雪の軌跡   作:玻璃

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それにしても暑いですなあ。
この猛暑、何とかならんのかね。
ぜひクーラーの効いた部屋でまったり書いてたいです。

では、どうぞ。


色々な意味での裏付け

屋上に上がったアルシェムは、その場をゆっくりと調べ始めた。

「…ここじゃねーな…」

傷の位置を調べ、どうやって魔獣が上って来たのかを検証する。

そこに、誰かが近づいてくる気配がした。

この独特の気配は…

「おい、アル?いるか?」

「何でランディ?」

何でエリィとかティオじゃない。

癒しがない。

「何でそんなに俺に対して冷たいんだよ…?」

「ムサい男だから。」

というのは冗談だが。

「酷ぇ…」

「わりーけど、多分対応は変わらねーからさ。諦めてくんねー?」

どうしようもなく怖いのは、事実だ。

「…何かあったのか?ムサい男と。」

「…言う気もねーけど。兎に角、ちょっと確認してーことがあるから見てくんねー?」

「ああ。」

他人の目も入れて多角的に調査を進める。

「まず、手すりだけど。傷があるのはそこなんだよね。」

「…妙だな。そんな高さ、魔獣に飛び越えられるか?」

「飛行型でもねー限りは無理だね。でもさ…魔獣だけじゃなかったら?」

魔獣だけでなく、そこに何かがあったとしたら。

「何?」

「例えばさ、そこに…車があったら?」

「いや、普通の車じゃ無理だろ。」

そうだ。

普通の車なら、無理だ。

なら、巨大なトラックなら?

