないし、あたし達だけじゃ何も出来なかったとは思う。」

実際に、危なかった場面はいくつかあった。

その度に、アルシェムは先手を打ち続けたのだ。

大体が裏目に出て酷い目に遭ったのだが。

「…で、アルもそこにいたのよね?」

いきなり、矛先がアルシェムに向いた。

「ん、まーね。わたしは引っ掻き回してただけだけど。」

だから、何事もないかのように答える。

気取られてはならない。

「全くよね。」

「でも、どれだけ危険なことをしているかは分かってくれたんじゃねーの?」

「…う゛。」

これ以上、『アルシェム・シエル=□□□□□□』を知られるわけにはいかない。

「無鉄砲、とはもー言わねーけどさ。」

「あ、アルにだけは言われたくないわよ!?」

エステルの抗弁に、それでも抗ってみたくなった。

「…エステル、ヒントあげるよ。」

「何の!?」

だから、アルシェムはそれを口にした。

 

「…わたしはそこにいるべくしていたんだよ。言い換えるなら、わたしはそのときその場所にいなければならなかった。」

 

在るべくして在り、補佐すべくして在った。

だからこそ、エステル・ブライトとヨシュア・ブライトはここにいる。

「…え?」

「まあ、アルなりに考えてたのは分かるけどね…やっぱり無茶だよ。」

だが、ヨシュアはそうはとらなかった。

アルシェム自身が、自らの意志でそこにいたのだと信じていた。

だから、この空気を茶化すために言葉を吐いた。

「ヨシュアにだけは言われたくねーよこのエスコン!」

「エスコンって何さ…」

「エステル・コンプレックス。」

事実だろう。

因みに、亜種としてカリコン(カリン・コンプレックス)とアガコン(アガット・コンプレックス)、エリコン(エリィ・コンプレックス)がある。

「…言えてるかもです。」

「ちょっと!?」

そうして、談笑は続いた。

食事が終わると、一行はそのまま特務支援課へと向かった。

「…で、何の話だっけ?」

アルシェムは、とぼけて話を逸らしにかかるが、もうエステルは誤魔化されてはくれなかった。

「黒の競売会よ、アル。それとあの子の話。」

「…分かった。けどさ、エステル。本当にいーの?」

だから、アルシェムはエステルに覚悟を問うた。

「何がよ?」

「わたしの話なんて聞いたって参考にはならねーわよ?」

詳細を話すわけにはいかない話を、きちんと聞けるのかと。

「それは聞いてから決めるわ。だから、お願い。」

「…仕方ねーな…ちょっと待とーか。」

アルシェムは、そのままダドリーとセルゲイを呼び出した。

この話には、必要不可欠だろうから。

「全く…こんな時間に何だ、シエル。」

「話があるらしいぞ?」

程なくして、ダドリーはやってきた。

「…さて、揃ってくれたね。…うっわー早まったかもマジ精神マッハで死ねるガクブル(笑)」

その場に集まったメンツを見て、冗談ではなくアルシェムは小刻みに震えていた。

人口密度が高いのに加え、男が増えたのだ。

少し、怖かった。

「アル、落ち着いて下さい。」

そこで、ティオが隣に来てくれる。

それで少しは落ち着いたアルシェムが、話し始めた。

「はは…んじゃ、話しますかね。黒の競売会について。」

その言葉だけで、ダドリーは反応した。

「何…!?」

がたん、と立ち上がってアルシェムに近づこうとする。

セルゲイは、座ったままで問いを放った。

「…どこで仕入れた、そんなヤバい話。」

「それは秘密。その場所に言及したくないから聞かないで?」

聞かせても恐らく害はないだろうが、アルシェム自身が話すこと自体を嫌がった。

「…分かった。」

それには納得してくれたようだが、今度はエステル達に不審な目を向けるダドリー。

「それで、何故遊撃士が…」

「元々話を持ち掛けてきたのがエステル達だったから。他言無用ってのも分かってるだろーし、破ったらヨシュアの姉夫婦とカシウス・ブライトに徹底的に叩きのめして貰うから。」

冗談で言ったのだが。

 

「「絶対に止めて!」」

 

真っ青になったブライト暫定夫婦は必死に頼み込んでいた。

「…わ、分かった…」

それに毒気を抜かれたのか、ダドリーは引き下がった。

そして、アルシェムは話し始めた。

「…黒の競売会が初めて開かれたのは、約8年前のことだった。主催者はハルトマンで、場所はミシュラムにあるハルトマン別邸。最初は身内だけでやる小さな集まりだったそーだよ。」

