男の娘アイドルによるスクールアイドル育成譚   作:片桐 奏斗

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第8曲目 否定しなくもないけど

 

「……こんなところかな」

 

 幾度となくライブなどを経験している俺であったが、いつまで経っても緊張だけは解れないため、何度もリハーサルを行っていた。

 後ろで演奏してくれる人達ですら「もういいんじゃないかな」と一言漏らすぐらいには数をこなしていた。

 

「……そだね。これくらいにしておこう」

 

 本番もこの調子でよろしくお願いします。とその場にいるスタッフ全員に聞こえるような大声を出し、スタッフはそれに答えるように笑顔を浮かべる。

 『Starlight(スターライト)』の面々も笑顔を浮かべてはいたが、長々と何回も繰り返すようにリハーサルを行っていた俺に対して軽口を叩いていた。

 君達が笑顔なのは、俺が慎重派過ぎて笑いが堪えられないとか、スタッフみたいに愛想ではなくて、絶対にこの何度も行っていたリハーサルがやっと終わったと喜んでるからでしょう。

 

「そういえば、蓮。アカペラで歌うっていう曲は大丈夫なの?」

 

 リハーサルを終え、水を飲みながら椅子に座って試し撮りをしてもらっていたビデオを確認しながら休憩を行っていた俺の下へ来た理央はそう声をあげた。

 

「んー。あぁ、あの曲なら大丈夫だよ。昔っから歌ってた曲だし」

「昔?」

「俺が音楽への道を考え始めた純粋な頃、かな」

「それはまた……。だいぶ、年季の入った曲だね。今、その曲を売れば絶賛間違いなし。じゃない?」

 

 確かにそう考えたことがなかった、とは言えない。一度や二度はお金に困って、そういう策略を取り売ってやろうかと。

 

 

 ーーけど、出来なかった。

 

 

 あの頃、純粋に音楽を楽しんでいた過去にしがみついて、過去と現在を決別出来ていない少年だと思われようと、歌手活動の一環では歌ってはいけない。

 そう、心に決めて頑張った。

その曲を歌手活動に使ってしまうと、楽しい音楽が楽しくない仕事へと変わってしまう。それが嫌で出来なかったのかも知れないな。

 

 好きな曲が嫌いな曲へ変わるのが、とても嫌だったから。

 

 

 特にあの曲は、あいつとの思い出の曲だから。

 

 

 

「俺はその曲を稼ぎの種にするつもりはないよ。たとえ、それが大きな金の木に育つ可能性があるとしても」

「幸せ者だね」

「何が?」

「そんなにも大切に想ってもらえる曲を作った作曲家はさ」

 

 あんなにも幼く小さかった少女を捕まえて作曲家なんて言ってもいいのかと脳裏に思いながらも、否定的な言葉を口にする。

 

「……別に。ただ、あまりにも粗末な仕上がりだったからだよ」

「またまた~。照れちゃってさ」

 

 自分でも理解出来る程、凶暴な獣のような眼差しを彼に向けると、まったく怖がる素振りも見せないで、怖い怖いなどと退散していく。

 言いたいこと全部言った後、逃げやがった。

 こっちは既にステージ衣装に着替えてるから身軽に行動出来ない状況だっていうのに、後ろで演奏するあいつらは私服でいいなんて不公平だと思うんだよ。

 俺だって事務所の許可さえ得られたら絶対に衣装に袖なんて通さない。私服でも結構、そういう系統の服があるから平気だろうし。

 

「まったく……」

「今回もまた、彼らに緊張を解いてもらったクチかな? 結構、落ち着いてるよな」

 

 俺が本気で彼らを怒らない理由は、彼らに……特にリーダーである彼の言葉に悪意が微塵も感じられないからだ。

 トップアイドルと色々な人に言われているみたいだけど、俺はそんなに立派な人間じゃない。

 

「……まぁ、否定しなくもないけど」

 

 彼らほど、お節介な演奏グループは見たことがないが故に、何度も彼らに演奏を頼んでしまうんだよね。最初の方は、俺から「この人たちなら安定して歌えるから、彼らがいい」と一言声を掛けていたが、ここ半年の間では、俺がライブを行うことが、彼らを呼ぶことに繋がっている。

 まぁ、最もこんなにも彼らを信頼する事態を兄貴は好ましく思っているのだろうな。と他人事のように考えていた。

 

「さて、そろそろ本番が始まるけど。準備はオッケーか?」

「ああ、大丈夫だよ」

 

 衣装のほつれなどがないか確認しながら、兄貴にオッケーを出す。元々、兄貴の準備はって問いは衣装云々ではなく、気持ちの整理であるために、こんな適当な返事をしているのだ。

 

「衣装の準備も……オッケーだな」

 

 今回の衣装は珍しくロック系の格好ではない。

 曲が結構、激しい感じの曲が多かったために、派手な衣装に袖を通すことが多かった俺だが、今日は違う。おそらくRENの曲を歌うときには違和感が生じるだろうが、俺の目的はあくまで最後の曲なので自分の中性的な顔立ちを十分に活かせるこんな衣装にしてもらった。

 現場の端っこに置いてあった鏡に映る白のドレスシャツのうえから灰色のカーディガンを羽織り、紺色のジーンズを穿いた俺の姿を視界に捉え、何かおかしな点がないかをチェックする。

 

「さてと、本番を始めようか」

 

 生放送であるため、失敗は許されない。

 

 けれども、俺はすでにそんな心配はしていない。俺の心中にあるのは、未来あるアイドルグループへ真剣な想いを込めて歌わなければという一種の使命感だ。

 

「本番三十秒前です。出演者の皆さんはポジションについてください!」

 

 スタジオに何十人といるスタッフの一人が声をあげる。

 その声に従い、『Starlight』も、俺もセットポジションにいく。散々やったリハーサルを想起しながら本番開始の合図を待つ。

 

 行ったリハーサルでは、開始時刻と同時に簡単な紹介を行い、すぐに一曲を歌い上げる。そして、またしてもちょっとした小話を入れつつ、もう一曲だ。

 という、三曲目に入るまでも早いし、生放送の時間が物凄い短くなるという仕上がりだった。そのため、スタッフからはそこまで急がなくともと言われた。

 俺もそう思わなくもない。こんなに急いだら三曲全部歌ってもそこまで尺は稼げないと。

 

 

 ――そのリハーサルの通りにいけば、だけどね。

 

「本番十秒前……九、八……」

 

 スタッフの一人がカウントダウンを始めていく中、俺は言い忘れていた一言を告げる。

 

「あ、そうそう。今回はリハーサル通りに進まないんで、よろしくです。てか、進ませないんで」

「え、あ、ちょっと! それ、どういうこと!!」

 

 番組スタッフ陣が慌ただしくなったが、俺らは関係ないと言わんばかりに本番を開始する。

 さてと、RENとしてのひとまず最後の仕事をするとしますかね。スタッフに対しての嫌がらせも兼ねた最後の仕事をね。

 

 

 

 


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