雪の軌跡 作:玻璃
3rd=真実暴露大会。
はっはっは。
では、どうぞ。
【七耀暦1191年~1192年春、エレボニア帝国南部、ハーメル村】
雪の降る日。
民家の前に、赤ん坊が棄てられていた。
その家では、5日前に男の子が誕生したところだった。
だからかも知れない。
彼女が、その赤ん坊を拾ったのは。
少女が家から出てきて、絶句して隣の家に駆けこむ。
「…レーヴェ、この子…!」
「どうした、カリン?…な…なんて酷い…」
その時、雪が降ってきて赤ん坊に触れた。
「…ふぇ…」
そこで、目を醒ました赤ん坊がぐずつき始めたので少女が抱き上げる。
「う…」
「ほら、良い子だから泣かないの。」
そして赤ん坊は目覚め、カリンに引き取られた。
赤ん坊はシエルと名付けられ、男の子と一緒に育った。
近所に住む少年とも仲良くなり、共に遊撃士を目指す関係にまでなった。
「エル!」
「…そこっ!」
剣対剣の戦い。
少年もシエルもなかなかの腕前で、なかなか決着が着かない。
いつも結局勝負がつかず、少女が吹くハーモニカの音色に癒されていた。
「レオン兄、やっぱつえーや。」
「エルもなかなか強いぞ。」
「ほんと?」
笑い合う子ども達。
けれど、幸せな時間は長くは続かない。
「…あれ…お客さん、にしては物騒な…」
目立たないようにこちらを窺う男達。
その背には、アサルトライフル。
「…こんなちっけえ村を潰すだけで莫大な金が手に入る。」
「うまい酒がのめるな。あと女も。地味に美人がいるからな…」
野卑た笑いを浮かべる男達は、舌なめずりをしながら獲物を見定めていた。
「…作戦通り、明日決行して下さいね。フフフ…」
そんな彼らとは異質な雰囲気を醸し出す男が、言葉を発して消えた。
そして…
それに続いてスッと男達が消えるように去っていった後、シエルは村中の人に告げて回った。
怪しい人達が、村を窺っていた、と。
けれど、「気のせいよ。」としか言われない。
何度も繰り返すうちに、村長がこう言い放った。
「黙れ、身元すら分からぬガキが。お主こそ怪しいのだ!身の程を知れ!」
…ハーメルは、小さな村。
村八分にされては生きてゆけない。
だから、彼女に何が起きようと手を出すことは出来なかった。
それはカリンも、レオンも、ヨシュアも例外ではなかった。
シエルはこの日、ハーメル村から追放された。
これが、ハーメルの悲劇の前日のことである。
次の日…
シエルは、猟兵が蹂躙するハーメルの中を走っていた。
「何処…何処にいるの…!?」
剣を片手に、必死で探す。
予備の剣を手に入れ、腰に差しておく。
その動作すら惜しみたくなるほど、今のシエルは焦っていた。
味方にすらなって貰えなくても、大切な人達には変わりないから。
だが…
それは、必然だったのか。
猟兵が、大切な人に覆いかぶさろうとしていた。
「カリン姉ーっ!」
シエルの絶叫は、猟兵の動きを止めるには充分だった。
「エル!?来ちゃダメ!」
それに気付いたカリンが叫んで。
そして…
「そこのヘンタイ!カリン姉から離れろっ!」
一閃。
それだけで、猟兵はあっさりと死んだ。
それだけで、あっさりとシエルは人間を殺めた。
感傷に浸っている暇はない。
そう、思って。
「カリン姉…大丈夫?」
カリンを抱き起して、シエルはそう問うた。
「ええ…でも、どうしてここに?」
ゆっくりと起き上がりながら、カリンは猜疑の声を投げかける。
今は、そんな場合ではないのに。
「起きると分かっていることを見逃すなんて出来ないから。…立って、カリン姉、ヨシュア。」
「立って…何処に行けば良いの?」
絶望に駆られた眼をしたカリンに、シエルは力強い言葉を投げかけた。
「逃げるんだよ。それ以外ないでしょ?」
そこに、青年が現れた。
「レオン兄!」
「カリン、ヨシュア、無事…何故ここにお前がいる、エル。」
自らの大切な人達の無事を確認して…
いるはずのない人間に、目を細めるレオン。
「そんなのどうだって良いよ。今は逃げないと…」
だが、レオンはそんなこと聞いちゃいなかった。
その瞳は、カリンと同じく絶望に濁っていた。
「…お前が、こいつらを呼び込んだのか?」
ひび割れた声が、虚しく響いた。
「違…」
否定の言葉すら、レオンには届かない。
「なら、なぜ知っていた。」
今の彼は、疑うことしか出来なかった。
そうしなければ、大切なものを護れなかったから。
「理由は昨日言った筈でしょ?」
「悪いが、信頼出来ない。」
それもそうだった。
もともとよそ者のシエルの話など、聞いて貰える訳が無かったのだ。
だから、シエルは黙った。
もう、何を言っても無駄だから。
「…レーヴェ、逃げて。…私が囮になるから。」
そう言って、カリンは笑った。
