男の娘アイドルによるスクールアイドル育成譚   作:片桐 奏斗

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第9曲目 アイドルはただの偶像

 

「……生放送をご覧の皆さん。こんばんは、『REN』です」

 

 赤く小さな光を出しながら正面に佇むカメラに視線を向けながら、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。

 一言ずつ丁寧にしっかりと発音し、噛まないように気をつける。今までであれば、ライブのノリであったり、収録番組であったりとどうにかなったけれど、生放送はさすがにこのようにはいかない。

 

「この場に現れたのは、とあることを告げるためです。最近、ネット上で話題になってるみたいですが、俺こと『REN』は無期限で休暇をいただきたいと思っています。理由はぶっちゃけていいますが、スランプです」

 

 別に曲を作っていたり、歌詞を作っていたりするわけではないけども。と付け加えて俺は告げる。

 

 

 

「根本的な問題が解決するまではアイドル活動を休暇しようと思っています。問題が早期に解決した場合はその時点でまた、再開しましたと連絡させていただきますのでよろしくお願いします」

 

 

 深く息を吐き、もう一度口を開く。

 

 

「そういうわけで、関係者のみなさんやファンのみなさんには申し訳ないですが、俺……『REN』は暫くの間、お休み。ってことになるわけだけども、ついてきてくれるか!!」

 

 俺の言葉の後に、会場にいる観客の声に満足し、続けて「テレビの前のみんなは?」「ネットで見てくれてるみんなは?」と聞くと、ほぼ全員が肯定の声を聴かせてくれた。

 否定的な人や批判する人も多々いるが、そんなことは関係ない。十人いて十人ともおんなじ考えを持っているとは到底思えないからだ。

 特にネットだとそういう人が多い傾向もあるから、気にしてない。

 

 

「では、そんな皆さんのために今日は四曲披露させていただきます! あ、勿論、この放送的には二曲が限界だと事前に聞いてるけれども、、んなもんは知らねーよってことで」

 

 バックで演奏を始めた『Starlight』に合わせるように、俺は言う。

 

「では、聞いてください。『パラドクス』」

 

 見かけ上の真偽と本当の真偽が矛盾していることを唄う曲。

 この曲を選んだ理由は、結構な人気を誇っていると同時に俺が好きな曲だからだ。『パラドクス』は俺がアイドルを始める前に憧れを感じていた見かけ上の仕事、そして、アイドルを初めて感じた本当の仕事の辛さ……表と裏のギャップを矛盾とし、気持ちを込めて歌えるから好きな曲として選ばせてもらった。

 

 

 ステージから見る小さな観客席や、某ネット動画でコメントが流れている画面が目に入るが、みんなして盛り上がってくれているようだ。

 

 

「続いて『Lost Generation(ロストジェネレーション)』」

 

 直訳すると失われた世代と訳せるこの曲名だが、俺がこの歌に込めた意味は『迷子世代』。

 アイドルを初めてすぐに迷子に陥った時に思い付き提案した曲だ。俺以外にもかなり今の選択に間違いはなかったのかと思考回路が迷子になっている人達が多かったみたいで、その人達に結構な人気を誇っていたし、今も誇っている。

 事実上、この曲がデビュー曲になるわけだが……。最初から何を病んでるんだよ。というツッコミはなしで頼む。

 これ以外にも大量のネガティブ思考な曲が多いわけだが、良く事務所やらに気付かれなかったなと思うよ。

 これほどまでにマイナス思考かつ今の選択肢を後悔するような曲が多いのに、何故気付けなかったのかと本当に思う。バカだろって。

 

 

 

 ――アイドルはただの偶像。

 

 

 人々の憧れを形作っただけの存在。そこに個人の感情は一切入っていないただの人形。

 ファンがそうあることを望んでいるという声だけで、キャラさえも勝手に決められてしまう。変更も辞さない。いわば着せ替え人形。

 そのキャラという服を着ることがいやで、俺はアイドル活動に不満を感じていた。

 

 

 

 他人に縛られたレールをただ歩くのみ。そんなのは絶対に嫌だから。

 

 

 

 

「続けて二曲聞いていただき、ありがとうございました」

 

 二曲目が終わり次第、後ろで演奏していた彼らは慌ただしく次の次の曲のセットに取り掛かる。

 そんな彼らの前で俺はマイクを持ちナレーションをする。

 カットやらを繰り返して番組を作っていくパターンではなく、生放送なので時間のロスも減らしたいからだ。

 

「えっと、自分の曲で人気があった二曲を聞いていただきました。一曲目の『パラドクス』に二曲目の『ロストジェネレーション』。一曲目は長期に渡ってかなり人気がある曲で、二曲目はデビュー曲ですね」

 

 曲の紹介やらを行っていると視界の端でディレクターがカンペに「三曲目にいってください」と書いていた。

 それを目に入れた直後、俺は三曲目にいくための用意をする。

 

「……さて、ここから三曲目四曲目となるのですが、実はこれらの曲は自分の曲ではありません」

 

 

 この言葉を聞いた会場やコメントが流れる動画サイトで生放送を見ている人らに動揺が走った。

 急にざわざわしだしたのだ。観客だけでなく、スタッフ一同も。動揺しなかったのは事前に打ち合わせをしていた兄貴と演奏グループのみ。

 

「そんなわけだけど、よろしくね。えっと、この曲は大事な幼馴染が作って聴かせてくれた曲です。俺はこの曲に何度も助けられて、アイドルを目指したのもこの曲と幼馴染が理由なんです。今の俺を作ってくれた幼馴染に届けたいと思います。では、聴いてください」

 

 

 ――『愛してるばんざーい』。

 

 


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