雪の軌跡 作:玻璃
大丈夫かあいつら。
では、どうぞ。
封印石が、解放された。
そこに現れたのは、紫色でクローディアの服を基調としたロングスカートの女性。
深く頭布を被り、恰好だけ見れば修道女のよう。
勿論、違うのだが。
「ここは…?」
「あれ、もしかしてシスター・ヒーナ?」
そこにいたのは…
シスター・ヒーナ・クヴィッテ。
「何でシスターさんまで…」
ゆっくりと起き上がったシスターは、アルシェムから目で許しを得て頭布を取り去った。
エステルの、引いてはその場の人間に自らの存在を知らせるために。
「…え。」
頭布を取り去ったヒーナを見たヨシュアは、混乱した。
彼女は、死んだはずの人間だったから。
「ど、どういうことだ…!?」
「ヨシュアにそっくり!?というか、女装ヨシュアじゃん!?」
ジョゼットが、そう叫ぶ。
その表現だけはやめてあげてほしい…
本人たちの名誉のために。
「も、もしや…」
「…でも…」
粗方意見が出尽くした後で、彼女は告げた。
「初めまして…の方が、多いようですね。わたしはカリン・アストレイと申します。以前はヒーナ・クヴィッテという名でグランセル大聖堂に務めさせていただいておりました。…皆さんには、愚弟と愚妹がご迷惑をおかけしました。」
…言ってはいけない機密情報までしれっと話してくれたのは誤算だったが。
「よ…ヨシュアの…お姉さん…?ヒーナさんが…?」
エステルの声を聴いたヨシュアが、やっと衝撃から帰ってきた。
「姉さん…!?生きてたの…!?」
その驚きは、いかほどのものだっただろうか。
「…ええ。七耀教会に拾われたの。…今まで、連絡も出来なくてごめんなさいね。」
死んだはずの人間が。
死んだはずの、最愛の姉が。
今ここに立って、生きている。
「え…じゃあ、あのお墓って…」
「ええ。空です…」
何とも言えない空気が広がる。
まあ、当然だろう。
オリヴァルトが全力で封鎖を解除したあの場所には、レオンハルトはともかくカリンすら眠ってはいなかったのだから。
「…そういえば、カリン殿。愚弟は分かったが…愚妹とは?」
そのオリヴァルトが、余計なことを言ってくれた。
有耶無耶に終わらせたかったのに。
アルシェムは、どうも運が悪いらしかった。
「え…?」
「そ、そういえば…」
そこまで話せとは言っていない。
まあ、でも…
仕方がないだろう。
「…ヒーナさん?聞きたいことが多々ありますので…そこに正座してくださいね?」
…これは、仕方がなくもないが。
何を考えているのだか。
「殿下!」
「え、クローゼ?どうしたの?」
青筋を立てながら、還俗したヒーナの上司はにっこりと笑った。
「レオンハルトさんからも何も聞いてませんよ…?」
「え!?」
ああ、もう、いらないことばかり話し始めてしまった。
だが、今は止められない。
関係をばらすわけにはいかない。
「れ、レーヴェも生きてるのかい、クローゼ!?」
「あ…はい。…司法取引をしました。蛇と関わらないこと、王国の非になることをしないことを条件に《比翼の鳥》として仕えていただいています。」
「そ、そうだったんだ…」
勿論、帝国への切り札だ。
《ハーメル》の生き証人を無碍には出来ない。
それを逆手にとって、安全を保障してもらった。
「じゃなくて!愚妹って…ダレなの?」
「わたしも是非聞きたいです。」
にっこり笑うエステルとクローディアの威圧に耐え切れずに。
「…それは…」
少しだけ躊躇って、カリンは告げてしまった。
「…シエル。今は、アルシェムと名乗っているはずです。」
その場を、衝撃が駆け抜けた。
「え…」
「アルなの!?」
ここで、まさか知られてしまうとは思わなかった。
ティオには、知られたくなかったのに。
「やっぱり…アルシェムさんは、シエルなんですか…?シエル・アストレイ…?」
あの時に、名乗ったのが間違いだったのだ。
「…さあ、ね。」
「誤魔化さないでください。」
もう…
