雪の軌跡 作:玻璃
では、どうぞ。
マインツ山道へと向かった特務支援課の一行は、バス停の前で立ち止まった。
「…あ。」
「…!」
それは、狼の遠吠えだった。
「どうかしたか?」
「…幻聴じゃねーな。狼の遠吠えが聞こえた。」
「え…!?」
聞こえたのは、アルシェムとティオのみ。
ということは、本当に微かだったのだろう。
「そうですね。この先100セルジュほど先です。」
きっとふんぞり返っているに違いない。
「…なあ。」
「…言わなくても分かってるわよ、ロイド。」
「手配魔獣も狩らないといけないしな。歩こうぜ。」
「そうだな。」
魔獣を狩りながら、山道を進む。
「結構魔獣がいるわね…」
「ま、所詮山道だしね。登るよりはバスを使うんじゃねーの?」
この山道をバスで行くのも危険そうだが。
「そうだけど…やっぱり、魔獣退治って大事よね。」
「そうですね。適量ならまだしも…こうたくさんいられると困ります。」
「なかなか進めねえもんなぁ…」
暫く魔獣を狩りながら進むと、分岐へと出た。
目の前には武骨な滝がみえる。
「…また聞こえた。左みてーだけど…」
「右も気になるわね。手配魔獣にもまだ出くわしてないし…」
お黙り、エリィ。
アルシェムはそう思った。
それはもう切実に。
「行ってみようか。」
「ああ。」
アルシェムの願い虚しく、一行は右へと進んだ。
「…あ。」
ふと気配を探ると、手配魔獣のような気配がしたので一瞥もせずに殲滅する。
「今度はな…」
「不破・弾丸。」
「うわ、ちょ、いきなりばらまくなよ!?」
ああ。
諦めては貰えないものか。
「手配魔獣は狩り終わったよ。この先が何か確認する?」
「ああ、折角だしな。」
無理でした。
行き止まりまで辿り着くと、そこには工房があった。
「…これは…」
「ローゼンベルク工房、か。」
「え…まさか、ここが…!?」
驚く一同。
どうでも良いとアルシェムは思っているが、もう少し周りに気を使ってほしいものだ。
「ローゼンベルク人形の制作地みてーだね。…間違ってないでしょ?」
そう、茂みの中に問いかければ…
「…意外と遅かったわね、アル。」
そこには、レンがいた。
「ええっ…知り合いか、アル!?」
「レン、今日はヨルグ爺、いる?」
「今はお出かけしてるわ。」
「そっか…」
いなくて良かった。
いたらいたで面倒だから。
「お久しぶりです、レンさん。」
一応は面識があるということでティオがレンに挨拶をする。
「あら、ティオもいたのね。ということは、特務支援課かしら?」
だけど、今は少し自重して貰おう。
今日、ここまで来るのを止めなかったのは…
レンに、逢う為だったのだから。
レンに逢って、あるものを手渡すため。
そうでなければ、ここには近づかせなかった。
「そ。…今日はね、レン。レンにお土産があるんだ。」
「…これ、何?」
「開けたかったら開ければ良いよ。開けたくなかったら棄てれば良い。本当のことを知る勇気を持てたら…聞いてみて。」
小さな紙包みに包まれているのは、ボイスレコーダー、だった。
「…え…」
「一緒に聞いて欲しいなら、聞くよ。連絡先は教えておく。」
アルシェムが、あの時の会話を録音しておいた、あのボイスレコーダー。
「…知ってるわ、連絡先くらい。そうじゃなくて…どうして…」
「わたしは、レンの家族なんでしょ?それ以外に理由なんてないよ。」
たくさんの後悔と。
たくさんの懺悔と。
そして、たくさんのレンへの想いが詰まったボイスレコーダー。
それを、大切そうに握りしめて。
「…アル…分かったわ。」
レンは工房へと入っていった。
きっと、レンは聞いてくれるだろう。
そんな、気がした。
「…アル、あの子は…一体…」
「秘密。いつかレンから聞いてよ。」
きっと、レンとはまた逢うことになるのだろうから。
会ってくれるかどうかは分からなくても、いずれ出て来ざるを得なくなる。
レンには、見ないという選択肢はないのだから。
「そ、そうか…」
「兎に角、気を取り直して左行こうぜ。」
そうして、特務支援課の一行は先ほどの分岐を左へと進むことにした。
道なりに進み、トンネル道に入った瞬間。
「…また…!」
遠吠えが、響いた。
「今度は俺達にも聞こえたぜ。あっちか…」
「急ぎましょう!」
途中にある分岐も気になったが、あの先にはいない。
「…あちらは何があるんでしょう…?」
「地図によると、月の僧院って遺跡らしーよ。」
「そうなんですか。兎に角、そちらではないみたいですし…進みましょうか。」
トンネル道を抜けた先には、白い狼が待ち受けていた。
待ち受けていた白い狼は、襲い掛かる様子もなくそこに佇んでいた。
「…あ…」
「やあ、白い狼クン。」
「…わふっ。」
威圧すんな、と言われているようだ。
だが断る。
「さーて、キリキリ吐いてよ?」
「アル、敵意はないみたいですけど…」
「ややこしー時期にややこしーことやらかした狼に弁明の余地を与えてるだけマシじゃねーの?」
そう言って睨めば…
「わ、わふっ…」
済まない、と言われているようだ。
だが赦さん。
「ま、まあ襲っては来ないみたいだけど…」
「アルモリカ村の件は済まなかった、同胞が腹を空かせてつい…つい、なんですか…」
「アルモリカ村の犯人はこの狼か…」
ついって。
それで済んだら警察いらないから。
「聖ウルスラ医科大学は、我らの仕業ではない。…まあ、毛並みが白い狼だけならそうかも知れませんが…」
「いないとは限らないけど…それだと狗笛の説明がつけられないな。」
「…真実はこの先に待つ。だそうですが…」
やかましい。
そして、偉そうだ。
黙れば良いのに。
いや、喋っているわけでもないが。
「この先って、マインツか…」
「…そこまで教えてくれるんだから、当然協力してくれるんだよね…?」
そうでなければ、ここまで付き合った意味がない。
「お、おいアル!?」
「わ、わふっ!?」
貴女様がそう言うのならば、従います?
