雪の軌跡   作:玻璃

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喧嘩の内容が変わります。

では、どうぞ。


二日目・盛り上がらないケンカ。

見回りを始めたアルシェムは、湾岸区へとたどり着くや否や叫ぶ羽目になった。

「って、こらー!」

アルシェムの視界の先には、喧嘩を始めようとする不良達がいた。

「え?」

「あん?」

「何やろーとしてんのあんた達!?」

アルシェムの叫びに、周囲は沈黙する。

「え、祭りを盛り上げようとけ…交流試合を…」

「バカ、真面目に答えるな!」

言い訳が、やけにむなしく聞こえたのは気のせいではない。

「場所を考えよーね。せめて邪魔になんねーとこでやんなさい。」

「つべこべ言われる筋合いは…」

口答えしそうだったので、笑顔で威圧する。

「…何か言った?」

「邪魔すん…」

それでも怯まない奴には、殺気も若干混ぜてやった。

「何か言ったかな?」

すると、やっと全員引き下がってくれた。

最初から下がっていれば良いものを。

「…な、何でもありません…」

「よし、じゃーまず旧市街に行く!」

ビッ、と旧市街の方を指さしてやれば、一糸乱れぬ動きで不良達は駆けて行った。

「アイマム!」

「Ja!」

もう少し仲良くしてくれれば良いのに。

そう、思った。

そこに、エステルが現れた。

「…アル、あんたね…」

「あ、エステル。」

くるん、と振り向けば、若干怒り気味のエステルがいた。

「あ、エステルじゃないわよ!?」

「何でそんなに統率出来るの…」

ヨシュアが疲れたように言う。

「…嫌われ者だから、かな?」

嫌われ者だから、逆に離れたくなる。

その心理をアルシェムは利用したつもりだった。

「は?」

「ほら、見届けるなら旧市街行くよエステル。…お騒がせしました。どーぞ今後もクロスベル創立記念祭をお楽しみ下さいませ。」

周囲にいた観光客に、優雅に礼をしてその場からアルシェムは去った。

旧市街へと向かうと、不良達がまた喧嘩を始めようとしていた。

「んじゃあ、気を取り直して…」

「って、待ちなさいよ!?喧嘩を止めなさいって!?」

その光景を見たエステルが止めに入るが…

「あんだと?」

「あのなあ、遊撃士の姉ちゃん。俺達は祭りを盛り上げようとしてるんだよ。」

と言うので、エステルは正論をぶち当てた。

「喧嘩で盛り上がるのはあんた達だけでしょ?」

「み、見てれば興奮するじゃねえか!?」

そこは問題ではないのだが、それはさておき。

「そりゃあ、あたしはするかも知れないけどね。他の人がそうだとは限らないでしょ?」

「ぐ…」

代案を出そうにも、エステルが思いついているとは思わなかったのでアルシェムは1つ提案をすることにした。

「じゃー、喧嘩じゃねーのにすりゃーいーんじゃねーの?」

「へえ…?」

「喧嘩じゃないのって…何するつもりなんだい、アル?」

喧嘩ではなく、争うもの。

そして、勝ち負けがはっきりするものにした方が望ましい。

「そーだね…」

何にするか、と考え込んだところでロイド達が駆けて来るのが見えた。

「おーい、アル!」

息を切らしてアルシェムの前にたどり着いた特務支援課を、アルシェムは一喝した。

「通報から駆けつけるまでがおせーのよ!」

いくら徒歩とはいえ、人探しにどれだけの時間をかけていることやら。

「う…」

「あの医者に乗せられてなけりゃここまでは遅くならなかったんだがな…」

「全くです。」

一体誰を探していたのかが気になるところではあるが、アルシェムはそれを務めて意識しないようにしていた。

意識してしまえば終わってしまう気がしたから。

「…ねえ、決まってるなら教えなよ。」

そこで、ワジが何で争うのかを決めろと催促してきた。

