雪の軌跡   作:玻璃

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劇物を入れた時の反応。

劇物って?

では、どうぞ。


それぞれの反応

探索に行ったのは、リースにレン、エステル、そしてヨシュアだった。

「はあ…」

人間が減って、思わず溜息をつく。

これ以上ここにはいたくない。

だけど、出ることは出来ないのだ。

そこに、《空気》がやってきた。

「おう、アルシェム。」

「げ、ジンさん。」

何とも言えない沈黙が広がる。

さっきの話のあとだと、何も言えない…

というか、言ってほしくない…

そんなアルシェムの気持ちも知らずに。

ジンは、こう言い放った。

「…済まんかった。」

「訳のわかんねー謝罪はいりません。」

そう。

この謝罪は、ただの茶番なのだから。

何を謝らなければならないのか、いまだにジンが理解していないのが問題だ。

「いや、だが…あの時、タレコミが無ければもっと救出は遅くなっていた。」

そのタレコミすら、誰からのものかも知らないくせに。

なのに。

そんな神妙な声を出して。

アルシェムには、ただの自己満足にしか見えなかった。

「そもそも、わたしが最後にいたところにはきてねーでしょーに。」

来たのは、レオン兄とヨシュアだ。

決して、遊撃士は来なかった。

誰一人として。

「そうなのか?てっきり、半壊した遊撃士連中から結社が横取りしたのかと…」

不思議そうに首をかしげるジン。

気づかないのか。

それとも、認めたくないのか。

彼らが、助け出せなかった子供達はたくさんいる。

それに、見つけることすら出来なかった子供達も…

やはり、いるはずだった。

「いいえ。わたしは、それよりも前に救出されていました。」

「…何?」

いぶかしげな顔をするジンに、ヒントだけあげて立ち去ることにする。

「《不動》の名の如く動けなかったジンさんには分かるわけないですからね。」

誰が、アルシェムを救ったのか。

誰が、レンを救ってくれたと思っているのか。

ジンには、教えない。

「お、おい…」

その場を立ち去ると、次はアガットにぶつかった。

「あ、ごめんアガット。」

その場をすり抜けようとしたが、アガットは黙ったまま通してはくれなかった。

「…無言で睨まれても困るけど。」

その理由は、小さな声でもたらされた。

「《ハーメルの首狩り》。」

ああ、そのことか。

アルシェムは、納得した。

確かに、アガットにはその権利があるのだから。

「ぶった切りてーなら好きにすれば?わたしだって、好きで《首狩り》になったんじゃねー。」

「違う。…何で…お前は逃げなかったんだ?」

アガットの瞳は、真っ直ぐアルシェムをとらえていた。

アルシェムはその言葉の意味をとらえかねていた。

逃げたじゃないかと。

そう、言いたかった。

けれど、きっと聞きたいことはそれじゃない。

「…カリン姉から聞いたんだね。それは勿論、生き残るため。」

自分が、生き残るため。

それだけではなかったけれど。

それでも、殺したことに変わりはないのだと。

「違う。何で逃げるのに殺したんだ…?」

生き残るためならば、逃げるだけで良かったのに。

そう、アガットは暗に告げていた。

だが、それでは意味がないのだ。

「…あそこで…殺さずに、切り抜けたら?…皆の、生存率を…上げたかった。それだけ。」

誰かを殺して、大切な人が生きていてくれるなら?

