雪の軌跡 作:玻璃
どの辺が伝説なんでしょうね、この人。
では、どうぞ。
支援課ビルの前まで来たアルシェムは、その気配に気づいていた。
「…まさか。」
とても懐かしい気配。
だが、逢うわけにもいかない気配。
会ったとしても、シエルではなくアルシェムなのだと信じさせなければならない。
「?どうかしたんですか?アル。」
「んにゃ、別に何も。」
動揺していたのもある。
狙っていたのもある。
兎に角、結果としてアルシェムはENIGMAを落とした。
「アル、落としてますよ。」
それも、派手に。
早急に修理する必要があった。
そういう、口実だった。
「うわちゃー…裏口から回って直してくるよ。」
裏口から回り、自室へと戻ったアルシェムは再び気配を探った。
「…やっぱり、か。」
何回確かめても、同じだった。
手早くENIGMAを直し、下へと降りる。
「お願い出来ませんか?」
降りた瞬間、そう紫色の髪の少女は告げた。
「ああ、そういうことなら…アルもそれで良いよな?」
さも聞いていたのが当然のように言うロイド。
だから無理だと。
「あのさ、ロイド?流石に今降りてきたとこで何にも把握出来てねーから分かんねーんだけど?」
「要約すると、アルカンシェルのスター、イリア・プラティエに届いた脅迫状についての相談を大型新人にして依頼人リーシャちゃんが持ってきたってわけだ。」
ロイドに聞いたはずなのに、何故かランディが答えてくれた。
解せぬ。
「脅迫状、ねー。」
そんなアルシェムを見たリーシャが、言葉を発した。
「あ、あの…それと、これは依頼でなくてお願いなんですが…」
「何でしょうか?」
少しだけ躊躇って。
それでも、確かめなければならないという意思を閃かせて。
リーシャは、問うた。
「…心当たりがあれば、で構いません。…エル、という名の女性を知りませんか?」
それを、知らなければならないのだと。
アルシェムの気持ちも知らずに。
「俺は知らないけど…皆は?」
「俺も知らねえぜ。」
「私もよ。」
無論、この3人は知らないだろう。
昔のアルシェムに会ったことのある人物は…
「…あの。」
この中では、ティオだけだ。
「ティオちゃん…?」
「探せば、いくらでもエルという方は見つかるかと思います。どんな方ですか?」
それは、ティオ自身が乗り越えたこと。
ティオを精神的に救った『シエル』。
ティオを肉体的に救った『エル』。
その、『2』人との再会。
「…とても綺麗な銀色の髪が特徴的で、もしも今生きているのなら…恐らく、ロイドさんくらいの年齢だと思います。」
リーシャ・マオが探しているのは、まぎれもなくアルシェム・シエルだった。
だけど、言わない。
「エル、じゃなくてアルの可能性は?」
言えない。
言わせない。
「バカなこと言わねーの、ロイド。確かにわたしは銀髪だけどさー。それより、立ち入った質問かもだけど、リーシャさん。生きているのなら、ってどーゆーこと?」
だから、わざと答えられない質問をぶつけた。
「…それは…」
「…やっぱ止めとく。いーにくいんだろーし。」
わざと、恩を売って。
それ以上、考えないように。
「…ありがとうございます。…兎に角、皆さん。一度アルカンシェルまで来ていただけませんか?」
「ああ。」
「ありがとうございます!…あ、そろそろ行かなくちゃ…済みません、失礼しますっ!」
逃げるように、リーシャは去っていった。
「と、兎に角行こうか。」
「そうだな。」
特務支援課の一行は、そのまま歓楽街へと向かった。
すると、アルカンシェルから見覚えのある男性が青年を伴って出て来た。
「…おや?」
「…あれは、もしかしてマクダエル市長では?」
こちらが気付くとほぼ同時に、あちらも気づいたようだ。
「え、マクダエルって…」
「おや、エリィお嬢さん!」
そう叫んで、アーネストと呼ばれた童顔の男性は初老の男性を連れて駆け寄ってきた。
「あ、アーネストさん!?」
「お元気そうですね。」
「ええ。アーネストさんは、どうしてこちらに?」
言外に、何故このタイミングで会ってしまうのか。
