男の娘アイドルによるスクールアイドル育成譚   作:片桐 奏斗

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自分の想像以上に仕事が忙しく、執筆出来る時間が取れず更新するのが遅くなってしまいすみませんでした。


この年末年始の休みの間に書ける分書いておきたいと思っていますので、年明けからもよろしくお願いします。


第5曲目 何より、しつこいわよ

 授業は最初に心配していたほど、難しくなくて、勉強が正直に言って苦手な自分でもきちんとついていけるレベルだった。これなら家に帰っても復習や予習をする必要もないだろう。

 

 もっと難しい問題などが出てくるのであれば、外見や仕草からでは予想も出来ないが名門校に通っていた兄貴に頼るところだったが、そんな面倒なことをしなくても良さそうだという事実がどれほどまでに嬉しいことか。

 

「えっと、玲奈ちゃんでいいんだよね?」

「ん?」

 

 担任による授業を軽く聞き流していると、隣に座っている少女から声をかけられた。

 なんて名称なのか髪型に詳しくない俺ではまったく理解出来ないのだが、独特な髪型とだけ言っておこう。

 そんな髪型のたれ目少女が俺に何の用だろうかと疑問に思いながら、視線を彼女へと向ける。

 

「なに?」

「私から言うのもあれなんだけど、穂乃果ちゃんが失礼なこと言っちゃってごめんね」

「穂乃果……? あー、高坂さんのことね。別に気にしてないよ」

 

 最後の一言は心に大きな棘のようなものが刺さったけれども、特にこれといって支障が出ているわけでもない。

 別にこれからその噂のアイドルグループに関わるわけでもないし、気にする必要もないからね。

 

「……ただ、なんでそこまでアイドルに否定的な考えを持っているのか聞かせてもらえないかな?」

 

 直後に続いた言葉が耳に入り込んだ瞬間に、こいつは高坂の友達っぽい雰囲気がしたので、回し者かなと一瞬思い込んでしまったが、そんな会話をする暇もなく、予め合図を決める余裕すらもなかった。よって、本心からの質問だと推測する……が。

 

「……別に気にする必要ないよ。ただ、甘い考えを持って始めようとする人らがたくさんいてイラつくから嫌いなだけ」

「……でも、穂乃果ちゃんは本気だよ」

「確かにそうかも知れない。けど、少なくとも“今は”」

 

 アイドルに憧れ、なったばかりのときは俺もそう在った。

 これから送るであろうアイドル生活に心を躍らせて、楽しい日常にしようと思ってたよ。

 

 

「今はそうだろうけど、これからもその気迫が続くとは到底思えないし」

「それじゃあ、どうやったら穂乃果ちゃんが本気だって信じてもらえるの?」

「……そんなの君が気にしても意味ないよ。あの子の頑張り次第じゃないかな」

 

 それ以降、俺が口を開くことはなかった。

 転入早々から先生の話を全然聞かずに、自由奔放とする問題児なんてレッテルを貼られたくはないし。何より、あの高坂と一緒にいる友人にこれ以上の情報を渡したくはない。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……面倒くさい」

 

 放課後の音楽準備室――。

 

 なんでこんな場所に俺がいるのかと数分ぐらい前に遡らなければならないのだけど、簡単に言ってしまうと高坂に追われたからだ。全課程を終えた瞬間に俺の席に集まった高坂を合図に隣の少女に腕を取られて逃げられなくされた。

 

 それを上手く振り解き逃げ切った先がここだったわけだ。

 

 本当なら校内から逃げ出した方が良いと思ったんだが、高坂の友人らしき人物が辺り一面を注意深く見渡していたので、仲間らしい少女によって張られていた。

 

 そこまでして俺をアイドルグループに入れたいかと呆れながらも、校内に戻り、せっかくなら屋上で休むかと思っていたら、高坂を含め何人かが屋上に集まっていたのを目視してしまい、屋上で時間を潰すことも出来なくて最悪と思いながら何処かで空いている部屋がないかなと探索していた。

 

 

 その結果、音楽室の鍵が開いており、その横の準備室でゆっくりとさせてもらうことにしたのだ。

 当然、俺が寝ている間に扉を閉められては困るので、音楽室に自分の鞄を放置している。別に中に取られてはいけない重要な物は何も入れてないので平気だろう。教材も全て机の中にしまってあるし。

