雪の軌跡 作:玻璃
ちょっとだけ残酷な描写注意です。
この描写がR-18にかからないとは思いますが、近いかもです。
では、どうぞ。
【七耀暦1195年、カルバード共和国、アルタイル市】
魔人に襲われて、気を失ったシエル。
「…ん…?」
シエルが目を醒ますと…
周りが、途轍もなく異常だった。
「嫌ああああ!嫌、嫌ああああ!」
「やだ…やだよ…やめて…」
「ぎゃああああああああ!」
自分と同じ位の年の子ども達の叫び声が聞こえる。
耳を塞ぎたい。
なのに、不意に腕をつかまれて。
何かが突き刺された。
「え…?」
白衣を着た男が、無慈悲にも宣告した。
「儀式を開始する。」
薬物は、体内に止め処なく流れ込む。
でも、痛みはない。
何が起こっているのかさえ、シエルには分からなかった。
けれど。
薬物が一定の域値を超えたとき…
「あ…」
心臓が、痛い。
体が、痛い。
そして。
ぷつん、とどこかで何かが切れたような音がした。
「あ、が、ああああああああああっ!」
死ぬんだ。
「あああああああああああああっ!」
このまま死んじゃうんだ。
「ああああああああああああああ…あああああああっ!」
シエルは、そう思った。
けれど、死ぬことは出来なかった。
死ぬことは、出来なかった。
そう出来たら、どれだけ幸せだっただろうか。
喉が枯れ、声が出なくなって、暫くした頃。
痛みが唐突に消えた。
「はあ…は…はあ…く…けほ…」
「…素晴らしい。こんな素体が手にはいるとは…!」
何が素晴らしい、だ。
そういった声は、目の前の奴には届かない。
喉が枯れてしまって、声が出ない。
「アレは手痛い損失だったが…それ以上の収穫だな。」
手痛い…
損失…?
そうだ、あの時…!
あの子は…
あの子は、どうなったの!?
そう、問いかけたいのに。
声は、出なかった。
「あの忌々しい親子め…よくも我らが同志を…」
「落ち込むな。お前だけでも生き残っていただけ僥倖というものだ。」
…生き残った?
じゃあ…
大丈夫。
あの子は、弱くない。
きっと…
生きてる…!
僅かに、シエルの瞳に希望が宿った。
「…そう言えばこのガキ、名前分からないんですよね。書類に書けないで困ってて。」
へらへらいう男に、シエルは怒りを覚えた。
…刻んでやる…
二度と忘れられないように、わたしの名を刻んでやる…!
そう思うと、不思議と声が出た。
枯れていたはずなのに。
「…シエル。それが、わたしの名前よ。…覚えておきなさい。いつか…必ず、殺してやる…!」
そこで咳き込む。
男達の顔が歪み、顔面を殴られる。
「調子に乗んじゃねぇぞ、ガキが。」
「今日は寝るぞ。あーもう、シケたぜ畜生…」
彼らはそういって去っていった。
すると、隣にいた少女が懸命に喉をふるわせて話しかけてきた。
「あの…本当に、ありがとう。みんなが言いたいこと、言ってくれて…」
水色の髪の少女はそのまま気絶した。
次の日から、余裕が出来ると彼女と話すようになった。
「わたし…ティオ…ティオ・プラトー…あなたは…?」
「わたしは…シエル。姓は…アストレイ、だった…今は…ない…」
「そっか…」
ティオと励まし合って過ごす日々…
彼女がいたから、シエルは生きてこれた。
しかし、それも長くは続かなかった。
―地獄から闇へ―
【七耀暦1196年、《楽園》】
シエルは、あの地獄から別の地獄に移された。
周りの大人達が言うには、ここは《楽園》という名の館だそうだ。
…そんなバカな。
ここは…
地獄だ。
それも、女の子にとっての地獄。
子どもにしては艶っぽい声があちこちで響いている。
その中に、シエルもいた。
シエルの相手はちょび髭でひょろ長い偉そうなおじさん。
閣下とか呼ばれているから、偉い人なんだろうと推測する。
けど、おじさんはなかなか悩んでいた。
偉いなりに、苦労があるのかな?