そう、エリィは言っていた。
今は、まだ会いたくなかった。
「ああ、プレ公演の下見に来たんだよ。」
「そうだったんですか。…お爺様、お元気そうで良かったです。」
プレ公演。
それは、クロスベルの有力者達に向けて先に公演される舞台。
誰かを殺すには、もってこいだ。
「たまには帰って来てくれると嬉しいよ、エリィ。」
「ええお爺様、機会があれば。」
機会がなければ帰らない。
そして、その機会は今ではない。
暫く、先にするつもりだった。
まだ、エリィは自分に出来ることを見極めてはいないのだから。
「それで、エリィ。そちらの方々は?」
「特務支援課の仲間よ、お爺様。ロイドにランディ、ティオちゃんにアルよ。」
「おお、彼らが特務支援課かね。どうか、エリィを宜しく頼むよ。」
そう言って、鷹揚に礼をするのも様になっているのはやはり市長だからなのか。
「いえ、こちらこそ宜しくお願いします。」
自然と、ロイド達は頭を下げていた。
もっとも、アルシェムは違うが。
「…エリィさんはとても優秀ですよ。体力がないのが玉に瑕ですが…それでも、使える人材ではあります。それもあなた方の影響なのでしょーね、マクダエル市長。」
「はは、あまり構ってはやれなかった身ではあるがね…」
風向きが怪しくなってきたところで、アーネストが話を区切った。
「市長、お時間が。」
「おお、そうかね。済まないが、失礼するよ。これからも頑張ってくれたまえ。」
「あ、ありがとうございます。」
そうして、マクダエル市長は去っていった。
マクダエル市長を見送った特務支援課の一行は、アルカンシェルに向きなおった。
「…で、エリィとマクダエル市長ってどういう関係なんだ…?」
「…ロイド、一回豆腐の角に頭ぶつけて逝って来よーか。」
阿呆か。
「な、何でだよ!?」
「…ヘンリー・マクダエル市長は私の祖父なのよ。」
自分の住む場所の統治者の顔くらい知っておくべきだろう。
「な、何だって!?」
「道理で見覚えがあるわけだぜ…」
「ランディも豆腐の角に頭ぶつけて逝って来よーか…」
あんたは顔を覚えるべきだったでしょうが。
一行は、アルカンシェルに入った。
「済みません、ここは関係者以外立ち入り禁止です。」
案の定止められたが。
「あの、クロスベル警察特務支援課のロイド・バニングスといいます。」
そう、ロイドが告げれば…
「ああ、脅迫状の件でいらしたのですか。中へどうぞ。」
中へと、通して貰えた。
その、中では…
《炎の舞姫》イリア・プラティエが踊っていた。
文字にすれば、たったこれだけのこと。
それなのに…
それは、見る者の心を奪う、雄大な踊りだった。
「…その道を踏み外さなきゃいーけどね。」
「え…?」
アルシェムは、危惧した。
その、イリアの魅力がどう転んでしまうかによって利用されてしまうかもしれない。
イリアさえ納得させられれば、どんなプロパガンダであろうが納得させられてしまうだろう。
それほどまでの魅力が、イリアにはあった。
イリアが踊り終わると同時に、一行は惜しみない拍手を送った。
「…あら?」
そこで、イリアが周囲を見渡して…
「済みません、クロスベル警察、特務支援課のものですが…」
何故か、アルシェムに目を止めた。
「あらあら?そこのアナタ、一緒に踊ってみない?」
「え…」
「エリィじゃねーの?」
取り敢えずすっとぼけてみるが、恐らくは無駄だろう。
「む、無理よ!?」
「そこの銀髪ショートのアナタよ!」
「…わたし?」
ことさら不思議そうに、アルシェムは首を傾げた。
「そう。踊りましょう?」
「…は?」
「うーん、いっそアルカンシェルに入らない?」
脈絡が全く以てわからない。
最早、本能で生きているのだろう。
「嫌ですが。」
「な、何で!?」
「そんな露出のたけー服なんざ着てらんねーです。」
兎に角、当たり障りのない本当の理由を応えておく。
「露出なんてなくたって良いわよ!」
露出があれば、困るのはアルシェムではない。
困るのは、アルカンシェルだ。
「イリアさん…」
