英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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「命を賭けることと命を軽く扱うことは似てるようで全然違うぞ。
生死の境で生きてる奴は 死んでもいいなんて絶対思わない」
       by キルア・ゾルディック(HUNTER×HUNTER)











帝都騒乱 弐

 

 

 

 

 槍を始めとして、長柄武器の弱点と言うのは決まっている。

 攻撃範囲の拡大というメリットと差し替えに、武器の扱いに遠心力が掛かる分、どうしてもリーチの短い武器と比べれば攻撃の手数は落ちるものだし、加えて懐に潜り込まれるレベルの長接近戦には弱い。

 ……と、そういった理屈が通用するのは準達人級の武人まで(・・・・・・・・・)である。その枠を乗り越えて”達人”と呼ばれる存在にまで昇華した武人は、己の手繰る得物のデメリットを、他ならぬ己自身の武の技量によって補う事で極限まで隙を削り取っていく。

 故に、達人級の実力を持つ者同士が正面からぶつかった場合、勝敗を決するのは武器の優劣ではなく、純粋な実力の優劣なのだ。

 

 

 そういう意味では、現在サラは目の前の女性と対等に渡り合っていると言える。

 交わした攻撃は十合かそこらと言った所だが、その一撃一撃が様子見ではなく、己の魂を注いで叩き込んだモノ。激突する際に発せられる膨大な熱量が、余波となって周囲の大地を抉っていた。

 

「フッ―――‼」

 

 そんな相手に対して膠着状態を作るというのは、徒に緊張状態を長引かせるだけであり、サラはそういった戦い方を好まない。

 ましてや、実力が自分よりも上な相手(・・・・・・・・・・・・)に対して様子見に徹するような能天気な頭脳は持ち合わせていないのだ。

 踏み込みと同時に、常人から見れば動きがブレる程の速さで放たれたブレードの一閃。しかしそれは、的確に一歩下がって横薙ぎに振るわれた槍の刃によって受け止められる。

しかしそこまでは予想済み。ギチギチという軋む音を鳴らしながら、サラは左手に構えた導力銃の銃口を相手の蟀谷に向けて、そして躊躇いなく引き金を引いた。

距離はおよそ1メートル。本来であれば銃口から射出された導力銃の弾が対象に被弾するまでに要する時間はコンマ数秒にも満たない刹那の時間だ。回避行動を取れるような状況ではない。

 だが、彼女はそれをした。自分の頭部が標的となった事を瞬時に理解し、腰から上の上半身を背後に仰け反らせる事で着弾する直前に見事避けて見せる。加え、ブレードと競り合っていた槍の穂先をそこで離し、仰け反る勢いで体勢を屈めて、回転の威力も上乗せした一閃を放って来た。

 それは、容易くサラの両足を慈悲なく切断する程の威力を持った斬撃だったが、レイの放つ【薙円】への耐性がついていた彼女は、その場で跳躍して躱す。服の一部は持って行かれたが、体には傷一つついていない。

 しかし、跳躍の間に数歩下がられて完全に槍の間合いに入ってしまった事を認識したサラは、一旦飛び退いて距離を取った。

 

 強い、と素直にそう思う。

 今のところ派手な攻撃方法は一切見せていないが、とにかく隙というモノが全くない。つい数十分前までは軽口を叩くなど、飄々とした一面を見せた彼女だったが、ひとたび移動を終えて穂先をこちらに向けたその瞬間から笑みの一切は消え失せ、口も真一文字に閉じられたまま動かない。

 身に纏う騎士鎧と同色の槍。身の丈を優に超える長さを誇るそれを、彼女はまるで己の手足も同然かのように手繰ってこちらの攻撃の一切を弾いてくる。まるでこちらの攻撃を読んでいるかのように、槍が生み出す攻撃の合間の僅かなインターバルをも推測して仕掛けているかのようだと、そう推測してしまう程にその技量は鮮やかだった。

 

 サラとて、元A級遊撃士の名を辱めない力は有している。嘗ては「帝国遊撃士協会に≪紫電≫在り」とすら言わしめた実力者だ。その腕の程は、今まで繰り広げた剣戟の中で掠り傷一つ追っていない様相からも分かるだろう。