殺すしか、なかった。

何を犠牲にしても、守りたかった。

「…そうか。」

ごめんなさい。

アガット。

アルシェムは、アガットに謝らなければならなかった。

ミーシャが死んだことに、責任がないとは言えなかったから。

「…ごめんなさい。」

「…謝るな。それで…ヨシュアの姉貴を助けられたんだろ…」

何かをこらえるような顔をして。

何かをこらえるような声をして。

そう、アガットは言った。

アガットには、分かっていた。

悪いのは、アルシェムではないのだと。

「…でも…」

「…頼むから。」

そう、懇願して。

アガットは、それでもアルシェムの瞳を見つめ続けた。

それで、分かった。

背負ってほしくないんだって。

だけど…

そんな虫の良い話、認めない。

アルシェムは、すべてを背負って生きていくと誓ったのだから。

「…分かった。」

それでもその場から立ち去って。

次はオリヴァルトに捕まった。

「…やあ、アルシェム君か。一杯どうだい?」

どう見ても酔っているようには聞こえないその声に、敢えて真面目に返した。

「…オリヴァルト皇子。みせーねんに何勧めてるの。」

「いやあ…呑みたいかな、と。酒のついでに聞いてほしいことがあったんだ。」

そういって、杯を勧めてくるオリヴァルト。

聞きたい。

どこからその酒が出てきたんだ。

それに、何の話か…

気になった。

だから、アルシェムは静かにその場に留まった。

オリヴァルトは、静かに話し始めた。

「君は…あの時、ハーメルと言った。あの時から推測はしていたが…いやはや、運命とは奇遇なものだねえ。あの時の少女がまさか《ハーメルの首狩り》だとは。」

「…好きでそー呼ばれたんじゃねー。」

好きで、そう呼ばれたのではない。

だが、それは甘んじて受けなければならなかった。

それは、アルシェムの罪だから。

だから、オリヴァルトは居住まいを正してこう言った。

 

「ああ。…帝国政府を代表して、ハーメルの善良なる守護者に謝罪する。どうか…受けては貰えないか。」

 

そうして、頭を下げた。

アルシェムは、呆然としていた。

…まさかの、その答え。

その、答えだけはこの男の口から聞きたくはなかった。

「バカ。皇位継承権のない庶子の皇子がそれを言って問題ないとでも思う?…今は、受けない。それに、謝ってもらうのならば、あんたを求めない。アレに手を染めたのは《鉄血宰相》だから。」

