雪の軌跡   作:玻璃

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だって、この話は単独にしたかったんだもん。

では、どうぞ。


本心からの償い

宿屋に入り、1人の宿泊客から話を聞いた後。

アルシェムは、隣の部屋の扉をノックした。

「済みません、少しお話宜しーでしょーか。」

「はい。」

「…え。」

扉から顔を出したのは、アルシェムが会いたかったけれど会いたくない人物だった。

「どうかされましたか?」

「…クロスベル警察、特務支援課のアルシェムです。」

ハロルド・ヘイワーズ。

レンの、父親。

それに気付いた瞬間、アルシェムは録音機器のスイッチを入れていた。

「クロスベルで貿易商を営んでいるハロルド・ヘイワーズと申します。」

「…現在、アルモリカ村、聖ウルスラ医科大学、マインツ鉱山町で起きました魔獣被害について調べておりまして…何か、ご存知ではありませんか。」

「ああ…アルモリカ村では、被害は軽微だったそうですね。確か、聖ウルスラ医科大学では怪我人が出たそうですが…」

それは、貿易商故に知りえる情報だった。

だけど。

だけど、それは、建前で聞いたに過ぎない。

「…そうですか。」

「…あの、差し出がましいようですが…顔色が悪くないですか?」

「…少し、昔のことを思い出しただけです。」

これから、アルシェムは聞きたくないことを聞く。

聞きたくなくても、聞かなくてはならない。

誰のためでもない、アルシェム自身のために。

「昔…ですか。」

「…あの。4年程前に…奥様と、赤ちゃんと一緒に…アルテリアに観光にいらっしゃいませんでしたか…?」

「え…ええ。確かに行きましたが…」

僅かに曇る、ハロルドの顔。

そこに、アルシェムは容赦なく爆弾を投下した。

 

「…その時に、確か

『「ふふ、前の子はあんなことになってしまったけれど…でもよかった。女神様は私達のことお見捨てにならなかったのね。」

「おいおい、その話はしない約束だろう?もう、昔のことは忘れよう。」

「ええ…哀しいけど、それがあの子のためよね。」』

なんていう会話をなさっていたのを覚えているんですが。…どういう意味、ですか。」

 

今でも、たまに思い出す。

あの時の、会話を。

だから、アルシェムは一字一句覚えていた。

「聞いてらしたんですか…でも、何故それを…?」

「…丁度、隣に親に売られて辛酸を舐めたと言っていた大切な家族がいたものですから、気になって…いつか会えたら、聞こうと思っていたんです。」

気付いていなかったのだとしても。

それでも、レンの隣で言ったことだけは確かだ。

それだけは、赦さない。

「…そうでしたか…気分を害されたなら、謝ります。」

「…それは、貴男方が子供を売った、という意味ですか。」

「違います!…ですが…娘には、そう思われても仕方のないことをしました…」

凄い剣幕で否定して。

そして、ハロルドは静かに語り始めた。

彼にとっての、『真実』を。

「どうして、あの時に知り合いに預けてしまったのか…後悔もしました。」

だけど、借金取りに追われていて。

せめて、娘だけでも安全な場所で生きていて欲しいと願って。

共和国の知り合いの家に預けた。

だけど。

「全てが解決した後には…知り合いの家は、全てが焼失していました。その火事で、娘は死んでしまったのだと…」

取り返しのつかないことを、してしまったのだと。

何があっても、一緒にいれば良かったと。

後悔して、自暴自棄になって。

その末の、あの言葉だった。

「生きている、とは思わなかったんですか?」

「そんなこと…思う資格もなかったんです。」

だって、ハロルド達は娘を見殺しにしたも同然だから。

「私達は、あの子の手を離してしまいました。私達の都合で…」

生きていて欲しいと、一方的に願った自分達の都合で。

「だから、私達には、あの子に生きていて欲しいなんて言えないんです。私達のせいで、あの子は死んだ。」

もしも、一緒に借金取りから逃げていれば。

そもそも、借金が出来るような取引をしなければ。

娘は、死なずに済んだかも知れなかったのに。

「だから、私達はあの子の分まで幸せでいなくてはならない。それが…償いだと、思います。」

死なせてしまった娘の分まで、生きる。

それが、償いだと信じていた。

「…もし…もし、娘さんが、生きていたら…どう、しますか。」

それが、分かってしまった。

「土下座でも何でもしますよ。赦して貰えるかどうかなんて、関係ありません。」

だけど、とハロルドは続けた。

「もしも、生きていてくれたなら…一生を賭けて、償い続けるつもりです。」

それが、自分達が手を離してしまった娘に対する償い。

「…そうですか。…娘さんの名前を、教えて貰えますか。」

そう、聞かれて。

娘を覚えていてくれる人が、増えると思った。

だから、ハロルドは誇らしげにこう告げた。

 

「…レン。レンと、いいます。とても優しくて、賢い…自慢の娘です。」

 

その言葉が、レンに届きますように。

「…ありがとうございました。」

そう言って、アルシェムは録音機器を止めた。

そのままその部屋から出て、深く、息を吐いた。

これで、良かった。

レンは、きっと受け止められる。

それを、信じて。

アルシェムは、宿屋の一階へと続く階段を降り始めた。




前話とのクオリティの差がひどい。

では、また。

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