…あの、前の地獄で。
シエルには感覚のような、第六感とかそういう類のものが芽生えた。
それが奴らに発覚して、何故か今の地獄に連れてこられた。
それで、付け込みやすそうなこのおじさんの相手をすることになった。
ことが終わった後、シエルは研究員(という名のゲス野郎共)におじさんの考えていたことや弱みになりそうなことを話す。
あらかた話し終わると、解放されて共同部屋に帰される。
気力のない子ども達。
その中に、シエルの新しい小さな友達がいた。
明るいスミレ色の髪の少女。
15番の少女。
彼女の名は、レン。
彼女はどこか異常だった。
お話をすると、いつも反応が違う。
お人形みたいなとき。
合理主義の塊みたいなとき。
その他にもたくさんの、『人格』があった。
一番多かったのは『クロス』。
一番少なかったのは『お姫様』だった。
客の相手をするのは『お姫様』以外。
みんなに守られていたから、シエルはそれを『お姫様』と呼んだ。
やがてシエルはレンの変化に気付いた。
中間にいた『人格』が次々に消えていったのだ。
最後に残ったのは『クロス』と『お姫様』。
シエルは、どちらかが本当のレンだと思っていた。
どちらかが最初からいたレンの人格だと。
疲れ果てた『クロス』を見ていると、きっと…
『お姫様』が、本当のレンなんだと思った。
やはり、レンがこうなってしまったのはあのグノーシスとかいう気持ち悪い薬なのだろう。
レンは命の水だといっていたけれど。
「…レン、大丈夫?」
「…大丈夫よ。」
いつの間にか周りの子ども達もほぼいなくなっていた。
シエルは、もうあのおじさんの相手をしていない。
あのおじさんは、もう来ないらしい。
その代わり、来ている他のおじさん達の感情を『感じる』。
まあ、たまにおばさんとかもいるけど…
彼らの弱みになりそうなことや世間の情勢を、シエルはずっと探らされていた。
例えば。
リベールの凄い遊撃士が動き始めているとか。
なんでも、救国の英雄らしい。
その調子で助けてくれないかな?
カルバードでは熊殺しが引き抜かれたとか。
丸々太った人が商会を作るのに必要だったらしい。
商会に何で猟兵が要るの?
エレボニアでは鉄血宰相がヤバい手段を使って国を併合したとか。
確か…ジュライ市国だっけ?
お気の毒に。
クロスベルでは色々なものがヤバいオークションが開かれたとか。
丸々太った人、暇なの?
ヤバいものを売りさばいて警察とかに捕まらないの?
中には、男の子大好きぐへへへへとか言っている黒髪河童枢機卿とかがいたりした。
でも、シエルにはどれも関係なかった。
逃げ出したい。
でも、それだけの力はなかった。
ただ助けを待つだけ。
けれど、望みは薄い。
日に日にみんなが憔悴し、減っていく。
そして、ついに。
「…シエル、クロスを知らない…?」
レンが、壊れ始めた。
「レン、クロスは…」
レンと話そうとするが、叶わない。
レンが呼ばれてしまった。
「…クロスはもう…死んでる…のに…」
漏れ聞こえる声。
「レン、出番だ。お客様に粗相のないようにな。」
レンは答えない。
「どうした、レン。いつものようにやってみなさい。」
いつもの案内役が…
支配人と呼ばれる男が、レンを促す。
「おい、触れ込みと違うじゃないか。『15番』は特別なんじゃなかったのかね?」
「おかしいですねえ。いつもは本当にいい子なんですよ。お客様のどんなニーズにもお応え出来る、とっておきの天使です。」
作り物の笑顔を顔に張り付けて、客に笑いかける支配人の顔が目に浮かぶ。
気持ち悪い。
「クールな男の子か。可憐なお人形さんか。どれを演じるんだ?レン。」
しばらくの沈黙ののちに、レンの声が聞こえた。
「…『レン』じゃない。『レン』じゃ、ない。『レン』じゃ、ない…わたしじゃない、わたしじゃない!それはわたしじゃない!!わたしじゃないんだ!!」
誰かが何かを言っている。
レンはいつものように耳を塞ぐ。
誰かが何かをしている。
レンはいつものように目を瞑る。
レンはいつものように。
レンはいつものように。
レンはいつものように。
レンはいつものように、“
…もう、レンを守る『クロス』は存在しなかった。
レンを守ってはくれない。
だから、もうレンは…
壊れてしまうしかない。
支配人の甘ったるい声が、残酷に響く。
「さぁ、レン。今日はシロップを多めにしておいたよ。」
レンを壊してしまう薬も、それを助長していた。
「さぁ、レンちゃん。座ってお喋りをしよう。」
「はい、よろこんで。」
薬が、レンを壊していた。
そして…
これ以上、聞きたくないと思っていた時だった。
いきなり、館が停電した。
激しい銃撃音、斬撃音が鳴り響く。
…誰かが、ここを処分しに来たのだろうか?
その割には、ここには誰も来ない。
まず処分するなら、子ども達だろうに。
…あの男達も、来ない。
さすがにそろそろおかしいと思った頃、シエルは決断した。
レンに、会いに行こう。
重い体を動かし、『
漸く辿り着いたときには、もう殆どの人間が生きていなかった。
子ども達も、悪い大人達も。
「誰だ!」
…あれ…
「レン…は…?」
あれは、もしかして…
もしかしなくても…
レオン兄と…
ヨシュア…?
どうして…
ここに、いるの…?