 しかし、攻めあぐねている事もまた事実だ。今のところ実力的には拮抗出来ているが、見間違えようもなく達人級に相応しい槍術の腕前を持つこの人物が、よもやこの程度で手詰まっているなどと思う程、楽観的な思考はしていない。

 それでも悲観的過ぎる考えは抱かずに、さてどうしたものかと考えていると、突然前方から漂って来ていた殺気が、消えた。

 

「ん、んー。やっぱり時が経つと戦い方も変わってくるものですねー」

 

 小馬鹿にしたような声色ではなかったが、少なくとも尋常な殺し合いの中で発せられるような声ではない。

サラは思わず眉を顰めながらも、策を捻り出すついでに耳を傾けた。

 

「その言い分だと、前にアンタとアタシが会ってるみたいな言い方じゃない。生憎、アタシの方は覚えがないんだけど?」

 

「ま、それはそうでしょう。あの時、私は貴女の戦いを遠目で見ていただけですし―――と、そうだ。名乗り、というか自己紹介がまだでしたね」

 

 あくまでも自分のペースで物事を運びにかかり、それに自分も乗ってしまっている事に辟易とするも、その流れに乗ってしまった時点で同罪だと諦めた。

 

 

「≪鉄機隊≫副長補佐近衛筆頭隊士、ルナフィリアと言います。≪雷閃≫とか呼ばれてますね」

 

「……随分と長い役名だけど、近衛、ね」

 

「ま、正直ウチの人に近衛騎士なんか必要ないですし、マスターに至っては超常的な強さをお持ちですから、普通の隊士と同じと思っていただけて構いませんよ? 一応これでも隊の中ではナンバー3ですし」

 

「それじゃあ、”戦乙女(ヴァルキュリア)”なんて呼ばれてる隊の幹部騎士って事ね」

 

「おやおや良くご存じで。情報源は―――やっぱり≪死線≫さんですか。レイ君はコッチの情報に関して縛りプレイ強要されてる真っ最中ですし」

 

 その言葉を聞いた瞬間、サラは過敏なまでに反応した。

 

「アンタ、知ってるの? レイを蝕んでるアレを」

 

「≪魔女の誓約(ヘクセ・ゲッシュ)≫の名前は知らなかったんですか? そんな筈はありませんよね? 詳細を聞こうとしてもムダですよ。アレ、術を掛けた本人でも完全解除が出来るかどうか怪しいってシロモノらしいですから」

 

 尤も、と、ルナフィリアはそこで曇りがかったような苦笑を見せる。

 

「あの時は流石の私もあの方を恨んだものですよ。幾ら盟約に従った結果とは言え、彼を繋いだ鎖はあまりに太く、彼が身に抱いた罪科の念を跳ね上げさせた。……それでも私は一応騎士ですからね。マスターが黙認していた事に対して、何も言えなかったんですよ」

 

 一瞬、本当に一瞬だけだが、サラはその感情が理解できたような気がした。

騎士道、などというモノとは正反対の性格だと自覚はしているし、敬う程の絶対的な上司がいたわけでもない。ただそれでも、親しい者が苦しんでいる姿を見て、それでも黙しているしかなかった悔しさというのは、痛いほどに分かってしまう。

 

「……そう。その”あの方”ってのが、レイにあんな術を仕込んだ奴なのね」

 

「まぁ、そうですね。ここまでペラペラ喋っておいて何ですが、これ以上はお話しませんよ? 私にだって、組織の一員っていう自覚は一応あるんですから」

 

「軽薄なのか律儀なのか、良く分からないわね、キャラが」

 

「良く言われます」

 

 そこで一度会話に区切りをつけ、ルナフィリアは再び槍を構え直す。後頭部で括った鮮やかな金髪が風に靡き、そして再び垂れる時には、既に”武人”の顔に戻っていた。

 

「それと、疑問にちゃんと答えてはいませんでしたね」

 

 白銀の穂先に、青白い光が灯る。空気が弾ける様な音と共に、やがてその場所に帯電した。

ここから先こそが本気だと、まるでそう言い聞かせるように。

 