「あー、うん。サーベルバイパーとテスタメンツチーム対若手遊撃士対特務支援課で腕相撲大会、とかどー?」

「ふ、ふざけるな…!僕達は自慢じゃないが腕力は…」

「腕相撲に重要なのは駆け引きだよ。力もいるけどね。戦力的にはきちんと分配したつもりだよ?」

戦力的には、だ。

サーベルバイパーとテスタメンツを合同チームにしたのは、少しでも仲良くして貰う為でもある。

対するエステル達が不利にも見えるが、これは逆にこれくらい出来なくてどうする、という挑発でもある。

「…フン。」

「ま、やってみようか。」

ヴァルドとワジが納得してくれたところで、唯一のハンデを公開する。

「因みに、わたしは審判で抜けるからね?」

「…言い出しっぺが抜けちゃうの?」

エステルがいぶかしげな顔をするが、まさかアルシェムに勝てる気でいたのだろうか。

「だってエステル。今のわたしに勝てるのは本気を出したヴァルターくらいだよ?」

「…抜けて正解ね…」

深刻そうに考えるエステルを尻目に、アルシェムは試合を開始した。

「じゃ、始めよーか。まずは第一戦、特務支援課からエリィ。遊撃士からヨシュア。はい、頑張って。」

「宜しくお願いします。」

「お手柔らかに…」

因みに、周囲の予想は「ヨシュアが勝つ」の一択だった。

「よーい、始め!」

だが、その予想は一瞬で裏切られることになる。

「痛っ!?」

ヨシュアがエリィの手を握った瞬間。

エリィは大げさに顔をしかめて見せた。

「うわっ、ご、ごめん…」

ヨシュアが怯んだ隙に…

「えい。」

「え…」

エリィは、見事にヨシュアを出し抜いてみせた。

「はい、エリィの勝ち。…ね?腕力だけじゃねーでしょ?」

「た、確かに…」

「…悪女です。」

「さ、作戦勝ちって言って頂戴!?」

作戦勝ち、というかそれ以外に勝ち方がなかっただけともいうのだが。

恐らく、後でヨシュアはエステルに扱かれるだろう。

色んな意味で。

「はいはい。次、エリィへの挑戦者は?」

サーベルバイパーとテスタメンツから人員を募れば、ワジが動いた。

「…行きなよアゼル。」

「いっ!?わ、分かった。」

そうして、アゼルが出て来た。

この男、以前にルバーチェにボコられた過去をもつ。

以前よりも強くなろうと努力してはいたのだろう。

以前よりは、筋肉がついていた。

「はい、第二戦、エリィ対テスタメンツのアゼル。よーい、始め!」

アゼルは、呪文を唱え始めた。

「騙されない、騙されない、騙されない…」

それは、エリィに騙されないためであったのだが…

「あの。」

アゼルはまだ気が付かない。

呪文を唱えるのに必死になりすぎて…

「騙されない、騙されない…」

「あの?」

「終わってるよ?アゼル君。」

既に、自分が負けていることに。

「ハッ!?ゆ、油断した…」

「アハハハ!盛大な自爆だね!」

「す、済まん…」

アゼルは、女に負けたというショックとワジに笑われるというお仕置きを受け取った。

「まあまあ、仇はサーベルバイパーが取ってくれるさ。今は雌伏の時だよ。」

ワジがそう言うので、次はエステルにしようと思っていたアルシェムはサーベルバイパーんおメンバーを募ることにした。

「はい、サーベルバイパーさん達は誰が出るのかな?」

そこに、目を爛々と輝かせた男が名乗り出た。

「ヴァルドさん!」

「何だ?」

「オレに秘策があります!」

名は、コウキ。

ある意味で最強の秘策を思いついていたコウキは、自信満々に進み出る。

「よし行け。」

ヴァルドに背を押され、コウキはエリィの前に立った。

「はい、第三戦、エリィ対サーベルバイパーのコウキ。よーい、始め!」

エリィと腕相撲を始めて。

負けそうになったその瞬間だった。

 

「おっぱいぱい!おっぱいぱい!おっぱいおっぱいおっぱいぱい!」

 