それは、とても空虚な笑みだった。
「何を…言っている、カリン。」
レオンの言葉も、虚ろに響いた。
「ヨシュアを連れて逃げてって言ってるの。3人じゃ助からない。でも、2人なら助かるかもしれない。だから…」
「バカなことを言うな!」
自暴自棄になったカリンを叱咤するレオン。
だが、事態は待ってくれはしないのだ。
決して。
襲い掛かってくる猟兵達を、シエルは躊躇なく殺した。
「邪魔すんなっ!猟兵崩れさんが!」
レオンは、接近にすら気づいてはいなかった。
「何っ!?」
シエルが殺したからこそ、気付いたのだ。
「…レオン兄、カリン姉、ヨシュアを連れて今すぐ逃げて。道は開くから…囲まれる前にっ!」
その、シエルの絶叫は。
「信用出来るかっ!」
その一言で切って捨てられた。
「信用なんてしなくて良いから!全部終わったらどっかの崖から飛んだって良い。自分で首だって刎ねる。だから…!だから、早く逃げて!」
そこに、無情にも投げ込まれるダイナマイト。
それは…
レオンとカリンの間に落ちた。
「カリン姉っ!」
シエルは咄嗟にカリンとの位置を入れ替えた。
爆発するダイナマイト。
爆風に呑まれ、そこにいた人間は残らず吹き飛ばされた。
「…っ!」
レオンとヨシュアとは、完全にはぐれてしまった。
最悪の組み合わせだ。
あちらは戦力として警戒され、こちらは格好の的となる。
兎に角、シエルは気絶してしまっているカリンを抱えて森の中に逃げ込んだ。
「…どうしよう、どうすれば…」
どうすれば、カリンが助かるか。
今のシエルの思考からは、自分のことなど消え去っていた。
「…ん…」
その、思考を遮る小さな声。
「カリン姉!?」
意識を取り戻したカリンが、ひび割れた声で問うた。
「…エル?どうして…助けたの…?」
信じたかった。
信じられなかった。
だけど、信じたい。
だから、理由を聞いた。
「理由なんてないよ。兎に角、逃げないと…」
それは、カリンの求めていた答えだった。
だから、カリンはゆっくりと首を振った。
縦にではない。
横に、だ。
「どうして…?」
「私はもう助からないし…これ以上足手纏いにはなりたくないの。」
足手纏いにはなれない。
そして、何よりも…
理由もなく助けに来てくれた、可愛い義妹を死なせたくなかった。
「足手纏いなんかじゃないもん。何でそんなこというの!?」
涙を流しながら、そう叫ぶ義妹に。
カリンは、最後の言葉を突き付けた。
「私は戦えないし、人だって殺せないわ。」
エルとは違ってね?と、カリンは暗く笑った。
そこで悟った。
悟ってしまった。
もう、シエルには居場所はないのだと。
「でも…わたしは、カリン姉に生きててほしい。」
「…行って、エル。私はあなたのことなんか
カリンは、シエルを突き放した。
生きていて欲しいから。
例え、自らが死んでしまおうとも。
「…そ…う…分かった。…ごめんなさい…もう…関わらないから…」
「戯言もいらないわ。…消えて。」
カリンは泣いていた。
だが、ここで関わることは出来ないのだ。
背を向けて、駆けだすシエルは。
「無理よ…私がいたら、エルが逃げ切れないじゃない。」
そんな、言葉を聞いた気がした。
「うわあああああああああああああっ!」
迫りくる猟兵とか、もうどうでも良かった。
シエルは予備の剣を抜き…
剣を持っていない右手に持った。
そして…
「死にたい奴からかかって来い…!その首全部貰ってやるっ!」
ここに、闇に《ハーメルの首狩り事件》と呼ばれるようになった殺戮が始まった。
ハーメルを襲った猟兵は、たった1人の少女に蹂躙された。
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映像が終わった後も、ヨシュアは呆けていた。
「…え…」
「…知っちゃったか。とゆーか、思い出してくれた?」
「ど、どうして…君が…エル?」
遅い。
本当に、遅かった。
「バカ。遅いのよ。」
もっと早くに思い出してくれれば。
もっと、早くに…
「でも…だって…エルは…死んだはずで…」
「ふぅん、シエルってやっぱりヨシュアと知り合いだったのね。」
レンは、聡い。
だから、気づかれているとは思っていた。
「でも、あれからどうやって生き延びたのかしら?」
「逃げただけだよ。本当に、それだけで…ん?待って、じゃ、これって…ま、マズいかも!?」
「どうしたんだい、アル?」
「…もー…知んねー…」
その封印石は…
間違いなく、あの人だろうから。
「…拠点に帰りましょう。話はそれからです。」
拠点に戻り、封印石を解放すると…
その場は、衝撃に包まれた。
あの日の真実。
あの日の、思い。
すれ違って、かみ合って。
では、また。