「よりによって議長が…」

エリィが眉をひそめて呟く。

このクロスベルでやる以上、一番安全な無法地帯を作り出せるのは彼だ。

「それでも、たくさんの人が集まるようになって…違法性の高い物品が増えてきて。その頃から噂になってたんだと思うよ?ルバーチェも派手に噛んでるみてーだし。」

「ルバーチェもか…」

今度は、ダドリーが苦虫をかみつぶしたかのような顔で俯く。

「その競売会に参加する方法はただ1つ。黒地に金薔薇の紋が描かれた招待状を手に入れること。」

そこまで説明し終えたときに、エステルが声を上げた。

「…どうやったら手に入るかな?」

「エステル、行きてーの?」

それが、興味本位ではないことを祈るが。

「うーん…見ておいた方が良いかなって。」

「俺も行ければ見ておきたいとは思うけど…」

恐らくは、何とかしたいと思っているのだろう。

ならば、何とかする方法を教えるしかない。

「ロイドもか…勿論、一課も行きてーですよね?」

「無論だ。」

神妙にうなずいたダドリーにも、分かりやすく説明するしかない。

「招待状を手に入れるのは至難の業なんですよね。まず、1つ目の方法。これが一番簡単だよ。エリィがマリアベル・クロイスに頼む。」

それを聞いたエリィは、ショックを受けたような顔で叫んだ。

「え、ベルに!?」

「何故クロイスが…?」

いや、少し考えればわかるだろう。

そう思いながらアルシェムは説明を補足した。

「ミシュラムの開発をしたのがIBCだから。可能性は低くねーはずだよ。ただ、難点は連れていけるのが男性陣だけってこと。これにマリアベル嬢が難色を示すかもってことくらいかな?」

