雪の軌跡 作:玻璃
では、どうぞ。
警備隊の演習
ツァイトが特務支援課に住み込んでから、暫くが経ったある日。
「今日の支援要請は…新アーツの効果確認と、警備隊の演習…?それと、アルモリカ古道の私有地に魔獣が出ているそうです。警備隊の演習に関しては全員で、と。」
「手分けは出来ないな。」
手分けする方が時間がかかりそうだ。
「そうですね…」
「兎に角、行きましょう。」
仕方がないので、一緒に行動することにした。
まずは、《ゲンテン》へと向かう。
「あ、ロイド!」
そこで、ツナギの女性が出迎えてくれた。
「現地妻?」
あまりにも顔馴染みのようだったので、そう言ってみる。
「何でそうなるんだよ!?…ごほん、幼なじみのウェンディだよ。」
違うそうだ。
面白くない。
「あはは、依頼の件で来てくれたんでしょ?」
「ああ、そうだ、ウェンディ。新アーツって…?」
「ホロウスフィアっていうアーツなんだけど、どんな感じか体感を教えて欲しいの。」
ホロウスフィア、ね。
「組めるだけのクオーツ…」
「ロイド、ティオのなら組めるかもだから、クオーツあげとくよ。」
多分、材料さえあれば…
何とかなるし。
「え…」
「アル…もしかして、クオーツすら作れるとか言いませんよね…?」
作れます。
「あっはっは、ツァイス留学生舐めちゃダメだよねー。」
「えっ!?お姉さん、ツァイスに留学してたのっ!?」
そんな意外そうな目で見られると意外と傷つく。
「うん、1年程。」
「良いな~!今度お話聞かせ…」
「却下です。」
キラキラした目で聞いてくるウェンディ。
だが断る。
「な、何で!?」
「…幻滅するから、聞かねーほーがいー…」
あそこは、ただの変人の集まりだから。
「はえ?」
「…にしても、ホロウスフィアか…何か、危険な感じするなー…」
幻系統のアーツのようだが…
使いようによっては、まずすぎる。
「え、そう?」
「ん、使ってみてからゆーから。」
「うん、急がないからゆっくりで良いよ。」
急いだ方が良いだろう。
危険アーツだったら、改悪を視野に入れなければならないだろうから。
「分かった。じゃあ、また来るから。」
「ん、頑張ってね!」
笑顔で見送ってくれるウェンディに、先ほども言った一言を付け加えてしまった。
「現地妻?」
「だから違うって!?」
違うのかよ。
「兎に角、タングラム門に向かいましょう。」
「ああ。」
そして、特務支援課の一行は西クロスベル街道からタングラム門へと向かった。
「うっし、着いたな。」
「まずはベルツ副司令を訪ねようか。」
そのまま副司令室へと向かうと、ベルツ副司令が出迎えてくれた。
「あら、よく来たわね。」
「こんにちは、ベルツ副司令。警備隊の演習とのことですが…」
「ええ、都合が良ければすぐにでも始めましょう。シーカー曹長、コルティア軍曹。」
どうも、休ませてくれる気はないようだ。
まあ、構わないが。
「はい。」
「はい、んじゃ集めてきます。」
「皆さんも外に出て下さいね。」
「は、はい…」
リオに促されて、一行は外へ出た。
スタンバイする警備隊員から、アルシェムは距離を取る。
「さて、じゃあ始め…って、アルシェムさん、だったかしら。何で離れてるの?」
「…や、一瞬で終わりたくねーでしょー?」
今は参加する気はない。
練度が分かっている以上、参加する意味もないからだ。
「…い、一瞬…?」
「ビビるなロイド!こいつらの錬度は俺が良く知ってるからな…」
そっちではない。
どうも勘違いしているようだが、一瞬で終わるのは警備隊員たちの方だ。
「ひぁ!?」
「…ま、まあ良いわ。じゃあアルシェムさん抜きでまずはやるわよ。シーカー曹長、合図を。」