「魔獣って、操れるんだよ。その気になりゃーね。」

「…!」

実際、結社では操っていたわけだし。

「ルバーチェとかなら、ありそーでしょ。それに、そこの木箱。」

「…足跡か。」

「裏付けには弱いけどねー…」

それでも、証拠にはなり得る。

「…成る程な、一考の余地はありそうだぜ。」

「裏付けを取りに、ロイド達の情報を聞きに行こー。」

「そうだな。」

屋上から中へと入ると、丁度入ってすぐのところにある病室の前でロイド達と鉢合わせした。

「あら、どうだった?」

「うん、興味深いことが分かったかな。でも何でロイド達はここに?」

「様子を見に来たのと、セシル姉に挨拶しておこうと思って。」

いや、普通は帰る前だろう。

「そ。じゃ…」

「是非セシルさんにご挨拶に…!」

「何か違うから、それ。」

お見合いか。

兎に角、特務支援課の一行はその病室へと入った。

「失礼しまーす。…って。」

この子は…

確か。

「あら、ロイド。どうしたの?」

「ランディ達の調査を見に来たついでに、そろそろ対策を練ろうかと思って。」

「そう…」

誰も気づいていないのか。

観察力を鍛えた方が良いんじゃないか。

「セシルさん、この子って…」

「え、知り合いなの?アルさん。」

知り合いではない。

だが、見たことがある顔なのは事実だった。

「や、違うけど…もしかして、マクレイン氏の娘さん?」

「そうよ。」

そこで、目を閉じた少女の顔に納得の色が浮かんだ。

「えっと、初めまして。シズク・マクレインといいます。いつも父がお世話になってます。」

丁寧に、頭を下げる少女シズク。

およそ子供らしからぬ冷静さだ。

もっと子供を甘やかした方が良い、アリオス氏。

「や、お世話されてるのはこっちだから。クロスベル警察、特務支援課のアルシェム・シエルだよ。宜しくね?」

アルシェムの自己紹介を皮切りに、それぞれが自己紹介を済ませた。

「皆さんが特務支援課の方々なんですか。」

「そ。いつか、遊撃士協会の負担を分け合えるよーな部署になれるよーになれればなって、頑張ってるつもり。ま、つもりだけどね。」

実際は、まだまだだ。

準遊撃士だったころのように依頼が多くないというのも理由だが…

制約が多いのも事実だ。

「そうなんですか…」

「すぐには無理だろーけどさ、マクレイン氏の負担を減らせるよーにするから。だから…待っててくれる?」

シズクのもとに、アリオスがいられるように。

そのために、もっと頑張らなければならない。

アリオスのためではない。

これは、盲目の少女のためだ。

「…え?」

「忙しーあのマクレイン氏が頻繁にお見舞いに来れてるとは思えなくてさー…やっぱり、家族は一緒にいるのがいーんだろーしさ。」

家族のいないアルシェムにだって分かる。

誰かと一緒にいるのは、心地良い。

それが、他人ではなく家族ならば、どれだけ良かったことか。

その望みは、叶わないと知っていても。

「…そう、ですね。」

「や、シズクちゃんから近寄るってのはやっぱり医者と医学の進歩次第なんでしょー、セシルさん?」

「…ええ、そうよ。」

そうでなければ、アリオスは金に任せて手術させまくっていただろう。

どうせ、他に使い道などないのだろうから。

「だから、もーちょい待っててくれると助かるかな。マクレイン氏から依頼をカッ剥げるレベルにまでなれればさ、負担は減らしてあげられるはずだから。」

「か、カッ剥げる…ですか。」

「ごめん、口悪くて。でも、手配魔獣くらいならいけるし…ロイド達次第ではEランク遊撃士くらいの働きは出来るから。」

まだまだだけど、それでも。

それでも、まだ生きているのだから。

「アル、Eランクって下から3番目ですよね…」

「マジかよ…」

これでも甘口評価だ。

ゆくゆくは、1人でも支援要請をこなせるようになってもらわなければならない。

「落ち込む前に、出来ることをやらねーとね。」

「流石に悔しいわね…」

「と、このよーに向上心はあるみてーだからね。期待せずに待ってて?」

期待されても、まだまだ時間はかかるだろう。

それでも。

「ふふ…はい!」

それでも、この笑顔が見られるのならば。

まだ、頑張れる気がした。

「…あ、そういえばシズクちゃん、この前何か気になることがあるって言ってたわよね?今、ロイド達はあの魔獣騒ぎのことで来てるんだけど…」

「そうなんですか。お役に立てるかどうかは分かりませんけど…」

「是非、聞かせて欲しいな。」

役には立つだろう。

盲目の人間は、えてしてほかの感覚が鋭敏になるものだから。

「…あの、リットンさんが襲われた日の夜だったと思うんですけど…」

シズクが、事情を説明してくれた。

これで、裏付けは取れたのだ。

「…ランディ。」

「ああ、裏付けになるな。」

裏付けどころではない。

これで、ほぼ確定だ。

「え、何か分かってるの!?」

「まー、ね。シズクちゃん、こんな音じゃなかった?」

狗笛を吹いてみせる。

前に、身喰らう蛇にいた際にかっぱらってきたものだ。

念のために持ち出しておいて良かった。

「何で持ってんだよ…」

「…そう、そうです!確かにこんな音でした!」

「…ありがとー。とっても役に立ったよ、シズクちゃんのお話!」

これで、事件は解決とはいかなくても。

手段さえわかれば、後は簡単だ。

「お役に立てて、良かったです。聞き間違いなんかじゃなくて良かった…」

聞き間違い?

