雪の軌跡 作:玻璃
では、どうぞ。
アルシェムが意識を取り戻したのは、次の日の朝だった。
「…暗く…て…碧い…嫌…な、色…」
いやな夢を打ち砕いて起こしてくれたのは、ティオだった。
「アル、起きて下さい、アル!」
「…ティ、オ…?」
はっきりしない頭で、ティオの声にこたえる。
「どこかに行ってるんじゃなかったんですか!?」
「…今、何時?」
いやに明るい。
そう思って顔を上げれば、朝で驚いた。
「何言ってるんですか、今日はプレ公演の日ですよ!?」
「…まだ、始まってねーよね?」
二度驚いて、恐る恐る聞けば、望む答えが返ってきた。
「はい、ですが時間の問題です。」
「…分かった、すぐ行くよ。」
起き上がって、準備をして部屋を出ようとすれば、ティオの心配そうな声が聞こえた。
「…アル、何かありましたか?」
その問いに答えるのも、簡単だったはず。
「…ん、大丈夫だよ?」
だが、アルシェムは隠すことを選んだ。
「…嘘ですね。顔が真っ青です。後、反応が鈍すぎです。」
ばれていたようだが。
「…バレる、か…」
「…何があったんですか…?」
「今日が終わって、心の整理がついたら話すよ。」
きっと、果たさない約束。
「約束ですよ?」
「…うん。」
ティオのために隠すべきだろう。
「今日は寝てますか?」
「ん、どっちかってーと精神的なものだからさ、行くよ。」
「分かりました。」
下へと降りれば、皆の心配そうな顔が並んでいた。
「お早う、アル。」
「ん、おはよー、エリィ。今日はどんな感じでアルカンシェルに乗り込む?」
そう、いたずらっぽく言えば皆は驚いていた。
「え…」
「察しが良さ過ぎだぜ。」
「俺とエリィが中、ティオとランディが外だ。アルはどうする?」
ということは、気づいていないわけだ。
「んー…念のためにマクダエル市長の警護かな。」
「え、でも…」
認めてくれるはずがない?
それは、アルシェムには関係なかった。
「他の警護に見つかる心配はいらねーよ?」
「え、何で?」
「ENIGMA駆動…ホロウスフィア。」
こういう使い方をすべきだろう。
このアーツは。
「な、成る程な…」
「そーゆーわけで、行こっか?」
「ああ。」
アルカンシェルへと向かい、深呼吸をして。
「じゃあ、手筈通りに。」
「ああ。」
アルシェムは、ホロウスフィアで隠れつつ隠形を使って市長の側へと向かった。
終幕直前までは、何も起こらなかった。
「…な…ぐっ!?」
言い換えるならば、終幕直前に、それは起こった。
「何…あ、アーネスト君!?」
「静かにして貰えませんか?市長。」
「…殺してはいないだろうね?」
ここで冷静になれるのは流石、といったところか。
「勿論ですよ。私が欲しいのは貴男の命だけです。」
「…そうか…何故、と聞いても無駄なのだろうね。」
きっと、気づけなかったからいけなかったのだと。
信じすぎていたのが悪かったのだと。
市長は悟っていた。
「分かっているなら聞かないで欲しいですね。さあ…最期の時間ですよ…っ!?」
振り上げられたナイフは、しかしアルシェムに止められていた。
「アーネスト・ライズ。止めたら?今ならまだ間に合うよ?」
「貴様は…!何故生きている!?」
ひどいものだ。
これでも、誰よりもあの薬を摂取してきたと豪語できる。
あれしきで、死ぬわけがないのだ。
「勝手に殺さねーでよね。」
「くっ…」
「市長は、殺させねーよ。」
そう言って市長の前に立ちふさがるが、アーネストはそれには構うことなく襲い掛かってこようとした。
「ならば、貴様諸共殺すまで!」
「へー?欲しーのは市長の命だけじゃねーの?」
「…煩い!死ねっ!」
アーネストのナイフとアルシェムの持つ半分の長さの棒術具が拮抗する。
組み立てている時間がなかったのだ。
「…っ、市長…逃げられる?」
この拮抗は長くは続かない。
だが、保たせることに意味はある。
「…済まん、足を捻ってしまってな…」
「…なら、気付くまで足止めかな。」
「誰が気付くと言うのかね?」
そう揶揄するように問いかけてくるアーネストの顔は、ひどく歪んでいた。
「さあ、ね。一課が気付けば儲けものかな。」
「いつまでも君がナイフを止めていられると思っているのは間違いだよ。」
横目でアーネストが一課の配置を確認した。
「…分かってるよ。だから、気づいて欲しーの。」
一課は、まだ動かない。