 

 

「……ちょっとだけ、寝ようかな」

 

 窓から差し込む日差しが妙に心地よくて、横になっているだけで眠くなってきた。

 上着をそっと脱いで、出来る限りしわにならないように綺麗に折り畳み寝転がった自分の頭の下に入れる。

 それからほんの数分たっただけで、俺の意識は少しずつ白く濁っていき、春の陽気に促されるように眠りにつこうとした瞬間――。

 

 

「~♪」

 

 隣の教室からピアノの音と誰かが歌う声が聞こえてきた。

 たったそれだけの出来事なら、そこまで動揺することでもなかった。隣の部屋は音楽室だし、そこにグランドピアノがあるわけだしピアノを弾きたい少女達が集まってもおかしくはない。

 ただ、問題があるとすれば、その演奏をしている曲と声の方だ。

 

「この曲は……」

 

 曲と歌声が聞こえてからの俺の行動は早かった。

 その場で勢いよく立ち上がり、隣の部屋へと繋がる扉を開ける。そこで目にしたものは、頭の片隅で想像していた光景とまったく同じだった。

 

 

「ま、真姫……」

「なっ、い、いきなり何よ。ビックリさせないでよ」

 

 急に現れた俺に驚いたであろう赤毛の少女。

 まるで少女の強気な性格を現したかのようなツリ目が特徴的で、華奢で綺麗な指はピアノの鍵盤の上に置かれていた。

 その光景を目の当たりにした結果、おそらくこの少女がさっきの曲を演奏し、歌ったに違いないと確信した。

 

 現状を見ていなかったとしても、俺はきっとこの少女が歌いピアノ伴奏したと考えていただろう。だって、今の曲は……『愛してるばんざーい』と言って、中学ぐらいから疎遠になった幼馴染が幼少期に演奏していた曲だったから。

 そう、今、目の前にいる少女――『西木野 真姫(にしきの まき)』こそが俺の幼馴染だ。

 

 

「それに誰よ、あなた。なんで私の名前を知ってるのよ」

「……あ」

 

 ずっと頭の片隅に残っていた曲を耳にし、多少興奮していたせいで、いつも冷静であり、常に先を考えて行動していた俺が初めて失態を犯してしまった。しかも、どう立ち回れば上手くいくのかわからない。

 

「え、えっと……、わ、わたしは……」

「……あれ、あなた。何処かで」

 

 超至近距離にまで詰め寄られて、真っ直ぐと俺の目を見つめられ、瞳の奥に隠していた感情や過去が全て読み取られているようで絶句してしまう。

 数秒が経った後、このままでは気付かれてしまうと、さっと顔を背けようと首を動かそうとするが、真姫の「逸らさないで」の一言で動きを止めてしまった。

 

 過去に俺がやらかしてしまった罪の意識からか、真姫の言葉には何故か逆らえない。逆らってはいけないのだと本心で思ってしまっているからかも知れない。

 

 

「……やっぱり。あなた、蓮?」

「な、何を言ってるのかサッパリ。確かに新垣蓮の親族ですけど。別に私は……」

「私は別に新垣って苗字は言ってないんだけど。それに、あなたが蓮じゃないって言うのなら、その右目尻の泣き黒子はどう説明するのかしら?」

 

 蓮という名前に敏感に反応してしまい、誰も口にしていない『新垣』という苗字を口にしてしまった俺のミスだ。

 こいつがもしも、二年生で俺のクラスであったならば、自己紹介の時に聞いてたでしょ。という理由に逃げることが出来たんだけど、一年や三年にまで俺の名前が伝わっている可能性はない。転入生が来るという情報だけは伝わっていると思うけど。

 

 『愛してるばんざーい』を聞いた後からの俺は、自爆してばっかりだ。というのも、俺は過去に真姫に対して酷い行いをしている。そして、それに対して謝罪することもなく、アイドル活動に逃げ隠れ、会うことを否定していたのだ。疎遠になったのも正直に言うと、俺が原因であり、俺が距離を取っていただけ。

 

 