それでも、重要な証言に変わりはなかった。

「裏付けが取れたってことは、もう分かったってことか?アル。」

「兎に角情報を共有しよーか。お仕事の話だし、ここでするのもマズいからさ…失礼するね?シズクちゃん。また、会いに来てもいーかな?」

「…はい!」

満面の笑みを浮かべた少女に見送られ、特務支援課は病室の外へと出た。

シズクの病室から出たアルシェムは、セシルにこう告げた。

「…セシルさん、部外者には聞かれねー部屋で、ここの財務責任者を交えて話が出来る場所ってある?」

部外者に聞かれてはいけないのは、どこから情報が漏れるか分からないから。

不安がらせないためでもある。

財務責任者が必要なのは…

これ以上、ルバーチェから物品を買わせないためだ。

「ナースステーションで良ければ…」

「…分かった。そこ、貸して貰えます?」

「聞いてみるけど…ロイド達と情報を共有するんじゃないの?」

いいや。

最後まで、確証が取れてからでなければ。

これは、完全に犯罪であると確定させてしまわなければならない。

「まだ、確認しねーといけねーから。」

一行は、ナースステーションへと向かった。

その前には、妙齢の女性が待っていた。

「…師長、特務支援課の方が、お話があるそうです。」

「分かったよ…ん?もしかして、あんた…ティオちゃん!?ティオちゃんじゃないかい!?」

師長と呼ばれた女性は、ティオを見てそう叫んだ。

「…ご無沙汰してます、マーサ師長。」

「やっぱり!こんなに美人さんになって…」

クロスベルの病院で、ティオを知っている。

ということは…

「あ、ティオってここだったんだ。」

ティオは、ここで治療を受けたはずだった。

「クロスベルで病院と言えばここしかないですから。」

「…そっか。」

それで、顔見知りなのか。

病院が嫌いなだけでなくて良かった。

「で、さっき特務支援課とか言ってたけど…」

「今は、特務支援課に出向しています。」

「そうかいそうかい!元気そうで良かったよ。…で、お話って何だい?」

小さい子供にするように、対応するマーサ師長。

だが、今はその態度ではダメだ。

「この場所じゃダメなんですが…中、入れてくれませんか?」

「…分かった。」

師長に伴われて、ナースステーションの中へと入る。

完全に扉を閉めて、マーサは切り出した。

「…で、話って…?」

「最近来た取引相手に、ルバーチェはいませんでしたか。」

その、言葉は。

マーサの顔色を変えるには十分だった。

「え、何で知ってるんだい!?確か…うん、リットンさんが襲われた日だったけど…」

「うーわー…はまった…」

これで、犯人は確定だ。

ルバーチェ。

どうせなら、リットン氏ではなくあの野郎を襲ってくれれば良かったのに。

「マジかよ…でも、目的が分からねえぞ?」

「ど、どういうことなの?」

エリィは、まだ分かっていないようだ。

そろそろ、分かるようになってもらわないと。

「…ロイド。リットンさんが襲われたのはどんな魔獣だった?」

「あ、ああ…黒い、狼型魔獣だそうだけど…」

ロイドも分かってないのか。

いい加減気付け。

「つまりは、アルモリカ村とは別件だってこと。神狼は、白い毛並みだからね。」

「た、確かに…!」

「じゃあ、まさか…ルバーチェが魔獣を…!?」

まさか、ではない。

それ以外に、可能性があるとしても…

あの爺がそんなバカなことを考えているわけがない。

「そ。魔獣の侵入経路は分かったから、そこに柵を付けたほーがいー。後は、暫くルバーチェとの取引に気を付けねーとヤバいかな。」

「…分かった。取引はあたしが何とかするよ。柵も付ける。場所はどこだい?」

話が早くて良いこって。

「案内しますよ。」

アルシェムは、皆を屋上へと案内した。

「ここかい?」

「で、でも…魔獣が飛び越えられるような高さじゃないわよ!?」

まあ、人間でも一般人なら多分無理だが。

「ルバーチェのトラック。」

「…あ…!」

「足場にしたのか…!」

それだけで分かってくれて何よりだ。

「マインツの被害がどっちかによるけど…もし、ルバーチェなら…ここよりはヤバいはず。」

「…そうですね…」

ルバーチェが、マインツでやるとしたら。

目的が何であるにせよ、七耀石が付きまとうだろう。

柵の設置が終わり、夕方になったために特務支援課は帰ることになった。

「じゃあ、セシル姉。また来るよ。」

「ふふ、怪我をしてこないでね?」

「あ、当たり前だろ!?」

当然です。