「アルシェム君、だったか…逃げたまえ。これは私の…」
市長がそういうが、アルシェムは止まるわけにはいかないのだ。
「逃げるわけにはいかねー…コイツを、逃がすわけにはいかねーの。」
今ここで逃がしてしまえば、奴に追及する手掛かりが失われてしまう。
今はまだ、逃がすわけにはいかないから。
「だが…」
周囲を警戒しながら、アルシェムはアーネストに問うた。
「ねー、アーネスト。あんた、誰に媚び売ったの?」
「分かっているのだろう?」
「ハルトマンの変態。」
わざと怯ませるような言い方をすれば、案の定乗ってくれた。
「へ、変態?」
「く、せやぁ!」
思いっきり回し蹴りをかまして、ナイフをへし折る。
だが、アーネストはさして気にしていないようだった。
その、理由は。
「ふ…ふははは…」
アーネストが懐から取り出したものにあった。
「…ち、やっちゃったか…!」
それは、拳銃。
それに警戒していたのに。
「市長!」
「な、何だこの状況は!?」
そこに、ロイド達が駆け込んできた。
タイミング的には最悪に近い。
「ロイド、エリィ!ダドリー捜査官も!市長の安全確保!」
「え…」
「指図をするな!」
そう。
ロイド達は、確かに市長の安全を確保した。
市長の安全は、だ。
その代わり、アルシェムは人質として捕まっていた。
「…アーネスト。流石に残念だよ。何でよりによってこのわたしを人質にするかな?」
まあ、それすらも意味のない事柄ではあるが。
「く…くっくっく…何が残念なのかねっ!?」
アルシェムは、アーネストの腕を極めて誰もいない方向に投げ飛ばした。
「…投げやすいもん。はい、動かねーでよ?」
そして、のしかかって取り押さえるが…
これが、失敗だった。
「…これしき!」
アーネストは、アルシェムを弾き飛ばして抱えなおした。
「な…っく!」
そして、そのまま逃走。
「アル!?」
「ロイド達、早く来て!エリィ、市長をお願い!」
その状態でも、アルシェムは指示を出す。
「分かった!」
「言われずとも!」
まあ、首を絞められかけたが。
「うわー、早いー。ぎゃー。」
アルカンシェルから外へと、アーネストは飛び出して…
「オラァ!」
「ぎゃあ!」
アルシェムごと、アーネストを地面にたたきつけた。
「ナイス、ランディ!」
「…このっ!」
アーネストが立ち上がる。
と、同時にこぶしを握り締めかけた。
「はがっ…!」
出来なかったのは、アルシェムの首が挟まっていたからだ。
「アル!?」
「し…締まる締まる…!し、死ぬから…けほっ…」
その言葉を尻目に、アーネストは再びアルシェムを抱えて駆けだした。
「待ちやがれ!」
市街地へと入るが、スピードは落ちない。
「…まだだ…まだ終わってない…!」
そう、嘯きながら。
「いーや、終わりだよアーネスト。」
だが、アルシェムはそれが終わりであると知っていた。
「ふざけた口をきくな…!」
首を絞められながら、アルシェムはその言葉を吐き出す。
「ぐっ、だ…だって…もー、逃げ道ねーもん…」
「戯れ言を!」
そこに、彼がいたから。
だから、アルシェムは終わりだと理解していたのだ。
「ツァイト!」
アルシェムが叫んだ瞬間、ツァイトがアーネストに襲い掛かった。
「がうがうっ!」
「な…うわぁぁっ!?」
ツァイトに引き倒されるアーネスト。
流石にこれは怖い。
「わふっ…わふわふっ。」
ツァイトが、ご無事ですかとアルシェムに問いかけた。
「あ、うん大丈夫。怪我はねーからね。」
「わふっ…」
それに応えると、良かった、と返してくれた。
気にする必要など、ないというのに。
「あ、ランディ、ティオ。確保して?流石にこれ以上は嫌だし。」
追いついてきたランディとティオに後は任せて。
「分かりました。」
「やれやれ、手間かけさせてくれるぜ…」
そして、アーネスト・ライズ元市長秘書は逮捕された。
「…あー…疲れた、なー…」
安心したら、一気に気が抜けた。
「おわっ…大丈夫かよ!?」
アルシェムは、その場にへたり込んでしまう。
「色々考え詰めてたから、寝てねーの…」
「おいおい…」
「ぱたんきゅーしていー?」
もう、持ちそうにないから。
アルシェムは、その言葉の半分くらいで意識を失っていた。
「ああ。」
「ありがとー…」
だから、この返事は反射だった。
やりすぎ感半端ない。
でも後悔はしていない。
では、また。