シエルは、目を疑った。
とうとう、幻覚を見るまでになってしまったのかと。
「レーヴェ、どうする…?」
「…様子を見よう。だが、気は抜くなよ。」
「うん…」
だけど、幻覚にしては冷たくて。
…腹が立った。
彼らの感情が見えるけれど、わたしのことなんて知らないみたい。
でも、今はそれよりも…
大切なものが、あった。
「レ…ン…」
…感じる。
生きてる。
手探りと直感でシエルはレンを探し当てた。
「レン…」
「…シエル…?」
「他にも生き残りがいたのか…」
他にも?
「他…に、生きてる、子は…?」
「…君達だけだ。」
みんな…死んだ?
「…んな…」
そこで、気力が尽きる。
「…下種どもが。」
夢にまで見たレオン兄が、顔をゆがめながら言った。
それに、信じられないくらい冷たい目に困惑を浮かべたヨシュアが答える。
「…こんなふうになっても、まだ人間は生きていられるのか?これでもまだ、生きていると言えるのか…?」
「…この無数の
「…そうまでして、生きたかったのか…」
ヨシュアは目を瞑り、そして言い放った。
「この子達が生きている姿を見てみたい。結社で引き取れないかな?」
そのあとはもう、覚えていない。
気を失ってしまったから。
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映像が消えると、レンの顔が歪んでいた。
「…胸糞悪いわね。」
「そうだね…やっぱ今度あのネギ殴る。」
殴るだけでは済ませないかもしれないが。
まあ、自業自得である。
「な、何があったんですか…?」
「知る必要のねーこと。ほら、またふーいん石が2個も出たんだし帰ろー。」
クローディアが何かと気にしてくるが、そんなことどうだって良い。
知られたところで痛いことはない。
ただ、心が保たないだろうから言わないだけ。
次の扉にも、やはりアルシェムが必要だった。
だから、早く終わらせたかった。
庭園まで戻って。
封印石を石碑にかざし、そして出てきたのは…
「…メル!?」
「それに…誰!?」
「…ここは…一体…?」
そこにいたのは、メルと、もう一人。
水色の髪の少女だった。
そして、アルシェムは彼女を知っていた。
「えっと…初めまして、ティオ・プラトーです。」
道理で、見覚えがあると思った。
彼女は…
彼女、は。
「初めまして、ティオちゃんって呼んでも良い?」
「は、はい…」
エステルを皮切りに次々と自己紹介が始まり、それぞれに答えを返していく。
最後になって、《空気》が自己紹介した時だった。
「俺はジン・ヴァセックだ。よろしくな、お嬢ちゃん。」
ティオは、少しく瞠目した。
その名前を、ティオは知っていたからだ。
「…ジンって…あの。《不動》の…?」
「ああ、そうだが…知ってんのか?」
微かに躊躇し、そして彼女はこう言った。
「…その節は、お世話になりました。」
その言葉で。
ジンは、理解せざるを得なかった。
「ん…?んん?もしかして、お前さん…」
写真を見たことがあった。
絶望に濁り切った、少女の写真を。
その顔と、今の顔が重なって。
「はい、そうです。あの…ジン、さん。ジンさんは…シエルって子…もしくは、エルという方をご存じないですか?」
ティオは、一縷の希望を込めてそう問いかけた。
…探されている。
そう、アルシェムは思った。
「ああ、あの時のか…いや、エルは分からんが…でもなあ…」
アルシェムが、探されている。
どちらもアルシェム自身だというのに。
言う気はなかった。
言えるわけがなかった。
「シエルって名の子なら、そこにいるが…お前さん、関係も糞もなかったよな?」
「え…」
「ジンさん。関係あると思うんですか?もしも関係があったとして…それを、この場で言えるとでも?」
言いたくない。
言えない。
知られたくない。
「…まあ、そうだわなあ…」
「全く…ケンカ売られてばっかり…もー!やっぱあのネギ起きたらぶん殴る!」
いっそ殺したい。
…やらないが。
「ちょ、落ち着いてください…」
「…ごめんなさい。でも…わたしと、ジンさんの関係がどんなものだかは知ってるんですね?」
…しまった。
「Top secrets…かな。」
「じとー。」
ジト目で見て来るティオから、目を逸らして。
「ちゃんと戻れたら、そのうち会える気がするから。そのときにしねー?」
そう、アルシェムは言った。
そのうち会えるという予感は、確信にまでなっていたから。
「…分かりました。」
そして、パーティを組みなおす。
「殿下。ヨシュアと交代ね。」
「そうですね…」
扉の文言には、クローディアは当てはまらない。
だから、置いていく。
「僕かい?」
「ろくでもねーものを見るかもね。」
次の扉は、辛い過去だろうから。
扉まで移動して、文言を読んだヨシュアが呆けて。
「え。」
そして、扉を開く。
それが、彼の運命の分岐を引き当てるとも知らずに。
いやあ、長かった。
分けられなかったというのもあるけどね。
では、また。