「戦いの興が乗ったら、口を滑らせるかもしれません。知りたくはないですか? 私が貴女をどこで見かけたのか」

 

「……正直それよりも知りたい事が出来ちゃったけどね。でも、ま。知らず知らずの内に覗き見されてたってのはあんまり気持ちの良いモンじゃないわ」

 

 同時、サラの纏う闘気に、彼女の異名と同じ紫電が発生する。

『雷神功』という名がつけられたその技は、一時的に身体能力を飛躍的に高めるのみならず、五感の感応力も高める、魔力と氣力を混合させたものであり、サラの切り札の内の一枚である。

 

「だから、ちょっと強引に聞き出すわよ」

 

「無論。私はそれを望んでいるのだから」

 

 二人以外の人間が誰も存在しない広大な公園の中で、紫電と青電が激突する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 サラとルナフィリアの戦いが力と力の奔流の衝突ならば。

 彼らの交戦は、まさに技と技との鬩ぎ合い。炯々とした熱量は存在しないが、それは決して交わされる斬撃の応酬が緩慢な物だという事ではない。

寧ろ、先のそれよりも熾烈に、鋼と鋼とが軋み合う。嘗て≪結社≫最高峰の暗殺者として名を馳せた頃の、否、それ以上の武技を以てして、可憐な戦乙女を仕留めにかかる。

 

「フッ―――」

 

 だが、その死刃を食らう事を、他ならぬ彼女自身が許さない。この身は騎士。尊厳にして麗逸な、己が崇拝する偉大な(マスター)より授かった、敗北という無様な様相を晒す事を許されない存在であるが故に。

 迫り来る双刃は、確かに脅威だ。≪白面≫に玩弄されていたとはいえ、積み上げた戦闘経験そのものは本物であり、≪福音計画≫を経て、かの≪剣帝≫にすら刃を届かせたのだ。侮るなど、出来る筈がない。

 

 ヨシュア・ブライトの戦い方は、正道とは程遠い。真正面から戦うより、奇襲を以てこそその実力は充分に発揮できる。双剣の乱舞は変幻自在に空中を舞い、騎士の剣を嘲笑うかのように首筋を掻きに来る。

その剣を、デュバリィは否定しない。戦場を経験した剣とは元よりそういうモノだ。刀身を血に濡らしたその時から、ある意味正道とは遠くなる。まともでは、いられなくなる。

 しかし―――。

 

「嘗めるんじゃ―――ありませんわッ‼」

 

 敗北するわけにはいかない。勝利の誉れを手にするのは、自分一人で良いのだと、自らに言い聞かせて剣を振るう。

 

 対してヨシュアの方も、彼女の剣の技量に少なからず瞠目していた。

 彼女が強い。それは当たり前だ。普段の言動がアレな所為で小物のように見られてしまうが、伊達に≪鉄機隊≫の筆頭隊士を務めているわけではない。まともに正面から挑んだところで、勝利を掴み取るのは難しいだろう。

 デュバリィの強みは、盾と騎士剣を併用した、攻防一体の堅実さにある。その特性上、馬鹿正直な戦法で勝利するには、ただ純粋に彼女の技量を上回るしかない。

 しかし、≪鉄機隊≫の幹部隊士、”戦乙女(ヴァルキュリア)”ともなれば、一人一人が≪執行者≫に勝るとも劣らない達人級の武人達。≪使徒≫第七柱、≪鋼の聖女≫より直々に薫陶を賜った彼女らを相手に暗殺者としての技量しか磨いてこなかった自分が上回れると思う程に耄碌はしていない。

 

「(なら……)」

 

 僅かに距離を取り、腰のポーチから取り出したのは、クロスベル支部に赴いていた際、そこで知り合った男性に餞別として分けて貰った特殊な投擲弾。

口でピンを抜き、デュバリィの足元に転がしたそれは、直後、膨大な光を撒き散らした。

 

「ッ‼―――」

 

 正式名称、T-82型閃光手榴弾。俗称で『クラッシュボム』と呼ばれるそれは、対人・対魔獣問わず、視覚器官に強力なダメージを負わす武器であり、その光を、一瞬であるとはいえ目にしてしまったデュバリィは、強く目を閉じて頭を振るう。