謝罪がほしいのは、帝国からではない。

ハーメルを滅ぼした《鉄血宰相》から、謝罪されたかった。

突っぱねる気満々だが。

「…!そうか…」

会話の中に、敢えてその単語を組み込むことで。

「だから、やめて。憐れまないで。もう、個人的には終わった話だから。」

強引に、話を終わらせた。

「…ありがとう、アルシェム君。」

それでもなお言葉を吐こうとするオリヴァルトを見ていられなくて。

いてもたってもいられなくなって、シェラザードとアネラスの脇を通り過ぎて。

比較的人の少ない場所に行けば、落ち着けるかもしれないと思って。

「何なの…訳わかんねー…」

それで、たどり着いた先には…

「…ああ、エル。ここにいたんですね…」

「…カリン姉。」

カリンがそこにいた。

最後は、カリン姉か。

アルシェムは、どこまでも追いつめられるのだ。

きっと、この先も。

「ごめんなさい…もう、良いんだって思ってしまって…」

ばつが悪そうにカリンが謝罪してくる。

誰かに謝罪されるために、こんな場所にいるのではないのに。

なのに、アルシェムは留まらざるを得ないのだ。

「…別にいー。気にしてねーから…」

どうせ、いつかはばれること。

それが早まっただけだ。

「…エルには、感謝してるわ。レーヴェにも会わせてくれた。守ってくれた。だから…ありがとう。」

そういって、本当に綺麗にカリンは笑った。

アルシェムには眩しすぎる、太陽のような笑み。

「…ねー…どーして、さ…誰も、責めてくんないの…」

それを直視出来なくて…

思わず、そう零してしまった。

「…それはね、エル…貴女は、沢山間違ったと思ってるかもしれないけど、貴女にしか出来ないことで誰かを救ったからよ。」

たくさんたくさん間違った。

それでも、アルシェムは確かに誰かを救っていた。

少なくとも、カリンはそう思っていた。

「わたしが?誰を?…誰も、救えちゃいねーって分かってるのに…?」

震える声を、絞り出して。

アルシェムは、カリンを見た。

「助けてくれたわよ。私を。ヨシュアを。レーヴェを。ティオさんを。レンさんを。他にも、数えきれないくらいの人達を、エルは助けてくれたの。」

アルシェムは、自らの耳を疑った。

誰も救えてはいないのだ。

そう、思っているのに。

だから、敢えてこの言葉を選んだ。

「わたしがいなかったら…ハーメルの誰も死ななかったかもしれないのに?」

自嘲気味に。

それでも、それは真実なのだとアルシェムは信じていた。

そうでなければ、ならなかった。

カリンは、そうは思ってはいなかったが。

「エルがいなくたって、きっと襲われていたわ。」

「嘘。だって…あそこを襲わせたのは、《白面》だよ…?わたしをあそこに捨てたのも《白面》。わたしがいるから、ハーメルを襲わせたのかもしれないのに…?」

事実、それが一番有り得そうな理由だった。

アルシェムは、普通ではないから。

だから、襲われたのだと必死に抗弁した。

そうしなければ、壊れてしまいそうだった。

だから、カリンはアルシェムに事実を突きつけるのだ。

「けれど、《鉄血宰相》がリベールと戦いたがっていたのは事実だわ。早かれ遅かれ、どこかの村が襲われた可能性は高いし…立地的にも、ハーメルほど都合の良い場所はない。そういう、運命だったのよ。」

それは、事実。

誰にとっての、とは言えない。

言ったところで意味がない。

「運命…?運命、だって…?そんなの…」

運命なんて、信じない。

アルシェムは、信じなかった。

信じたくなかった。

避けられたはずの事柄なのだと。

そう、信じたかったから。

 

「落ち着いて、エル。貴女が…壊してしまったわけじゃない。貴女がいたから、助からなかったはずの人間が生きているの。私だってそうよ?あの時…エルが、来なかったら…私は、確実に死んでいたもの。だから、誰も責めたりなんかしない。責めたりなんか出来ない。…あの時、貴女の話をきちんと聞いていれば…村長が、聞き入れてくれていたら…皆、生きていたかもしれない。その可能性を作ったのは他でもない貴女よ。」

 

だけど、その可能性は実現しなかった。

アルシェムが『ヨソモノ』だったから。

カリンは、そのことを悔いていた。

もしも、あの時。

何も恐れずにいられたなら。

「もしもの話が聞きたいんじゃない。わたしは…わたしさえ、いなければ…!」

こんなことを、彼女に思わせなくても良かったのに。

「エル。私はただ、事実を述べているだけよ。エルが、いなかったらなんて…そんな悲しいこと言わないで。お願い…」

「…ごめん、カリン姉。わたし…でも…」

逡巡するアルシェムに、カリンはこう告げた。

 

「私は、エルに会えて幸せよ。それだけは忘れないで欲しいの。」

 

そういって、カリンはとても綺麗に笑った。

その顔を見てしまったら…

もう、何も言えなくて。

カリンに抱きしめられ、そして彼女が去っていくのにも気づけないほどアルシェムは呆然としていた。

気付いた時には、皆が広場に集まっていた。

石碑の前で色の違う封印石をかざす。

「何か…今までと光り方が違うわね…」

「うん…一体誰が現れるんだろう…」

「…まさか、ね。」

アルシェムには、ある程度の予測は出来ていた。

そして、それが外れていてほしいと願った。

封印石が浮かび上がり、そして…

「…ああ、やっと直接言葉を交わすことが出来ますね…一体何百年ぶりのことかしら?」

アルシェムの期待は、裏切られた。

「で、殿下…い、いや、貴女はまさか…」

「あなたが…セレスト・D・アウスレーゼ…?本当に…?」

現れたのは、クローディアによく似た女性だった。




劇物。
それは、あらゆる未来を切り開くための、モノ。

ヒト、ではなかった。

では、また。

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