最後まで、隠し通すつもりだったのに。
アルシェムは、誰にも知られないままに終わるはずだったのに。
「シエル…」
「…ごめん。」
短く謝って、アルシェムは息を吐いた。
もう…
ダメ、かな。
皆に背を向けて、顔を見せないようにする。
今、どんな顔をしているのか見せたくなかったから。
「わたしは…あなたより、先に…あそこから、掬い出されてしまった。」
今、どんな顔をしているのか見たくなかったから。
だから、心すら凍らせて。
それに、気付いたのだろうか。
「シエル…?ちょっと、ティオって言ったかしら…」
レンが、ティオを嗜めてくれる。
「…レン、良いんだ。言わせてよ…」
今、機会を逃せばもう言える機会はない。
そんな気がするから。
「…分かったわ…でも、レンはいつだってシエルの味方なんだから…」
「…ありがと、レン。」
あっさりと引き下がってくれたレンには、感謝をこめて。
「…生きて、いたんですね…死んだって、聞かされていましたから…」
そうだ。
アルシェムは、いきなりいなくなったから…
そう、思われていてもおかしくはなかった。
「うん…生きてたよ…」
その先の、地獄のことなんて話してはやらない。
ティオが知る必要はないから。
「それだけで十分です。…生きててくれて、ありがとう。シエル。」
「それは…こっちのセリフなんだけどなー…」
正直、あの時まで生きていてくれる保証はなかったから。
だから、アレは随分と分の悪い賭けだったのだ。
「シエル…」
今でも、思う。
あの賭けに勝てたのは、誰かの加護があったからだと。
それを、アルシェムは空の女神とは呼ばない。
呼べないのだ。
「もー…やだな…こんなはずじゃなかったのに、なー…やっぱ、後でネギをタコ殴る。」
「あはは…」
空気が少しく和んだところで、アルシェムは気になる問いを発した。
「ねえ、ティオ。ティオは、さ…今、何してる?」
感応力を身に着けてしまって…
人の中で暮らすのは、辛いはずだから。
だから、どうやって生きているのかと。
そう、アルシェムは問うた。
「今はエプスタイン財団のクロスベル支部にいます。」
その答えは簡潔だった。
「…エプスタイン財団なのは分かるけど…何でクロスベル?」
「…ガイさん…助けてくださった人を訪ねたんですけど…亡くなっていて…」
その言葉に、アルシェムは硬直した。
え…
あの、熱血バカが…
死んだ?
一度会っただけなのに、不思議と印象に残る男だった。
彼がいれば、きっとクロスベルは悪いようにはならないと思っていただけに。
今の今まで、アルシェムはその情報をつかむことは出来なかった。
「それで、途方に暮れているところを拾っていただいたんです。」
動揺を隠すために、アルシェムは話題を投入した。
「…そう…じゃー、ティータとかと話が合いそうだね。」
「え?ティータさんと…ですか?」
自己紹介した中でも、一際幼かったので印象に残っているのだろう。
「ふえ?わたし…ですか?」
いきなり話を振られたティータも困惑している。
だから、教えてやることにする。
浮かんでいた涙は、とっくに引いていた。
だから、アルシェムは振り向いて答えた。
「そ、ティータ・ラッセルっていえば分かるかな?」
「…えっ!?ティータさんって、あのティータさん!?オーバルギアの…!?」
「え、ご存じなんですかー?」
それは知っていて当然だろう。
エプスタイン財団とも共同で開発する話が出ているほどだ。
「…感無量です。」
「ふえええっ!?…あ、あれ?ティオさん…これって、魔導杖ですかー?」
「は、はい!」
ああ、話が長くなりそうだ…
「えーっと、リース?」
「何ですか?」
「終わりそうにないから、探索に行って来てよ。」
「そうですね…」
今度は、付いてはいかなかった。
行ったって、何もないから。
それが、分かっていたから。
というわけで、カリン姉貴が参戦です。
このヒト怖い。
では、また。