「……参りました」

「ってことは、やっぱりあなたがあの新垣蓮なのね?」

「うん。こう見えてもね」

 

 女装姿だから男に見えてないかも知れないけれどね。なんてあり得ない一言が口から漏れそうになるが、必死に堪える。

 

「……あ、あのね。本当に色々とあって、すぐに謝りにいくことが出来なくて」

「別にいいわよ。そこまで気にしてないし。ただ、元気にしてるかなぐらいには思ってたけど」

「それは勿論、元気にしてたよ。そこらを歩くだけで自分の広告を見つけて吐きそうになるぐらいには」

 

 元気だと言っているのに吐き気を覚えると言い放った俺に対して適切なツッコミを入れつつも話を進める真姫。

 そんな彼女の姿を見ていると、俺がアイドルになる前の若干引き籠りがちだった時代の俺を思い出す。

 何かと俺の家へと上がり込み、一緒に話したり、音楽を演奏したり、色々とやったそんな昔のことを。

 

 

「……それにしても、最初はあなたがアイドルなんて出来ると思わなかったわ。テレビであなたの姿を見た時はびっくりしたもの」

「それについては俺も同感だよ。ほんの思い付きみたいな感じで始めたら結構いい感じに嵌っちゃったし」

 

 ただ、芸能界の裏の事情ってやつを知ってしまって嫌気がさしたけれども。

 俺はただ楽しみながらアイドル活動を行って、ファンのみんなに喜んでもらいたい。その一心で頑張ってきただけなのに。

 

 

「その割りにはμ'sのメンバーにアイドルなんて嫌いだなんて言ったらしいじゃない」

「……誰から聞いたんだ? って聞くまでもないな」

 

 俺と同じクラスの誰か……おそらく高坂か南のどちらかだろう。園田はあまりそういう行動を積極的にするタイプではなさそうだし。

 

「てか、お前もμ'sに入ったのか?」

 

 μ'sのメンバーからこんなにも早く連絡がいくということは、ただの顔見知りというわけではない。深く関わることになるメンバーか、メンバーではないが作曲家として関わっているかのどちらか。

 

「ええ。今は一年生三人、二年生三人でμ'sよ」

 

 “今は”か。

 真姫ほど賢ければミューズの意味を知らないわけがないか。

 

 この名前を考えた人が誰か知りたいよ。現μ'sの誰かがこれからの行く末を想像して付けたのか、或いは、今はまだ外部の人間だけどもやけにμ'sに協力的な人が将来の夢みたいに考えて付けたのか。

 

 でも、前に会った時の真姫とはだいぶ違うし、μ'sと出会えて良い影響を受けたのだろうな。

 俺には逃げるしか出来なかったことをいとも簡単にμ'sのメンバーは実行したんだ。あのリーダーには、人を集める力があるからね。

 

「そっか。……なぁ、真姫」

「お断りよ」

「まだ何も言ってないよ」

 

 言葉を発する前に却下されてしまった。おそらく俺が言おうとした言葉がわかったのだろう。

 

「どうせ、自虐するでしょ。あなたの考えそうなことなんて、想像がつくわ」

 

 確かにそうだし、言おうとしてた言葉もそんな感じだから否定は出来ないけれどもなんか酷くないか。その言い方だと俺が自虐しか出来ない人みたいになるじゃないか。

 

「……ホント、ごめん」

「いいわよ。でも、本当に悪いと思ってるのなら、あなたもμ'sに協力してあげてよ」

「そ、それは……」

「まぁ、私はあなたに無理強いはしないわ。でも、これだけは覚えておいて」

 

 俺自身がμ'sに積極的に関わろうとしていないことを理解してか、彼女は俺を無理に入れようとはしなかった。最悪、女装していることを脅迫しメンバーに加入させるっていう手もあるのに。

 そう思っていた俺の考えを根本的に覆すようなコメントが真姫の口から零れた。

 

 

「μ'sのリーダーはどれだけ辛く当たられても、絶対に挫けないし。何より、しつこいわよ」

 

 真姫のその言葉は俺の心に深く突き刺さった。

 今でも授業が終わった瞬間に追われたりと、結構しつこいアプローチを掛けられているのに、これ以上酷くなるのかとほんの少しだけ憂鬱になった。

 

 

 


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