「はい。…では、始め!」
そして、戦闘が始まった。
アルシェムは、副司令に話しかけた。
「あ、ベルツ副司令。この間はありがとーございました。」
「いえ、正直助かったわ。」
話が通じていて助かった。
だけど、今回話しかけたのはそれが本題ではなかった。
「…あの。」
「どうかしたの?」
「いや、実際に確かめたくて…」
「何を?」
何を、か。
無論、事実を、だ。
「不勉強で申し訳ないんですが、ここの司令のお名前は?」
心臓はうるさいくらいに高鳴っている。
無論、恋などではない。
そして、ベルツ副司令の口からその言葉が吐き出された。
「…よ。知らなかったの?」
その答えに、僅かながら殺意を滲ませて。
「…いえ、予想通りでしたが…知り合いから司令に伝言があるんですよね。」
いまだに、彼がその地位にいるクロスベルの無能さを呪った。
「伝言?伝えましょうか?」
「ダメですね。副司令が辞めさせられるんで。」
わざとおどけて、心を覆い隠して。
「どんな伝言なのよ!?」
「秘密です。」
丁度、その時だった。
戦闘が終わった。
蓋を開けてみれば惨状だった。
警備隊員が弱すぎる。
「…うわー、弱っ。」
「ひ、酷ぇ言い分だな…」
「…シーカー曹長、入りなさい。コルティア軍曹、合図を。」
名誉回復のためか、そこでシーカー曹長が追加された。
「え、連戦ですか!?」
「単戦とは言ってないわよ?」
「そうですけど!」
まあ、ロイド達にしてみれば予想外だったのだろう。
「またアルは入らないんですか?」
「や、だって意味ねーし。」
そんなアルシェムを尻目に、リオは戦闘開始の合図を出した。
「んじゃ、始め!」
そうして、戦いは始まった。
戦闘を尻目に、ベルツ副司令はアルシェムに問いかけた。
「…で、どんな伝言なの?」
「聞きたいんですか?」
誤魔化されては、くれなかったようだ。
「ええ。」
「恨み言ですが。」
だから、オブラートに包んで話す。
「…恨み言…?」
「はい、恨み言です。」
どうせ、検挙など出来やしないのだから。
「一体、何をやらかしたのかしら…カジノでイカサマとか…?」
「副司令の想像は遙かに越えていますよ。」
「…それは、問題ね?」
問題?
ああ、問題だろう。
だが、今検挙できるかと言われれば…
それは、無理だと断言出来た。
「先に言っておきますが、検挙は不可能ですよ。」
「どうして?」
「根が深すぎるから、です。芋づる式に釣り上げれば、何人が検挙出来るやら。だけど、出来ない。ここはクロスベルだから。」
何故なら、掘り起こそうとすれば絶対に止めにかかる人間がいるからだ。
それも、ごまんと。
「…そう。こちらでも調べてみようかしら…今後のために。」
「検挙出来ると思うなら、やればいーじゃねーですか?ま、無理ですけどね。」
一気に蹴り落とされて、それでクロスベル自治州の歴史は終わる。
「あら、特務支援課がそんなこと言ってしまって良いのかしら?」
「え、クロスベルの根幹を揺るがしたくはねーでしょー?」
「…そ、そうね…」
空気が気まずくなったところで、戦闘が終わった。
「…さて、最後はコルティア軍曹、入りなさい。貴女もいい加減入りなさい。」
「あいあい。」
「では、始め!」
気持ちの切り替えも出来ないままに、戦闘が始まってしまった。
それが、いけなかった。
「…ロイド、ホロウスフィア使うよ?ギリギリティオのじゃ組めなかったし。」
「ああ。」
ホロウスフィアを使用したアルシェムは、警察官にあるまじき行動をとっていた。
「マジで消えやがった…!」
「一体、どこに…」
「…えい。」
