雪の軌跡 作:玻璃
何でこの人キツネなんだろう。
目が細いから?
では、どうぞ。
旧校舎に突入すると、そこにはやはり彼が待ち受けていた。
「お待ちしておりましたぞ。」
そう言って、慇懃に礼をする男。
「わーお。やっぱり…」
「フィリップさん!?」
そこに、『鬼の大隊長』《剣狐》フィリップ・ルナールがいた。
「王太女殿下に刃を向けるなど、万死に値しますが…そうせざるを得ないようです。」
「フィリップさん…」
最早そのまま召されろ。
アルシェムはそう思った。
出来れば、邪魔はしないでほしい。
彼は、すらりと鞘から剣を抜き、前に突き出す構えを取った。
「元・王室親衛隊大隊長、《剣狐》フィリップ・ルナール。第一の守護者の門番としてお相手をさせて頂きます。」
門番…
ということは、先にまだ一人いるのだろうか?
そんな疑問を断ち切るように、レンが言葉をぶつけた。
「…フフッ、細目のオジサン、お久し振りね?」
「お嬢様は…いつぞやの。」
いつ何をやったのだか。
まあ、レンならどうにかできるのだろうが。
「クスクス…今度こそ、ちゃんとレンの相手をして頂戴ね?」
「いやはや…お気に召すと良いのですが。」
そう言いつつも、全くブレない。
流石はフィリップ…!
「…どうやら、避けては通れねえみたいだな。」
「避けられもしないと思いますがね…」
「…行きましょう!」
そして、フィリップは飛び掛かってきた。
若すぎるだろう、おじいさん。
「…何てゆーか。…不破・弾丸!」
「アレ、滅茶苦茶すぎますね…虚無の弾丸!」
そう言っている割には、後方支援しかしていない2人であった。
アレに突っ込むとか考えたくもない。
「アルちゃん!アガットさんだけ前衛とか無茶すぎるわ!」
「…すぅー…はぁー…」
この隙に、メルが瞑想している。
「あー、はいはい。…んじゃ、行ってきまーす。…月光朧!」
フィリップの背後に回り込み、一閃。
「…!」
しかし、避けられてしまう。
その隙をついてアガットが攻撃するが…
「えげつねえ…!うぉらあっ!」
その時には、アルシェムの姿は消えていた。
「…ってこらー!アルちゃん!何しとんのや!…セイクリッドブレス!」
何って。
アルシェムは、アガットを囮にしながら見えない場所から攻撃を繰り返しているだけだ。
「…ジーク、お願い!」
何故かアルシェムに向けて飛んでくる殺人鳥を避けながら、アルシェムは剣を握りしめた。
「今…!雪、月、華っ!」
「…くっ…」
氷を纏った気でフィリップを吹き飛ばす。
だが、これだけで倒れてくれるほど軟ではない。
「追撃!」
「はい!…アクアブリード!」
先ほど、瞑想で大幅に威力の上げられたメルのアーツは…
EPが尽きるまで、フィリップを追撃する砲台となる。
「…や、り、す、ぎ、や!このお馬鹿メルちゃん!」
ケビンの怒りも、メルには届かない。
「黙ってて下さい!制御から外れたらどうする気なんです!?」
制御から外れてしまえば大惨事を引き起こしかねないそれを、メルは完全に制御していた。
「あーっ、もおおっ!しゃーない、ゴルゴンアロー!」
だが、それも弾かれる。
最早、人間離れした技巧だ。
それでも意識がそがれる。
だから、アルシェムは懐に入り込めたのだ。
「…そこ。不破・燕返しっ!」
「むぉ…っ!?いつの間に…」
避けきれずに、フィリップの服の一部が裂けて。
「ごめんね、フィリップさん。」
物凄く良い笑顔で、アルシェムは零距離から剣を投げつけた。
「…!?」
そこで、アルシェムのSクラフトが、発動した。
「わたしは、ただ一人の空をゆく。」
銃弾の嵐が、至近距離からフィリップに浴びせられる。
これは、相手が『生きていない』人間だからこそ使える技。
「誰にも邪魔はさせねー。」
上手く弾きかえしてはいたが、それでもダメージは残る。
その僅かな隙に…
「消えて。アリアンシエル!」
アルシェムは、棒術具でフィリップをぶちのめした。
「…がは…っ!?」
無論、これだけで倒せるとは微塵も思っていない。
だから。
「レン!」
「分かってるわよ!」
そして、鬼畜なことに…
「来て、パテル=マテル!」
レンが、彼を呼んだ。
「ちょ、待ってや!えげつなさすぎやろあんたら!?」
そんなケビンの叫びも聞かずに。
「レンとシエルの敵を薙ぎ払いなさいっ!」
充填されるエネルギー。
狙いはいつも正確に。
「…あ…」
「やれやれ、ですね…全く。」
皆の呆れを尻目に…
「ダブル、バスターァァァァァッ、キャノーンっ!」
気合が入りすぎて、パテル=マテルは旧校舎そのものをブッ飛ばした。
立ち込める粉塵。
「ちょ、レンちゃん…!やりすぎです!」
そう、クローディアが抗議する。
だが、まだ油断は出来ない。
「うふふ、ありがとう…でも、如何かしらね?」