 しかしヨシュアは、その機に乗じて懐に飛び込む事はしなかった。例えそれを実行に移したとしても、難なく迎撃されてしまうだろう。たかが視覚を潰された程度では、達人級の武人の技を封じる事は出来ない。

だから、デュバリィの視界が封じられていたコンマ数秒の間に、ヨシュアは自らの気配を限りなく薄くし、崩れた大聖堂の瓦礫の影に隠れた。

 

ENIGMA(エニグマ)―――駆動」

 

 詠唱に有した時間は数秒。駆動時間を短縮するクオーツを限界まで搭載したエニグマが、鈍い光を放つ。

 

「『ホロウスフィア』」

 

 選択したのは、幻属性のアーツ。自身の体をステルス状態にして完全に身を隠す事によって、攻撃対象から外すという魔法である。

しかし、本来この魔法を使用しても隠蔽可能なのはその姿だけであり、視覚を頼りにしない魔獣や、前述通り五感全てを支配下に置く達人などには通じない場合が多い。だが、それをヨシュアのような隠遁のプロが行使すれば話は違う。

 姿は完全に隠れ、体臭を消す方法や音を立てずに移動する方法なども充分過ぎるほどに心得ている。その上気配を遮断する手段に長けているともなれば、如何な武人と言えど見つけ出すのは容易ではない。実際、デュバリィはヨシュアの姿を完全に見失ったようで、周囲を見渡していた。

 チャンスは一度きり。二度同じような手を使わせてくれるとは思えない。だからこそヨシュアは、己の存在を可能な限り希薄にしたまま背後から肉薄し、鎧に覆われていない部分を攻撃して戦闘不能に追い込もうとした。その動きに迷いなどは一切なく、先程まで届かなかった刃が、2リジュ、1リジュと確実に迫る。

 ―――しかし。

 

「なっ⁉」

 

 その刹那の瞬間、左手に構えていた盾が、半ば無意識であるような動きで背中に回され、必殺の一撃を受け止めた。

流石に動揺を隠せなかったヨシュアの眼前に逆に迫って来たのは、騎士剣の切っ先。突き出されたそれを寸前のところで頭部を横に動かして回避したものの、頬に一筋紅い線が走った。

 その後も絶え間のない連撃がヨシュアを襲ったものの、卓越した動体視力と身体能力で、全てを紙一重で躱していく。確かに早い。普通の人間であれば目で追うどころか剣閃を視界で捉える事すらできないだろう。

 ただそれでも―――親友(レイ)の本気の剣速には、まだ及ばない。突き出された剣に双剣の攻撃を合わせて鎬を削っている間に、盾を足場にして勢いをつけて後方へ跳んだ。

 

「ふぅー……今のは、行けたと思ったんですけど」

 

「……悔しいですが認めて差し上げますわ、ヨシュア・ブライト。白状しますと、見えていたわけではありませんわよ。あなたの隠形は完璧に近かったですわ」

 

 それでも寸でのところで盾を突き出せたのは、数多の死線を潜り抜けた者にしか得られない戦場での第六感、直感がそうさせたのだろう。

 理屈ではない、感情云々でもない。ただ己の身に危険が迫っている事を、他ならぬ自分自身の本能が告げるのである。故に守れ、故に躱せと、思考が追いつく前に体が反応する、人間の本能的な動き。平和な人生を享受している者では、決して得られない武人の一つの到着点。

 

「幸福のぬるま湯に浸かって衰えていたかと思いましたが、そうではなかったようですわね。その双刃に、傀儡同然のあの頃には宿っていなかった覚悟を感じますわ」

 

「―――そうですね。今の僕には帰るべき場所があって、待っている女性(ひと)がいる」

 

 今この場所に立って、らしくない意地を張っているのは散々迷惑をかけっぱなしだった親友に対しての一種の恩返しなのだが、それでも命を散らすつもりなど毛頭ない。恋人が待つあの場所(リベール)へ、絶対に笑顔で帰らなければならないのだから。

 

「貴女が命を賜って此処に居るのと同じように、僕にもまた、退けない理由がある。それだけの事ですよ」

 

「……成程。マスターより賜った御命と同列に語られるのは少々癪ではありますけれど―――まぁ、それは深入りする事情ではありませんわね」

 