途中で我に返って、リオに峰打ちするだけにとどめたが。
「ちょっ…止めてよ!?冗談になんないからさ!?」
そのおかげで、被害は甚大だった。
「えー。声出したじゃねーの、わざわざ。」
軽く本気を出したリオが、敵味方関係なく薙ぎ払ったのだ。
「えー、じゃないよ全く!?」
「…相変わらずですね…」
「おいおい…巻き添えで警備隊員伸びてやがるぞ…」
暴れているのは主にリオ。
だが、それはアルシェムも暴れない理由にはならなかった。
「ダメよ、ノエルさん、巻き込まれるわ!」
棒術具とスタンハルバードが振り回される。
殆どの警備隊員は避けきれなかった。
「わわっ…」
もっとも、エリィに注意を促されて当たらなかっただけだが。
「…こ、これ参加させちゃダメだったんじゃないか…?」
「…後悔してるわ…」
アルシェムとリオの視界の端で、ベルツ副司令がこめかみを押さえるのが見えた。
もう、終わろう。
「あー、コルティア軍曹?周りに引かれてるみてーだから止めよー?」
「そ、そうだね…」
そこで、戦闘を終わらせた。
「…心底後悔したわ…」
「やだなー、まだ本気とかじゃねーのに。」
笑いながら言うと、引かれた。
それはもう盛大に。
「…え?」
「…え、ベルツ副司令、本気だと思ってました?いや、まだまだでしょ?」
本気だったのはリオだけだ。
しかも、リオも軽く本気だっただけ。
「…ほ、本気じゃなかったの…?リオも、アルシェムさんも…!?」
「え、今ここで本気出す意味、あります?」
2人が本気になれば、この基地など一時間もあれば制圧出来てしまう。
それを、感じたのか。
その場にいた面々は絶句した。
「…そんな絶句することじゃねーでしょーに…」
のんびりしたアルシェムの声に現実に復帰したベルツ副司令が口を開いた。
「…コホン、兎に角、ありがとう。良い訓練になったと思うわ。」
「いえ…こちらこそ。では、失礼します。」
一行は、一度クロスベルに戻ってウェンディに報告を上げた。
その後、アルモリカ村へと向かった。
トルタ村長に話を聞いた一行。
「…私有地に魔獣、か…」
「お願いします。」
村長のお願いに応え、鍵を受け取った一行は私有地へと向かった。
その狭さと私有地の意味を理解したアルシェムは、魔獣退治をロイドに丸投げした。
「…ロイド、頑張ってねー。」
「な、何でだよ!?」
「わたしじゃマズいもん。ちょいと私有地が使い物にならなくなられちゃー困るよね?」
アルシェムがやると、恐らく私有地の中に魔獣の血が飛び散って暫くは近づくこともままならない惨状が出来上がるだろう。
後は、穴だらけにするか。
どちらにせよ、加減すれば出来るのだが。
それすらも面倒くさい。
「…た、確かにな…」
ロイド達が魔獣を狩っている間、アルシェムは意識を飛ばしていた。
「くぁっ…終わったー?」
「寝てたんですね、アル…」
寝ていたのではない。
意識を飛ばしていたのだ。
「だって、暇なんだもん…」
「言い切るのは止めて頂戴…落ち込むから。」
「兎に角、報告に行こうぜ。」
村長に報告していると、唐突にENIGMAが鳴った。
「…済みません、ちょっと失礼します。…はい、ロイド・バニングス…ああ、フランか。…はぁ…分かった、すぐ戻る。」
連絡が終わった後も、ロイドはENIGMAを握りしめていた。
「どうしたの?ロイド。」
「ああ、何でも俺達に相談がある方がいるそうだ。」
「へえ…」
「少しは知名度も上がったってことか。」
そう言う問題でもない気がするが。
「急いで戻りましょう。」
「では、失礼します。」
兎に角、特務支援課の一行は支援課ビルへと戻った。
夏休み?否。
では、また。