コウキは叫んだ。

羞恥心を犠牲にして。

そして、それは成功してしまった。

「ちょっ!?」

一瞬で茹蛸のようになったエリィは、思わず力を緩めてしまったのだ。

そして、その隙を突いたコウキは見事に勝ち抜いた。

「はい、コウキの勝ち。」

駆って手に入れたのは女性からの非難の目ではあったが、それでも勝ちは勝ちである。

「…破廉恥です…」

「秘策と言え秘策と!」

ここで割とあっさりとエリィが負けてしまったために、リベンジとして特務支援課を出すことにした。

エステルの出番はまだである。

「…さーて、次は特務支援課から出そーか。んじゃロイド。」

「おいおい…」

あまりの適当さに、ロイドはあきれながら進み出る。

そして、ロイドとコウキは組み合った。

「第四戦、コウキ対ロイド。よーい、始め!」

始まったその瞬間。

「お前の兄ちゃん出臍ー!」

コウキは叫んだ。

ロイドにはある意味禁句な言葉を。

「流石にそれはないかな…」

ロイドは、額に怒りのマークを浮かべながら一瞬でコウキを負かした。

「はい、勝者ロイドね。」

取り敢えず落ち着かせるために、次の相手はエステルにしよう。

アルシェムはそう思った。

「策士(笑)敗れたり、だな。」

「すんません、ヴァルドさんっ!」

コウキはヴァルドに平謝りしている。

「…後で鍛え直してやる。」

「はいっ!」

だが、思いがけなくご褒美がもらえるので喜んだ。

コウキにとってヴァルドの「鍛えなおす」はご褒美である。

「次は第五戦、ロイド対遊撃士エステル。」

「まあ、あたしよね。」

調子に乗ったエステルは怖い。

これは怖い。

「じゃあ、始め!」

合図をしたその瞬間。

使っていた台座が轟音を立てた。

「な…」

見れば、台座がへこんでいる。

「楽勝楽勝♪」

ロイドの手はへこんでいないか確かめてみたが、そこらへんはきちんとやったようだった。

「手加減してよ、バカエステル…」

「あ、あんですってー!?」

台座をひっくり返して、気を取り直して腕相撲を続ける。

そのまま、エステルは第六戦、第七戦を勝ち抜いた。

このままでは戦意の低下も否めない。

「ふふ~ん、どんなもんよ!」

ない胸を張って、無邪気に笑うエステル。

因みに、ヨシュアはそれを見ながら悶々と考え込んでいるのだがそれはさておき。

「…つ、強え…」

「本当に女かよ…」

エステルは、サーベルバイパーとテスタメンツの両者から女扱いされなくなったのだが。

「何か言った?」

エステルは、にっこりと威圧する笑みで黙らせた。

「ないです、姐さん!」

びしぃっと、不良達がエステルに敬礼した。

そんなに怖かったのだろうか。

「宜しい。」

「て、手懐けやがった…」

「流石です…」

子供にはなつかれやすいエステルだが、不良にもなつかれるとは。

そこまで考えて、アルシェムは考え直した。

 

そう言えば《レイヴン》も更生させていたな、と。

 

ある意味、特技でもあるのだろうと結論付けるアルシェムだった。

「はい、第八戦、エステル対ティオ!」

ただ、そろそろエステルの連勝を止めなければならない。

「…お手柔らかにお願いします。」

なので、ティオを出した。

因みに、ランディは規格外なので出すつもりはない。

「あはは…」

「ティオ、エステルを止めてやって?」

「え゛っ…」

そう、エステルに心理的なダメージを与える。

「分かりました。」

「んじゃ、始め!」

その瞬間。

エステルとティオが同時に力を入れて、そのまま拮抗した。

だが。

 

「このバカップル。リア充すぎて目に毒なので爆発して下さい。」

 