 ならばこれ以上の会話は無用、と言わんばかりに、再び殺気を纏う二人。次の一撃でどちらかの命が果てるのではないかと、そう思わせるほどの研ぎ澄まされた気迫が漂う。

 

 

「あ」

 

「へ?」

 

 しかしその直後、二人の頭上に急に影が差す。日が雲に隠れたというレベルの物ではなく、巨大な物体が今まさに落下しているかのようなその気配をいち早く察したのは、ヨシュアの方だった。

 

「ちょ―――」

 

 逃げるんですの⁉ という言葉すらも言わせて貰えず、コンマ数秒後に二人が立っていた位置に散々甚振られてボロボロになった”スレイプニル”が轟音と共に落下し、爆発炎上する。

反射的に飛び退いたヨシュアですらも思わず「うわぁ……」と気の毒そうな声を出してしまう程には、実にタイミングの良い大惨事ではあった。

 そして後ろを振り向いてみると、鞭を構えてとても良い笑顔をして汗を拭う女性が一人、同じように煙を吐いて見事に沈んでいる”スレイプニル”二機を背景に悠然と佇んでいた。

 

「ふぅー♪ 最初は反応なくてつまらなかったけど、流っ石≪結社≫の高性能機械兵器(オートマタ)ね。途中から足掻き始めてついテンション上がっちゃったわ♪」

 

「いや、あの、シェラさん? こっちの様子見てました? なんか凄いまともに戦ってたのに予想外過ぎる乱入入って僕はもういっぱいいっぱいなんですけど、どこからツッコんだらいいんです?」

 

「だって最初っから見てて分かったけどあの子シリアスが似合わないタイプの子でしょ? 数十分マジメにやってたら耐えきれずに自分から醜態晒してボケそうじゃない」

 

「え? 何でそこまで分かるんです?」

 

 初見であるはずの彼女にまで見破られてしまう程に分かりやすい性格だったのかと辟易としていると、前方で燃え盛るスレイプニルが、爆散する。

 

「……よくも、よくもわたくしの戦いをコケにしてくれましたわね‼ ≪銀閃≫‼」

 

 炎の中から、しかし煤汚れ一つ付けずに生還したデュバリィは敵意を隠そうともせずにシェラザードを睨み付ける。しかし、当の本人はそれを鼻で笑い飛ばして受け流した。

 

「あら、動かなくなった鉄屑を持ち主に返してあげただけじゃない。そ・れ・に―――」

 

 とても良い表情で軽く舌なめずりするシェラザードの様子を見て、ヨシュアは気付く。

 そうだ、何故気付かなかったのか。基本的にSな彼女にとって、デュバリィは―――基本強気で、しかし劣勢に立たされるとこちらが引くくらいに狼狽した挙句に癇癪を起こして逆ギレして、そしてもうどうしようもなくなった時には見てる側が可哀想になるくらいに打ち捨てられた子犬のようになってしまうという、文句のつけようがない格好の標的なのだ(・・・・・・・・)

 

「ひ……ッ⁉」

 

 その捕食者のような視線を受けて、デュバリィは一瞬全身の毛が逆立ったかのような脅えた表情を見せる。本来の実力的には彼女の方が上の筈なのにも関わらず、今では完全に蛇に睨まれた蛙という言葉が似合う構図が出来上がってしまっていた。

 

「あなた、結構躾甲斐がありそうだもの♪」

 

「ち、ちちちち近寄るんじゃありませんわ‼」

 

 先程までとは打って変わって動揺しきった声でそう叫び、再び剣を頭上に掲げると、新たに四体の”スレイプニル”が姿を現す。その機体は先程までの物よりも二倍は大きく、その両手には巨大な機動剣を携えていた。

 

「あら、さっきよりもゴツイのが出て来たわね」

 

「あれは……見た事がないですね。僕が抜けた後に製造された物だと思います」

 

 ギュルン、という駆動音と共に一体の足が踏み込まれ、剣が振り下ろされる。巨大な質量が伴ったそれは、回避行動を取った後の二人が居た場所の地面を大きく抉った。

速さは申し分なく、破壊力は言わずもがな。それが四体。眉を顰める二人に対して、デュバリィは勝ち誇ったような表情を浮かべて騎士剣を前へと突き出した。

 