「た、確かに…」

アルシェムは伝え聞いただけだが、女性陣は兎も角男性陣はマリアベルの目に叶わなかったようだから。

「2つ目。これは一課か二課にしか出来ない。帝国系議員を摘発して押収する。」

「それは汚職だ、シエル。」

一発で切り捨てられるあたり、クロスベルは穢れきっているとみても良い。

「あ、やっぱり?んじゃ、3つ目。これは一課か二課以外にしか出来ねー方法。あの子から貰い受ける。あの子の同伴なら誰でもいけるかな。」

「あの子…?」

「誰なんだ、それは?」

ロイド達には分からないだろうが、エステル達には分かる。

だからこそ、エステルはそれを断った。

「…ごめん、アル。それは…」

「ま、無理だよね。んじゃ4つ目。これが出来るのはわたしかヨシュアか…ランディ。ただし、それをやると戻れなくなる。」

それは、やってはいけない最後の方法でもある。

「え?」

「昔の立場を利用する。」

そう、言い終わらないうちにヨシュアがアルシェムを締め上げていた。

「アル、それをやらせたら君を軽蔑する。」

「…落ち着いてよ、ヨシュア。やれとは言ってねーから。」

「だとしても、悪質すぎる…!」

ヨシュアは、魔眼を使いながら殺気を振りまいた。

馬鹿か。

「ま、ランディにもやらせねーからね。これで方法は限られた訳だ。」

「…そうね。」

そこで、漸くヨシュアはアルシェムを解放した。

ダドリーが思案しながら言葉を漏らす。

「まずは、マリアベル嬢に依頼することだな…」

阿呆か。

「あ、この場合ダドリー捜査官は抜きだよ?」

「何故だ!?」

何故か。

それは自分の胸の内に聞いてほしい。

「目つきが鋭すぎる。ガタイが良すぎる。割と有名で潜入には全く向かねー。」

「…くっ…」

「ま、そーゆー意味ではエリィもヤバいしランディもヤバいよね。」

エリィはある意味顔を知られているといっても過言ではない。

そして、ランディは…

言わずもがな、彼が『ランドルフ・オルランド』である以上、不可能なことだ。

「私は分かるけど…」

「…チ、そういうことかよ。」

ランディも納得したようだ。

「戦力的にはとってもほしーんだけどね。」

「待て、なら遊撃士2人はどうなんだ!?」

ダドリーがかみつくが、彼には出来ない方法がエステル達には使えるのをお忘れではないだろうか。

「ヨシュアは女装すれば化けるから。」

「ちょっと!?」

女装ヨシュアをもう一度見たいというのもある。

いや、冗談だが。

「エステルは多分髪型と服装変えたら割と美人になるよ?」

「う゛…」

エステルに関しては淑女にするだけでなく紳士にする方法が残っている。

「ティオは猫耳センサーを何かでカモフラージュして髪型変えたら何とかなるし…」

「ね、猫耳じゃないんですっ!」

どう見ても猫耳だと思うが。

そこで話を切ろうとするが…

「ま、このメンツなら大体…」

「俺はどうなんだよ!?」

今度はロイドがかみついてきた。

なので、適当に返す。

「スーツ着とけば?」

「扱いが雑い…」

その後、細々とした打ち合わせを経て解散した。

アルシェムは、早々に自室に戻った。

そうしなければ、精神的にもつ自信がなかったからだ。

すると、扉がノックされた。

「はいはい、何?」

「入って良いかよ?」

それは、ランディだった。

今は、少し勘弁してほしかったので茶化してみる。

「夜中に女子の部屋訪ねたらマズいんじゃねーの?」

「…真面目な話だ。」

ランディの声色に、真剣なものを感じたので通さないわけにはいかなくなった。

「…入って。」

そして、アルシェムはランディを招き入れた。

入ってくるなり、ランディは部屋の中を見回して口笛を吹く。

ランディからすれば、どこぞの職人の部屋に見えたのだろう。

「…すげぇ部屋だな。」

「あんまり余裕がねーから手短にしてくれる?」

そう言うと、ランディは単刀直入に言った。

「ああ。…何で、俺が裏の人間だったって知ってる?」

「あー、そのことか。…ちょっと前に、共和国でバルドルに会ったから。」

アルシェムの言葉に、ランディは驚愕した。

「な…親父にだと!?」

「そ。それ以外に根拠も証拠もねーよ。」

「だが、これ以上ねぇ証拠だもんな…分かった。その上で聞かせろ。お前は一体…何者なんだ?」

ランディは、漏れ出る殺気を抑えきれずに言った。

アルシェムは、それに応えられなかった。

「わたし?わたしは…さー、何者だろーね。」

「ごまかすつもりかよ?」

「実際にわたしが何者なのか知らねーんだよ。暫くしたら、きっと分かるんだろーけどね。」

今は、まだ明かすことが出来ない。

明かすわけにはいかない。

「…昔は裏の人間だったんだろ?」

「ん…まーね。不本意だったけど。」

「今は戻るつもりはないんだよな?」

いっそ、執拗なまでの尋問にアルシェムは目を細めて言った。

「何?尋問のつもりかな?」

「違う。さっきお前、ヨシュアと俺は除外したくせにお前自身は否定しなかったろ?」

ああ、そのことか。

そう、呟いて。

アルシェムは感情を乗せずに言った。

「手段として残してるだけだよ。」

だが、ランディはその言葉を額面通りに捉えなかった。

「表に出たかったからここにいるんじゃないのかよ…!こんなことで捨てる気かよ!?そんな簡単に捨てられるものだったのか!?」

アルシェムの胸ぐらをつかんだランディは、思いっきり自分の方へと引き寄せた。

何も知らない人が今の瞬間を目撃していたとしたら、こういうだろう。

キス寸前。

もしくは、リア充爆発しろ。

だが、アルシェムの心中は穏やかではなかった。

別の意味で。

「ランディ、近い。」

「今はそんなこと気にしてる場合、じゃ…」

ランディも、言葉の途中で気付いたようだった。

アルシェムの身体が小刻みに震えている。

それを見せつけるかのように、アルシェムはランディに自らの右手を見せた。

「…頼むよ、ランディ。強がっていられない。」

「…悪ぃ。」

そこで、ゆっくりと降ろしてくれるランディ。

だから、アルシェムはその甘さを評して教えることにした。

「…ま、でも最終手段ではあるし…あんまりやる気もねーから。」

「…そうか。悪かったな、いきなり押し掛けて。」

「んにゃ、気になったんなら確かめた方がいーからね。」

そこで話が途切れ。

そして、その場はお開きとなった。

「お休み。」

「ん、お休み。」

ランディが、扉を閉めて。

階下に降りたのを気配で確認したアルシェムはその場に座り込んだ。

「…っ、あー…無茶しすぎ、だよねー…」

アルシェムは、そのまま空が明るくなるまで動くことが出来なかった。

それほどまでに、気持ちの整理が出来なかった。




黒の競売会って結構迂闊ですよね。
身分証明書なんか出させたら信用にかかわるけど出させないとネズミを呼び込めるんですし。

では、また。

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