「それは難しいんじゃないですか…?」
傷だらけのこの体を、晒すわけにはいかなかった。
「わたしには、向いてねーので。」
「向いてるわよ!」
何を根拠に言うのか、分からない。
「向いてねーっつったら向いてねーんですよ。」
「とっても良い身体してるじゃない!向いてるわよ!」
こんな、貧相な体をした傷だらけの女が。
「…言い換えましょーか。無理です。」
「何が無理なの?」
「化粧では誤魔化し切れませんから。」
それだけで、察してくれれば良かったのに。
「何が?」
それは、叶わなかった。
「…チッ、言わなきゃ良かった。」
少しばかり、柄が悪くなるのも否めない。
「あ、アル?」
「兎に角、無理ですよ。無理、無茶、無駄ですから。」
取りつく島もないアルシェムに、イリアはいたずらっ子のような眼を閃かせた。
「ふーん…あ、えいっ!簡単にとれるじゃない。ふふーん、返してほしかったら…」
アルシェムの首に手を伸ばし、イリアはチョーカーをひったくった。
それ以上は、ダメだった。
「…っ、返せ!」
気付けば、アルシェムはイリアに突っかかっていた。
「アル、落ち着いて下さい!」
「返せ…」
「おい、アル!」
必死で止めるティオとランディ。
だけど、止まらない。
「返せッ!」
もう一度怒鳴れば、イリアは素直に渡して…
「わ、分かったわよ…あっ!」
は、くれなかった。
手が滑って、宙を舞うチョーカー。
「…ッ!」
それを追って…
アルシェムは、シャンデリアに突っ込んだ。
「…アルっ!?」
自らの傷に構うことなく。
アルシェムは、チョーカーを握りしめていた。
「…良かった…良かっ、た…」
「アル…」
「…はぁ…っ、良かった…」
これがないと、アルシェムは暴走してしまう。
精神的に、だが…
それ以外にも、マズイ理由があるのだ。
「…落ち着きましたか、アル?」
ティオに言われて、深呼吸してからアルシェムは首にチョーカーを巻きなおした。
「…大丈夫。ごめんなさい、イリアさん。冷静じゃなかった…」
まだ、微かに震える声に。
イリアも悪いことをしたと思ってくれているようだった。
「い、良いけど…あたしも悪かったしね。」
「…今度からは、やんねーで下せーよ?精神的に死ねるので。」
「ご、ゴメンナサイ…」
本当に、精神的に死ねるだろう。
暴走し始めたアルシェムが、何をやらかすかにもよるが。
「一体、何なんだよ?」
「ランディ、デリカシーって知ってるかしら?」
「お嬢、おっかねぇから。」
そんなコントが終わって。
何かを聞く気分にもなれなかったアルシェムは、ロイドに全てを丸投げにした。
「…ふー…よっと。…ロイド、話進めちゃってよ。今はそんな気分じゃねーし。」
「あ、ああ…」
何故か戸惑っているロイドに、追い打ちがかけられた。
「…って、ロイド?アナタが?」
「へ?は、はい…特務支援課のロイド・バニングスです。」
「ああ、やっぱりね!」
そう言って、イリアはこともあろうにロイドに抱き着いた。
…露出度の高い舞台衣装のままで。
「い、イリアさんっ!?」
「噂の弟君じゃない!」
ロイドで遊ぶイリアを見ながら、アルシェムは一言漏らした。
「…破天荒ってこんな感じかー。」
「アル、疲れてます?」
そんなアルシェムの様子を気遣ってか、ティオが声を掛けてくれる。
それが、とてもありがたかった。
「それなりにね。精神安定剤だし、これ。」
「そ、そうですか…」
そして、一行は脅迫状について心当たりを聞くことになった。
脅迫状の差出人は、銀と言った。
そして。
ルバーチェにビンタをかましたイリアの話を聞いて。
「…ふーん…」
アルシェムは考え込んでいた。
「何か分かったのか、アル?」
「…いや…これは…見逃せねー、かな?うーん、でもなー…」
見逃すことは出来ない。
もしも、銀が仕事をするのならば止めなければならない。
まだ、銀はクロスベルの法を犯してはいないのだから。
だが、確保することは…
出来ない。
それは、銀自身が望まないはずだった。
「アル?」
「…ダメ、か。」
だから、アルシェムは銀を泳がせることにした。