こいつは…
「…え…」
「な、何て言ったんだ、彼(?)は!?」
「あ、貴女様がそう言うのならば、従います。」
つまりは、そう言う生き物なわけだ。
「て、手懐けやがった…」
「アル…恐ろしい子…!」
手懐けられたわけでもなく、運命づけられたその出会い。
どうでも良いが、何となく掌の上で生かされている気がした。
「…なーんだか。さって、ロイド。進もーか。」
「え、放置か…!?」
「流石にマインツには入れられねーでしょーに。」
入れたらどれだけ騒ぎになると思っている。
「ま、まあ確かに…」
そのまま、一行は白い狼を置いてマインツへと向かった。
「…あれは…」
「ルバーチェのトラックね…」
「済みません、黒服の連中がどこに行ったかご存知ないですか?」
近くにいた町民に尋ねるロイド。
「ん?あ、ああ、村長のところに…」
あっさり答えるのだから、まだルバーチェに牛耳られているわけではないようだ。
「ありがとうございます。…行こう。」
「ああ。」
町長宅を見れば、ルバーチェの連中が丁度出ていくところだった。
それとすれ違い、町長宅に入る。
「また来たのかね。私の一存では決められんと言ったはずだろう!」
入った瞬間に怒鳴られた。
解せぬ。
「え、えーと…」
困惑する一行が、ルバーチェではないと気付いたのだろう。
「…す、済まん。てっきりさっきの連中が戻ってきたのかと…」
「いえ、お気になさらず。」
「それで、あんた達はどちらさまかね?」
町長がロイドに問いかけた。
「済みません、クロスベル警察特務支援課のロイド・バニングスといいます。今日は、魔獣の被害に関する件でお邪魔しました。」
「…その件で本当に警察が?」
嘘を吐いてどうする。
「うちは少々特殊な部署でして。分かりやすく言うなら、遊撃士の猿真似をやってる部署です。」
「おいアル…」
「もう少し歯に衣着せて下さい…」
そんな必要はどこにもない。
虚飾なんて、意味がないのだから。
「事実を否定してどーすんのさ。」
「確かにそうだけど…」
町長は、少し考え込んでからこう問うた。
「…魔獣か…もう、被害者には会ったかね?」
「いえ、まだですが…」
「役に立てるかは分からんが、ちゃんと聞いてやって欲しい。」
それが、町長としての言葉。
今までないがしろにされてきた声を、どうか聞いてほしい。
そんな、願い。
「勿論です。それと…町長。先程の彼らは一体…」
「…それは…」
町長が言いよどむのを見越して、アルシェムは言葉を重ねた。
「警備隊が引き上げたから、自分達が護衛してやる。その代わりに見返りを寄越せ。マインツだから…七耀石関連の取引の権利とか、かな?奴らが求めるとしたら、ね。」
「…その通りです。彼らはまさに同じ事を言っていきました。」
「…ビンゴ、か。」
むしろ、それ以外にはありえないだろう。
「成る程な…」
「ちょ、ちょっと待って下さい。」
そこで、ティオも気づいてしまったようだ。
「どうしたの、ティオちゃん?」
「町長さん、もしまた魔獣に襲われたらその提案を受け入れてしまいますか?」
そう。
そうなってしまえば、ルバーチェの思うつぼなのだ。
「…警備隊が動いてくれないなら、考えるかも知れないが、それがどうかしたのかね?」
「…いえ…思い過ごしなら、良いんですけど。」
思い過ごし、ではない。
空気が重くなったところで、ロイドが話を終わらせた。
「と、兎に角、皆さんからお話を伺おうと思います。」
町長宅から外へと出て、開口一番に問いかけたのはロイドではなくランディだった。
「ティオすけ…どういうことだ?」
「分かるでしょう、ランディさん。そういうことです。」
「…マジかよ…流石はルバーチェ、腐ってやがるな…」
それで、ランディも理解した。
「その話は後にしよう。兎に角、事情聴取をしないことには裏付けが取れないから。」
恐らく、ロイドも理解はしているだろう。
だから、アルシェムは…
「あ、ロイド。わたしは適当にふらふらしてるから。」
敢えて、別行動をとることにした。
「何でだよ!?」
「入口を見張れる位置にいるからさ、事情聴取終わったら教えてよ。」
「…分かった。くれぐれも、気を付けろよ?」
何に。
「あいあい。」
それに突っ込ませて貰える暇もなく、特務支援課の一行は事情聴取に散った。
どっちかというと、既知との遭遇ですね。
では、また。