「”スレイプニル・シュタルク”‼ さぁ、あの狼藉者共を始末してしまいなさい‼」

 

 その命を受け、突撃を開始する四機。まずは堅実に一体ずつ始末して行こうと武器を握る二人の眼前で、―――しかし”スレイプニル・シュタルク”四機は、蜘蛛の巣に囚われた蝶の如く、全身の動きを止めてしまった。

 

「「「―――え?」」」

 

 剣を突き出したままのデュバリィと、いざ勝負と足を動かそうとしたヨシュアとシェラザードが、ほぼ同時に気の抜けた声を発してしまう。その間にも、”スレイプニル・シュタルク”は機体の異常を感知して動こうとするも、ギチギチという耳障りな音が響くのみで、一向に前にも後ろにも進もうとはしない。

 その時、西日になりかけていた太陽が、一際明るく輝いた。その影響で、四機を拘束していたそれが露わになる。

 

 糸だ。先程の通り、蜘蛛の巣の如く張り巡らされた鋼の糸が、容赦なく縛り上げている。その硬度は相当なモノであり、これ程までに大型な戦闘機械(オートマタ)が膂力に物を言わせて足掻いても、一向に千切れる気配はない。寧ろ藻掻けば藻掻く程によりキツく縛り上げられているようにも見えた。

 やがて、機体の耐久力が限界に達したのか、一体の腕が捥げる。剣は刀身の半ばから切断され、脚部が千切れて宙吊りになる機体まで現れた。

 

「な、な、なな……」

 

 口元をひくつかせて驚愕の表情を示すデュバリィの背後に、その状況を作り出した張本人が音もなく立つ。

 

「あら、淑女がそのようなはしたないお顔をされるものではありませんわ、デュバリィ様」

 

「‼」

 

 すぐ背後(・・・・)から聞こえたその穏やかな声に、しかしデュバリィは過剰に反応して振り向きざまに剣を一閃した。

 しかし、背後に人の姿はなく、剣も虚しく空を斬る。その異常さに更に鳥肌が立つ感触を覚えながら、しかし僅かに流された(・・・・)気配に反応してその方角を見上げた。

 

 木々の間に張り巡らされた鋼糸の上。遠目では視認が難しい程に極細であるために、まるで空中に見えない床があるかのような場所で優雅に立ち、スカートの裾を摘み上げて恭しく礼をする女性。

その身に纏うは僅かな色褪せもシミもない、完璧な状態で仕立て上げられたメイド服。その格好にこそ覚えはなかったが、ヨシュアとデュバリィは、その人物に見覚えがあった。

 否、見覚えがあるというレベルではない。ヨシュアにとっては暗殺術を修めた先達とも言える存在で、デュバリィにとっては”天敵”とも呼べる存在。

 

「しゃ、シャロンさん……?」

 

「うげっ……し、≪死線≫ですの⁉」

 

「はい。お二方ともお久しゅうございます。ヨシュア様、デュバリィ様。そして、お初にお目にかかります、シェラザード様。(わたくし)、ラインフォルト家に仕えるシャロン・クルーガーと申します」

 

 一点のはしたなさもない動作で地面に降り立ち、悠然とした仕草でそう答えるシャロン。それに対して、シェラザードは「あぁ」と返した。

 

「あなたがサラとクレアが言ってたメイドさん? 随分とお酒に強いって話じゃない」

 

「うふふ、下戸の方より少々マシな程度ですわ」

 

「謙遜は良くないわよ? ……それにしても鋼糸とはね。癖のある武器を使うじゃない」

 

「昔取った杵柄でございます。では―――」

 

 長いスカートを靡かせて華麗に一回転をすると、先程の数倍の数の鋼糸が解き放たれ、機体に絡みついて牙を剥いた。

 

「街観にそぐわない無粋なお客様には、ご退場いただきますわ」

 