今回は何事もなくバスに乗れた。

だが、一行の顔は冴えない。

「…明日はマインツか…」

「アルの杞憂なら良いんですけど…」

「そうね…」

それでも、杞憂では終わらない。

それが、クロスベルだった。

聖ウルスラ医科大学から戻った特務支援課は、報告のために課長室へと向かった。

「…ということです。」

「そうか…にしても、歩いていくなんて遊撃士の真似でもしてるのかと思ったが?」

「え…」

知っていたのか、調べたのか。

「自分が護るべき地は自分の目で確かめる、だったか?」

どうも、後者のようだ。

「カシウス・ブライトの格言ですね。」

「そうなのか?」

「…分かってて言ってんなら怒りますよ、課長。」

流石は搦め手。

だが、引っかかりはしない。

「クク、嘘だ嘘。久し振りに会ったんだろう?どうだった?」

「どーってこたねーですよ。あんのイチャラブバカップルめ…」

「だが、凄腕なんだろう?リベールの異変の解決に大いに貢献したそうだからな。」

大いに貢献…ね。

「そ、そうなの、アル!?」

「何でわたしに聞くの。…まーでも、否定は出来ねーかな。結果的にそーなっただけだけど。」

最終的に、解決したのはアルシェムだ。

事態を収拾させたのは、という意味でだが。

「因みにお前はどうだったんだ?」

「…教えねーですよ。あんまりいー話じゃねーですし…ね。」

「ああ、その時には遊撃士を辞めてたんだったか…」

ギルド連中に聞いたのだか、何なのだか。

「…あんまり突っ込んで調べられるのは、好きじゃねーんだけど?」

「済まん済まん、少し気になることがあったからな。」

気になること、ね。

心当たりはあるが、明かすのも面倒だ。

「…成る程。後でお話ししましょーか、課長。」

「…ああ。」

その後、ロイドから課長に報告があり、聞き流していた。

どうでも良い。

「…さて、どー説明すべきかなー?」

深夜まで待って、課長室へとアルシェムは向かった。

「…失礼します。」

「来たか…アルシェム。」

「来ましたとも。それで…課長はどこまで調べましたか?」

どこまで。

場合によっては、記憶を凍らせる必要が出てくるかもしれない。

「…お前が、エルだと認めるのか?」

…って。

そっちかい。

「何でそーなるんですか?てか、誰ですエルって?」

「いや…ティオと知り合いみたいだったからな。」

「ティオと知り合いなんですか、エルって人は。」

兎に角、ばれても良いが面倒なので伏せておく。

「とぼける気か?アルシェム。」

「何のことだかさっぱりですけど?」

追及されると面倒だ。

「…本気じゃないだろう、アルシェム。」

「本気、ですか?…生憎、今も昔も出してはいませんよ。出せるほど手応えがある相手なんて、いませんからね。」

「…はぁ…まあ、良い。明日はマインツまで行くのか?」

いや、行かなくては捜査なんて出来ないだろうに。

「みてーですね。次にルバーチェが動くなら、旨味のあるマインツが一番でしょーから。」

「…くれぐれも、気を付けろよ?」

「基本はロイド達に丸投げしますけどね。」

面倒だから。

「おい!?」

「経験を積まなくちゃ、上には上がれねーでしょ。わたしがするのはサポートだけ。」

「…お前は…」

それ以上は、アルシェムがやっても無意味だから。

「今のクロスベルは危ういんだよ、課長。早く人材を育成しておかないと…言い掛かりを付けられるのは、多分時間の問題だから。」

「…そう、かも知れないな…」

だから、何もしない。

自分から追いつめるという意味では、今日はやりすぎたのだから。

「もー寝ます。課長も、夜更かしはダメですよ?」

「ああ…」

自室へと戻り。

周囲の気配を確認して…

「…気配、なしっと。」

アルシェムは、ENIGMAを取り出した。

「…もしもしリオ?うん、わたし。明日マインツに行くんだけど…多分、とっても面白いことが起きるよ。うん…だから、ベルツ副司令さんに宜しく言っといて?また連絡するってね。」

これで、下準備は終わりだろう。

少なくとも、今のところは。




何でしょうね、女性士官は名前で呼ばれるのが常なんですかゼムリア大陸。
ノエルしかり、ソーニャしかり、ミレイユしかり。
カノーネもユリアもだったし…
あとは誰だ、やったことないけど閃のクレアさんだってそうだし。
解せぬ。
あ、エマ捜査官もか。

では、また。

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