「…え?」
そして、粉塵が晴れた先には…
「…いささか、肝が冷えましたな…」
2本の足で立っている、フィリップがいた。
まあ、満身創痍ではあるが。
まだ、彼は戦える。
「…で、出鱈目すぎるやろ…」
「お褒めに与り、至極光栄でございますな。」
その時、全員の気持ちが一致した。
「「「「「「褒めて(ません/へんわ/ねぇよ/ませんよ/ないわよ/ねーのよ)!」」」」」」
全く以て、そのとおりである。
「では…こちらから。」
フィリップが剣を構えて。
「…マズい!」
それは、誰が叫んだ言葉だったのか。
「さあ、受けて頂きますよ…《剣狐》の技を!」
叫ぶフィリップと、それに対応出来たもう1人だけが。
その場に、立っていた。
「空の女神の名において聖別されし七耀、ここに在り。大地の琥耀を以て、我らに守護を与えん…グラールスフィアⅡ!」
「エスメラスハーツ!」
それは、どちらが早かったのだろうか。
確かに威力は半減されたのだが…
しかし、確かにダメージは入っていた。
「くっ…こんなの、嘘よ…」
「ごめんなさい…」
戦闘不能に陥ったレンとクローディアを、治療しようとしたケビンだったが…
「殿下!くっ…」
「させませぬぞ!」
「あべし!?」
フィリップにあっけなく飛ばされた。
「アガット!ごめん、ちょっと前任せた!」
「はぁ!?」
アルシェムは、一気に飛び退り、アーツを使った。
「メルせんせ!これ呑んで!…セラス!」
メルに投げ渡したのは、EPチャージ。
「ありがと、シエル!さあ…」
レンが立ち上がるのも待たずに、メルがアーツを発動させた。
「…ラ・ティアラ!」
アーツの光がレンの視界を遮る。
「もう!これ…前、見え難いじゃないの!」
「我慢して下さい!」
癒しの雨は、レンを中心に降り続いていた。
「…もいっちょ、セラス!」
メルのアーツは、一度発動すれば解除出来ない不便なもの。
だが…
発動し続けるだけで、メルが他に何も出来なくなるわけではなかった。
「受けよ、七耀の裁き!…虚無の弾丸!」
クラフトは、発動できる。
仲間内で最終的についたあだ名が、歩く砲台。
「ぐっ…!やりますな…!」
アーツとクラフト、どちらも攻撃に振り分ければ…
どれほどまでに、過剰攻撃になるのか。
「まだ止まないの!?んもう…」
そして、最後の1人。
「メルちゃん!こんの、ド阿呆!」
ケビンが、ようやく回復された。
「黙ってて下さい、このネギ上司!」
「な、何やとー!?」
漫才する前に、フィリップをどうにかしてほしいものである。
「アガットさん、今助けます!…ティアラル!」
クローディアが回復のアーツでアガットを回復させ…
「助かったぜ!おら、アルシェム!とっとと来い!」
「分かってるってーの!」
アルシェムは、フィリップに突っ込んだ。
そして…
再び、メルのEPが尽きた。
「アルちゃん、アガットさん!頼んだで!」
そんなバカなことを言うケビンに、アルシェムは怒号を上げた。
「はい!?何ふざけてんの、このクソネギ神父!?ソレに巻き込まれたら死ねるじゃねーの!」
そう言いつつも、アルシェムは漸くフィリップのオーブメントを弾き飛ばすことに成功した。
「祈りも悔悟も果たせぬまま…千の棘を以てその身に絶望を刻み、塵となって無明の闇に消えるが良い!」
そのオーブメントを砕きながら、アルシェムはアガットに突進した。
「あ、がっとぉぉぉぉぉぉっ!?」
「な、何だあ!?」
アガットを引っ張り、端へ退避。
その判断は、間違ってはいなかった。
ケビンの背後に出現した《聖痕》から、無数の槍が投擲された。
過たずフィリップを貫いた槍は、そのまま消えていった。
「うっわー…えげつねー…」
「…今だな。」
そう言って、アガットは駆け出した。
「ちょ、まっ…」
そして、謎に飛び上がる。
「らああああああああ、だあああああああっ!」
竜の気を纏ったアガットは…
「食らいやがれ、ドラゴーンっ、ダーイブっ!」
そのまま、フィリップに突っ込んだ。
「ちょ、こら!オーバーキル、オーバーキル!?」
「へっ…これで、終わりだな!」
漸く、フィリップの体が薄れ始める。
「…やれやれ、老骨にはいささか役者不足でしたな…」
そう嘯く声は、本気だ。
「いや、絶対にそんなことありゃしませんから。十分ですやろ、そこまで動けたら…」
十分すぎるだろう。
「というか、化け物級ですか…流石にあたしもどうにも出来ませんね…」
本気で、この男が国をつぶそうと思ったら出来るかもしれない…
「うふふ…とっても、楽しかったわ。」
「はは…世辞は無用に願います。…それでは、これにて失礼を。どうか、無事にお戻りになりますよう…」
フィリップは、そう言って消えた。
本気になればカシウスと張り合えるかもしれないこの人。
では、また。