どうせ、これを出したのは銀ではない。
それは、何よりも明白だった。
「何がダメなんですか?」
「…荷が重そー。」
それを調べ出すには、ロイド達では荷が重いだろう。
だが、それでもそろそろ手を離すべきなのだ。
「…え?」
だから、アルシェムは手を離す。
「…仕方ねーかな、うん。ロイド、わたし別行動とっていー?」
「何かあると思うなら良いけど…理由は?」
そう問うロイドに、答えを返す。
「たまには自分達で答えを出してーでしょー?ロイド達も。」
「つまりは、分かってるってことだな?」
分かってはいない。
だけど、確かなことはある。
「いや、まだ推測。誰がどー繋がるか分かんねーしね。最悪、クロスベルが揺らぐかも。」
最悪は、要人暗殺や大犯罪の隠れ蓑に使われている可能性がある。
その罪を、銀に被せて。
そして、共和国側の信頼を失墜させる。
ゆくゆくは、帝国が全ての利権を握る…
「そんなにヤバいのか!?」
「うん…だから、手分けしてーのよ。ロイド達は、脅迫状を送りつけた人物を探って欲しーんだ。」
「アルはどうするんだよ?」
いかにも、外道が好みそうな手口だ。
だから、アルシェムは…
「わたしは、何で敢えてその名前を使わなくちゃならなかったのかを探る。」
「その、名前…?」
よりによって、その名前を使った理由を問いただす。
どう考えても、この脅迫状を出したのは銀ではないのだから。
「それ以上の先入観はあげねーから。だから、思うよーにやってみて。最後に帳尻は合わせるから、無茶苦茶はやんねーで欲しーけどね。」
「…分かった。やってみるよ。」
「支援要請は…そーだね、手配まじゅーは狩るからそれ以外はお願い。多分、手が回らねーから。」
手が回らない、というよりもむしろ手を回せないというのが実情か。
「そ、そうか…」
「んじゃ、行くね、わたし。」
アルシェムは、その場から離れる準備をした。
「もう行くのか!?」
「ん、だって時間が惜しーからね。」
これ以上、時間を取られるわけにはいかない。
「そ、そうか…」
「じゃねー。」
アルカンシェルから出て。
「…銀、か。」
一言だけ呟いたアルシェムは、支援課ビルに入って端末を確認した。
「支援要請…西クロスベル街道の手配まじゅーと魚料理、か。」
手配魔獣は宣言通り受けるが。
何故に魚。
そう思いながら、アルシェムは西クロスベル街道へと向かった。
「…弱っ。」
魔獣退治にも飽き飽きしていたところだ。
一瞬で退治して、アルシェムは自室へと戻った。
そして、思考を開始する。
「銀…知ってるのは、多分黒月。後は…共和国系の高位議員。」
無論、知っているのは、だ。
その情報を手に入れて、利用出来る立場の人間がいたとしたら?
そう言う意味では、帝国系議員も犯人足りうる。
だが、逆に銀が脅迫状を出したと言われて損をするのは共和国の人間だ。
だから、犯人としては共和国のせいにしたい帝国系またはそれに類する人物。
「目的がイリアじゃねーなら…狙いは。帝国系議員を無駄に叩いても意味がねー。なら…?糞ハルトマンか、マクダエル市長?」
目的は間違いなくイリアではない。
また、イリアであったとしても銀が何とかするだろう。
帝国系議員の仲間割れで誰かが消されるか。
だが、それにしては名前が大きすぎる。
なら、もっと大物。
だから、狙われるのは大物。
せいぜい市長か議長クラスの人間。
「変態を叩いたら、多分均衡が崩れるから犯人が割れる。じゃー、叩かれるべきはマクダエル市長?」
だけど、議長を殺しても意味がない。
今の議長は、完全に帝国寄りだ。
だから、帝国系議員が狙うわけがない。
そう言う意味では、ターゲットは市長だろう。
そして、一番市長に失墜してほしいのは…
議長、だろう。
「なら、叩くのは変態?変態なら、共和国系議員のせーに出来る…!でも、実行犯は?…っ!」
そこまで考えた時だった。
玄関先に、人の気配がした。
あれ、イリアさん嫌な人になってる。
でも、これを出来るのは彼女しかいなかったのでしてもらいました。
では、また。