 瞬間、機体がものの見事に細切れに剪断される。数百本に届こうかという量の鋼糸を一斉に手繰り、その一つ一つが凶器となっていとも簡単に大型の戦闘兵器を沈黙せしめた。

彼女にとって、表面積が広い相手と相対する時はそれそのものが強力なアドバンテージになる。糸の一本でもその身に絡みつけば、後は如何様にも料理出来てしまうのだから。

 

 しかし、ヨシュアやデュバリィからすれば、目の前の光景は何ら異常ではなかった。だからこそ、デュバリィは歯噛みをしてしまう。

 

「貴女が……貴女が帝都(ココ)に居るという情報は聞いていませんでしたわよ‼」

 

「えぇ、本来であれば(わたくし)はクレア様の立案された策に参加するつもりはございませんでした。しかしながら、ラインフォルト家のメイドとして(・・・・・・・・・・・・・・)どうしても昨夜の内に帝都を訪れなければならない所要がございまして、そのついでに、此処に立ち寄らせていただきました」

 

 そう言うシャロンの顔が、何故か潤いに満ちているような気がするのは、どうなのだろうとヨシュアは思う。

しかし彼女はあくまでも自然体に、悪気など一切なかったのだと、親が子を諭すような口調でデュバリィの癇癪を含んだ疑問に答えていく。

 

「当初はお嬢様方の方へ赴こうとも思ったのですが……どうやら余計なお節介になりそうでしたので、此方に御助力に参った次第ですわ」

 

「ほ、本当に余計なお節介ですわよ‼ わ、わたくしがどれだけ貴女の事を―――」

 

「”苦手としていらっしゃるか”。えぇ、無論、存じておりますわ。(わたくし)の技は卑しい刺客の使うそれでしかありませんが、それ故に、恐れなさっている」

 

 ヨシュアの戦法は確かに暗殺者としての側面が残っているが、それでも双剣という武器を使う以上、どうしても相手と肉薄して戦う事を余儀なくされる。そういう意味では、慣れれば間合いも取りやすい。

しかし、シャロンは違う。空間さえ確保できれば、戦場を縦横無尽に闊歩し、多種多彩な絶技で以て変幻自在に攻撃を仕掛けてくる。なまじ鋼糸という、極めるのに才覚と血の滲むような鍛練を必要とする風変わりな武器であるために、真っ当な騎士としての戦法を得意とするデュバリィ達にとっては天敵とも言える相手であった。

 彼女が≪死線≫の名を捨てて7年になるが、それでも先程の腕前を見る限り、技が錆びているとは言えない。加え、この場は既に彼女の手足とも言うべき鋼糸が、既に張り巡らさせた場所でもある。此処で我武者羅にかかったところで、自ら蟻地獄に嵌りに行くような愚を犯すだけだ。

 それを悟った時、彼女の中に浮かんだ策は、ただ一つだけだった。

 

「……いいでしょう。この勝負は預けましたわ。ヨシュア・ブライト、≪銀閃≫、それに≪死線≫。このわたくしをコケにした借りは、何れ必ず返していただきますわよ」

 

 そう言い放つと、デュバリィは足元に≪結社≫の紋章が浮かんだ転移陣を構築し、光の奔流と共に消えて行った。

 

 宣言には一切の狼狽の色はなく、それは間違いなく、≪鉄機隊≫筆頭としての純粋な矜持から絞り出されたモノ。

騎士の再戦の誓いというものは、決して破って良いものではない。何時になるかは分からないが、果たされる事になるだろう。

 実際のところ、ヨシュアもシェラザードの思いがけない乱入がなければ、どうなっていたかは分からなかった。元≪執行者≫二人と、腕利きの遊撃士が集まって漸く撃退に成功した相手。

 

「(これじゃあ、レイに追いつこうなんて夢のまた夢、かな)」

 

 そんなデュバリィよりも更に上の、武や力の真髄を究めた”武闘派”と呼ばれる≪執行者≫達の一員として名を馳せていた親友の姿を脳裏に浮かばれながら、ヨシュアは一人、力なく苦笑した。

 





何だか長くなりそうだったのでタイトルを変更しました。戦闘シーンって文字数食うんですよねー。

艦これの劇場版が決定した今日この頃。あまり期待しすぎてるとデカいしっぺ返しを食らいそうだと思っているのは私だけでしょうか。


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