ティオの口撃によって、エステルは赤面した。

「ふえっ!?」

そして、再び鳴り響く轟音。

「…ざわ…ざわ…」

勝ったのは、ティオだった。

「か、勝ちやがった…」

「頭脳戦…」

「というか、口撃だよな?アレ…」

ティオが行ったのは、口撃だけではない。

単純な腕力だけならば、ティオはエステルに匹敵していた。

「はい、んじゃ次は…」

不良から選ぼうとして、見回すと…

「待て。俺にやらせろ。」

ヴァルドが進み出て来た。

「アハハ、良いんじゃない?」

ワジも笑って見てはいるが、どう見てもイケナイ構図である。

「…分かった。じゃ、第九戦、ティオ対ヴァルド。」

「叩き潰してやるぜ…」

「え、お手柔らかに…」

間違いなくひねりつぶされるのはティオであろう。

この場にいたほとんど全員が、そう思った。

「はい、始め!」

そして。

ティオは、ヴァルドが力を入れる直前に叫んだ。

「このツンデレ!たまにはデレツンになって下さい!デレツンツン!デレツンツン!」

「お前の中の俺のイメージって何だよ!?」

思わず突っ込んだその隙に、ティオはヴァルドを打倒していた。

「はい、ティオの勝ちー。」

周囲が湧くかと思われたが、逆に静まり返っていた。

「ノリノリだな…」

「割と強い…」

「腕力で勝つんじゃなくて良かったわ…」

はっきり言うならば、引いたのである。

それはもう盛大に。

まさか、ヴァルドが小娘にやられるとは思ってもみなかったのだろう。

「残念、エリィじゃティオには勝てねーよ?」

「…そ、そう…?」

そろそろ日も暮れてきたので、アルシェムは勝手に終わろうと考えていた。

「んじゃあ最終戦かな。ティオ対ワジ。」

「ふふ、お手柔らかにね。」

「こちらこそ、です。」

誰からの突っ込むもなかったのでこれ幸いと、アルシェムは続けた。

「んじゃあ最終戦、泣いても笑ってもこれで終わり。じゃ…始め!」

そうして。

ワジとティオが同時に力を入れた。

続く拮抗。

それに耐えかねたのか、ワジが口を開いた。

「ねえ、負けてくれたらみっしぃストラップあげるよ?ミシュラムの限定の。」

しかも、買収を図るという方法で。

「な…」

それに心を揺られたのか、ティオの力が抜ける。

「ああっ、ティオちゃん!?」

だが、まだ負けてはいない。

なので、この場だけの嘘をティオは吐くことにした。

「…ワジさん。負けていただけたら貴男の秘密、公開しませんよ?」

「え?」

ワジが、目を見開いて硬直する。

「…ワジ…!」

それを、アッバスは名を呼ぶことで我に返らせた。

「…へえ?そう…?」

「ええ、ですから…」

これ以上言われてはたまらないと、ワジは最終手段に出た。

「…みししっ。」

完全な声マネ。

そして、ティオはつられた。

 

「みっしぃっ!今会いに行きます!」

 

全身に力が入り、ワジを敗北させるという意味で。

「…えっ。」

どう見ても、ティオの勝ちだった。

ただ、誰も信じられなかっただけで。

アルシェムも、それを最初は信じていなかった。

だが、目の前にある事実をそのまま告げた。

「…え?…ティオの勝ちー。」

それを皮切りにして、周囲がざわめきだした。

「…さ、策士策に溺れたわよ…!?」

「最強なのはティオのみっしぃ愛か…」

それに、一同が首肯した。

ここに、ティオのみっしぃ好きは公認となった。

「割と可愛いわよね、みっしぃ。」

「あ、あはは…」

これでお開き、という雰囲気にはなっていたのだが、景品がないのは頂けない。

「ロイド、一瞬任せた。」

「は?」

なので、アルシェムは景品を買いに走った。

アルカンシェル前の売店で人数分のアイスを買い、百貨店でティオが持っていなかったはずのみっしぃグッズを買い込む。

「お待たせ。」

「ちょっ、アルお前それどう持ってるんだよ!?」

今のアルシェムの状態はというと、両手の指の間に2本ずつアイスが挟まれており。

そして、肩からはみっしぃがのぞいているという不思議状態だった。

「突っ込み禁止ね。はい、早いもん勝ちだーよっと。」

そう言った瞬間。

アイスは、あっという間に取りつくされた。

「さ、流石だね…」

美味しいものには目がないようだ。

「旨い!」

皆が舌鼓を打っている中で、ワジが近づいてきた。

「…アルシェムだっけ。はい、お代。」

ミラを差し出すワジ。

だが、アルシェムはそれを断った。

「面倒を持ち込んだ代だし、いらねーから。職務じゃなくて個人だしね。気にしねーで?」

「…分かったよ。」

そう言っているにも関わらず、お金を出そうとする空気の読めない男が1人。

「だからヨシュア、こっそり財布抜き取ろーとするのもミラを滑り込ませよーとするのも止めよーね?」

「…何のことかな?」

にっこりと笑っているが、目が笑っていない。

「手癖悪いのは宜しくねーっつってんの。遊撃士でしょーが!」

その言葉の意味に気付いたのか、ヨシュアは反省し始めた。

「…そうだね、ごめん。」

「全くもー…」

そこで、思い思いに解散と相成った。

だが、エステル達はそうはいかなかった。

「あ、ロイド君。」

「何かな?エステル。」

エステルは、爆弾発言を投下した。

「良かったら食事に行かない?」




爆弾投下。
次回、ヨシュアが暴走する!
…むろん冗談です。

では、また。

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